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第3章 グレタ攻防戦
第14話 英雄の子
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大鬼は大混乱に陥っていた。
ひ弱な平人どもをいたぶるのに夢中になっていたら、急襲されたのだ。
卑怯にも後ろから襲ってきた輩は、白銀に輝く鎧に身を包んだ奴らだった。
確かボスが『テンプルナイツ』とか言ってた奴らだ。
コイツらは、目の前の弱っちい奴らと違って強かった。
きっちりと盾でこちらの攻撃を受け流し、反撃を返してくる。
コイツらの持つ嫌な光を纏った武器は、下手な武器など通さない頑強な自分たちの体を、いとも容易く切り裂き叩き潰した。しかも、それでやられた傷は再生しない。
次々とやられていく仲間たち。
平人を殺す側だったのに、殺される側になっている。
何故だ、何でこうなる。
大鬼は足りない頭をこねくり回して、どうやって挽回するかを考える。
しかし、小鬼にすら馬鹿にされる残念な頭では何もいい案は浮かばなかった。
強くて賢いボスに判断を仰ごうとするが、自分たち大鬼が持つような馬鹿げた武器を持った平人の戦士との戦いに夢中で、こちらに顔を向けることすらしない。
大鬼はボスに助けを求めた。
「△△○△○○!」
魔族語で発せられた、その声で初めてボス古大鬼は、戦況が変わっていることに気付いたようだ。
「いつの間に聖堂騎士団が!」
驚く古大鬼に、ヴァルは嘲笑を向ける。
「さっきから来てたぞ。戦いになると周りが見えなくなるのは、所詮は大鬼だな。上位種が聞いて呆れる」
ヴァルの嘲笑に激昂する古大鬼。ある程度自覚している痛いところを突かれたのだ。
「だ、黙れ! 俺を愚弄する気か!」
怒りのまま力任せの大振り、金棒の最上段からの振り下ろしを繰り出す。
それを見逃すヴァルではない。挑発に乗って放たれた隙だらけの攻撃を左にサイドステップで躱し、大鬼殺しを左下段から斜め右上に切り上げる。
大鬼の使っていた蛮刀が元である穂先の刃は、何の力を付与しなくても古大鬼の頑強な体にも通用した。
金棒を振り下ろした状態の両腕上腕に食い込み、下手な鎧より堅い表皮・筋肉・骨を断ち、これを切断する。
「おごあああ!」
苦痛の唸りを上げる古大鬼。
今までの戦いの中で、ここまで苦戦したことは無かった。
数多の冒険者や騎士を血の詰まったズタ袋にしてきた愛用の金棒の攻撃は、全ていなされ躱されて目の前の男の体には届いていない。
男の攻撃によって、逆に両腕を切り落とされてしまい、古大鬼のプライドは深く傷付いていた。
「何故だ。何故、俺の攻撃が通用しない……平人如きに何故、こうまでやられる」
泣きそうな声で呟く古大鬼。
それに対してヴァルは、
「平人、平人って舐めてんじゃねえよ! 俺たちはなあ元が低い分、鍛えれば鍛えるほど強くなれるんだよ! 身内自慢するようでアレだが、俺の親父とお袋は仲間と組んで、魔神殺しやってのけたぞ」
と、獰猛な笑みを向ける。
「やっぱり、あの人はヴォーラスさんとリリアナさんの……」
一般大鬼の相手をしながら、その戦いを見ていたキャサリンは、ヴァルの言葉を聞いて確信した。
やはり、あの大男の戦士は、父アベルと共に魔神と戦い、これを討ち果たした大鬼殺しヴォーラスと月の戦乙女リリアナの息子なのだ。
魔神殺しを成した十七年前に袂を分かっており、それ以降は没交渉らしいので、その後に生まれたキャサリンは二人に会ったことは無い。
勲詩でしか知らない父の仲間に想像を巡らせていたが、その子供を見て、自分との違いにショックを受けていた。
英雄と称えられ、太陽の申し子と言う二つ名の父と違い、自分は神聖術の才能はそこそこでしか無かった。
故に剣の腕を磨いた。だが、こちらもそこそこだった。
辛うじて聖騎士の称号は貰えたが、自分には才能が無いのだと落ち込んだ。
エリートである聖堂騎士団への入団の話が上がったが、実力で選ばれた訳ではない、と思った。
次期法王と名高い枢機卿の父の威光があってこそ、としか思えなかったのだ。
