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幕間
第32話 祭り上げられた勇者
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聖剣〈天の栄光〉に選ばれし者が現れた。
そのニュースは、法王庁上層部を興奮のるつぼに叩き込んだ。
十二人の枢機卿のうち、用事で遠出している者を除いた者が緊急召集され、評議の間にて会議が始まる。
「天の栄光が使い手を選んだと言うのは本当なのですか?」
筋骨隆々の体躯の初老の男性、枢機卿のタカ派の筆頭であるブレナンが、法王に鼻息荒く問いただす。
「うむ、本当じゃ。聖剣・天の栄光が抜かれるのを、この目でしかと見た」
法王が笑みを浮かべて鷹揚に頷く。
「して、その者は一体、何者でございますか?」
ブレナンの取り巻きである、狐のような顔をした小男の枢機卿コリンズが、その細い目を光らせながら訊ねる。
「私の娘キャサリンだ」
アベルがそう言った途端、枢機卿の約半数が渋い顔になった。
ブレナンとコリンズもそれに含まれる。
渋い顔になった半数は、アベルとは仲の悪いと言うか政敵の派閥であった。
魔神殺しの四英雄の一人として鳴り物入りで入庁したアベルは、敵が多かった。
その筆頭が、元聖堂騎士団団長であったブレナンである。
三十年の長きに渡り聖堂騎士団として戦ってきたブレナンにとって、偉業とはいえ只一つの功績をもって入庁してきたアベルは、腹立たしく思えてならず、この十数年の間、水面下の政治的闘争を続けてきたのだ。
故に今回の、アベルの娘が聖剣に選ばれし勇者になったことは、大きく水をあけられたことになり、次期法王への道が遠のいたことに他ならない。
「それは喜ばしいことですな」
アベルの側でもない、ブレナン派でもない中立の立場の枢機卿、最年少三十代の伊達男アンドレが口を開いた。
「何が喜ばしいのかな? アンドレ卿」
苦々しげにブレナンが、端正な顔に微笑をたたえたアンドレに顔を向ける。
「え? 魔神殺し、太陽の申し子の娘が聖剣・天の栄光に選ばれ、勇者として立つ。これ以上の士気が高揚するニュースはないでしょう」
アンドレはブレナンの不機嫌な視線を受け流して、さも当たり前のように言った。
確かに、四英雄の娘が聖剣の勇者となった。光の陣営側の士気を高めるのにこれほど効果的なニュースはあるまい。
「ブレナン卿。今回の件、貴方にとっては面白くないことかもしれませんが、聖剣・天の栄光の意思は絶対不可侵。太陽神の御言葉と同義。我ら信徒がそれをないがしろにするなどあってはならない。違いますか?」
アンドレの柔かではあるが辛辣な言葉が、ブレナン派の反論を封じ込める。
太陽神の遣わした聖剣・天の栄光。その意思は太陽神の意思も同様。もし疑義を持つならば、太陽神を疑うと同じ。
それは、太陽神への絶対的な信仰を是とする法王庁の重鎮にとって、禁忌それ以外の何物でもない行為である。
苦虫を噛み潰したような顔で黙り込む、ブレナンとその取り巻きたち。
「アンドレの言うとおり。天の栄光が選んだ以上、それは我らにとって勇者じゃ。良いな、ブレナン」
法王の年を感じさせない圧力の篭もった視線を受けて、
「分かりました、猊下……」
と、忌々しげに口元を歪ませながら返事をするブレナン。
「良し! アベルの娘キャサリンを、天の栄光に選ばれし聖剣の勇者として、法王庁は全面的にバックアップすることとする。まずは、アレルヤ全域に通達せよ! 聖剣の勇者が現れたと!」
穏健派であるはずのアドモスですら、百五十年ぶりに聖剣の勇者が誕生したという事実に興奮して躁状態になっている。
そんな会議の様子を、アベルは内心ほくそ笑みながら見ていた。
『くっくっく……ブレナンめ、さぞかし悔しかろうな。キャサリンが勇者となった以上、次期法王の座は私に決まったも同然』
聖職者とは思えない生臭い権力志向を剥き出しにして、これからの算段を考えるアベル。
今のアベルを見たら、四英雄の残りの三人は口を揃えて言うであろう。
「変わったな」
四英雄として活動していた頃のアベルは、四角四面の潔癖性で、只ひたすらに太陽神への信仰を守ろうとするお堅く真面目な神官であった。
