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第3章 グレタ攻防戦
第11話 火蓋は切られた
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「超大型弩弓で、巨人を狙え! あの岩を城壁に食らったらヤバい!」
城壁上の守備隊の指揮官が指示を出す。
部下が急いで、四台ある超大型弩弓に取り付いた。
既に弦は引いてセットしてあるので、後は狙いを付けて引き金を引くだけだ。
魔軍の中に立つ三匹の巨人の巨体に狙いを付け、引き金を操作する。
極限まで引き絞られた弦が留め金より解放されて、槍かと見紛うような太く長い矢を中空へと押し出された。
四本の矢は夜空を駆け抜け、その内の二本が、右の巨人の胸に、左の巨人の右目に突き刺さった。
苦痛の叫びを上げ、倒れる左の巨人。
しかし、右の方の巨人には、それほど深くは刺さらなかったらしく、少々たたらを踏んだ程度で持ち直してしまった。
無傷の真ん中と、軽傷の右の巨人は、倒れた仲間の方を見て悲しそうに吠え、仇を討たんと足元の台車に乗せた岩石を手に取る。
また、岩を投げる気だ。
それを見た指揮官は慌てて、
「急いで第二射の用意!」
と部下に指示を出す。
台尻にある巻き上げ機のハンドルを回して弦を引き絞っていく守備隊員。あまりにも強力な弦のため、人力では引くことができないのだ。
引き切ったところで弦が留め金に引っかかる。
足元から専用の太い矢を持ち上げ、台の上にセットし終えたところで、城壁が揺れた。
巨人の投げた岩が直撃したのだ。
指揮官が見下ろしてみると、積み上げた石材の表面が破損して崩れているのが見えた。
強固な城壁故、一回食らったぐらいではやられはしないが、何発も直撃したら流石に危険だと思われる。
「第二射、撃てえ!」
指揮官の叫びと共に放たれる槍のような矢が、巨人へと飛んでいく。
このような遠距離攻撃の応酬の中、地上でも動きがあった。
巨木をそのまま削り出したかのような巨大な丸太を、大鬼が四匹がかりで持って、門へと向かって突進しているのだ。
おそらく、あの丸太を破城鎚の代わりにして門を破ろうというのだろう。
城壁上の守備隊が慌てて弓矢を射かけるが、狙いをまともに付けていない矢など、発達した筋肉の鎧を誇る大鬼にはさほどの足止めにもならなかった。
重々しい激突音と共に叩きつけられる丸太。軋む門扉。
こちらの方も持ちこたえてはいるが、二度三度とやられれば破られてしまうだろう。
「おい、アレはまだか?」
ぐらつきかけている門を心配そうに見ながら言う指揮官。
「今、下から運んでいます。あ、来ました」
下への階段を覗き込んでいた部下が答えた。
そんな上の会話を余所に、丸太を持って後退し、また助走をつけて門へと突進する大鬼たち。
丸太が扉に叩きつけられ、大きくたわませる。合わせ目のところが歪み、隙間ができて町の様子が覗いていた。
あと一回やれば門を壊せる、と意気揚々と助走のために後退しようとした大鬼に、何かの液体が降りかかった。
悲鳴を上げる大鬼。液体をかけられた皮膚が蒸気を上げて焼け爛れていく。
これが指揮官が待っていた物、聖水である。
太陽神の大聖堂、そこでの儀式によって聖なる力を宿した霊験あらたかな水だ。
魔族にとっては強酸や猛毒に等しい代物であり、これを浴びれば見ての通り皮膚が焼け爛れる。
全身に大火傷を負い転げ回る大鬼たちの前で、門が開いた。
そこには、完全装備の聖堂騎士団の面々が整列をしていた。
白銀に輝く板金鎧に太陽神の紋章入りの胴衣、バケツ兜、方形の盾で防備を固め、手には神聖術の聖なる武器が掛けられた光の宿る長剣や星球鎚矛を持っている。
「我は正義なり!」
独特の掛け声を上げ、武器を構える聖堂騎士団。
先頭の巨漢、団長のクリントが檄を飛ばす。
「闇に蠢く魔族どもに、太陽神の鉄鎚を下すのだ! 行くぞ!」