だから固辞した。自分には、その資格が無いと。
そうしたら、父に怒られた。
「聖堂騎士団への入団の話を蹴るなど。何を考えている!」
初めて、父に反抗した。
「私は、父様のような才能はありません。聖堂騎士団に入っても足手まといになるだけです」
「馬鹿者! 太陽神の信徒の武の象徴たる聖堂騎士団。それへの入団を蹴ったなどとなれば、他の枢機卿から何を言われるか、分かっているのか? お前は、私の顔に泥を塗る気か!」
父は取り合ってくれなかった。
こうして不本意なまま、聖堂騎士団に入団した。
配属先は、宗教都市キタンから見て魔族の勢力範囲とは反対方向にあり、比較的安全なグレイズ支部。ここら辺にも、やはり父の取り巻きの配慮があったのだろう。
まあ、そこで配属そうそう、この大規模戦闘に巻き込まれたわけだが。
そんな風に偉大すぎる父にコンプレックスを持つキャサリンは、目の前の戦士は眩しく映った。
同じく英雄と称えられる親を持つ男は、雄々しく荒々しかった。
まるで勲詩の父親ヴォーラスを彷彿とさせる戦い振りで、父から受け継いだのだろう大鬼殺しを振るう姿は堂に入っていた。
正しく英雄の子と言うに相応しいものである。自分とは大違いだ。
鬱屈した思いのキャサリンが見守る中、ヴァルは古大鬼にトドメを刺そうとしていた。
「じゃあな」
そう言って、上段に構えた大鬼殺しを、袈裟切りにしようと振り下ろす。
が、それは古大鬼の前に現れた光の壁によって止められた。
「防御壁?!」
そう、それは神官の使う防御壁に似ていた。
だが、防御壁が一面に立つ正しく壁なのに対して、それは古大鬼の前にのみあるのが違う。
「魔力盾か?」
イスカリオスが、それを見て呟く。
助かった当の古大鬼も困惑していた。
「こ、これは?」
敵味方共に困惑している中、古大鬼の隣に、小柄な影が出現した。
漆黒の貴族令嬢が着るようなドレスに身を包み、艶やかな黒髪を腰当たりまで伸ばした十代半ばに見える青白い肌の吊り目の美少女。
しかし、その虹彩は人にはあり得ない深紅であり、額からは一本のねじくれた角が生えていた。
魔族、それも魔人だ。
「申し訳ないけど、この木偶の坊、貰っていくわよ。レグ、さっさと退きなさい」
魔少女はヴァルに共通語で言った後、傍らの古大鬼に魔族語で面倒くさそうに言った。
「パメラ! 邪魔をするな!」
自分の半分以下の背丈の少女に魔族語で怒鳴る、レグと呼ばれた古大鬼。
パメラと呼ばれた魔少女は、レグの顔を見上げて口を開く(以下、魔族語)。
「あのね、どう見てもアンタの負けでしょ。別にアンタが死のうがどうでもいいんだけど、アンタの親父さんや一族がうるさいのよ。分かる? もう、外の戦いも半分近くやられて、軍団瓦解してんだから、引き時よ。これからリーズ様、迎えに行かなきゃいけないんだから、無駄な時間取らせないでよね」
令嬢然とした見た目からは想像できない、はすっぱな口調で言い放ち、レグの腹に手を当てて詠唱を始める。
「魔力盾を維持したまま、他の術の詠唱ができるのか!」
イスカリオスの驚きの言葉通り、レグの前の障壁は健在で大鬼殺しを受け止めたままである。
このパメラという名の魔少女は、これを維持したままで次の術の詠唱をしているのだ。
「○○△○!」
パメラが詠唱を完了すると共に、レグの巨体がぼやけ始めた。
「おい、大鬼殺しの息子! 今日はお前の勝ちにしといてやる! 次は俺が勝つからな!」
そう負け惜しみを言いながら、レグはこの場から消えた。
「転移? 超高等魔術だぞ」
呆然とするイスカリオス。
そんなイスカリオスを見て、ケラケラ笑うパメラ。
「まあ、人間には難しいかもねえ……さて、愛しのリーズ様を迎えに行くからどいてちょうだい」
そう共通語で言って、右掌を一同に向ける。
短い詠唱、その掌に生ずる炎。
「○△!」
魔少女の気合いのこもった声と共に、掌中の炎より無数の小火球が生み出されて、聖堂騎士団そして冒険者に襲いかかる。
連続して起こる小規模な爆発とそれに紛れる悲鳴。
それが収まった後に残ったのは、大火傷を負って倒れる低ランク冒険者たち。
