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第5章 悪徳の港町バルト

第49話 港町バルトに陽が昇る

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 ドラゴンと人の混じった怪物と化したドルネイ。
 それが放った吐息ブレスを一蹴し、本体をも消し飛ばしたオルフェリアの一撃。
 それは正に吟遊詩人バードの歌う英雄叙事詩の一幕の如し。
 
「おお!」
「凄いぞ。あの怪物をたった一撃で」
「あの少年は一体……」

 遠巻きに見ていた宴の招待客が口々に声を上げる。
 その視線を一身に集めるロウドは、オルフェリアを突き出した状態のまま固まっていた。

「え、何? い、一撃で……」

 自分のしたことが信じられないでいるのだ。
 魔神デモンフッカーの手により怪物化したロンダーズのボスが、自分の放った突きの一発で消し飛んだのだから、まあ硬直もするだろう。
 
「え、と、オルフェリア? これも……キミの力?」

 おずおずとオルフェリアに声を掛ける。

「そうじゃ。これがわらわの本気の力じゃ。わらわは創造主により基本的に制限が課せられておる。使い手の、主の力量に応じた力しか発揮できんようにな。しかし、わらわの本来の目的であるドラゴンを滅ぼす時においては、制限は解除となりフルパワーが出せるのじゃ」
ドラゴンを滅ぼす?」
「そうじゃ。わらわの生み出された理由はただ一つ。この世からドラゴンを一匹残らず、葬り去ること。故に屠竜剣ドラゴン・キラーの二つ名を持つ」

 オルフェリアの口?から語られる秘密。
 闇の大聖母グレート・マザーにより、魔神デモンと共に生み出されたドラゴン
 その力はありとあらゆる魔獣モンスターをしのぎ、正に地上最強の生物といっても過言ではない。
 そんなドラゴンを滅ぼすために生み出された魔剣マナ・ソード屠竜剣ドラゴン・キラーオルフェリア。
 ロウドは頭の中が真っ白になりパニック寸前の状態だった。
 田舎貴族の男爵家の三男坊の手に余る事態である。
 確かに吟遊詩人バードの歌う英雄叙事詩に憧れて旅に出た。
 冒険をして名を馳せ、ひとかどの英雄として勲詩いさおしに歌われてみたいと思ったのは確かだ。
 しかし、これはさすがに話がデカすぎる。

「ロウド、わらわが怖いか?」

 様子を伺うようなオルフェリアの声にハッと我に返るロウド。

『何をビビってるんだ、僕は。強くなると誓ったはず。オルフェリアに相応しいように強くなるって。ドラゴン殺し、いいじゃないか。それで怯えるようなら、英雄になんてなれはしない!』

 心の怯えを振り払い、オルフェリアを見詰めるロウド。
 
「怖くない、と言えば嘘になる。だけど、僕は決めたんだ。キミを持つに相応しい男になるって。ドラゴン殺しのロウド。そう言われるように僕はなってみせる!」

 きっぱりと言い切ったロウドに、喜びの色を滲ませた声を掛けるオルフェリア。

「うむ、よく言った。その意気じゃ、ロウド」

 そんな心暖まる光景を見てツッコミを入れる者が一人。

「やっぱり、オルフェリア様。少し変わられましたね。昔はもっと傲岸不遜で、天の栄光グローリアスとあまり変わらない……」

 過去を知るエリザベスのツッコミに慌てるオルフェリア。

「そこ、うるさい! 黙れ! もう、わらわは変わったのじゃ!」
「え~とですね、ロウドさん。昔のオルフェリア様は……」
「黙れと言うに!」

 オルフェリアとエリザベスのやり取りを見て、笑みの漏れるロウドとアナスタシア。
 そんな光景を余所に、大人勢はフッカーらと対峙していた。
 フッカーの前には、外套ローブを腰に巻いたヴァル、連接棍フレイルを構えるミスティファー、短杖ワンドを突きつけるイスカリオス。
 そしてコーンズは、ドルネイの情婦であったリーラを助けに来たヤンソンと睨み合っている。

首領ドンドルネイがやられた以上、俺らの負けだ」

 リーラを背に庇いながら、敗北宣言をするヤンソン。
 
「俺らは大人しくこの町出てくから、見逃してくんねえかな?」
「はあ? これだけやっといて見逃してくれだ? ふざけんなよ!」

 薄ら笑いを浮かべるヤンソンを、コーンズは青筋を立てて怒鳴りつけた。
 
「お前にはきっちり落とし前つけさせる!」

 真っ正面から睨みつけてくるコーンズを見て、苦笑するヤンソン。
 人を馬鹿にしたようなその苦笑に、コーンズは尚更ムカついてヒートアップする。
 
「何がおかしい!」
「いや~。さんざん俺が、クレバーになれって言ってんのに、全っ然聞く気ねえんだもん。そりゃ、笑うわ」
「!」

 背後に殺気を感じ、咄嗟に左斜め前方に転がるコーンズ。
 背中の一部に痛みが走る。浅く切られたようだ。
 何転かしてヘッドスプリングで立ち上がり、背後を向く。
 先程までいた場所の後ろ辺りに、いつの間にか短刀ナイフ男のミックが立っていた。
 三本の短刀ナイフを器用にジャグリングしている。
 その内の一本の、刃に薄らと血が付いているので、それで背中を切られたのだろう。
 そしてその後ろから、大男のジントも、こちらの方に歩いてきているのが見えた。
 