それが故に、ずぼらでいい加減なヴォーラスとは反りが合わず、魔神殺しを成した後は袂を分かったのだ。
しかし、神職の総本山とは思えないほど権謀が渦巻く伏魔殿の法王庁で、十数年間揉まれているうちに、純朴な青年僧侶は変わってしまった。
いや変わらざるをえなかった、と言うべきか。
『いい子だ、キャサリン。これからも私の役に立っておくれ』
今まで出来損ないの役立たずだと思っていた娘を、アベルは初めて認めるのであった。
* * *
「う~……無理無理、無理無理!」
当の勇者キャサリンは与えられた豪華な部屋で頭を抱えていた。
〈聖剣の儀〉のときは、天の栄光に囁かれてその気になってしまったが、熱が冷めて冷静になると、自分が勇者などとはとんでもないと血の気の引く思いになっているのだ。
『何を言っておるのだ。お前は私の声を聞くことができた。それこそ、お前が勇者であることの証左だ。胸を張るが良い』
弱音を吐きまくっている使い手の心に、天の栄光の声が響く。
『臆することなど何もない。この天の栄光が、お前を勇者として導いてやる!』
自己嫌悪に陥っているキャサリンに、尊大に告げる天の栄光。
「私は勇者なんて柄じゃ無いですよ。神聖術も剣技もそこそこでしかないし、度胸も無いし……」
弱々しく言ったキャサリンに、天の栄光が、これまた尊大に言う。
『人の力量の差など些末な物、私の力の前には何の問題にもならぬ。お前がどんなに弱かろうと、勇者としての力は私が貸してやる。お前は只、私を振るえばいいのだ。さすれば、どのような敵でも私が倒してやろう』
キャサリン本人の力量など必要では無い。只、剣を振るう使い手として必要なだけなのだ。
天の栄光は、そう言いきった。
何という傲慢か。
しかし、キャサリンはそれに反論することはできなかった。
太陽神の神官の娘として生まれ、信仰心を叩き込まれてきたキャサリンにとって、聖剣の言葉に反抗することなどは不可能であったのだ。
『それにお前とて、見返してやりたい者がいるのであろう? 故に私を手に取り抜いたのだろうが』
天の栄光の言葉は、確かにその通り。
父アベルと、その取り巻きたちの失望の目。
「私の娘なのに」
「太陽の申し子アベル殿の娘なのに」
そう言った視線を浴びながら育ってきたキャサリンにとって、天の栄光の言葉『力が欲しいか?』は、抗えないものであったのだ。
「それは確かにそうですけど……」
そう呟くキャサリンに、天の栄光は畳み掛ける。
『それに今更、退くことなどできんぞ。法王庁を挙げて、お前を聖剣の勇者として掲げ、対魔族の旗印にするのは明白だからな』
そう、百五十年ぶりに聖剣の使い手の勇者が現れたとなれば、光の陣営の旗印にされるのは必定。
今更、『無理です。勤まりません』など通るわけが無い。
「あう~」
呻き声を上げるキャサリン。
にっちもさっちも行かなくなったキャサリンが部屋の中央で蹲っていると、部屋の扉がノックされた。
「キャシー、俺だ。ジークだ」
同期のジークハルトだ。
「ジ、ジーク? どうしたの?」
扉越しに訊ねるキャサリン。
「少し話がしたいんだが」
「え? あ、うん。鍵は掛けてないから入って」
扉を開けて入ってくる偉丈夫ジークハルト。
部屋の中を見回して、一言。
「凄い部屋だな」
と言った。
「うん、凄い豪華だよね。聖剣の勇者専用の部屋なんだってさ」
苦笑いで部屋の批評をするキャサリンの顔を真っ正面から見詰めて、ジークは率直に聞いた。
「勇者になる覚悟はできたのか?」
ジークハルトの問いに硬直するキャサリン。
見る見るうちに目が潤んでくる。
「駄目! 勇者になんてなれるわけない!」
悲鳴に近い声を上げるキャサリン。
「そんなことも言ってられないだろう。聖剣を抜いてしまった以上、お前は勇者として周りから見られる」
同僚の冷静な言葉に、頭を抱えて蹲る勇者予定の娘。
「あ~、あん時は勢いで抜いちゃっただけなんだよ。私には無理だって!」
勇者とは思えない醜態を晒す同僚を見て、溜息をつくジークハルト。
「そんなとこだろうと思った。どうすんだよ。もう法王庁中、噂で持ちきりだぞ。勇者誕生ってな。おそらくは他のところにもお触れが回ってる」
「だって無理だもん!」