聖堂騎士団や〈自由なる翼〉の面々は、火球を盾で止めるなり、得物で払うなりはしたもののかなりのダメージを負い蹲っていた。
「小さい爆炎球を複数放つなんて……」
魔族の使う術のレベルの高さに恐れを禁じ得ないイスカリオス。
「あら、もう立てないの? だらしないわね」
鈴のような声音で嘲りの声を上げるパメラ。
「あ、貴方は一体、何者なんですか? いくら魔人とはいえ、レベルが違いすぎる」
イスカリオスが片膝を付きながら尋ねる。
そう、過去に何体か倒した魔人とは格段に強さが違うのだ。この魔少女は。
「アタシが何者か知りたいの? いいわ、教えてあげる。魔神将が一柱たる魔老公ムドウの孫娘パメラ。今後、会うことがあるか分からないけど、よろしくね。じゃあ、さようなら」
自己紹介を締めくくり、魔神将の孫娘は無人の野を歩く如く悠々と歩き去る。
進む先は中央広場。先程、ちらりと言った通り、黒騎士リーズの元へ行くのだろう。
魔神で特に力を持ち、固有の軍団を有する者たち。それが魔神将。
中でも最高の魔力を有すると言われているのが、魔老公ムドウであり、その孫娘と言うのなら、あの凄まじい術の数々も納得がいくというモノだ。
誰もがレベルの違いに圧倒され、動けなくなっていた。
しかし、そんなこと気にしない馬鹿が一人。
「おおおっ!」
雄叫びを上げて、両脚を踏ん張って立ち上がるヴァル。
火傷もそのままに、己も中央広場へと足を向ける。
「ちょ、ちょっと! どこ行くんですか? まさか、今の魔族を追いかけるつもりですか?」
キャサリンはヴァルの行動が信じられなかった。
あれだけの格の違いを見せつけられても、猶も立ち向かおうというのか、と。
ヴァルの口から出た言葉は、
「今、中央広場で俺の仲間が一人で魔族の騎士を食い止めてるんだ。加勢に行かなきゃなんねえ」
だった。
その言葉を聞いて、コーンズ、ミスティファー、イスカリオスも立ち上がる。
「あ~、世話が焼ける」
「やるしかないわね」
「勝てる公算、低いけどね……」
最後のイスカリオスのはボヤキに近かったが、それでも一人戦うロウドを助けに行くことには賛成のようだ。
キャサリンは心震えていた。これが英雄の子とその仲間なのだと。
「私も連れて行ってください!」
思わず口に出ていた。
「私はキャサリン! 太陽の申し子アベルの娘です!」
英雄の子 終了
ひ弱な平人どもをいたぶるのに夢中になっていたら、急襲されたのだ。
卑怯にも後ろから襲ってきた輩は、白銀に輝く鎧に身を包んだ奴らだった。
確かボスが『テンプルナイツ』とか言ってた奴らだ。
コイツらは、目の前の弱っちい奴らと違って強かった。
きっちりと盾でこちらの攻撃を受け流し、反撃を返してくる。
コイツらの持つ嫌な光を纏った武器は、下手な武器など通さない頑強な自分たちの体を、いとも容易く切り裂き叩き潰した。しかも、それでやられた傷は再生しない。
次々とやられていく仲間たち。
平人を殺す側だったのに、殺される側になっている。
何故だ、何でこうなる。
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強くて賢いボスに判断を仰ごうとするが、自分たち大鬼が持つような馬鹿げた武器を持った平人の戦士との戦いに夢中で、こちらに顔を向けることすらしない。
大鬼はボスに助けを求めた。
「△△○△○○!」
魔族語で発せられた、その声で初めてボス古大鬼は、戦況が変わっていることに気付いたようだ。
「いつの間に聖堂騎士団が!」
驚く古大鬼に、ヴァルは嘲笑を向ける。
「さっきから来てたぞ。戦いになると周りが見えなくなるのは、所詮は大鬼だな。上位種が聞いて呆れる」
ヴァルの嘲笑に激昂する古大鬼。ある程度自覚している痛いところを突かれたのだ。
「だ、黙れ! 俺を愚弄する気か!」
怒りのまま力任せの大振り、金棒の最上段からの振り下ろしを繰り出す。
それを見逃すヴァルではない。挑発に乗って放たれた隙だらけの攻撃を左にサイドステップで躱し、大鬼殺しを左下段から斜め右上に切り上げる。
大鬼の使っていた蛮刀が元である穂先の刃は、何の力を付与しなくても古大鬼の頑強な体にも通用した。