そう言って、目の前の聖水を浴びて悶え苦しんでいる大鬼の喉に光り輝く愛用の片手半剣を突き立てた。
「おおお! 我は正義なり!」
百人からの聖堂騎士団は、雄叫びを上げながら門より外に出て、魔族へと向かっていった。
小細工も何も無しの真っ正面からの突撃である。正に猪武者と言っていい。
一応、門が開く前に、下準備はしていたが。
事前に掛けた神聖術は、聖なる武器の他、肉体を活性化させる祝福、体表面に薄い力場を張って防御力を少しだけ高める防御膜などだ。
村での戦いでミスティファーが使っていたのは防御壁という神聖術で、物理攻撃・魔法も遮る優れ物だが、アレを張っていると内側から攻撃することができないのだ。
なので、張ったまま動け攻撃もできる防御膜を使うのが一般的である。
「死ね! 魔族め!」
「闇へと帰れ!」
「汚らわしい魔族が!」
口々に叫びながら、嬉々として魔族や魔獣を屠っていく聖堂騎士団。
正直、事情を知らない者が見れば『どっちが悪役?』と言いたくなるような光景である。
とは言え、聖堂騎士団が一方的に優勢という訳ではない。
梟熊の豪腕を食らって吹き飛ぶ者、魔狼に押し倒されて喉笛を噛み切られる者など、聖堂騎士団側にも被害は出ている。
「えい! えい! えい!」
完全にテンパった状態の若い騎士がいた。
声からすると女性と思われるその騎士は、このような大規模戦闘の経験が無いのだろうか、完全に及び腰でひたすら長剣を振り回している。
そんな彼女の目の前に現れたのは、剣歯虎。
喉を鳴らしながら、女性騎士の様子を窺っている。
「う、う~」
泣きそうな声を上げる女性騎士。
才能だけを見込まれて、聖堂騎士団に入れられ、初の実戦がこれであった。
「父様の馬鹿! 私、ヤダって言ったのに!」
英雄と言われた偉大なる父の血を引いてるが故に、周りから過剰な期待を掛けられ、神聖術も剣術もそこそこ使えたがために、父の鶴の一声で聖堂騎士団へと入れられたのだ。本人の意志はガン無視で。
「ガア!」
様子を窺っていた剣歯虎が、女性騎士が怯えているのを感じ取ったのか、一声吠えて飛びかかってきた。
「きゃあ!」
無我夢中で長剣を突き出す。
ソレは宙に浮いた魔獣の胸を貫いていた。
「やった! あ、あれ~!」
仕留めた、と思ったのも束の間、勢いの付いた剣歯虎の体は、そのまま彼女にのしかかった。
しかも魔獣の強靱な生命力故に絶命しておらず、女性騎士を冥界への道連れにせんと、血の泡を吹きながら剣歯を突き立てようとする。
「い、いや、助けて!」
必死で剣歯虎の体を押し退けようとするが、鍛えてるとはいえ女の細腕では魔獣の巨体はびくともしない。
抵抗虚しく、剣歯が兜と鎧の間の剥き出しになった喉へと突き立てられようとしたとき、魔獣の首が斬られて飛んだ。
首の切断面から吹き出る血を浴びながら呆然とする女性騎士に声が掛かる。
「大丈夫か、キャサリン?」
救い主は支部団長のクリントだった。
クリントは愛剣を血振りすると地面に突き立て、空いた右手を剣歯虎の体に掛けて一息に横にずらした。
下敷きから自由になった女性騎士キャサリンに手を貸して立たせる。
「魔獣はしぶといからな。首を刎ねでもしない限り、一撃では死なん。心得ておけ」
団長からの有り難いアドバイスに一応、
「はい。以後、気を付けます」
と返事はしたものの、心の中では、
『私の腕前で、首を一撃で刎ねるなんてできませんよ。団長』
と文句を垂れるのだった。
* * *
門の中、大通りでも戦いは始まっていた。
超大型弩弓によって巨人は三匹全て倒されたが、最後に放った岩が城壁に致命的なダメージを与えて、狭い間隔ではあるが崩れてしまったのだ。
その隙間から小鬼の群れと魔獣が町中に入り込む。
迎え撃つは冒険者たち。しかし、その数は少なかった。
イスカリオスの指摘通り、半分以上の者が戦闘への参加を拒否して逃げ出したのである。
その結果、この大通りの戦いに参加しているのは〈自由なる翼〉の他は、アーサーたちとしのぎを削っていたという二つの実力者パーティ。
