雨降る朔日

ゆきか

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第四幕 少年たち

三 落ち着きなさい。みーちゃんの家族だよ。

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 夜行列車でカペラのメンカリナンへ行き、そこから北へ向かって山道を五日かけて歩いた。
 一日目は白磁山のように樹木が立ち並んでいたが、二日目になると低地でも植物らしいものが見られなくなった。一切の生物の気配は無く、雪と岩のみの景色が続く。人間が立ち入れば方角を失って二度と帰れなくなりそうだが、一果は迷いなく進んでゆく。
 またしても、朔夜は目的を聞かされていない。

「ついたよ」

 突如目の前に現れた巨大なやしき
 吹雪で視界が悪く全貌が見えないが、少なくとも霜辻医院の数倍の広さはあると見える。いくつもの民家が横に縦に繋ぎ合わせられたような見た目だ。

「こんなに大きくしちゃって。すごいだろう。あの岩の壁の中にも部屋が続いているから、全体はもっと広いよ」

「誰の家なんだ?」

「オリアナのアトリエだ。元々はうちの離れと同じくらいの広さの洞窟を工房にしていたのだが、失敗作の処分に困って、置き場所を増やすために建物を建てて、どんどん増築していったんだ。こんな馬鹿なことをしていないで、あたしに相談してくれればよかったのに」

「おれは何をすればいい?」

「ついてきて、よく見ておきなさい」

 建物の周りに何か強力な術が施されているらしいことが朔夜にも感じられた。

「ここ、通れるのか?」

「これを持っていれば大丈夫だよ」

 一果は朔夜に千代紙を一枚持たせ、重い内開きの扉を開けた。

 建物の中には一筋の光もなく、何も見えない。一果が袖口から提灯を出すと、そこは広間であるらしいことが分かった。正面に、扉がひとつ。朔夜は何か聞こえないかと耳を立てたが、風の音さえ聞こえない。

 広間を抜けると、いくつもの継ぎ目に区切られた色の微妙に異なる建材たちがこれまでに繰り返された増築を物語る、長い廊下。

 左右から天井から、音が聞こえ始める。魑魅魍魎の蠢く音、瓏々たる玉響たまゆら
 廊下の左右の扉を破り、異形のものたちが溢れ出てくる。
 いずれの体も鉱物でできているが、シェデーヴルのような美しいものではない。子供が粘土をこねて途中で飽きたのを放り捨てたような歪な形状で、人形と呼ぶには少々無理がある。

「母さん、」

「落ち着きなさい。みーちゃんの家族だよ」

「あれがオリアナの失敗作……? 想像したものとは随分違うな。あいつの失敗作なんだから、いくら失敗作とはいっても並の芸術作品と同じくらいには美しいものだと思ってた」

「元々はそうだったんだろうね。長い時間放置されて、あんな姿になってしまったんだ」

 そう話しているうちに異形たちは二人に近付いてくる。

「どうするんだ」

「そこから動くなよ」

 刀の柄に手をかけ、悠々と前方へ進んでゆく一果。朔夜は指示通りにその場で待機している。

「ふふ……みーちゃんを研究して、こいつらの仕組みも分かったんだ。ようやく始末できる」

 低く通る大音声だいおんじょうで、この世のものではないような不思議な言語を唱える。言葉というよりも音と表現した方が適切だ。ミーシャが話していたのと同じ言語である。

 石英の欠片を投げ、開いた片手を前方へ伸ばして握りしめると、その手の動きに合わせて人形たちが欠片に引き寄せられるように集められ、ひとつの巨大な岩の塊になった。何種類もの鉱物が固められたことで複雑な色彩と輝きが現れている。
 膨れ上がってゆく岩に壁や天井が押し広げられて崩れる。上にも増築された無数の部屋が重なり合っているのが見える。

 チン、と金属の触れ合う澄んだ音が鳴ったかと思うと、次の瞬間、真っ二つに割れた岩の塊が床に落ちた。

 一果は刀の柄から手を離し、合掌した。それに倣って朔夜も合掌した。
 音は聞こえない。ここにいた人形たちは一体残らず始末されたようだ。

 失敗作たちにも、ミーシャと同じように感情があったのだろうか。だとしたら、主人に失敗作と言われ、何百年もの時をこの館で過ごし、異形となって……さぞ苦しかったことだろう。一果の一太刀は、彼らにとって救いとなったのだろうか。

 朔夜が思いを巡らせていると、一果は振り返って優しい声で言った。

「帰ろうか」
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