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正気を失っていた婚約者
31 メルヴィーの気持ち
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「そうですね。領官としての働きぶりは優秀ですし、補佐官としても十分やって頂けると思いますよ」
「そうではなくて……」
これまで彼女は私に対しずっと一歩引いていた。
私達にりはびりという謎のトレーニングや教育を施し、衣食住の不足が無いよう甲斐甲斐しく手配する一方で、個人的な会話をしたのはほんの一度きり。例の酒に酔った一件だけだ。
私達の復活の折に再会して以降、随分破天荒な部分を見せるようになった気がするが、本音という部分はまるで見せてもらえていないのではないかと今でも思う。
思い起こせば、メルヴィーの気持ちを聞いたことは一度もなかった気がする。
幼い頃こそ、笑い合い城の庭を駆け回っていた記憶が残っているが、いつしか成長に伴って私達の間に「婚約者」という言葉が挟まれるようになると関係性が変わってしまった。
子供らしく愛らしかったメルヴィーが、王子妃教育を受けるうちに本心が見え辛くなった事に違和感を感じたのが最初だった。子供の頃を思い出して欲しくて仕掛けたちょっとしたいたずらを無表情で躱された事に勝手に絶望して、反発した。少し困らせたくて面会を適当な理由で断ると、面会依頼すら来なくなった事に勝手に憤慨していた。
仮成人の頃にはほとんど義務でエスコートするような関係だった。
それでも、メルヴィーの美しく着飾った姿に見惚れたのは確かだ。それで負けたような気になってそっけなくした私はとんだ阿呆だと思う。思い起こしても子供じみていて嫌になる。
メルヴィーはいつも美しく完璧で、優秀だった。
私は王族の義務としての社交や、執務は無難に熟せていても、精神的にはまだまだ未熟で、彼女に対する劣等感や蟠りを抱いたままで学園に入学した。そこを、レティーナにつけこまれたのだろう。
彼女について書かれた資料は、読めば読む程恐ろしくて寒気がした。
彼女は男の自尊心を満たし、庇護欲を掻き立てる事に関しては天才的で、私達と出会い、交流し、交際に至るまでの流れが、まるでマニュアルが存在するかのように的確だった。
どこで調べてきたのやら、それぞれが心の内に秘めていたトラウマや蟠りといった部分を的確に暴いているのだ。十代半ばの未だ未熟な男達はひとたまりもなく彼女に溺れていったようだ。
私もまた、愛らしく甘えてくるレティーナの言い分に踊らされ、貴族として毅然とした態度で正論をぶつけてくるメルヴィーを支離滅裂な論法で糾弾していた。不当に王子の身分を振りかざし忠言を退けるなどあってはならない事だというのに、この時の私にはそんな常識が通用しなかった。
あろう事かメルヴィーに対し騎士を差し向けようとしたのだ。
流石に良識ある騎士に拒否され未遂で終わっているが、もし実行されていたら私は処刑されてもおかしくなかっただろう。
私の行状が書かれた書類は思い起こす度に物凄く精神を抉られるのだが、嘘偽りの無い真実なのだからどうしようもない。
とにかく、このままでずっとという訳にもいかないだろう。
私が補佐官という役職を持った貴族と成るのなら、彼女とは対等でいなくては成らない。
補佐官いう言葉だけを聞くと、彼女に付き従う者のように思えるが、その実補佐官は非常時に当主の代理を務める事もある、重要書類の決済権まで有する程の重要な役職者なのだ。この二者の関係が悪いものであれば即破綻する程に。
ありえない事だが、私がメルヴィーに対し叛意を持てば、成り代わる事さえ可能なだけに、私は言葉を尽くして彼女の信頼を得なくてはならないのだ。
「そうではなくて……」
これまで彼女は私に対しずっと一歩引いていた。
私達にりはびりという謎のトレーニングや教育を施し、衣食住の不足が無いよう甲斐甲斐しく手配する一方で、個人的な会話をしたのはほんの一度きり。例の酒に酔った一件だけだ。
私達の復活の折に再会して以降、随分破天荒な部分を見せるようになった気がするが、本音という部分はまるで見せてもらえていないのではないかと今でも思う。
思い起こせば、メルヴィーの気持ちを聞いたことは一度もなかった気がする。
幼い頃こそ、笑い合い城の庭を駆け回っていた記憶が残っているが、いつしか成長に伴って私達の間に「婚約者」という言葉が挟まれるようになると関係性が変わってしまった。
子供らしく愛らしかったメルヴィーが、王子妃教育を受けるうちに本心が見え辛くなった事に違和感を感じたのが最初だった。子供の頃を思い出して欲しくて仕掛けたちょっとしたいたずらを無表情で躱された事に勝手に絶望して、反発した。少し困らせたくて面会を適当な理由で断ると、面会依頼すら来なくなった事に勝手に憤慨していた。
仮成人の頃にはほとんど義務でエスコートするような関係だった。
それでも、メルヴィーの美しく着飾った姿に見惚れたのは確かだ。それで負けたような気になってそっけなくした私はとんだ阿呆だと思う。思い起こしても子供じみていて嫌になる。
メルヴィーはいつも美しく完璧で、優秀だった。
私は王族の義務としての社交や、執務は無難に熟せていても、精神的にはまだまだ未熟で、彼女に対する劣等感や蟠りを抱いたままで学園に入学した。そこを、レティーナにつけこまれたのだろう。
彼女について書かれた資料は、読めば読む程恐ろしくて寒気がした。
彼女は男の自尊心を満たし、庇護欲を掻き立てる事に関しては天才的で、私達と出会い、交流し、交際に至るまでの流れが、まるでマニュアルが存在するかのように的確だった。
どこで調べてきたのやら、それぞれが心の内に秘めていたトラウマや蟠りといった部分を的確に暴いているのだ。十代半ばの未だ未熟な男達はひとたまりもなく彼女に溺れていったようだ。
私もまた、愛らしく甘えてくるレティーナの言い分に踊らされ、貴族として毅然とした態度で正論をぶつけてくるメルヴィーを支離滅裂な論法で糾弾していた。不当に王子の身分を振りかざし忠言を退けるなどあってはならない事だというのに、この時の私にはそんな常識が通用しなかった。
あろう事かメルヴィーに対し騎士を差し向けようとしたのだ。
流石に良識ある騎士に拒否され未遂で終わっているが、もし実行されていたら私は処刑されてもおかしくなかっただろう。
私の行状が書かれた書類は思い起こす度に物凄く精神を抉られるのだが、嘘偽りの無い真実なのだからどうしようもない。
とにかく、このままでずっとという訳にもいかないだろう。
私が補佐官という役職を持った貴族と成るのなら、彼女とは対等でいなくては成らない。
補佐官いう言葉だけを聞くと、彼女に付き従う者のように思えるが、その実補佐官は非常時に当主の代理を務める事もある、重要書類の決済権まで有する程の重要な役職者なのだ。この二者の関係が悪いものであれば即破綻する程に。
ありえない事だが、私がメルヴィーに対し叛意を持てば、成り代わる事さえ可能なだけに、私は言葉を尽くして彼女の信頼を得なくてはならないのだ。
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