そして実力は無いながらも、この町を守るために勇気を振り絞った弱小パーティが複数。
〈自由なる翼〉が正面、左右を他の二つのパーティが担当し、それらが討ち漏らしたのを、後ろに位置する弱小パーティが総出で叩く。
その布陣で戦いは始まった。
「おおお!」
雄叫びと共に振り下ろされる大鬼殺し。
梟熊が一刀両断にされ、左右に分かれて倒れた。
コーンズの短弓から矢継ぎ早に放たれた矢が魔狼の目を潰していく。
イスカリオスの魔術により生まれた火球が、小鬼の群れに放り込まれ爆発、一掃する。
負傷した者には、ミスティファーから治癒が飛び、瞬く間に傷を癒す。
両隣の実力者パーティも、後ろで見ていた弱小パーティも、〈自由なる翼〉に感嘆していた。
『これが、銀等級になろうというパーティか』
自分たちとは比較にならない実力に圧倒される。
この〈自由なる翼〉だけでいいんじゃないのか。もはや、そう思えてしまう。
そんな風に思っていると、頭目のヴァルから声が飛んできた。
「俺たちはあくまでゲストだ。この町を守るのは、この町の冒険者である、お前らだ。そうだろ?」
その通りだ。俺たちの町を守るために、ここに残ったんだ。外から来た余所者にいいとこ持ってかれてたまるか。
ヴァルからの発破に奮起する冒険者たち。
激戦が続く大通りに、兄と共に大聖堂に行っていたはずのロウドが愛馬に乗ってやってきた。
「皆さん、大聖堂からの伝言です! これから魔族を弱らせる結界を張るための儀式を行うので、それまで頑張って保たせて欲しい、とのことです!」
ロウドの報告に俄然やる気の出る冒険者たち。
「よし、やるぞ!」
「儀式まで何とか保たせろ!」
希望をもたらされ、勢い付いて魔軍に立ち向かう。
* * *
「なかなか、しぶといな」
鷲翼獅子に乗って、上空から戦場を見下ろす魔族の騎士の一人が呟いた。
あっという間に蹴散らせるはずだった敵が、しぶとく抵抗を続け、未だ町を陥落させられないでいるのだ。
「そうだな。だが、目的だった聖堂騎士団もここに来ているから、まとめて潰せば良かろう」
他の騎士が、眼下の戦場で戦っている聖堂騎士団を見下ろしながら言った。
「で、我らはどうするのだ? 見物のために派遣された訳ではないぞ」
リーズが呑気な同僚たちを一瞥し、冷徹な言葉を放つ。
「わ、分かっているさ。我らも、そろそろ参戦しよう」
そう騎士が言ったとき、不快な波動が町の方から飛んできた。
「な、なんだ?」
「ち、力が抜ける!」
「この不快さは、昼の太陽のようではないか!」
そう大聖堂を中心として、同心円状に放射されている波動は、太陽の光の波動に似通っていた。
これを浴びた魔族や魔獣は、昼間太陽の下にいる程ではないが、力が抜け体から活力が失われていく。
「この不快さの中心は、あの神殿か! 太陽神の神官どもが何かやっているな」
大聖堂を睨みつけるリーズ。
「私は、太陽神の神官どもを殺して、この不快な波動を止める! お前らは、下の戦場に行って、混乱している馬鹿どもをまとめろ!」
そう仲間に言い放ち、鷲翼獅子を駆って、大聖堂を目指すリーズ。
「お、おい。鷲翼獅子が一匹、大聖堂に向かってるぞ」
儀式により張られた結界の波動を浴びて弱った魔族や魔獣を倒していた冒険者の一人が、空を見上げて言った。
確かに鷲翼獅子が一匹、大聖堂を目指して飛んでいる。
「大聖堂を襲って結界を止める気か?」
イスカリオスの言葉を聞き、ロウドは愛馬サイクロンを大聖堂に向けて走らせた。
「お、おい! ロウド、待て!」
ヴァルが制止するが止まらない。
「アイツだ」
ロウドには予感があった。
今、大聖堂に向かっている鷲翼獅子には奴が乗っていると。
ロウドが大聖堂前に着いたのと、リーズの乗った鷲翼獅子が、中央広場に着地したのは、ほぼ同時だった。
「リーズ! 大聖堂には行かせない!」
「ロウド、だったか。ちょうどいい。お前をアーサーたちの元に送ってから、太陽神の神官を血祭りに上げるとしよう」
