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記憶を失くした婚約者
1 記憶を失くした婚約者
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私、侯爵令嬢エルザには婚約者がいた。
公爵家嫡男テオドール様だ。
5歳で婚約が決まって10年間それなりに仲良くしていたと思う。
ハッキリ言えば私は彼を愛していたし、愛されていたという自信もあった。
だが、婚約は破棄され、私は侯爵令嬢という地位すら追われて今修道女として暮らしている。
私はこうなる未来を知っていた。
私にはエルザとしての記憶だけでなく、日本人女性としての記憶もあり、この世界が乙女ゲームの設定に酷似した世界観を持っていて、私が悪役令嬢という立場であると理解していた。
16歳になって学園に入学すれば、ヒロインが現れ、テオドールと恋に落ちれば私は排除される運命だった。
私はこの未来を回避しようとテオドール様に気持ちと、未来への懸念を相談した。
彼は優しく微笑んで大丈夫だと、愛していると言ってくれたのに。
丁度ゲーム開始の日の前日、つまり学園入学の前日に、テオドール様は私に関する記憶だけを完全に失ってしまわれ、婚約者として振る舞う私を疎むようになってしまった。
私は悲しかったが、ヒロインがゲーム通りの人間ならば身を引くのもやぶさかでは無かった。
でも、ヒロインであったレティーナはハッキリ言って毒婦と言っていいあばずれで、見目のいい男に媚び、何人もの男を侍らせて学園を練り歩くような女だった。
私は婚約者としても、貴族としても、女としても全ての立場から考えても不快感を抱いた。
彼女が私だけでなく学園中の女性からの忌避感を集めていて、虐められているのも分かっていて自業自得だと見て見ぬ振りをしていた。
私はその全ての出来事、そしてレティーナのねつ造したもの全ての元凶に仕立て上げられていたことを卒業パーティーの場で婚約破棄を受けた段階になって初めて知った。
その後の私の行動は早かった。
私は婚約破棄されたエルザがどうなるかを知っていたので、何かされる前にと着の身着のまま部屋にも戻らず修道院に飛び込んだ。
ゲームでは、婚約を大勢の前で破棄されて侯爵令嬢としての価値を失ったエルザは、遠い地の辺境伯の後妻として送られたとあった。
該当する辺境伯は父親と同い年だ。
絶対にそんなのはごめんなのである。
そして私は司祭様に匿ってもらう形で修道女となり、一年が過ぎた。
今頃ゲームのエンドを迎えたレティーナは結婚式を挙げた頃だろう。そんな話は噂ですら一向に届かないが第二王子達の勢いからするとそろそろだろう。
「エルザ、お客様がいらしてますよ」
先輩修道女のカテナ様に声をかけられたのはそんな過去をつらつらと思い返していた雨の日だった。
私を訪ねてくるような人間は父親の使者しかいない。よほど辺境伯の後妻という立場は旨味を持っているらしい。
いつもならば、司祭様に立ち会ってもらうことでやんわりと追い返すことができていたが、今日は所用で外出されていて、平民ばかりのここには侯爵家の人間と相対するようなことが出来る人間はいない。
私は空模様よりもどんよりとした気分で溜息をついた。
客人の待機場所になっている部屋をノックすると、どうぞ。という聞き覚えのある気がする声がした。いつも来る者より若い声だ。
扉を開けると、目の前に服が見えた。驚いて引けた腰を凄い力で引き寄せられ身体が弓形にしなったことで上を向いた私の唇を塞がれた。
近過ぎて誰だか分からないがキスされていた。
背中で扉が閉まる音が響いた。
死に物狂いでもがく私の抵抗をものともしないで、塞いがれた唇の隙間から何かが入ってきた。
状況的に私を拘束している男の舌だ。
それは私の縮こまったそれを絡めとり、絡めて、そのざらついた表面同士を擦り合わせてくる。
噛み付いてやれば良いと脳のどのかで命令が飛んでくるが、背中を何かが這い上るような感覚がして、力が抜けてしまって抵抗出来なくなると、片手が後頭部へまわり、更に隙間無く抱き締められた。
「ルーザ」
私の耳に届いたのは、泣きたくなるほど懐かしい呼び方。
