記憶を失くした婚約者

桜咲 京華

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記憶を失くした婚約者

4 エルザ視点

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「どうして、ここにテオドール様が。レティーナ様は……」
「レティーナは先日処刑された」

 私を抱きしめたまま淡々と告げた言葉には私は衝撃を受けて身体を強張らせた。それをテオドール様は背中を優しくさすってなだめると、ぽつりぽつりと、暴かれた彼女の罪を教えてくれた。
 すでに術の研究は終わり、もう同じ術の犠牲になる者が出ないようにテオドール様の公爵家と、私の実家の侯爵家が共同で対策していくことになったらしい。

「帰ろうルーザ。司祭殿とは話をつけてある」
「でも、私は……」

 無断で家を出て、連れ戻しに来た家の遣いも再三撥ね付けていた私に戻る場所がある筈がない。もうテオドール様の婚約者では無いのだ。
 そう告げて離れようとした私は、強く腕を引かれて元の位置に戻された。テオドール様の腕の中に。

「君は今でも僕の婚約者だよ。家同士で結ばれた婚約は、簡単に覆されたりしない。しかも、僕は魅了魔術により正気とはいえない状態だった。君が修道院に居た期間の件も、レティ―ナ嬢の罪が暴かれたことで、魔術被害による療養ということで不問にすることで話がついている」

 テオドール様の手が優しくて、涙が溢れてきた。
 私は戻れるのだ、この腕の中に。私は、もう諦めなくて良いのだ。
 そっと抱擁がはずれ、テオドール様が一歩離れ跪いた。

「テオドール様!?」

 大貴族の子息であり、王族以外に傅いたことなど無いであろう彼の様子に驚愕してしまう。

「君を忘れ酷い態度を取ったことを謝罪する。もう一度テオと呼んで欲しい。愛しているんだ、ルーザ……いや、エルザ・リュミーナ侯爵令嬢。僕と、結婚して下さい」

 そう告げて私の手を両手で掬い、掲げるようにして指先に唇を落とした。
 視界が滲んでテオドール様の顔が見えなくなってしまって、テオドール様の顔が見たいくて、必死に拭っていると、立ち上がったテオドール様は泣き笑いのような顔で両手を広げた。

「返事をくれないだろうか」

 私は恐る恐る彼の懐に顔を寄せ、寄り添うと、強くまた抱きしめられた。
 テオドール様の服に涙が染み込んでいったことで多少晴れた視界で彼の顔を仰ぎ見て、笑顔で告げた。

「はい。私も、愛しております。今までも、これからも。テオドール様……。テオ……」

 どちらからともなく寄せ合い触れ合った唇からは、二人分の涙の味がした。



 その足で修道院を出ることになった私は、迎えに来ていた馬車で侯爵家に送られることになった。
 馬車から降りて、侯爵家の人間達に歓迎されて戸惑う私にテオドール様はそのまま帰ることを告げた。
 別れを惜しむ間もないことに寂しさを覚えていた私は、去り際に告げられた言葉の意味を測りかねていた。

「来週を楽しみにしているよ、僕の花嫁」

 まさか、その日が挙式になるとは夢にも思っていなかった。




 
 
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