自分には無理。と言い続け蹲る同期に、ジークハルトは深呼吸をした後、男気に溢れた言葉を掛ける。
「安心しろ、お前は一人じゃない」
「え?」
顔を上げたキャサリンに、
「猊下に直談判して、お前のお供にして貰った。お前の勇者としての旅に俺もついていく」
と男臭い笑顔を見せるジークハルト。
「え? ジーク、私についてきてくれるの?」
「ああ、これから俺が支えてやる。細かいことは、こちらでしてやるから、お前は『勇者でございます』って外面良くしてればいい」
立ち上がり、泣き笑いの顔でジークハルトの腕を取り握手をするキャサリン。
「ありがとう、ジーク!」
「一緒の日に入団した腐れ縁だ。とことんまで付き合ってやるよ」
* * *
四日後、中央大聖堂の入り口前の庭にて、聖剣の勇者のお披露目は行われた。
法王庁の重鎮たち、他の神の本神殿の最高位である大司教などが見守る中、法王が声を上げる。
「百五十年ぶりに聖剣の勇者が現れた。大変に喜ばしいことだ。これを神からのメッセージと捉えるべきであると私は思う。そう、魔族に打って出ろとの! 我ら太陽と支配の神の信徒は、勇者を全面的に支援して、魔族に対して攻勢に出ようと思う。他の神の教団の方々も、どうか助力を願いたい」
穏健派であるはずのアドモスとは思えない好戦的な言葉にざわめく他神殿の大司教たち。
「よもや、主神たる太陽神の僕の勇者に力は貸せないなどと言わないでしょうな?」
他神殿の最高責任者たちを睨めつけるアドモス。
その顔には好々爺たる笑顔はなく、狂信的な歪んだ笑みが浮かんでいた。
聖剣の気にでも当てられたのであろうか。もしくは、結局この人も程度の差こそあれ、太陽神の信徒であったということか。
他神殿の大司教たちは不承不承ではあるが、勇者への助力を約束した。
そして、壇上に上がったキャサリンが、天の栄光を黄金の鞘より抜いて掲げる。
刀身から太陽の光と同じ眩い光が放たれ、参列者を照らす。
これを見た、門の外に集まっていた群衆が次々に唱和する。
「勇者、万歳!」
「聖剣の勇者、万歳!」
「魔族どもを滅ぼせ!」
こうして、聖剣・天の栄光の使い手が現れたことにより、魔族討つべし、の気運は高まっていく。
全面戦争への足音が聞こえてきていた。
祭り上げられた勇者 終了
そのニュースは、法王庁上層部を興奮のるつぼに叩き込んだ。
十二人の枢機卿のうち、用事で遠出している者を除いた者が緊急召集され、評議の間にて会議が始まる。
「天の栄光が使い手を選んだと言うのは本当なのですか?」
筋骨隆々の体躯の初老の男性、枢機卿のタカ派の筆頭であるブレナンが、法王に鼻息荒く問いただす。
「うむ、本当じゃ。聖剣・天の栄光が抜かれるのを、この目でしかと見た」
法王が笑みを浮かべて鷹揚に頷く。
「して、その者は一体、何者でございますか?」
ブレナンの取り巻きである、狐のような顔をした小男の枢機卿コリンズが、その細い目を光らせながら訊ねる。
「私の娘キャサリンだ」
アベルがそう言った途端、枢機卿の約半数が渋い顔になった。
ブレナンとコリンズもそれに含まれる。
渋い顔になった半数は、アベルとは仲の悪いと言うか政敵の派閥であった。
魔神殺しの四英雄の一人として鳴り物入りで入庁したアベルは、敵が多かった。
その筆頭が、元聖堂騎士団団長であったブレナンである。
三十年の長きに渡り聖堂騎士団として戦ってきたブレナンにとって、偉業とはいえ只一つの功績をもって入庁してきたアベルは、腹立たしく思えてならず、この十数年の間、水面下の政治的闘争を続けてきたのだ。
故に今回の、アベルの娘が聖剣に選ばれし勇者になったことは、大きく水をあけられたことになり、次期法王への道が遠のいたことに他ならない。
「それは喜ばしいことですな」
アベルの側でもない、ブレナン派でもない中立の立場の枢機卿、最年少三十代の伊達男アンドレが口を開いた。
「何が喜ばしいのかな? アンドレ卿」
苦々しげにブレナンが、端正な顔に微笑をたたえたアンドレに顔を向ける。
「え? 魔神殺し、太陽の申し子の娘が聖剣・天の栄光に選ばれ、勇者として立つ。これ以上の士気が高揚するニュースはないでしょう」
アンドレはブレナンの不機嫌な視線を受け流して、さも当たり前のように言った。