他人がエルという愛称で呼ぶので、自分だけの呼び方が欲しいと選んだ。
テオドール様だけの呼び方だった。
公爵家嫡男テオドール様だ。
5歳で婚約が決まって10年間それなりに仲良くしていたと思う。
ハッキリ言えば私は彼を愛していたし、愛されていたという自信もあった。
だが、婚約は破棄され、私は侯爵令嬢という地位すら追われて今修道女として暮らしている。
私はこうなる未来を知っていた。
私にはエルザとしての記憶だけでなく、日本人女性としての記憶もあり、この世界が乙女ゲームの設定に酷似した世界観を持っていて、私が悪役令嬢という立場であると理解していた。
16歳になって学園に入学すれば、ヒロインが現れ、テオドールと恋に落ちれば私は排除される運命だった。
私はこの未来を回避しようとテオドール様に気持ちと、未来への懸念を相談した。
彼は優しく微笑んで大丈夫だと、愛していると言ってくれたのに。
丁度ゲーム開始の日の前日、つまり学園入学の前日に、テオドール様は私に関する記憶だけを完全に失ってしまわれ、婚約者として振る舞う私を疎むようになってしまった。
私は悲しかったが、ヒロインがゲーム通りの人間ならば身を引くのもやぶさかでは無かった。
でも、ヒロインであったレティーナはハッキリ言って毒婦と言っていいあばずれで、見目のいい男に媚び、何人もの男を侍らせて学園を練り歩くような女だった。
私は婚約者としても、貴族としても、女としても全ての立場から考えても不快感を抱いた。
彼女が私だけでなく学園中の女性からの忌避感を集めていて、虐められているのも分かっていて自業自得だと見て見ぬ振りをしていた。
私はその全ての出来事、そしてレティーナのねつ造したもの全ての元凶に仕立て上げられていたことを卒業パーティーの場で婚約破棄を受けた段階になって初めて知った。
その後の私の行動は早かった。
私は婚約破棄されたエルザがどうなるかを知っていたので、何かされる前にと着の身着のまま部屋にも戻らず修道院に飛び込んだ。
ゲームでは、婚約を大勢の前で破棄されて侯爵令嬢としての価値を失ったエルザは、遠い地の辺境伯の後妻として送られたとあった。
該当する辺境伯は父親と同い年だ。
絶対にそんなのはごめんなのである。
そして私は司祭様に匿ってもらう形で修道女となり、一年が過ぎた。
今頃ゲームのエンドを迎えたレティーナは結婚式を挙げた頃だろう。そんな話は噂ですら一向に届かないが第二王子達の勢いからするとそろそろだろう。
「エルザ、お客様がいらしてますよ」
先輩修道女のカテナ様に声をかけられたのはそんな過去をつらつらと思い返していた雨の日だった。
私を訪ねてくるような人間は父親の使者しかいない。よほど辺境伯の後妻という立場は旨味を持っているらしい。
いつもならば、司祭様に立ち会ってもらうことでやんわりと追い返すことができていたが、今日は所用で外出されていて、平民ばかりのここには侯爵家の人間と相対するようなことが出来る人間はいない。
私は空模様よりもどんよりとした気分で溜息をついた。
客人の待機場所になっている部屋をノックすると、どうぞ。という聞き覚えのある気がする声がした。いつも来る者より若い声だ。
扉を開けると、目の前に服が見えた。驚いて引けた腰を凄い力で引き寄せられ身体が弓形にしなったことで上を向いた私の唇を塞がれた。
近過ぎて誰だか分からないがキスされていた。
背中で扉が閉まる音が響いた。
死に物狂いでもがく私の抵抗をものともしないで、塞いがれた唇の隙間から何かが入ってきた。
状況的に私を拘束している男の舌だ。
それは私の縮こまったそれを絡めとり、絡めて、そのざらついた表面同士を擦り合わせてくる。
噛み付いてやれば良いと脳のどのかで命令が飛んでくるが、背中を何かが這い上るような感覚がして、力が抜けてしまって抵抗出来なくなると、片手が後頭部へまわり、更に隙間無く抱き締められた。
「ルーザ」
私の耳に届いたのは、泣きたくなるほど懐かしい呼び方。
他人がエルという愛称で呼ぶので、自分だけの呼び方が欲しいと選んだ。
テオドール様だけの呼び方だった。
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