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正気を失っていた婚約者
35 貴族になっちゃうなんて凄ぉい!
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「おめでとうございます!! 俺はアレイスター様を全力で支える所存です!」
どんな反応が返ってくるかと身構えていたら、ダルトンがいち早く声を上げた。
「あ、あぁ、ありがとうダルトン。これからも宜しく頼む」
正直ダルトンの返答は予想出来ていた。彼は平民との交流を積極的に広げていて、屋敷内に親しい者も多い。最近は休日に街に繰り出しているという話だ。今更貴族に戻れないと言われたところであまり気にしないだろうと思っていた。
しかし、カステオは正直分からない。マグゼラに来てから部屋は隣、仕事では二人で一つの案件を組まされたりする事もあり、休憩などもりはびりなどもペアを組まされていたが、他愛ない話をするばかりで、過去について、貴族への未練等について、お互いに踏み込んだ会話をしたことはついぞ無かった。
カステオの反応を待っていると、意外なことに。にっこりと微笑みを向けてくれた。
「おめでとうございます。僕も貴方を支えていきますよ」
「あぁ、ありがとう」
この場合どういう態度を取るのが正解なのか、さっぱり答えは出てこない。カステオの笑顔に無理をしているようには見えないが、開き直る事も憚られる。
謝るのは絶対違うし、喜んでいるフリをするのもおかしい。正直自分自身喜んでいる訳ではないのだから。
正直最近では貴族社会に驚くほど未練を感じていなかったのだ。
王族として生まれ、幼い頃から礼儀作法も含め数多の教育を施され、どこへ行くにも護衛という名の監視が付き、何をするにも使用人の手を借りる事を前提とした生活は、今思えば窮屈なものだったと思う。
そう感じる程に、ここでの生活は快適なのだ。
部屋はネネ達が綺麗にしてくれるし、食事は決まった時間に食堂へ行けば食べられる。お茶が入れられなくても、喉が乾いたなら水を飲めば良い。小腹が空いたら誰かに声をかければ作り置きの焼き菓子を分けてくれる。
服にも不自由していない。簡素ながらも質素ではない上質な服を自分で着用する自由さを、ここに来て初めて知った。
貴族の為の服は飾りが多く、着方も複雑だったので、周囲には必ず着るのを手伝う者が居たのだ。それが居なくても大丈夫という快適さを知ってしまった。
正直貴族になった所で、仕事が増えるだけだと面倒に思う気持ちが勝る。気の良い使用人たちと立場が分かれてしまうのも憂鬱に思うポイントの一つだ。給料は格段に増えるが、正直この領館で暮らす限りあまり必要にならないので貯まる一方だったし。
だが、そのような事はカステオの前では口が裂けても言えない。彼が貴族に戻りたかったと思っていた場合、嫌味以外の何物でもないだろうから。
「おめでとうございますぅ。貴族になっちゃうなんて凄ぉい!」
「あ、あぁ、ありがとう」
突然割って入るように声を上げたミューリに、思わず引いてしまった。彼女を前にすると鬱々と何かを考えていたのが吹っ飛んでしまう気がする。それが良い事なのかそうでないのかは分からないが、悩んでいるのが馬鹿らしくなるのだ。
「そろそろ夕食の時間ですよ。食堂へは先に行っていて下さい。僕は後から行きます」
「そう、だな。では食器は回収して持っていく事にしよう」
カステオの言葉に拒絶を感じて、少しショックだったが、夕食の時間が迫っているのは間違いないので食器を回収する。食器を洗ってもらいたい時は食堂へ持参するルールなのだ。
「俺が持ちます!」
「良い。お前は以前割ってメルヴィーに叱られただろう。お前の部屋に食器を置くのを止めたと聞いているぞ」
「うっ面目ない……」
皿とカップをトレーに乗せていると、ダルトンが慌てて手を出してくるが、彼は大事なものを持つと震え、歩きだすと持っている物の動きを考えられなくなるタイプだ。カップのように不安定な物を任せられる訳がない。
「良いですよぉ、私が洗っておきますぅ」
「そうか、今日はミューリが居るから奥が使えるのだったな」
「そうなんですよぉ。なのでこれだけお願いしまぁす」
「これくらいなら俺が持ちます!」
手渡されたのは持参したジュースの瓶だった。これだけは食堂からの持ち出し物なので返しに行かなくてはならない。受け取ろうとすると、すかさずダルトンが奪い取ってしまった。流石に瓶は床に叩きつけない限りは割れる事は無いだろうと思えるので任せる。
この領館の男性寮は、大きな筒状になっていて、外側がそれぞれの部屋、そして中央は簡易なキッチン兼倉庫になっているらしい。全ての部屋から出入り出来るように造られている無駄のない設計なのだ。これもメルヴィーの提案で設計されたというのだから彼女はどれだけ多才なのかと驚かされた。
奥はメイド達の休憩所も兼ねているので立入禁止だと初日にメルヴィーに言い渡されている為、自分達だけでお茶をしたりする時は、通りすがりのメイドにお願いするか、食堂へ貰いに行くかしなければならないが、こういう時は便利だ。
「それでは、後でな、カステオ」
「はい」
扉を閉じる瞬間、私達の方を見て微笑んでいるミューリと、背中を向けているカステオの姿がいつまでも脳裏に残った。
