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正気を失っていた婚約者
34 告知
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私はカステオの部屋のドアの前で数分ほど停止していた。
メルヴィーとの話し合いの後、準備もあるので使用人たちには早めに告知したいというメルヴィーに、先にカステオ達に話しておきたいと猶予を貰ったのだ。
「どうされたのです? アレイスター殿」
「……ダルトンか、ちょうど良かった」
風呂で汗を流し終えて来たのだろうダルトンが後ろから声をかけてきていた。
昼は酷かった頬の腫れがかなり引いていて、紫色のコブが少し残っている。彼は回復力も凄いので、数日で消えるだろう。
「お前にも話があったのだ、カステオと三人でこれを飲まないか」
「はい! お供します!」
ダルトンに向けてジュースの入った瓶をチラつかせると、元気よく応じてくれた。
メルヴィーに許可を貰って、食堂で貰ってきたのだ。私にお茶は入れられないが、これなら備え付けのカップに注ぐだけなので、割らないように気をつけさえすれば大丈夫だろう。
結局ダルトンが私を上位者として扱う事を止めさせられなかったが、私が貴族になることが決定してしまった以上、改めさせる必要が無くなってしまったな。と一人心の中で呟いた。
改めてカステオの部屋に向き直り、扉をノックすると、中から応えが届いた。ドアノブに手を伸ばそうとしたら、先に扉が開いてミューリが顔を覗かせた。ずっとついていたらしい。
「あらぁ、アレイスターさん、いらっしゃいませぇ。ダルトンさんも、どうしたんですかぁ?」
「少しカステオに話があって、体調が回復していれば少し話がしたいのだが」
「大丈夫ですよ。アレイスターさん、ダルトン、入って下さい」
「ではお茶、入れますねぇ」
「いや、ジュースを持ってきたから良い」
「それじゃぁカップを出しますねぇ」
「ありがとうミューリ」
中へ通されると、カステオはベッドを出ていて、顔色も良くなっていた。これなら話をすることが出来そうだ。
すぐに私達の分のカップを持ってきてくれたミューリには悪いが、三人だけで話したい。
「どうしたんですかぁ? アレイスターさん」
しかし、不思議そうに私を見つめるミューリを前にすると、言葉が出てこなかった。
急にミューリが愛らしく、美しく見えて、手が伸びてしまう。
「アレイスター殿?」
怪訝そうなダルトンの声に、はっと覚醒した。
何だ今の感覚は、と強い違和感に襲われる。まるで、身体が、意識がミューリに吸い込まれるような感覚がしたのだ。
「少し、カステオとダルトンに話があったのだ。三人だけで話したい」
「えぇ、私はお邪魔ですかぁ? 悲しい……」
「すまぬ」
ミューリの悲しげな声を聞くと、何故か強い罪悪感に襲われるのだが、こればかりは聞かせるわけにはいかないと断る。
「アレイスターさん、ボクはミューリに秘密にする事は無いのです。ここに居て、ミューリ」
「だが……」
カステオがミューリを庇い、隣に座らせてしまったので、どうすることも出来なくなった。
私もミューリを無理に追い出す名分も思いつかず膠着してしまう。これでは、貴族になるという話はともかく、過去に王子であった事や二人が貴族であった事についての込み入った話が出来ない。
私としても、ミューリの眼を見ると、秘密を持っている事にすら罪悪感を感じて、もうこのまま話してしまおうかと口を開こうとして、強い声に遮られた。
「お前! アレイスター殿が邪魔だと言っているのに逆らうのか!」
「ダルトン!?」
突然いきり立つダルトンに驚愕する。昨日は仲が良さそうに見えたのに、気の所為だったか?
