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正気を失っていた婚約者
9 リリエンデール公爵との酒盛り2
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学園入学前のメルヴィーの話は新鮮なので、ついつい酒が進む。幸い昨日よりは酒の耐性が出来たのか、酷く酔っている感じはしない。ただクラクラと心地よい酩酊館が漂っているだけだ。
「あれの功績を思えば欲しいものを与えるべきだろうと、ある時聞いてみたのだ。何が欲しいかと」
メルヴィーの願い。それはとても興味を惹かれる話だった。
私が身を乗り出したのを、公爵がにやにやと見ている。
勿体ぶるな。とイラついた気持ちは続いた言葉に弾け飛んだ。
「あれが願ったのはアレイスター殿下との婚約の解消だった」
走っている途中で真っ正面から刃物で心臓を斬りつけられたような衝撃だった。
「そ……れは」
含んでいたワインが急に苦くなり、胃で熱くなっている気がした。
「勿論国からの打診で成立した婚約をこちらから解消することは出来ない。その代わりにもう一つの願いは叶えた」
「もう一つの願い?」
「ジギタリスのこちらの国での戸籍だ」
恐らく彼女の本命の願いはこちらなのだろう。
海賊という元の肩書きを思えば難しいが、王命に背くよりは易い。
不可能な願いを先に提示して、確実に叶えたい方を後から提示することで成就難易度を下げるのは交渉術の鉄板だ。
私も知ってはいても実践したことはない。
齢11にしてそれを身につけていたメルヴィーに改めて感嘆をおぼえた。
ただ、婚約の解消も、出来れば叶えたい願いだったのだろうなと思うと気が沈む。
分かっている。そう思わせたのは過去の私だ。
彼女の事を何一つ知ろうとしなかった。
「そして、学園入学後。卒業間近になって私は驚いた。アレイスター殿下から婚約解消の打診の手紙が届いたのだ」
「何だと!?」
話しながら提示されたのは確かに王族が送付する手紙に用いる封筒と便箋だった。王家の色である青に染色されているので一目で分かる。
思わず立ち上がった衝撃でワインが溢れたが、私は頓着出来なかった。
手渡されたので検分させてもらったが筆跡まで一致しているのを否定しようが無い。
その手紙には、とある令嬢への嫌がらせが我慢の限界に達したので婚約を解消したいという旨を、さもメルヴィーだけに非があるように書き連ねられていた。読むだけで吐き気がする。
しかも、結びには厳罰に処すつもりだとまで書かれている。
「だが、私はあのメルヴィーがアレイスター殿下に悋気起こす事も、男爵令嬢等に遅れを取ることも、どうしても腑に落ちなかったのでね。その手紙は私の手元で止めて調査することにした。それが、翌日さらに驚いた出来事があった。メルヴィーが卒業式を前に寮を引き上げて戻ってきたのだ」
それは資料にもあった。
過去の私は卒業式でこの手紙に書いてあるような事を言い放ちメルヴィーとの婚約の解消を言い渡そうとしていた。
だが、メルヴィーが式に現れなかったことで空振りして歯噛みしていたらしい。
「メルヴィーはアレイスター殿下が決定的な手を打ってくる前に国外へ出ると言い出した。確かにメルヴィーの祖母は隣国の侯爵令嬢だったので、その伝を辿れば可能だが、調査結果が出るまで身を隠すように言い渡し、マグゼラに送った」
そして直後魅了魔術の発覚と共に、円満とは言い難いがメルヴィーに非は無い形で婚約は解消された。
だが、もう結婚適齢期であるメルヴィーに年齢も身分も釣り合う人物は国内にいなかった。
だが国外に送る事は出来ない事情がある。マグゼラだ。
「警備隊もジギタリスもメルヴィーにしか従わない。必然的に彼の地の統治はメルヴィーにしか出来なくなっていた。本人も希望したので正式にあれに子爵位とマグゼラ領主の座を授けたのだ」
「それで……延々とメルヴィーの過去を語る為だけに私をここへ?」
公爵は平然とした顔でニヤニヤとしながら酒瓶を開けていっているが、私はもう視界がぐらぐらし始めている。立ち上がったりしたから余計にだ。このままでは肝心な話を聞けないまま終わりそうだ。
少々不遜な態度になっしまっている自覚はあるが、これ以上はもたない。