確かに、四英雄の娘が聖剣の勇者となった。光の陣営側の士気を高めるのにこれほど効果的なニュースはあるまい。
「ブレナン卿。今回の件、貴方にとっては面白くないことかもしれませんが、聖剣・天の栄光の意思は絶対不可侵。太陽神の御言葉と同義。我ら信徒がそれをないがしろにするなどあってはならない。違いますか?」
アンドレの柔かではあるが辛辣な言葉が、ブレナン派の反論を封じ込める。
太陽神の遣わした聖剣・天の栄光。その意思は太陽神の意思も同様。もし疑義を持つならば、太陽神を疑うと同じ。
それは、太陽神への絶対的な信仰を是とする法王庁の重鎮にとって、禁忌それ以外の何物でもない行為である。
苦虫を噛み潰したような顔で黙り込む、ブレナンとその取り巻きたち。
「アンドレの言うとおり。天の栄光が選んだ以上、それは我らにとって勇者じゃ。良いな、ブレナン」
法王の年を感じさせない圧力の篭もった視線を受けて、
「分かりました、猊下……」
と、忌々しげに口元を歪ませながら返事をするブレナン。
「良し! アベルの娘キャサリンを、天の栄光に選ばれし聖剣の勇者として、法王庁は全面的にバックアップすることとする。まずは、アレルヤ全域に通達せよ! 聖剣の勇者が現れたと!」
穏健派であるはずのアドモスですら、百五十年ぶりに聖剣の勇者が誕生したという事実に興奮して躁状態になっている。
そんな会議の様子を、アベルは内心ほくそ笑みながら見ていた。
『くっくっく……ブレナンめ、さぞかし悔しかろうな。キャサリンが勇者となった以上、次期法王の座は私に決まったも同然』
聖職者とは思えない生臭い権力志向を剥き出しにして、これからの算段を考えるアベル。
今のアベルを見たら、四英雄の残りの三人は口を揃えて言うであろう。
「変わったな」
四英雄として活動していた頃のアベルは、四角四面の潔癖性で、只ひたすらに太陽神への信仰を守ろうとするお堅く真面目な神官であった。
それが故に、ずぼらでいい加減なヴォーラスとは反りが合わず、魔神殺しを成した後は袂を分かったのだ。
しかし、神職の総本山とは思えないほど権謀が渦巻く伏魔殿の法王庁で、十数年間揉まれているうちに、純朴な青年僧侶は変わってしまった。
いや変わらざるをえなかった、と言うべきか。
『いい子だ、キャサリン。これからも私の役に立っておくれ』
今まで出来損ないの役立たずだと思っていた娘を、アベルは初めて認めるのであった。
* * *
「う~……無理無理、無理無理!」
当の勇者キャサリンは与えられた豪華な部屋で頭を抱えていた。
〈聖剣の儀〉のときは、天の栄光に囁かれてその気になってしまったが、熱が冷めて冷静になると、自分が勇者などとはとんでもないと血の気の引く思いになっているのだ。
『何を言っておるのだ。お前は私の声を聞くことができた。それこそ、お前が勇者であることの証左だ。胸を張るが良い』
弱音を吐きまくっている使い手の心に、天の栄光の声が響く。
『臆することなど何もない。この天の栄光が、お前を勇者として導いてやる!』
自己嫌悪に陥っているキャサリンに、尊大に告げる天の栄光。
「私は勇者なんて柄じゃ無いですよ。神聖術も剣技もそこそこでしかないし、度胸も無いし……」
弱々しく言ったキャサリンに、天の栄光が、これまた尊大に言う。
『人の力量の差など些末な物、私の力の前には何の問題にもならぬ。お前がどんなに弱かろうと、勇者としての力は私が貸してやる。お前は只、私を振るえばいいのだ。さすれば、どのような敵でも私が倒してやろう』
キャサリン本人の力量など必要では無い。只、剣を振るう使い手として必要なだけなのだ。
天の栄光は、そう言いきった。
何という傲慢か。
しかし、キャサリンはそれに反論することはできなかった。
太陽神の神官の娘として生まれ、信仰心を叩き込まれてきたキャサリンにとって、聖剣の言葉に反抗することなどは不可能であったのだ。
『それにお前とて、見返してやりたい者がいるのであろう? 故に私を手に取り抜いたのだろうが』
天の栄光の言葉は、確かにその通り。
父アベルと、その取り巻きたちの失望の目。
「私の娘なのに」
「太陽の申し子アベル殿の娘なのに」
そう言った視線を浴びながら育ってきたキャサリンにとって、天の栄光の言葉『力が欲しいか?』は、抗えないものであったのだ。