「さあ、どうする? リーラは戦えねえから三対一だが、まだやるか?」

 にやついているが目がマジなヤンソンが、コーンズに継戦の意思を問う。
 
「くっ……」

 歯軋りするコーンズ。

「ヴァルたちは、ギーンいや魔神デモンの相手で手一杯みたいだから、助けは来ねえぞ」

 そうヴァルたちは、道化師フッカーとやり合っており、こちらにこれるような状況ではない。
 
「コーンズ。この前も言ったが、斥候スカウトはクレバーじゃなきゃいけねぇ。なら、どうすべきか、分かるよな?」

 ヤンソンの言い含めるような言葉に、悔しげに端正な顔を歪めながら答えるコーンズ。

「ああ、見逃してやっから失せろ。その代わり、二度と俺たちの前に顔見せるな!」
「よーしよし、そうこなくっちゃ。ミック、ジント、リーラ。さっさとずらかるぞ!」
 
 リーラ、ミック、ジントを促して広間から出て行こうとするヤンソンの背中を、苦々しげに見詰めるコーンズ。
 もはや、何も言うことはないと思われたが、ヤンソンが足を止めて振り向く。

「最期の忠告。接近戦の腕も磨いとけよ。じゃあな」

 そう一言だけ言い残して、ヤンソンはスラム時代の仲間と共に広間から消えた。

「くそったれ」

 最期までヤンソンには勝てなかった。
 そんな思いがコーンズの心をジリジリと焦がして、テンションを下げまくっている。
 
「は~……と、向こうはどうなった?」

 鬱な気分をひとまず奥底に押し込め、ヴァルたちの方に顔を向けるコーンズ。
 その目に映った光景は。

「クソがぁ!」

 吠えるヴァルの拳打の連撃を、いつの間にか道化師衣装に変化したフッカーが、まるで舞うような動きで躱し捌いていた。

「ほらほら、どうしたんだい? 一発も僕に当たってないよ?」

 ケラケラと笑いながら戯けた様子で囃し立てるフッカー。

「ムカつく!」

 ヴァルが豪腕を空振りさせながらも果敢に攻撃を仕掛けている時、ミスティファーとイスカリオスは詠唱をしていた。
 
「神よ 聖なる力により 悪しき者を抑えたまえ 神聖重圧ホーリープレッシャー!」

 豊穣の神の神気がミスティファーの周囲に満ち、それがヴァルをおちょくっているフッカーへと向かう。
 神気はフッカーの身に纏わり付き、これの動きを抑制しようと圧力を掛ける。

「へ~、こんな高位の神聖術ホーリープレイも使えるんだ。だけど、まだまだ」

 愉快そうに笑うフッカー。
 体に纏わり付く神気をさほどの圧力と思ってもいないようで、その動きには全く影響が出ておらず、軽やかにヴァルの拳を躱している。

魔力破マナ・ブラスト!」

 イスカリオスの魔術ソーサリーが完成。
 凝縮された魔力マナの塊である光球が、短杖ワンドの先から発射されて、フッカーへと一直線に飛んでいく。
 
「はっ!」

 それに対するフッカーの動きは、拍子抜けするほどに単純明快だった。
 突き出した左手の掌に同じような光球を生み出し、向かってくる魔力破マナ・ブラストにぶつけたのだ。
 バチバチと音を立て消滅する二つの光球。
 
「嘘だろ……」

 呆然とするイスカリオス。
 渾身の術が、こんなに呆気なくやられるとは正しく予想外だったのだ。
 
「さて、そろそろ僕からもいかせて貰おうかな」

 そう言って、どこからか出した笑顔を象った白い仮面を被るフッカー。
 その途端に、身に纏う魔力マナが暴力的なものにまで跳ね上がった。
 
「な、何? この圧倒的な魔力?!」

 フッカーの魔力に本能的な怯えを感じるミスティファー。
 ヴァルやイスカリオスも程度こそ違うものの同じようなモノだ。
 
「これが魔神デモン魔力マナ……」

 遠くから見ているロウドも、流れてくる濃密な魔力マナを感じて固唾を飲んだ。
 アナスタシアは完全に怯え、エリザベスに抱きついている。
 
「フッカーめ、何をする……まさか、アレをやる気か?! 皆、伏せろ! 床に身を伏せろ!」

 オルフェリアが大声で警告を発する。
 何事か分からないが、切羽詰まったその声を聞いた者は素直に床に身を伏せた。
 フッカーの身の回りに無数の光点が発生した。
 そしてその光点から圧倒的な魔力マナを含んだ光線が発射される。
 フッカーを起点として全方位に発射された光線は、進行上の全ての物を貫いてひたすら伸びていった。
 壁や天井、そして運の悪い宴の招待客数人が光線により穴を穿たれることになった。
 オルフェリアの警告で床に伏せていなければ、もっと犠牲者が出ていただろう。

「どうだい、僕の力は?」

 破壊の中心に佇む道化師は、回りを見回しながら言った。
 誰もそれに答えることはできなかった。
 この圧倒的な破壊を見て、完全に萎縮してしまったのだ。

「おやおや、もうやる気が無くなったのかい? じゃ、僕も飽きてきたから、そろそろお暇させていただくとするよ」

 そう言ったフッカーの体がぼやけ始める。転移テレポートだ。
 
「オルフェリア、その子をきちんと育ててね」

 最後にそう言い残して、道化師は消えた。
 破棄し尽くされた広間は静かだった。
 魔神デモンの圧倒的な力に皆、言葉を無くしてしまったのだ。
 壁に空いた穴からは、光が差し込んでいた。
 いつの間にか、陽が昇って朝になっていたようだ。

「一晩、徹夜で戦ってたのか」
 
 疲れ切った表情で、ヴァルは言った。


港町バルトに陽が昇る  終了
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