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第5章 悪徳の港町バルト

第44話 援軍はメイド少女

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「うおおお!」

 雄叫び上げて、ぶつかり合うロンダーズとカーレルの構成員。
 防具は互いに皮鎧ソフト・レザー硬革鎧ハード・レザー
 武器はカーレル側は短剣ダガーなのに対し、ロンダーズは舶刀カトラスである。
 これは何故かというと、ロンダーズは、元はファナンシュとグレイズ間の航路を縄張りとする海賊だったから。
 少々やり過ぎて両国から手厳しく取り締まられておかに上がらざるを得なくなって、バルトに拠点を移したという経緯があり、故に主武器は、船乗りの使う舶刀カトラスなのである。
 で、このぶつかり合いであるが、武器の違いせいでカーレルの方が不利と言えた。
 間合いというか、武器の長さが倍近く違う。
 片手用刀剣の中では、船の上の取り回しを考えて短く作られている舶刀カトラスだが、さすがに短剣ダガーと比べたら長い。
 これが両手用武器相手とかなら小回りを生かして立ち回ることも可能かも知れないが、今言ったように取り回しの良いように作られた舶刀カトラス相手では、その利点もあまり生かすことができない。
 追い込まれていくカーレル勢。

「くそっ!」

 上品ではない悪態をついて、部下のサポートをしようとするエドガーだが、その前にロンダーズ部隊の指揮官である鎖帷子チェイン・メイルが立ち塞がる。
 
「おっと、お前の相手は俺だよ。エドガーさん」

 そう言って、長剣ロング・ソード円形盾ラウンド・シールドを構える鎖帷子チェイン・メイルの男。
 
「傭兵か」

 それなりに様になっているその姿を見て、男の素性を見抜くエドガー。
 
「大正解♪」

 茶化した様子で答える男。

「グレイズとファナンシュの国境で守備隊やってたんだけどな。こっちの方が楽で実入りいいんで、転職したんだよ」

 男は、楽しそうに笑みを浮かべながら喋り続ける。

「なんつっても、チンピラ相手に睨みきかせてりゃいいんだから、マジ楽だわ」

 明らかに馬鹿にした物言いで、敵のカーレルどころか、雇い主のロンダーズも嘲笑っているのが明白だ。
 
「ほう、チンピラ……ね」

 男の嘲りを聞いて、エドガーの目が細くなり、声も剣呑な雰囲気を帯びる。

「なら、そのチンピラの槍、とくと見ろ!」

 声と共に繰り出されるエドガーの槍。
 ヴァルですら躱すのがやっとだった神速の槍、傭兵崩れは反応ができなかった。
 微妙に遅れて円形盾ラウンド・シールドを上げるも、それを掠めた槍の穂先は男の左の耳の根元に突き刺さる。
 当然の如く引き千切れ、飛ぶ耳。

「あぎぃ!」

 悲鳴を上げる傭兵崩れ。
 槍を引き戻し、悲鳴を上げる傭兵崩れを揶揄するエドガー。

「チンピラ如きの槍に対応できないとは、傭兵も大したことはないな。あ、違うか。傭兵のレベルが低いんじゃなく、お前さん個人が低レベルなだけか」

 容赦の無いエドガーの嘲笑を、血の滴る左耳の痕を押さえながら浴びる傭兵崩れ。

「許さねえ……許さねえぞ、てめえ!」

 チンピラと侮っていた相手に耳を持っていかれ、上から目線で笑われる。
 傭兵崩れの自尊心はズタズタになっていた。
 先程までの余裕は何処へやら憎悪に歪んだ顔を、目の前の槍を持つ男に向ける。
 エドガーは、それを真っ正面から見返して言い放った。

「どう許さねえのか、やってみろよ。戦争が怖くなって逃げた三下が!」 
「がああ! 殺す、殺す!」

 図星を突かれたのか、目を血走らせ喚き散らしながら突っ込んでくる傭兵崩れ。
 槍を構えて迎え撃つエドガーは、ボソリと呟いた。

「こんな安い挑発に乗んなよなぁ」

 そんな対決は少し置き、場面を移してミスティファーたち二人。
 回りの環境に溶け込んだ異界生物アナザーを潰すのに、持てる魔力マナをギリギリまで使った二人だが、今は押し寄せるロンダーズの構成員を捌くのに苦労していた。
 ある程度の戦闘訓練を受けているミスティファーは連接棍フレイルを操り、チンピラを凌いでいる。
 問題は魔術師ソーサラーであるイスカリオスだ。
 短杖ワンドを必死に振り回してチンピラを牽制しているが、舶刀カトラスで切られるのも時間の問題かと思われた。