金棒を振り下ろした状態の両腕上腕に食い込み、下手な鎧より堅い表皮・筋肉・骨を断ち、これを切断する。
「おごあああ!」
苦痛の唸りを上げる古大鬼。
今までの戦いの中で、ここまで苦戦したことは無かった。
数多の冒険者や騎士を血の詰まったズタ袋にしてきた愛用の金棒の攻撃は、全ていなされ躱されて目の前の男の体には届いていない。
男の攻撃によって、逆に両腕を切り落とされてしまい、古大鬼のプライドは深く傷付いていた。
「何故だ。何故、俺の攻撃が通用しない……平人如きに何故、こうまでやられる」
泣きそうな声で呟く古大鬼。
それに対してヴァルは、
「平人、平人って舐めてんじゃねえよ! 俺たちはなあ元が低い分、鍛えれば鍛えるほど強くなれるんだよ! 身内自慢するようでアレだが、俺の親父とお袋は仲間と組んで、魔神殺しやってのけたぞ」
と、獰猛な笑みを向ける。
「やっぱり、あの人はヴォーラスさんとリリアナさんの……」
一般大鬼の相手をしながら、その戦いを見ていたキャサリンは、ヴァルの言葉を聞いて確信した。
やはり、あの大男の戦士は、父アベルと共に魔神と戦い、これを討ち果たした大鬼殺しヴォーラスと月の戦乙女リリアナの息子なのだ。
魔神殺しを成した十七年前に袂を分かっており、それ以降は没交渉らしいので、その後に生まれたキャサリンは二人に会ったことは無い。
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英雄と称えられ、太陽の申し子と言う二つ名の父と違い、自分は神聖術の才能はそこそこでしか無かった。
故に剣の腕を磨いた。だが、こちらもそこそこだった。
辛うじて聖騎士の称号は貰えたが、自分には才能が無いのだと落ち込んだ。
エリートである聖堂騎士団への入団の話が上がったが、実力で選ばれた訳ではない、と思った。
次期法王と名高い枢機卿の父の威光があってこそ、としか思えなかったのだ。
だから固辞した。自分には、その資格が無いと。
そうしたら、父に怒られた。
「聖堂騎士団への入団の話を蹴るなど。何を考えている!」
初めて、父に反抗した。
「私は、父様のような才能はありません。聖堂騎士団に入っても足手まといになるだけです」
「馬鹿者! 太陽神の信徒の武の象徴たる聖堂騎士団。それへの入団を蹴ったなどとなれば、他の枢機卿から何を言われるか、分かっているのか? お前は、私の顔に泥を塗る気か!」
父は取り合ってくれなかった。
こうして不本意なまま、聖堂騎士団に入団した。
配属先は、宗教都市キタンから見て魔族の勢力範囲とは反対方向にあり、比較的安全なグレイズ支部。ここら辺にも、やはり父の取り巻きの配慮があったのだろう。
まあ、そこで配属そうそう、この大規模戦闘に巻き込まれたわけだが。
そんな風に偉大すぎる父にコンプレックスを持つキャサリンは、目の前の戦士は眩しく映った。
同じく英雄と称えられる親を持つ男は、雄々しく荒々しかった。
まるで勲詩の父親ヴォーラスを彷彿とさせる戦い振りで、父から受け継いだのだろう大鬼殺しを振るう姿は堂に入っていた。
正しく英雄の子と言うに相応しいものである。自分とは大違いだ。
鬱屈した思いのキャサリンが見守る中、ヴァルは古大鬼にトドメを刺そうとしていた。
「じゃあな」
そう言って、上段に構えた大鬼殺しを、袈裟切りにしようと振り下ろす。
が、それは古大鬼の前に現れた光の壁によって止められた。
「防御壁?!」
そう、それは神官の使う防御壁に似ていた。
だが、防御壁が一面に立つ正しく壁なのに対して、それは古大鬼の前にのみあるのが違う。
「魔力盾か?」
イスカリオスが、それを見て呟く。
助かった当の古大鬼も困惑していた。
「こ、これは?」
敵味方共に困惑している中、古大鬼の隣に、小柄な影が出現した。
漆黒の貴族令嬢が着るようなドレスに身を包み、艶やかな黒髪を腰当たりまで伸ばした十代半ばに見える青白い肌の吊り目の美少女。
しかし、その虹彩は人にはあり得ない深紅であり、額からは一本のねじくれた角が生えていた。
魔族、それも魔人だ。
「申し訳ないけど、この木偶の坊、貰っていくわよ。レグ、さっさと退きなさい」
