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第3章 グレタ攻防戦

第13話 血に染まる大通り

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 中央広場でロウドとリーズが死闘を展開していた時、大通りの方でも一つの戦いがあった。

「その武器! お前が大鬼殺しオーガ・キラーとか名乗っている平人ノーマンか?」
 
 町の中に侵攻してきた大鬼オーガの一団の内の一匹 (人?)が、ヴァルの持つ大鬼殺しオーガ・キラーを見て、共通語コモンで問いただしてきた。
 
「そう名乗ってたのは親父だ。俺じゃない」

 別に答える必要などはないのだが、一応返事を返すヴァル。
 ヴァルの返事を聞いて、その顔に獰猛な笑みを浮かべる大鬼オーガ
 
「なるほど息子か。まあ、本人だろうと息子だろうと問題は無い。それを返して貰うぞ」

 毛皮そのままの鎧ハイド・アーマーを着ている他の大鬼オーガと違い、きちんとした金属製の胸甲ブレストを着込んでいるソイツは、手に持った超大型の金棒モール大鬼殺しオーガ・キラーを指し示す。
 
大鬼殺しオーガ・キラーを?」
「そうだ! それは我ら大鬼オーガにとって恥の象徴! お前の父親によって奪われ、数多の同胞を屠ってきた忌まわしき武器! 回収させて貰う!」

 そう言って金棒モールをこちらに向けてくる大鬼オーガを醒めた目で見るヴァル。

「メンドくせぇ」

 思わず呟きが漏れた。
 そう、父親の武器をただ譲り受けただけなのに、なんか面倒臭いことになってる気がする。
 そもそも、この大鬼オーガはなんなのか。
 力任せに暴れ回るだけの一般の大鬼オーガと比べて、かなり装備や頭の程度が違う。

「まさか、古大鬼ハイ・オーガ?」

 一連のやり取りを黙って見ていたイスカリオスが、言葉を漏らした。
 
「ハイ・オーガ? なんだ、そりゃ?」

 目は鎧の大鬼オーガに向けたままで、イスカリオスに聞くヴァル。

「神代の頃に産み出された頃の優れた能力を保ち続けている高位の大鬼ハイクラス・オーガだよ。私も古い文献でしか知らないけど、術を使いこなすらしい」

 説明するイスカリオス。だが当の本人が、その説明を信じ切ってないように見えるのは気のせいか。
 まあ、小鬼ゴブリンにすら、神官クレリック呪術師シャーマンがいるのだから、大鬼オーガも術を使えてもおかしくないが、ピンとこないのは確かだ。
 大鬼オーガと言えば、『大男、総身に知恵が回りかね』を地で行く魔族ダークワンである。
 動物から剝いだ毛皮をそのまま着込み、樹木を削り出した棍棒か、与えられた武器を振り回すだけの力任せの狂戦士バーサーカー
 あの小鬼ゴブリンどもにすら内心馬鹿にされている、という噂のある魔族ダークワン切っての特攻野郎。それが一般的な大鬼オーガ像である。
 まあ、目の前の鎧の大鬼オーガはそれなりに理知的であり、普通のとは違うことは確かなのだが。
 
「ほう、俺たちのことを知っている平人ノーマンがいたとはな。そう、俺は上位種だ。代を重ねて能力も知能も劣化した普通の大鬼オーガとは違う」

 胸甲ブレストを着込んだ古大鬼ハイ・オーガは、そう言って自慢気に胸を張った。
 大鬼オーガの上位種。
 正直言って信じがたいが、取りあえず『そういうもんだ』と割り切ることにしたヴァル。

「で、そのお偉い上位種様は、どうする気だ?」
「決まっているだろう。お前を殺して、それを取り返す。お前ら、他の奴らの相手をして邪魔が入らないようにしろ!」

 そう配下の一般大鬼オーガに指示を出して、自分はヴァルへと突進する古大鬼ハイ・オーガ
 
「いいね、普通の大鬼オーガにゃ飽きてたとこだ」

 不敵な笑みを浮かべながら、大鬼殺しオーガ・キラーを構えるヴァル。

「我が一撃、受けきれるか!」

 大鬼オーガとは思えない猛スピードで間合いを詰め、右横から金棒モールをフルスイング。
 
「は、速え!」

 予想を遥かに上回るスピードに対応が遅れ、何とか大鬼殺しオーガ・キラーでガードする。
 が、上位種と言うだけあってスピードだけではなく、膂力も普通の大鬼オーガとは違っていた。
 脚を踏ん張ったものの勢いを受け止めきれずに吹き飛び、店の壁に背中から叩け付けられるヴァル。

「ぐはっ!」

 背中から突き抜ける衝撃。ガードには成功したものの腕には軽い痺れが走っている。

「ちょっと甘く見てたか?」

 大鬼オーガに毛が生えた程度と思っていたら、かなり危険な相手だった。
 調子に乗って相手の力量を見誤っていたのを痛感するヴァル。
 
「俺もまだまだだな。親父とお袋にどやされる」

 そんなヴァルに対して、金棒モールが振り下ろされた。
 それを横にした大鬼殺しオーガ・キラーで受ける。
 駆け出し戦士ならそのままペチャンコになりそうな程の重い一撃の衝撃が体にのし掛かる。
 