この時、強引にミューリを追い出してでもカステオと深く話し合っていれば良かったと、後々まで後悔する事になる。
どんな反応が返ってくるかと身構えていたら、ダルトンがいち早く声を上げた。
「あ、あぁ、ありがとうダルトン。これからも宜しく頼む」
正直ダルトンの返答は予想出来ていた。彼は平民との交流を積極的に広げていて、屋敷内に親しい者も多い。最近は休日に街に繰り出しているという話だ。今更貴族に戻れないと言われたところであまり気にしないだろうと思っていた。
しかし、カステオは正直分からない。マグゼラに来てから部屋は隣、仕事では二人で一つの案件を組まされたりする事もあり、休憩などもりはびりなどもペアを組まされていたが、他愛ない話をするばかりで、過去について、貴族への未練等について、お互いに踏み込んだ会話をしたことはついぞ無かった。
カステオの反応を待っていると、意外なことに。にっこりと微笑みを向けてくれた。
「おめでとうございます。僕も貴方を支えていきますよ」
「あぁ、ありがとう」
この場合どういう態度を取るのが正解なのか、さっぱり答えは出てこない。カステオの笑顔に無理をしているようには見えないが、開き直る事も憚られる。
謝るのは絶対違うし、喜んでいるフリをするのもおかしい。正直自分自身喜んでいる訳ではないのだから。
正直最近では貴族社会に驚くほど未練を感じていなかったのだ。
王族として生まれ、幼い頃から礼儀作法も含め数多の教育を施され、どこへ行くにも護衛という名の監視が付き、何をするにも使用人の手を借りる事を前提とした生活は、今思えば窮屈なものだったと思う。
そう感じる程に、ここでの生活は快適なのだ。
部屋はネネ達が綺麗にしてくれるし、食事は決まった時間に食堂へ行けば食べられる。お茶が入れられなくても、喉が乾いたなら水を飲めば良い。小腹が空いたら誰かに声をかければ作り置きの焼き菓子を分けてくれる。
服にも不自由していない。簡素ながらも質素ではない上質な服を自分で着用する自由さを、ここに来て初めて知った。
貴族の為の服は飾りが多く、着方も複雑だったので、周囲には必ず着るのを手伝う者が居たのだ。それが居なくても大丈夫という快適さを知ってしまった。
正直貴族になった所で、仕事が増えるだけだと面倒に思う気持ちが勝る。気の良い使用人たちと立場が分かれてしまうのも憂鬱に思うポイントの一つだ。給料は格段に増えるが、正直この領館で暮らす限りあまり必要にならないので貯まる一方だったし。
だが、そのような事はカステオの前では口が裂けても言えない。彼が貴族に戻りたかったと思っていた場合、嫌味以外の何物でもないだろうから。
「おめでとうございますぅ。貴族になっちゃうなんて凄ぉい!」
「あ、あぁ、ありがとう」
突然割って入るように声を上げたミューリに、思わず引いてしまった。彼女を前にすると鬱々と何かを考えていたのが吹っ飛んでしまう気がする。それが良い事なのかそうでないのかは分からないが、悩んでいるのが馬鹿らしくなるのだ。
「そろそろ夕食の時間ですよ。食堂へは先に行っていて下さい。僕は後から行きます」
「そう、だな。では食器は回収して持っていく事にしよう」
カステオの言葉に拒絶を感じて、少しショックだったが、夕食の時間が迫っているのは間違いないので食器を回収する。食器を洗ってもらいたい時は食堂へ持参するルールなのだ。
「俺が持ちます!」
「良い。お前は以前割ってメルヴィーに叱られただろう。お前の部屋に食器を置くのを止めたと聞いているぞ」
「うっ面目ない……」
皿とカップをトレーに乗せていると、ダルトンが慌てて手を出してくるが、彼は大事なものを持つと震え、歩きだすと持っている物の動きを考えられなくなるタイプだ。カップのように不安定な物を任せられる訳がない。
「良いですよぉ、私が洗っておきますぅ」
「そうか、今日はミューリが居るから奥が使えるのだったな」
「そうなんですよぉ。なのでこれだけお願いしまぁす」
「これくらいなら俺が持ちます!」
手渡されたのは持参したジュースの瓶だった。これだけは食堂からの持ち出し物なので返しに行かなくてはならない。受け取ろうとすると、すかさずダルトンが奪い取ってしまった。流石に瓶は床に叩きつけない限りは割れる事は無いだろうと思えるので任せる。
この領館の男性寮は、大きな筒状になっていて、外側がそれぞれの部屋、そして中央は簡易なキッチン兼倉庫になっているらしい。全ての部屋から出入り出来るように造られている無駄のない設計なのだ。これもメルヴィーの提案で設計されたというのだから彼女はどれだけ多才なのかと驚かされた。
奥はメイド達の休憩所も兼ねているので立入禁止だと初日にメルヴィーに言い渡されている為、自分達だけでお茶をしたりする時は、通りすがりのメイドにお願いするか、食堂へ貰いに行くかしなければならないが、こういう時は便利だ。
「それでは、後でな、カステオ」
「はい」
扉を閉じる瞬間、私達の方を見て微笑んでいるミューリと、背中を向けているカステオの姿がいつまでも脳裏に残った。
この時、強引にミューリを追い出してでもカステオと深く話し合っていれば良かったと、後々まで後悔する事になる。
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