魔少女はヴァルに共通語で言った後、傍らの古大鬼に魔族語で面倒くさそうに言った。
「パメラ! 邪魔をするな!」
自分の半分以下の背丈の少女に魔族語で怒鳴る、レグと呼ばれた古大鬼。
パメラと呼ばれた魔少女は、レグの顔を見上げて口を開く(以下、魔族語)。
「あのね、どう見てもアンタの負けでしょ。別にアンタが死のうがどうでもいいんだけど、アンタの親父さんや一族がうるさいのよ。分かる? もう、外の戦いも半分近くやられて、軍団瓦解してんだから、引き時よ。これからリーズ様、迎えに行かなきゃいけないんだから、無駄な時間取らせないでよね」
令嬢然とした見た目からは想像できない、はすっぱな口調で言い放ち、レグの腹に手を当てて詠唱を始める。
「魔力盾を維持したまま、他の術の詠唱ができるのか!」
イスカリオスの驚きの言葉通り、レグの前の障壁は健在で大鬼殺しを受け止めたままである。
このパメラという名の魔少女は、これを維持したままで次の術の詠唱をしているのだ。
「○○△○!」
パメラが詠唱を完了すると共に、レグの巨体がぼやけ始めた。
「おい、大鬼殺しの息子! 今日はお前の勝ちにしといてやる! 次は俺が勝つからな!」
そう負け惜しみを言いながら、レグはこの場から消えた。
「転移? 超高等魔術だぞ」
呆然とするイスカリオス。
そんなイスカリオスを見て、ケラケラ笑うパメラ。
「まあ、人間には難しいかもねえ……さて、愛しのリーズ様を迎えに行くからどいてちょうだい」
そう共通語で言って、右掌を一同に向ける。
短い詠唱、その掌に生ずる炎。
「○△!」
魔少女の気合いのこもった声と共に、掌中の炎より無数の小火球が生み出されて、聖堂騎士団そして冒険者に襲いかかる。
連続して起こる小規模な爆発とそれに紛れる悲鳴。
それが収まった後に残ったのは、大火傷を負って倒れる低ランク冒険者たち。
聖堂騎士団や〈自由なる翼〉の面々は、火球を盾で止めるなり、得物で払うなりはしたもののかなりのダメージを負い蹲っていた。
「小さい爆炎球を複数放つなんて……」
魔族の使う術のレベルの高さに恐れを禁じ得ないイスカリオス。
「あら、もう立てないの? だらしないわね」
鈴のような声音で嘲りの声を上げるパメラ。
「あ、貴方は一体、何者なんですか? いくら魔人とはいえ、レベルが違いすぎる」
イスカリオスが片膝を付きながら尋ねる。
そう、過去に何体か倒した魔人とは格段に強さが違うのだ。この魔少女は。
「アタシが何者か知りたいの? いいわ、教えてあげる。魔神将が一柱たる魔老公ムドウの孫娘パメラ。今後、会うことがあるか分からないけど、よろしくね。じゃあ、さようなら」
自己紹介を締めくくり、魔神将の孫娘は無人の野を歩く如く悠々と歩き去る。
進む先は中央広場。先程、ちらりと言った通り、黒騎士リーズの元へ行くのだろう。
魔神で特に力を持ち、固有の軍団を有する者たち。それが魔神将。
中でも最高の魔力を有すると言われているのが、魔老公ムドウであり、その孫娘と言うのなら、あの凄まじい術の数々も納得がいくというモノだ。
誰もがレベルの違いに圧倒され、動けなくなっていた。
しかし、そんなこと気にしない馬鹿が一人。
「おおおっ!」
雄叫びを上げて、両脚を踏ん張って立ち上がるヴァル。
火傷もそのままに、己も中央広場へと足を向ける。
「ちょ、ちょっと! どこ行くんですか? まさか、今の魔族を追いかけるつもりですか?」
キャサリンはヴァルの行動が信じられなかった。
あれだけの格の違いを見せつけられても、猶も立ち向かおうというのか、と。
ヴァルの口から出た言葉は、
「今、中央広場で俺の仲間が一人で魔族の騎士を食い止めてるんだ。加勢に行かなきゃなんねえ」
だった。
その言葉を聞いて、コーンズ、ミスティファー、イスカリオスも立ち上がる。
「あ~、世話が焼ける」
「やるしかないわね」
「勝てる公算、低いけどね……」
最後のイスカリオスのはボヤキに近かったが、それでも一人戦うロウドを助けに行くことには賛成のようだ。
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