記憶を失くした婚約者

桜咲 京華

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正気を失っていた婚約者

27 食後にはデザートと……

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「ちなみに、フェレイアのお腹に四人目がいるよ」
「……そうか。おめでとう」
「ありがとう! 兄上もがんばってね」
「何をだ……」

 なんかもう疲れてきた。
 気づけば全員が食事を終えている。通常ならメイドに食器を下げさせ、食後の紅茶の給仕を受ける頃合いだ。ちょうど良いので空気を入れ替えたい。
 メルヴィーも私と同じように思っているのか、外で待機しているメイドを呼ぶ為のハンドベルに視線を送り、ジューダスへと話しかけた。

「殿下、メイドを呼んでもよろしいでしょうか? 特製のデザートをぜひお召し上がりになっていただきたいとご用意させて頂いたのですが」
「本当! もちろん頂くよ!」
「かしこまりました」

 メルヴィーがベルを鳴らすと、すぐにメイドが数名現れて食器を下げる。別のメイドによってデザートとお茶が配られると、ジューダスが眼を見張って驚きの声を上げた。

「わぁ、キレイなデザートだね!! これ、食べられるの?」

 ジューダスが驚いたのも無理はない。天ぷらや炊き込みご飯等なら、見慣れない見た目ながらも食事だとわかるが、このデザートはまるで芸術作品のように美しいのだ。
 
 ソーサー型のシャンパングラスの中で、白い層の上に空色の層、そして小さなフルーツが浮かぶ透明な層と折り重なっており、さらに上に絞られたクリームとサクランボが彩りを添えている。このようなデザートは王国はおろか外国でも見たことが無いだろう。

「これはカンテンゼリーというデザートです。いずれは領内のお食事処でもだせるようにしたいと思っておりますの」

 このカンテンというのは海藻から採れる物質で、液体を固める作用を持っているらしい。海というのは食材の宝庫なのだなと改めて思った。だが、それはメルヴィーの知識があったからこそ発見されたものだ。
 メルヴィーがこの街の領主になった事は街の人にとっても、もしかしたらこの国にとっても行幸だったのかもしれない。

 私は試作段階で少し口にしたことがあったが、とても美味しい。慣れない食感ながらも、よく冷やされたゼリーのこのツルリとした喉越しが初夏の季節にとても良い。
 
 クリームは普通のクリームではなくヨーグルトを混ぜているらしく、甘みと酸味が絶妙で、フルーツとの相性が良い。ダルトンのような甘い物が好きではない者にも好評だった。
 フルーツは全て水に砂糖を混ぜたシロップという液体に漬けこまれていて、酸味よりも甘みが強く出ているが、それでも尚残る酸味のお陰で重くなりすぎないさっぱり感を演出している。
 透明な層は、フルーツを漬け込んだシロップを甘みを調整してから固めたもの。フルーツの酸味が溶け込んでいてさっぱりしている。白い層は牛乳と砂糖を混ぜたもの。中でもその間にある空色の層が開発に時間が掛かっていた。特に青という色の食品を作り出すのが難しかったらしい。
 彼女の構想を再現させられるデザート担当のシェフが悲鳴を上げていた程だ。
 彼等の試行錯誤の末に作られたカンテンゼリーは、ジューダスの好評が得られれば街の食事処へレシピを伝えて売り出そうという話になっていた。
 課題は砂糖を物凄く大量に使う事による高いコストだが、今の処フルーツのシロップ漬けだけは領館で纏めて作って領内に卸すという方法が提案されている。

「うん! とても美味しいよ。特にこのクリームが良いね。このサクランボ、凄く甘くて美味しいけどどうなってるの? へぇ、砂糖液漬けなんだ。この青色のは……」

 私達二人に注視されているジューダスは、クリームやフルーツ、ゼリーなどを個別に味見しながら感想を述べている。外見こそ随分と大人びたが、嬉しそうにデザートをぱくついている所は幼い頃の面影が強く残っていて和んだ。ジューダスの好評を受けるメルヴィーも表情が柔らかい。

「ごちそうさま。名残惜しいけどそろそろ戻らなきゃね」

 実はジューダスはのほほんとしているようで物凄く忙しい。
 王家直轄領の管理は第二王子の義務。当然元カーヴァン侯爵領の事件の後始末は全て彼が対応する事になる。勿論補佐をする人間は沢山いるが、重要な交渉の場等には同席する必要がある。
 
 本当はリリエンデール公爵領の中でも極一部であるマグゼラ等に訪れている時間など無い筈なのだ。
 ましてや平民を同席させての食事などありえない。今回の事は半ばお忍びなのだ。最初のジューダスの労いに対するメルヴィーの薄い反応もその辺りを察しての事だろう。
 おそらく他の同じような状況にあった子爵家や男爵家には書状を持った側近を向かわせて終わりの筈だ。
 
 おそらく、兄弟の中でも特に仲が良かったと自負する私と、義姉となる筈だったメルヴィーと直接合う為の口実としてビータ殿の件を利用したのだろう。勿論メルヴィーの貴族の任命もついで。どちらも本来ならば騎士を差し向けて終わりの案件なのだから。
 貴族任命の前段階の手紙ごときで王族が出てきては有り難み云々以前に過労死してしまうだろう。大抵は城の謁見に出向いて初めて王族とまみえるものだ。

「それでは、私は馬車のご用意をさせていただきます。アレイスター、グスタフがまだ戻っていないので、殿下のお支度を手伝って差し上げて下さい」
「……! 承知した」

 メルヴィーがあからさまにジューダスと二人きりにさせようとしている事に気づき、慌てて応じると。室内に残っていたメイドたちを全て連れて退出していった。
 
 もしかしたら最初からこの流れで予定されていたのかもしれない。

「さて、兄上。これをどうぞ」

 その疑念は、彼が差し出した見覚えのある封筒を見て確信に変わった。
 
 

 

 
 
 
 
 
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