公爵はウィスキーを呷ってから私を探るように見た。
メルヴィーと共通する菫色の瞳は、公爵の顔についているとまるで別物に見える。
「私の元へ来る気は無いかアレイスター殿」
「あれの功績を思えば欲しいものを与えるべきだろうと、ある時聞いてみたのだ。何が欲しいかと」
メルヴィーの願い。それはとても興味を惹かれる話だった。
私が身を乗り出したのを、公爵がにやにやと見ている。
勿体ぶるな。とイラついた気持ちは続いた言葉に弾け飛んだ。
「あれが願ったのはアレイスター殿下との婚約の解消だった」
走っている途中で真っ正面から刃物で心臓を斬りつけられたような衝撃だった。
「そ……れは」
含んでいたワインが急に苦くなり、胃で熱くなっている気がした。
「勿論国からの打診で成立した婚約をこちらから解消することは出来ない。その代わりにもう一つの願いは叶えた」
「もう一つの願い?」
「ジギタリスのこちらの国での戸籍だ」
恐らく彼女の本命の願いはこちらなのだろう。
海賊という元の肩書きを思えば難しいが、王命に背くよりは易い。
不可能な願いを先に提示して、確実に叶えたい方を後から提示することで成就難易度を下げるのは交渉術の鉄板だ。
私も知ってはいても実践したことはない。
齢11にしてそれを身につけていたメルヴィーに改めて感嘆をおぼえた。
ただ、婚約の解消も、出来れば叶えたい願いだったのだろうなと思うと気が沈む。
分かっている。そう思わせたのは過去の私だ。
彼女の事を何一つ知ろうとしなかった。
「そして、学園入学後。卒業間近になって私は驚いた。アレイスター殿下から婚約解消の打診の手紙が届いたのだ」
「何だと!?」
話しながら提示されたのは確かに王族が送付する手紙に用いる封筒と便箋だった。王家の色である青に染色されているので一目で分かる。
思わず立ち上がった衝撃でワインが溢れたが、私は頓着出来なかった。
手渡されたので検分させてもらったが筆跡まで一致しているのを否定しようが無い。
その手紙には、とある令嬢への嫌がらせが我慢の限界に達したので婚約を解消したいという旨を、さもメルヴィーだけに非があるように書き連ねられていた。読むだけで吐き気がする。
しかも、結びには厳罰に処すつもりだとまで書かれている。
「だが、私はあのメルヴィーがアレイスター殿下に悋気起こす事も、男爵令嬢等に遅れを取ることも、どうしても腑に落ちなかったのでね。その手紙は私の手元で止めて調査することにした。それが、翌日さらに驚いた出来事があった。メルヴィーが卒業式を前に寮を引き上げて戻ってきたのだ」
それは資料にもあった。
過去の私は卒業式でこの手紙に書いてあるような事を言い放ちメルヴィーとの婚約の解消を言い渡そうとしていた。
だが、メルヴィーが式に現れなかったことで空振りして歯噛みしていたらしい。
「メルヴィーはアレイスター殿下が決定的な手を打ってくる前に国外へ出ると言い出した。確かにメルヴィーの祖母は隣国の侯爵令嬢だったので、その伝を辿れば可能だが、調査結果が出るまで身を隠すように言い渡し、マグゼラに送った」
そして直後魅了魔術の発覚と共に、円満とは言い難いがメルヴィーに非は無い形で婚約は解消された。
だが、もう結婚適齢期であるメルヴィーに年齢も身分も釣り合う人物は国内にいなかった。
だが国外に送る事は出来ない事情がある。マグゼラだ。
「警備隊もジギタリスもメルヴィーにしか従わない。必然的に彼の地の統治はメルヴィーにしか出来なくなっていた。本人も希望したので正式にあれに子爵位とマグゼラ領主の座を授けたのだ」
「それで……延々とメルヴィーの過去を語る為だけに私をここへ?」
公爵は平然とした顔でニヤニヤとしながら酒瓶を開けていっているが、私はもう視界がぐらぐらし始めている。立ち上がったりしたから余計にだ。このままでは肝心な話を聞けないまま終わりそうだ。
少々不遜な態度になっしまっている自覚はあるが、これ以上はもたない。
公爵はウィスキーを呷ってから私を探るように見た。
メルヴィーと共通する菫色の瞳は、公爵の顔についているとまるで別物に見える。
「私の元へ来る気は無いかアレイスター殿」
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