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第6章 嵐の南方海

第56話 再戦X2

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 ロウド対リーズ、ヴァル対レグ。
 因縁の再戦が始まった。

「ほう……さっきの海賊どもとの戦いからも察していたが、やはり腕を上げたな。ロウド」

 ロウドとの戦いのさなか、リーズが満足げに笑みを浮かべながら呟く。
 そう、先程の海賊をあしらっていた様子からも見て取れたが、実際に切り結ぶと実感できる。
 あのグレタでの戦いの時よりもロウドは格段に腕を上げていた。
 あの時点ではリーズが圧倒的だったのに、今はほぼ互角に戦っている。
 勿論、装備の違いもあるだろう。
 グレタ時点では全ての装備が普通の物だったのに対し、今は真重鉄アダマンタイトアーマー真銀ミスリル凧型盾カイト・シールド、そして屠竜剣ドラゴン・キラーオルフェリア。
 そうそうたる装備だ。
  
「僕の腕がそう上がった訳じゃない。ここまで、お前と渡り合えてるのは借金して揃えた装備のおかげだ」

 自分でも装備の恩恵は自覚しているロウドは、リーズの賛辞に対して言葉を返す。

「ふっ、そう謙遜するな、装備も含めて戦士というモノ。まあ、身の丈に合わない装備に振り回される輩もいるがな」

 リーズが薄い笑みを浮かべて発した言葉に、バツの悪くなるロウド。
 冒険を始めたばかりの自分がまさにそうだったからだ。
 父親に遍歴の旅の餞別としてあつらえて貰った板金鎧プレートメイルの重さに振り回されていた小鬼ゴブリンの洞窟での不甲斐ない立ち振る舞い。
 あの時、もう少し役に立って入れば、アーサーたちは死なずにすんだかもしれない。
 過ぎたことを思っても詮無きことだとは分かっているが、おりに付けて考えてしまう。
 
「ロウド! 何をボッとしておる! 戦いに専念せんか!」

 暗い闇に沈みかけた思考をオルフェリアの怒号が切り裂く。
 そうだ。今は戦いの真っ最中だ。目前の敵、リーズを何とかしなければ。

「ありがとう、オルフェリア」
「まったく、お前は何で戦いの最中に余計なことを考えるのじゃ」
「はは、ごめん」

 気を取り直して、リーズへと顔を向けるロウド。

「いいコンビじゃないか。それじゃ、続けようか」

 そんな師弟のようなやり取りを微笑ましく見ていたリーズであったが、真顔になり斧槍ハルバードを構えて魔力マナを篭めた。
 斧槍ハルバードの斧刃と穂先が淡い光を帯び始める。
 
魔力マナを篭めた必殺の一撃。食らったら、このアーマーでも危ういかもしれん」
シールドで受けは?」
「あのな、ロウドよ。アーマーがヤバいと言ってるのに、シールドが無事なわけなかろう?」
「じゃあ……」
「頑張って躱せ。以上」

 にべもないオルフェリアの言葉に渋面になりつつ、ロウドはリーズの動きに注意を払う。
 斧槍ハルバードがどう振るわれるのか。それを見極めて躱さねばならない。

「ん? 何する気だ?」

 リーズが左手を斧槍ハルバードの長柄から離して、掌をこちらに向けてきた。
 その掌に眩い光が生まれ弾ける。
 
「うわっ!」

 弾けた光は、そこに注目していたロウドの目を灼き、一時的に目を見えなくした。

「目、目が見えない!」

 魔人デビルたるリーズの固有能力〈破壊の光線フォース・レイ〉を極小化し、激しい光を発するだけにしたものである。

「貰った!」

 左手を長柄の支えに戻し、斧槍ハルバードを最上段に振り上げるリーズ。
 呼気と共に満身の力を篭めて振り下ろされる斧槍ハルバード
 対するロウドは目が眩んでおり、それに反応できてはいない。
 左右に真っ二つにされるか、と思いきや、

「ロウド! わらわを頭の上で横にして掲げろ!」

 オルフェリアの指示が飛ぶ。
 その言葉に反応し、愛剣を頭上で横に掲げるロウド。シールドを剣の腹に添えて支えとする。
 金属音と共に激突する魔剣マナ・ソード斧槍ハルバード
 激しく魔力マナの光を散らしながらせめぎ合う二つの武具。
 
「ぐうう」
「頑張れ、ロウド! 押し返せ! 残念じゃったな、リーズ。人の目は眩めど、わらわは眩みなどせぬ。目など無いからの」
「貴方のことを忘れておりましたよ。しかし、このまま押し切らせていただく」

 ロウドの頭に振り下ろされんとする斧槍ハルバード、そしてそれを食い止めるオルフェリア。
 リーズもロウドも満身の力を篭めて、おのが武具を押している。
 とはいえ、上から押しているリーズと、持ち上げているロウドでは、確実にロウドに分が悪い。
 ジリジリと斧槍ハルバードが下がっていく。
 