「ぐうっ!」

 唸り声を上げ、全身を踏ん張って堪えるヴァル。

「ああっ、ヴァル!」

 悲鳴を上げるミスティファー。
 援護に向かおうとしても、大鬼オーガの一団が襲いかかってきているために動けない。
 何せ〈自由なる翼〉のコンセプトは、ヴァルが一人で前衛を担当し、残りは後ろから援護するというモノだ。
 ミスティファーは後衛型の神官クレリック、コーンズは遠距離攻撃専門、イスカリオスは魔術師ソーサラー、と接近戦は得意ではない奴らしかいない。
 よって大鬼オーガの猛攻は、格の落ちるパーティの前衛が必死に食い止め、三人は後ろからそれをサポートしていた。
 
「畜生! こんなことなら、毒矢ポイズン・アロー用意しとくんだった」

 コーンズが愚痴をこぼす。
 短弓ショート・ボウアローでは、生命力の旺盛な大鬼オーガには大したダメージにならない。
 目などの急所を狙おうとしても、野生の勘とでもいうのか大鬼オーガどもは、上手く体をずらすか、腕を目の前に持ってくるなどするために、効果的な攻撃にならないのだ。
 そしてミスティファーは、ひたすら大鬼オーガにぼてくり回されている他パーティの前衛たちに治癒ヒールを掛け続け、それ以外の行動が取れない。
 頼みの綱はイスカリオスの魔術ソーサリーだが、大鬼オーガの後ろから小鬼ゴブリンが散発的に射かけてくる弓矢によって詠唱が邪魔されていた。
 まあ、どんなに強い冒険者でも軍勢には為す術も無いのだ。大軍には大軍を持ってくるしか無い。
 少人数の英雄で魔物の軍勢を相手にするなど、それこそお伽話の中でしかあり得ない。
 
「くそったれ!」

 格下パーティの戦士が叫ぶ。
 太陽神の神聖儀式による結界術〈聖域サンクチュアリ〉が張られているから大鬼オーガも弱体化しており、それで何とか格下パーティでも食い止められているが、いつまでつかは分からない。
 最大の攻撃力を持つヴァルが古大鬼ハイ・オーガによって足止めされている、今の状況はかなりヤバいと言える。
 
「おあっ!」

 大鬼オーガ戦嘴ウォー・ピックをまともに食らった戦士ファイター胸甲ブレストに穴を開けて倒れる。
 心臓にほど近い致命傷で、即死したのだろう。ピクリとも動かない。
 これで一人、壁役が減った。
 
「こ、こんなことなら、格好つけずに逃げりゃ良かった……」

 今になって、後方の弱小パーティの皮鎧ソフト・レザーを着た斥候スカウトが泣き言を言い始めた。
 投石紐スリングで必死に石を投げつけているが、はっきり言って役に立っていない。
 へっぴり腰でやってるので、大鬼オーガに何らのダメージも与えてないのだ。
 
「い、今さら言ってもしゃあねえだろ! 覚悟決めて残ったんだろ、俺たち!」
 
 仲間であろう鋲打ち革鎧スタデット・レザーを着た戦士ファイターが、慣れない手つきで弩弓クロス・ボウを撃ちながら斥候スカウトを怒鳴りつける。
 
「守備隊や聖堂騎士団テンプルナイツはどうしたんだよ!」

 斥候スカウトが悲鳴に近い声を上げる。
 
 大通りは血に染まっていた。
 魔族ダークワン魔獣モンスター、そして人の血に。
 誰がどう見ても劣勢なのは人間側だった。
 最初は〈自由なる翼〉の活躍もあり冒険者側が有利だった。
 しかし大鬼オーガの登場により、完全に天秤は逆に傾いたと言える。
 最大戦力のヴァルが古大鬼ハイ・オーガによって封じられたのが痛かった。
 大鬼オーガは再生能力を少しではあるが有しているため、一撃で大ダメージを与えなければ倒すことは難しい。
 決定打に欠ける者しかいない今の状況では、戦況をひっくり返すのは難しいだろう。
 そんな風に、誰もが負けを意識し始めた時、救いの神は現れた。

我は正義なりアイムジャスティス!」

 門の方から響く掛け声。
 聖堂騎士団テンプルナイツだ。
 
 門の外で魔族ダークワン本隊と戦っていた聖堂騎士団テンプルナイツと守備隊、そして伯爵麾下の騎士や兵隊。
 だが、大鬼オーガの一団が町中に入ったのを見たクリント団長が、十人ほどを向かわせたのだ。
 大鬼オーガの群れに後ろから襲いかかる聖堂騎士団テンプルナイツ
 その中には、先程の女性騎士キャサリンもいた。
 先輩たちみたいに、『我は正義なりアイムジャスティス』と叫ぶ気にはならず、黙々と必死に剣を振るうキャサリン。
 
「ふええ、凄い! あの人、強そうな大鬼オーガと一騎打ちしてる! あ、あれ? もしかして、あれって大鬼殺しオーガ・キラー?」

 父から何度も聞かされていた、反りの合わなかった戦友の愛用の武器、大鬼殺しオーガ・キラー
 それが今、目の前で振るわれていた。


血に染まる大通り  終了 
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