乗騎から降り、得物を構えて対峙する二人。
「「おおお!」」
雄叫びと共に走り出し、互いの得物を振りかざす。
火蓋は切られた 終了
城壁上の守備隊の指揮官が指示を出す。
部下が急いで、四台ある超大型弩弓に取り付いた。
既に弦は引いてセットしてあるので、後は狙いを付けて引き金を引くだけだ。
魔軍の中に立つ三匹の巨人の巨体に狙いを付け、引き金を操作する。
極限まで引き絞られた弦が留め金より解放されて、槍かと見紛うような太く長い矢を中空へと押し出された。
四本の矢は夜空を駆け抜け、その内の二本が、右の巨人の胸に、左の巨人の右目に突き刺さった。
苦痛の叫びを上げ、倒れる左の巨人。
しかし、右の方の巨人には、それほど深くは刺さらなかったらしく、少々たたらを踏んだ程度で持ち直してしまった。
無傷の真ん中と、軽傷の右の巨人は、倒れた仲間の方を見て悲しそうに吠え、仇を討たんと足元の台車に乗せた岩石を手に取る。
また、岩を投げる気だ。
それを見た指揮官は慌てて、
「急いで第二射の用意!」
と部下に指示を出す。
台尻にある巻き上げ機のハンドルを回して弦を引き絞っていく守備隊員。あまりにも強力な弦のため、人力では引くことができないのだ。
引き切ったところで弦が留め金に引っかかる。
足元から専用の太い矢を持ち上げ、台の上にセットし終えたところで、城壁が揺れた。
巨人の投げた岩が直撃したのだ。
指揮官が見下ろしてみると、積み上げた石材の表面が破損して崩れているのが見えた。
強固な城壁故、一回食らったぐらいではやられはしないが、何発も直撃したら流石に危険だと思われる。
「第二射、撃てえ!」
指揮官の叫びと共に放たれる槍のような矢が、巨人へと飛んでいく。
このような遠距離攻撃の応酬の中、地上でも動きがあった。
巨木をそのまま削り出したかのような巨大な丸太を、大鬼が四匹がかりで持って、門へと向かって突進しているのだ。
おそらく、あの丸太を破城鎚の代わりにして門を破ろうというのだろう。
城壁上の守備隊が慌てて弓矢を射かけるが、狙いをまともに付けていない矢など、発達した筋肉の鎧を誇る大鬼にはさほどの足止めにもならなかった。
重々しい激突音と共に叩きつけられる丸太。軋む門扉。
こちらの方も持ちこたえてはいるが、二度三度とやられれば破られてしまうだろう。
「おい、アレはまだか?」
ぐらつきかけている門を心配そうに見ながら言う指揮官。
「今、下から運んでいます。あ、来ました」
下への階段を覗き込んでいた部下が答えた。
そんな上の会話を余所に、丸太を持って後退し、また助走をつけて門へと突進する大鬼たち。
丸太が扉に叩きつけられ、大きくたわませる。合わせ目のところが歪み、隙間ができて町の様子が覗いていた。
あと一回やれば門を壊せる、と意気揚々と助走のために後退しようとした大鬼に、何かの液体が降りかかった。
悲鳴を上げる大鬼。液体をかけられた皮膚が蒸気を上げて焼け爛れていく。
これが指揮官が待っていた物、聖水である。
太陽神の大聖堂、そこでの儀式によって聖なる力を宿した霊験あらたかな水だ。
魔族にとっては強酸や猛毒に等しい代物であり、これを浴びれば見ての通り皮膚が焼け爛れる。
全身に大火傷を負い転げ回る大鬼たちの前で、門が開いた。
そこには、完全装備の聖堂騎士団の面々が整列をしていた。
白銀に輝く板金鎧に太陽神の紋章入りの胴衣、バケツ兜、方形の盾で防備を固め、手には神聖術の聖なる武器が掛けられた光の宿る長剣や星球鎚矛を持っている。
「我は正義なり!」
独特の掛け声を上げ、武器を構える聖堂騎士団。
先頭の巨漢、団長のクリントが檄を飛ばす。
「闇に蠢く魔族どもに、太陽神の鉄鎚を下すのだ! 行くぞ!」
そう言って、目の前の聖水を浴びて悶え苦しんでいる大鬼の喉に光り輝く愛用の片手半剣を突き立てた。
「おおお! 我は正義なり!」
百人からの聖堂騎士団は、雄叫びを上げながら門より外に出て、魔族へと向かっていった。