「それは確かにそうですけど……」
そう呟くキャサリンに、天の栄光は畳み掛ける。
『それに今更、退くことなどできんぞ。法王庁を挙げて、お前を聖剣の勇者として掲げ、対魔族の旗印にするのは明白だからな』
そう、百五十年ぶりに聖剣の使い手の勇者が現れたとなれば、光の陣営の旗印にされるのは必定。
今更、『無理です。勤まりません』など通るわけが無い。
「あう~」
呻き声を上げるキャサリン。
にっちもさっちも行かなくなったキャサリンが部屋の中央で蹲っていると、部屋の扉がノックされた。
「キャシー、俺だ。ジークだ」
同期のジークハルトだ。
「ジ、ジーク? どうしたの?」
扉越しに訊ねるキャサリン。
「少し話がしたいんだが」
「え? あ、うん。鍵は掛けてないから入って」
扉を開けて入ってくる偉丈夫ジークハルト。
部屋の中を見回して、一言。
「凄い部屋だな」
と言った。
「うん、凄い豪華だよね。聖剣の勇者専用の部屋なんだってさ」
苦笑いで部屋の批評をするキャサリンの顔を真っ正面から見詰めて、ジークは率直に聞いた。
「勇者になる覚悟はできたのか?」
ジークハルトの問いに硬直するキャサリン。
見る見るうちに目が潤んでくる。
「駄目! 勇者になんてなれるわけない!」
悲鳴に近い声を上げるキャサリン。
「そんなことも言ってられないだろう。聖剣を抜いてしまった以上、お前は勇者として周りから見られる」
同僚の冷静な言葉に、頭を抱えて蹲る勇者予定の娘。
「あ~、あん時は勢いで抜いちゃっただけなんだよ。私には無理だって!」
勇者とは思えない醜態を晒す同僚を見て、溜息をつくジークハルト。
「そんなとこだろうと思った。どうすんだよ。もう法王庁中、噂で持ちきりだぞ。勇者誕生ってな。おそらくは他のところにもお触れが回ってる」
「だって無理だもん!」
自分には無理。と言い続け蹲る同期に、ジークハルトは深呼吸をした後、男気に溢れた言葉を掛ける。
「安心しろ、お前は一人じゃない」
「え?」
顔を上げたキャサリンに、
「猊下に直談判して、お前のお供にして貰った。お前の勇者としての旅に俺もついていく」
と男臭い笑顔を見せるジークハルト。
「え? ジーク、私についてきてくれるの?」
「ああ、これから俺が支えてやる。細かいことは、こちらでしてやるから、お前は『勇者でございます』って外面良くしてればいい」
立ち上がり、泣き笑いの顔でジークハルトの腕を取り握手をするキャサリン。
「ありがとう、ジーク!」
「一緒の日に入団した腐れ縁だ。とことんまで付き合ってやるよ」
* * *
四日後、中央大聖堂の入り口前の庭にて、聖剣の勇者のお披露目は行われた。
法王庁の重鎮たち、他の神の本神殿の最高位である大司教などが見守る中、法王が声を上げる。
「百五十年ぶりに聖剣の勇者が現れた。大変に喜ばしいことだ。これを神からのメッセージと捉えるべきであると私は思う。そう、魔族に打って出ろとの! 我ら太陽と支配の神の信徒は、勇者を全面的に支援して、魔族に対して攻勢に出ようと思う。他の神の教団の方々も、どうか助力を願いたい」
穏健派であるはずのアドモスとは思えない好戦的な言葉にざわめく他神殿の大司教たち。
「よもや、主神たる太陽神の僕の勇者に力は貸せないなどと言わないでしょうな?」
他神殿の最高責任者たちを睨めつけるアドモス。
その顔には好々爺たる笑顔はなく、狂信的な歪んだ笑みが浮かんでいた。
聖剣の気にでも当てられたのであろうか。もしくは、結局この人も程度の差こそあれ、太陽神の信徒であったということか。
他神殿の大司教たちは不承不承ではあるが、勇者への助力を約束した。
そして、壇上に上がったキャサリンが、天の栄光を黄金の鞘より抜いて掲げる。
刀身から太陽の光と同じ眩い光が放たれ、参列者を照らす。
これを見た、門の外に集まっていた群衆が次々に唱和する。
「勇者、万歳!」
「聖剣の勇者、万歳!」
「魔族どもを滅ぼせ!」
こうして、聖剣・天の栄光の使い手が現れたことにより、魔族討つべし、の気運は高まっていく。
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