「そんなぁ、酷いです、ダルトンさんまでぇ」
「あ、いや、その」
ミューリが半泣きでダルトンに叫んだ為、彼までもがまごまごしてしまう。あのダルトンもミューリの前では形無しのようだ。
仕方がないので、紅茶を一口啜り、本題に入ることにする。ミューリに聞かれることに成るが、貴族になる事はどのみち夕食の席で発表されるので遅いか早いかの違いだろう。
「メルヴィーが正式に子爵として叙爵される事になり、私も補佐官に任命されたのだ」
「補佐官? というとアレイスターさんも叙爵を?」
「ん? そうなのですか?」
補佐官が貴族がするものというのは貴族の常識。カステオはすぐに察したようだ。ダルトンはピンとこなかったようだが。
「ミューリ、私は実はメルヴィーの遠縁の親戚で、父の不祥事により、跡を継ぐ前に没落してしまったのだが、不憫に思ったリリエンデール公爵に引き取られ、マグゼラに赴任してきていたのだ。カステオやダルトンも、元は我が家の使用人達で、一緒にここへ」
「そうだったんですかぁ、アレイスターさんはお貴族様だったのですねぇ。どうりで」
事情を知らないミューリへの説明という体で、カステオやダルトンにも、私の叙爵の経緯を語る。勿論これはメルヴィーと一緒に考えた方便なのだが。
平民がいきなり叙爵というのは、戦時でもないこの時代にはかなり不自然なので、元は貴族であったという嘘の事情を付与する必要があったのだ。
「彼女が子爵となるに伴い、マグゼラと、ベロム山麓の開拓村と、ビータ殿のいた村のあたり一帯の領主となる事になった」
「領地の広さだけなら伯爵位でも良い位の広大な領地ですね。その為に、補佐官の任命を?」
「そうだ。リリエンデール公爵と、事情を知っていたジューダス殿下が推薦して下さった為、法衣貴族だが男爵位を賜った」
「……今日のお客様はジューダス殿下だったのですね。王族が使用する馬車と騎士たちの姿が窓から見えてましたが」
カステオならば、察しているだろう。私が補佐官になる時に、一緒に叙爵の話が出なかったカステオやダルトンは、貴族位復権の芽が無いのだという事に。私がカステオとダルトンを元使用人として紹介したというのはそういう事なのだと。
メルヴィーとの話し合いの後、準備もあるので使用人たちには早めに告知したいというメルヴィーに、先にカステオ達に話しておきたいと猶予を貰ったのだ。
「どうされたのです? アレイスター殿」
「……ダルトンか、ちょうど良かった」
風呂で汗を流し終えて来たのだろうダルトンが後ろから声をかけてきていた。
昼は酷かった頬の腫れがかなり引いていて、紫色のコブが少し残っている。彼は回復力も凄いので、数日で消えるだろう。
「お前にも話があったのだ、カステオと三人でこれを飲まないか」
「はい! お供します!」
ダルトンに向けてジュースの入った瓶をチラつかせると、元気よく応じてくれた。
メルヴィーに許可を貰って、食堂で貰ってきたのだ。私にお茶は入れられないが、これなら備え付けのカップに注ぐだけなので、割らないように気をつけさえすれば大丈夫だろう。
結局ダルトンが私を上位者として扱う事を止めさせられなかったが、私が貴族になることが決定してしまった以上、改めさせる必要が無くなってしまったな。と一人心の中で呟いた。
改めてカステオの部屋に向き直り、扉をノックすると、中から応えが届いた。ドアノブに手を伸ばそうとしたら、先に扉が開いてミューリが顔を覗かせた。ずっとついていたらしい。
「あらぁ、アレイスターさん、いらっしゃいませぇ。ダルトンさんも、どうしたんですかぁ?」
「少しカステオに話があって、体調が回復していれば少し話がしたいのだが」
「大丈夫ですよ。アレイスターさん、ダルトン、入って下さい」
「ではお茶、入れますねぇ」
「いや、ジュースを持ってきたから良い」
「それじゃぁカップを出しますねぇ」
「ありがとうミューリ」
中へ通されると、カステオはベッドを出ていて、顔色も良くなっていた。これなら話をすることが出来そうだ。