『ロウド、今お前の心に直接話しかけておる。口には出さずに心の中でだけ返事をせい。目はそろそろ見えるか?』

 いきなり心の中に響いた声に驚いたロウドだが、それを抑えて返事を返す。

『うん、ぼちぼち見えるようになってきた』
『そうか。では、合図をしたらを下げろ。そして、その後は……』

 オルフェリアからの念話によって作戦が提示される。

『よし、やれ!』

 合図と共に剣先の腹を支えていた左手を下げるロウド。
 すると当然、横一文字だった剣は斜めになる。
 
「お、おっ?!」

 リーズが満身の力を篭めて押し下げていた斧槍ハルバードはバランスを崩し、斜めになった剣をズルッと滑り降りていく。
 斧刃が剣の切っ先を通り過ぎ、宙へとすっぽ抜けた。
 
「今じゃ、ロウド!」
 
 完全に体勢を崩したリーズに、素早く構え直したオルフェリアを振り下ろす。
 狙うは首筋。

「やられるかよ!」

 根性でバランスを取り戻し、オルフェリアを躱そうとするリーズ。
 しかし、急所の首筋への一撃は何とか免れたものの、左肩へオルフェリアを食らうことになった。

「がッ!」

 黒魔鋼オブシダナムの装甲に苦もなく食い込むオルフェリアの刃。

「ちっ、浅い!」
「ロウド、無理するな!」

 肩に食い込んだ刃を押し込もうとするロウドにオルフェリアの言葉が飛ぶ。
 愛剣の言葉に従い素直に剣を引いて、間合いを取るロウド。
 
「肩に怪我をした以上、今までのように自在に斧槍ハルバードを振るうことはできまい。攻めるぞ、ロウド!」
「うん!」

 そんなふうにロウドの優勢になりつつある対決の脇で行われている、もう一つの対決であるが。

「おらおらおら! どうした!」

 古大鬼ハイ・オーガのレグが鼻息荒く、首切りの斧エルド・リガルをぶん回して優勢に事を進めていた。
 対するヴァルは、得物の大鬼殺しオーガ・キラーで受けを取り、何とかその攻撃を凌いでいる。
 しかし、大鬼殺しオーガ・キラーは既に刃が欠けてボロボロになっており、長柄も途中で寸断されていた。
 武器の格が勝敗を決めるわけではない。
 確かにそうなのだが、今回はあまりにもレベルが違い過ぎたと言える。
 雑兵の大鬼オーガの武器の流用である大鬼殺しオーガ・キラーと、闇の大聖母グレート・マザーから下賜された神器とも言える首切りの斧エルド・リガル
 打ち合い、受ける度に大鬼殺しオーガ・キラーがどんどんと損傷していくのだ。
 対する首切りの斧エルド・リガルの方は傷一つ無いときている。
 さすがのヴァルも、この事態には顔を引き攣らせていた。

「くそったれ! ここまで差があるかよ!」

 大鬼殺しオーガ・キラーがここまで脆かったのは、正直ショックであった。
 何せ、父ヴォーラスはこれを使って魔神デモンを討ち滅ぼしている。
 父を嫌っている風に見えても、心の奥底では誇りに思っていたし、その父から譲り受けた専用武器には全幅の信頼を置いていた。
 それがまるで数打ちのナマクラのように欠けていくのを見て、ヴァルの心を焦燥が埋め尽くしていく。
 
闇の大聖母グレート・マザーが下賜した武器、これほどのモノかよ」

 防戦一方の憎き平人ノーマン戦士ファイターを見て、溜飲を下げる古大鬼ハイ・オーガレグ。

「どうした、大鬼殺しオーガ・キラーの息子?! 父親の方はパッサカリア様と渡り合ったのに、息子のお前はてんで駄目だな!」

 首切りの斧エルド・リガルを縦横無尽に振るいながら、ヴァルを嘲笑するレグ。
 
「いい武器持ったからって調子に乗りやがって」

 正直、かなりムカついているが、この状況を打開する手はなく、歯噛みするのが精一杯のヴァル。

「親父はどうやって、この大鬼殺しオーガ・キラー魔神デモンに立ち向かったんだ?」

 魔神殺しデモン・スレイヤーの際には、対魔族ダークワンのスペシャリストである太陽神の神官クレリックアベルがいたのが大きかったと言える。
 太陽神の対魔族ダークワンに特化した神聖術ホーリープレイが武器を防具を強化して、パッサカリアに対して効果を発揮したのだ。
 それが無ければ、所詮は雑魚の大鬼オーガの武器に過ぎないのだから、これは当然の結果と言える。

「はあ!」

 振り下ろされる首切りの斧エルド・リガル
 反射的に大鬼殺しオーガ・キラーで受けるヴァル。
 しかし、それがトドメとなった。
 ボロボロになっていた穂先の蛮刀部分が耐えきれずに、重い斧刃によって断ち切られたのだ。
 斧刃はそのまま振り下ろされ、すんでの所でバックステップしたヴァルの防具、竜鱗の鎧ドラゴン・スケイルの表面を掠る。
 真銀ミスリル鱗片スケイル白銀竜シルバー・ドラゴンの鱗を削り取る首切りの斧エルド・リガル
 辛うじて体に刃は届くことはなかったが、もはや後が無い。
 
「クソが」

 ヴァルの口が静かに罵声を紡いだ。


再戦X2  終了  
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