小細工も何も無しの真っ正面からの突撃である。正に猪武者と言っていい。
一応、門が開く前に、下準備はしていたが。
事前に掛けた神聖術は、聖なる武器の他、肉体を活性化させる祝福、体表面に薄い力場を張って防御力を少しだけ高める防御膜などだ。
村での戦いでミスティファーが使っていたのは防御壁という神聖術で、物理攻撃・魔法も遮る優れ物だが、アレを張っていると内側から攻撃することができないのだ。
なので、張ったまま動け攻撃もできる防御膜を使うのが一般的である。
「死ね! 魔族め!」
「闇へと帰れ!」
「汚らわしい魔族が!」
口々に叫びながら、嬉々として魔族や魔獣を屠っていく聖堂騎士団。
正直、事情を知らない者が見れば『どっちが悪役?』と言いたくなるような光景である。
とは言え、聖堂騎士団が一方的に優勢という訳ではない。
梟熊の豪腕を食らって吹き飛ぶ者、魔狼に押し倒されて喉笛を噛み切られる者など、聖堂騎士団側にも被害は出ている。
「えい! えい! えい!」
完全にテンパった状態の若い騎士がいた。
声からすると女性と思われるその騎士は、このような大規模戦闘の経験が無いのだろうか、完全に及び腰でひたすら長剣を振り回している。
そんな彼女の目の前に現れたのは、剣歯虎。
喉を鳴らしながら、女性騎士の様子を窺っている。
「う、う~」
泣きそうな声を上げる女性騎士。
才能だけを見込まれて、聖堂騎士団に入れられ、初の実戦がこれであった。
「父様の馬鹿! 私、ヤダって言ったのに!」
英雄と言われた偉大なる父の血を引いてるが故に、周りから過剰な期待を掛けられ、神聖術も剣術もそこそこ使えたがために、父の鶴の一声で聖堂騎士団へと入れられたのだ。本人の意志はガン無視で。
「ガア!」
様子を窺っていた剣歯虎が、女性騎士が怯えているのを感じ取ったのか、一声吠えて飛びかかってきた。
「きゃあ!」
無我夢中で長剣を突き出す。
ソレは宙に浮いた魔獣の胸を貫いていた。
「やった! あ、あれ~!」
仕留めた、と思ったのも束の間、勢いの付いた剣歯虎の体は、そのまま彼女にのしかかった。
しかも魔獣の強靱な生命力故に絶命しておらず、女性騎士を冥界への道連れにせんと、血の泡を吹きながら剣歯を突き立てようとする。
「い、いや、助けて!」
必死で剣歯虎の体を押し退けようとするが、鍛えてるとはいえ女の細腕では魔獣の巨体はびくともしない。
抵抗虚しく、剣歯が兜と鎧の間の剥き出しになった喉へと突き立てられようとしたとき、魔獣の首が斬られて飛んだ。
首の切断面から吹き出る血を浴びながら呆然とする女性騎士に声が掛かる。
「大丈夫か、キャサリン?」
救い主は支部団長のクリントだった。
クリントは愛剣を血振りすると地面に突き立て、空いた右手を剣歯虎の体に掛けて一息に横にずらした。
下敷きから自由になった女性騎士キャサリンに手を貸して立たせる。
「魔獣はしぶといからな。首を刎ねでもしない限り、一撃では死なん。心得ておけ」
団長からの有り難いアドバイスに一応、
「はい。以後、気を付けます」
と返事はしたものの、心の中では、
『私の腕前で、首を一撃で刎ねるなんてできませんよ。団長』
と文句を垂れるのだった。
* * *
門の中、大通りでも戦いは始まっていた。
超大型弩弓によって巨人は三匹全て倒されたが、最後に放った岩が城壁に致命的なダメージを与えて、狭い間隔ではあるが崩れてしまったのだ。
その隙間から小鬼の群れと魔獣が町中に入り込む。
迎え撃つは冒険者たち。しかし、その数は少なかった。
イスカリオスの指摘通り、半分以上の者が戦闘への参加を拒否して逃げ出したのである。
その結果、この大通りの戦いに参加しているのは〈自由なる翼〉の他は、アーサーたちとしのぎを削っていたという二つの実力者パーティ。
そして実力は無いながらも、この町を守るために勇気を振り絞った弱小パーティが複数。
〈自由なる翼〉が正面、左右を他の二つのパーティが担当し、それらが討ち漏らしたのを、後ろに位置する弱小パーティが総出で叩く。