すぐに私達の分のカップを持ってきてくれたミューリには悪いが、三人だけで話したい。
「どうしたんですかぁ? アレイスターさん」
しかし、不思議そうに私を見つめるミューリを前にすると、言葉が出てこなかった。
急にミューリが愛らしく、美しく見えて、手が伸びてしまう。
「アレイスター殿?」
怪訝そうなダルトンの声に、はっと覚醒した。
何だ今の感覚は、と強い違和感に襲われる。まるで、身体が、意識がミューリに吸い込まれるような感覚がしたのだ。
「少し、カステオとダルトンに話があったのだ。三人だけで話したい」
「えぇ、私はお邪魔ですかぁ? 悲しい……」
「すまぬ」
ミューリの悲しげな声を聞くと、何故か強い罪悪感に襲われるのだが、こればかりは聞かせるわけにはいかないと断る。
「アレイスターさん、ボクはミューリに秘密にする事は無いのです。ここに居て、ミューリ」
「だが……」
カステオがミューリを庇い、隣に座らせてしまったので、どうすることも出来なくなった。
私もミューリを無理に追い出す名分も思いつかず膠着してしまう。これでは、貴族になるという話はともかく、過去に王子であった事や二人が貴族であった事についての込み入った話が出来ない。
私としても、ミューリの眼を見ると、秘密を持っている事にすら罪悪感を感じて、もうこのまま話してしまおうかと口を開こうとして、強い声に遮られた。
「お前! アレイスター殿が邪魔だと言っているのに逆らうのか!」
「ダルトン!?」
突然いきり立つダルトンに驚愕する。昨日は仲が良さそうに見えたのに、気の所為だったか?
「そんなぁ、酷いです、ダルトンさんまでぇ」
「あ、いや、その」
ミューリが半泣きでダルトンに叫んだ為、彼までもがまごまごしてしまう。あのダルトンもミューリの前では形無しのようだ。
仕方がないので、紅茶を一口啜り、本題に入ることにする。ミューリに聞かれることに成るが、貴族になる事はどのみち夕食の席で発表されるので遅いか早いかの違いだろう。
「メルヴィーが正式に子爵として叙爵される事になり、私も補佐官に任命されたのだ」
「補佐官? というとアレイスターさんも叙爵を?」
「ん? そうなのですか?」
補佐官が貴族がするものというのは貴族の常識。カステオはすぐに察したようだ。ダルトンはピンとこなかったようだが。
「ミューリ、私は実はメルヴィーの遠縁の親戚で、父の不祥事により、跡を継ぐ前に没落してしまったのだが、不憫に思ったリリエンデール公爵に引き取られ、マグゼラに赴任してきていたのだ。カステオやダルトンも、元は我が家の使用人達で、一緒にここへ」
「そうだったんですかぁ、アレイスターさんはお貴族様だったのですねぇ。どうりで」
事情を知らないミューリへの説明という体で、カステオやダルトンにも、私の叙爵の経緯を語る。勿論これはメルヴィーと一緒に考えた方便なのだが。
平民がいきなり叙爵というのは、戦時でもないこの時代にはかなり不自然なので、元は貴族であったという嘘の事情を付与する必要があったのだ。
「彼女が子爵となるに伴い、マグゼラと、ベロム山麓の開拓村と、ビータ殿のいた村のあたり一帯の領主となる事になった」
「領地の広さだけなら伯爵位でも良い位の広大な領地ですね。その為に、補佐官の任命を?」
「そうだ。リリエンデール公爵と、事情を知っていたジューダス殿下が推薦して下さった為、法衣貴族だが男爵位を賜った」
「……今日のお客様はジューダス殿下だったのですね。王族が使用する馬車と騎士たちの姿が窓から見えてましたが」
カステオならば、察しているだろう。私が補佐官になる時に、一緒に叙爵の話が出なかったカステオやダルトンは、貴族位復権の芽が無いのだという事に。私がカステオとダルトンを元使用人として紹介したというのはそういう事なのだと。
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