「来るな!」

 魔術師ソーサラーなど、魔力マナが無ければ只の人である。いや、下手すると只の人以下かもしれない。
 
「へっ。なんだ、コイツ。へっぴり腰じゃねえか」

 闇雲に振り回すだけの短杖ワンドを掻い潜って、舶刀カトラスの攻撃が届き始めた。
 嬲るようにわざと外套ローブを切るだけにとどめて、イスカリオスを追い込んでいく。

「く、くそ」

 少しずつ少しずつ切り刻まれていく外套ローブ
 歯噛みしながらも為す術のないイスカリオス。
 舶刀カトラスの刃先が肌を掠めるようになってきた。
 体中の至る所に赤い線を引かれていく。
 
「そろそろ飽きたな。死ねや」

 嬲っていたロンダーズの一人がそう言って、舶刀カトラスを振りかざす。
 死の刃がイスカリオスの首筋に振り下ろされるかと思われたとき、救いの手が。
 小さな爆発音のような音と共に、舶刀カトラスを振り下ろそうとしたチンピラが額に穴を開けて吹っ飛んだ。
 後頭部は大きく弾けて拳大の穴が開いている。
 仲間がいきなり謎の死に方をしたことを受けて、騒ぎ出すロンダーズ。

「な、なんだ?!」
「グレッグがやられたぞ!」
「一体、これはなんだ?!」
 
 騒ぎ立てるロンダーズのチンピラどもだが、最初に死んだグレッグとやらに何が起こったのかは、その身を以て知ることになる。
 先程と同じ小さな爆発音が連続で発生し、それと連動するようにロンダーズの構成員は頭に穴を開けて死んでいく。
 
「な、なんなんだよ!」
「なんかの攻撃か?!」
「あ、あそこに誰かいるぞ!」

 謎の攻撃に怯えまくるロンダーズのチンピラだが、一人がある方向を指差した。
 そこには、はっきり言って場違いな存在が。
 白金の髪プラチナ・ブロンドをツインテールにした、裾が踝まであるメイド服を着た十歳ぐらいの少女が、林の木の陰に隠れるようにいたのだ。
 大きな黒いトランク・ケースのような物を背負い、両手で前腕ぐらいの長さの金属の筒に握りが付いたような物を保持している。
 金属の筒の先からは煙が立ち上っていた。
 皆の見守る中、筒先の方向を変える少女。
 あの音と共に筒先から炎が小さく吹き出す。
 そして筒先の延長線上にいたチンピラが頭を撃ち抜かれて倒れる。

「もしかして、ガンか?」

 呟くイスカリオス。
 混乱を利用してチンピラを振り払ったミスティファーが、近くに寄ってきて問いただす。
 
ガンって?」
「ほら、火燃薬ファイヤ・パウダーの爆発力で鉄の玉を撃ち出す大砲カノンってあるだろ?」
「ドワーフが作った攻城兵器よね?」
「そう。ガンってのは、その大砲カノンを個人携帯用に縮小した物だよ。小さな金属の粒を火燃薬ファイヤ・パウダーの力で撃ち出すんだそうだ」

 イスカリオスの説明の最中も、次々とガンの餌食になっていくロンダーズのチンピラたち。
 見ていると、どうやら連続して撃てるのは四発ぐらいまでらしい。
 四発撃ったら、筒に付いている箱を取っ替えて、再度撃ち始める。
 
「一気にかかれ! 四人以上でかかれば、あのガキのとこまでいける!」

 目端の利く者がそれに気付いたらしく、指示を出す。

「このクソガキ!」

 六人ぐらいで少女に押し寄せるチンピラたち。
 ヤバいか。と思われたが、メイド少女の顔には勝ち誇った笑顔が浮かんでいた。

「甘いのよ!」

 背中のトランクの上部が開き、そこから丸い玉が幾つか射出される。
 その内の一つが押し寄せる男たちの真ん中に落ちた。
 ガンの発射音よりも大きい爆発音が響き、男たちが吹き飛ぶ。
 残りの玉は、ロンダーズの構成員の群れに向かっていき、これを爆発で薙ぎ倒した。
 