その布陣で戦いは始まった。
「おおお!」
雄叫びと共に振り下ろされる大鬼殺し。
梟熊が一刀両断にされ、左右に分かれて倒れた。
コーンズの短弓から矢継ぎ早に放たれた矢が魔狼の目を潰していく。
イスカリオスの魔術により生まれた火球が、小鬼の群れに放り込まれ爆発、一掃する。
負傷した者には、ミスティファーから治癒が飛び、瞬く間に傷を癒す。
両隣の実力者パーティも、後ろで見ていた弱小パーティも、〈自由なる翼〉に感嘆していた。
『これが、銀等級になろうというパーティか』
自分たちとは比較にならない実力に圧倒される。
この〈自由なる翼〉だけでいいんじゃないのか。もはや、そう思えてしまう。
そんな風に思っていると、頭目のヴァルから声が飛んできた。
「俺たちはあくまでゲストだ。この町を守るのは、この町の冒険者である、お前らだ。そうだろ?」
その通りだ。俺たちの町を守るために、ここに残ったんだ。外から来た余所者にいいとこ持ってかれてたまるか。
ヴァルからの発破に奮起する冒険者たち。
激戦が続く大通りに、兄と共に大聖堂に行っていたはずのロウドが愛馬に乗ってやってきた。
「皆さん、大聖堂からの伝言です! これから魔族を弱らせる結界を張るための儀式を行うので、それまで頑張って保たせて欲しい、とのことです!」
ロウドの報告に俄然やる気の出る冒険者たち。
「よし、やるぞ!」
「儀式まで何とか保たせろ!」
希望をもたらされ、勢い付いて魔軍に立ち向かう。
* * *
「なかなか、しぶといな」
鷲翼獅子に乗って、上空から戦場を見下ろす魔族の騎士の一人が呟いた。
あっという間に蹴散らせるはずだった敵が、しぶとく抵抗を続け、未だ町を陥落させられないでいるのだ。
「そうだな。だが、目的だった聖堂騎士団もここに来ているから、まとめて潰せば良かろう」
他の騎士が、眼下の戦場で戦っている聖堂騎士団を見下ろしながら言った。
「で、我らはどうするのだ? 見物のために派遣された訳ではないぞ」
リーズが呑気な同僚たちを一瞥し、冷徹な言葉を放つ。
「わ、分かっているさ。我らも、そろそろ参戦しよう」
そう騎士が言ったとき、不快な波動が町の方から飛んできた。
「な、なんだ?」
「ち、力が抜ける!」
「この不快さは、昼の太陽のようではないか!」
そう大聖堂を中心として、同心円状に放射されている波動は、太陽の光の波動に似通っていた。
これを浴びた魔族や魔獣は、昼間太陽の下にいる程ではないが、力が抜け体から活力が失われていく。
「この不快さの中心は、あの神殿か! 太陽神の神官どもが何かやっているな」
大聖堂を睨みつけるリーズ。
「私は、太陽神の神官どもを殺して、この不快な波動を止める! お前らは、下の戦場に行って、混乱している馬鹿どもをまとめろ!」
そう仲間に言い放ち、鷲翼獅子を駆って、大聖堂を目指すリーズ。
「お、おい。鷲翼獅子が一匹、大聖堂に向かってるぞ」
儀式により張られた結界の波動を浴びて弱った魔族や魔獣を倒していた冒険者の一人が、空を見上げて言った。
確かに鷲翼獅子が一匹、大聖堂を目指して飛んでいる。
「大聖堂を襲って結界を止める気か?」
イスカリオスの言葉を聞き、ロウドは愛馬サイクロンを大聖堂に向けて走らせた。
「お、おい! ロウド、待て!」
ヴァルが制止するが止まらない。
「アイツだ」
ロウドには予感があった。
今、大聖堂に向かっている鷲翼獅子には奴が乗っていると。
ロウドが大聖堂前に着いたのと、リーズの乗った鷲翼獅子が、中央広場に着地したのは、ほぼ同時だった。
「リーズ! 大聖堂には行かせない!」
「ロウド、だったか。ちょうどいい。お前をアーサーたちの元に送ってから、太陽神の神官を血祭りに上げるとしよう」
乗騎から降り、得物を構えて対峙する二人。
「「おおお!」」
雄叫びと共に走り出し、互いの得物を振りかざす。
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