「ね、ねえ、イスカリオス。今のは何?」

 引き攣った顔で仲間に問うミスティファー。
 しかし、イスカリオスは答えられなかった。
 この謎のメイド少女の加勢により、戦いの天秤はカーレル側に傾いた。
 
「おら! なんか知らんが、ロンダーズの奴ら押し潰せ!」

 傭兵崩れの心臓を串刺しにして撃ち倒したエドガーが、この機を逃してなるものか、と檄を飛ばす。
 
「おー!」

 腰の引けたロンダーズに襲いかかるカーレル勢。
 傍目から見ても趨勢は決したように見える。
 
森人エルフの血を引く豊穣の女神の神官クレリックに、灰色の髪の魔術師ソーサラー。間違いない。貴方たちが〈自由なる翼〉ですか?」

 歩み寄ってきたメイド少女が、見た目と少女特有の高い声にそぐわないしっかりした言葉遣いでミスティファーに声を掛ける。

「ええ、私たちは〈自由なる翼〉のメンバーよ。危ないところをありがとう。私はミスティファー、横の人はイスカリオス。貴方は?」

 助けて貰った礼を言い自分たちの名を名乗った後、少女に名を聞くミスティファー。

「名を名乗らず、失礼しました。私の名はエリザベス。マーレ家のメイドです」

 エリザベスと名乗ったメイド少女の言葉を聞いて、思い当たるミスティファー。

「マーレ家って……貴方もしかして、アナスタシアの」
「はい、その通りです。私はアナスタシア様に仕えています。で、我が主は?」

 顔を見合わせるミスティファーとイスカリオス。

「え~、あ~……アナスタシアは、あの屋敷の中にいるわ」

 気まずそうにアナスタシアの所在を言うミスティファー。

「あの屋敷の中? あそこはここの冒険者組合ギルドで聞いた情報だと、ロンダーズという組織の館のはずでは?」

 そんないかがわしい所に何故、敬愛 (偏愛)する主がいるのか。
 訝しげに思って聞いてくるエリザベスに、ミスティファーは誠に言いにくそうに事実を述べる。

「ウチのメンバーと一緒にロンダーズに捕まっちゃってね。今から助けに行くとこだったの」
「なんですとー! それ、早く言いなさいよ! アナスタシア様、今エリザベスが助けに参ります!」

 いきなり口調と態度が変わり、血相を変えて屋敷の方へと駆け出すエリザベス。
 メイド少女の豹変にびっくりしたミスティファーとイスカリオスだったが、すぐに後を追う。
 
「なんか、あの子、変よね」
「うん。纏う魔力マナが常人のモノじゃない」
 
 後を追いながら、エリザベスを評する二人。
 屋敷が目前に迫ってきた。
 なんか騒がしい音が漏れてきている。
 宴が開かれているという話だが、それとは別の騒がしさだ。
 外で戦闘が起こっているので、招待客が怯えているのか。
 玄関に鍵が掛かっていたので、背のトランクから丸い玉・爆弾を射出してぶち破ろうするエリザベス。 

「邪魔するなあ! 爆弾ボム、射出!」

 爆弾ボムは盛大な音を立てて玄関を吹き飛ばした。
 屋敷内に突入する三人。
 廊下をひた走り、騒音のする方を目指す。
 扉の前の見張りをガンで撃ち抜いて排除し、部屋へと入る。
 そこで三人が目にしたのは異様な光景だった。
 
「ぐるあああ!」
「じゃああ!」

 大広間に響き渡る二つの獣の叫び。
 壁際には、客たちが怯えた表情で張りついている。
 彼らの恐怖の視線の先にあるのは、蠍尾獅子マンティコア、そして全身を漆黒の毛に覆われた獣人であった。
 蠍尾獅子マンティコアと黒い獣人が、血みどろの格闘戦をしているのだ。
 獣人を見たミスティファーは、声を震わせて呟いた。

「ヴァ、ヴァル!」

  
援軍はメイド少女  終了 
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