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気づいたら神社ごと異世界に飛ばされていた件

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「なんだ、ここ……」

 生まれた時から自分を育ててくれた家の一部である御陵神社みささぎじんじゃの本殿を一歩出ると、辺り一面森になっていた。

「なんでこんな……」

 本殿の前に手水屋、更に向こう側に鳥居という神社として最低限の設備を残し、その周囲をぐるりと木々が取り囲んで向こう側を見えなくしている。

 本殿を飛び出して鳥居を確認する。去年塗りなおされて綺麗な朱色をした立派な鳥居は、変わらぬ様子でそびえ立っているのに、その向こう側の様子は全く違っていた。
 昨日まであった心臓破りの階段が無くなっていて、樹齢を重ねた幹の太い木々が行く手を阻み、向こう側にあった筈の街を覆い隠してしまっている。いや、街自体が無くなっていると考えて良いと思う。
 反転して鳥居に背を向けて立って、更に目を剥いた。

「家が、無い!?」

 境内の端の方には、今にも崩れそうなほど古いが屋敷といって差し支えない大きさの家があった。築数百年のボロ屋だったが、震災にも耐えた丈夫な家だった。それが跡形もなく消えている。
 ぐるぐると境内を歩いて確認して分かったことは、本殿を中心とした綺麗な円形の空間以外が切り落とされたように無くなっているということだった。そして、ここはどこかの森の中。
 無い頭を精いっぱい回転させた結果、周囲が無くなっているというよりも、この一帯だけがどこかに移動したと考えたほうが自然だという結論に至った。

「落ち着け、どうしてこうなった」
 
 頬を抓ったりしても痛いだけで状況は変わらなかったので、何があったのかを思い起こしてみることにした。




  ■□■□■□■□■□■□■□■□■□




 俺、御陵京助みささぎきょうすけはみそっかすだった。

 御陵神社の跡取り息子。の弟の、弟の、弟……つまり四人兄弟の末っ子。
 成績は中の下、素行は悪くないが真面目という程でもない。学校には毎日通うが、授業中に居眠りして注意を受けるような、端的に言うと普通の高校生だった。

 一般の子供ならば、気にされないようなことだが、歴史ある神社の息子としては大問題だ。
 神社というのは氏子によって支えられる株式会社のようなもので、氏子というのは神社を中心に広がる出資者団体だ。

 神社の息子は常に監視され、その素行は常に見られている。
 街を歩いて買い食いをすれば、家に帰った途端にみっともないと叱られ、テストの点数が悪いと、恥ずかしいと罵られ、体育の授業でちょっとふざけていたというだけで、神社の息子としての自覚を問われる。
 かわいい女の子に声をかけられてちょっと舞い上がっていたら、その夜母親が部屋を訪ねてきて困ったような顔でのたまった。

「天海由利さんだったかしら、あの子はちょっとご両親の家柄がよくないわね」

 誰が言っているのかは知らないが恐ろしい情報伝達網である。
 その上、自分以外の兄達は成績も良く文武両道で外面も完璧。いつも取り巻きに囲まれてチヤホヤされている。
 外ではひそひそと陰で何かをささやかれ、家では兄達と比べられる。

 でも、俺は知っている。その完璧超人な兄達が、その取り巻きから金を巻き上げたり、気に入らないやつの悪い噂をばらまいて社会的に抹殺したりしているのを。ちなみに取り巻きというのはその抹殺を恐れてすり寄ることを選択した者たちだ。
 そんなわけで、すっかり人間不信になっていた。
 今では友達も作らずボッチ街道まっしぐらである。
 ちなみに天海由利さんは翌日から遠巻きにこちらをみてくるようになった。何があったのかは分からないが、俺は人と関わらない方がいいのだろうと決定的に思った一幕だった。

 そんな俺の密かな楽しみは、本殿に忍び込んでご神体である御陵丸を眺めることだ。
 人目も避けられて、背徳感もあり、冒険心もくすぐられる。
 もちろんバレたら大変だが。基本誰も来ないので見つかることはない。

 勿論眺めるだけじゃない、時々は手に取って鞘から抜き取り、その美しい波紋を描く刀身に酔いしれ、時折素振りする。この為だけに剣道を習った。美しい剣には美しい型で応えたいという思いからだ。

 試験にも試合にも出ていないので段もないし強さは不明だが、剣を扱うだけの筋力は身に着けているし、師匠によると筋がいいらしい。
 師匠というのは現在通っている剣道部の顧問だ。他府県の出身なので氏子だなんだらというしがらみもなく、京助を一人の人間として扱ってくれる。今の京助があるのは彼のお陰と言っても過言ではない。

 そして昨日も当然のように御陵丸を手に取り、鞘から引き抜いて。いつも通り、剣道の型をなぞるようにふるった。
 その後のことはよく覚えていない。




  ■□■□■□■□■□■□■□■□■□




「どう考えても大したことしてないよな……」

 本殿の階段に腰かけて一通り思い返してみたが、特筆すべき点は何もなかった。
 軒下から歩み出て振り返り、本殿をじっくりと眺めてみる。
 黒々として重厚感のある杮葺の屋根に、鳥居と同じく朱塗りの木造で、漆喰塗りの壁との対比が鮮やかな本殿はいつも通り敬意と、そしてほんの少しの畏怖を感じさせてくる。
 罰当たりだが、ここで寝泊まりするしか無さそうだ。

 もう一度境内へ出て、先程からちょろちょろと水音を響かせている手水屋に足を向けてみる。
 鳥居や本殿と違い、黒い石で作られた竜の彫像の口から水が流れていて、石造りの鉢がそれを受け止めている。
 添えられている柄杓で水を口に含むと、清浄で冷たい水が喉を潤してくれる。飲み水の心配はしなくてよさそうだ。

「水が確保できているのは良いとして、食べ物が何もないのは辛いな……。それに今は良いとして夜は寒くなるかも」

 本殿は生活空間ではないので時計が無い。そして携帯などは持っていなかった。というより、与えられるのを拒否した。あんな監視装置を身に着けたいと思う方がどうかしていると思う。
 とにかく、お陰で時間は分からないので今が昼間だということしか分からないが。今は暖かくても夜は冷え込みそうだということだけは分かる。日差しは暖かいが風が少し冷たい。昨日までは初夏だった筈なのに、ここは春の初め頃といった気候だ。
 これも、この神社だけが移動したのだと考える根拠になっていた。
 そして今抱いている懸念は陽が沈んだ後のことだ。

 今着ているのは剣道の道着だ。
 本殿に入る時は何となく身に着けるようにしていたのだ。その方が御陵丸を握った時気分が上がるというだけの理由だが。お陰で防寒具の類は一切身につけていない。
 自宅と本殿が離れていたことで行き来する為の靴下とスニーカーを本殿の入り口に隠していたことだけは幸いだった。

「仕方がない、何か食べられるものが無いか探しにいってみよう」

 幸い手元には剣があるので、木の実を落とす位は出来るはずだ。
 ちなみに本殿の中には食べ物などあるわけがない。痕跡が見つかれば大変なので、持ち込んだりしていなかったのだ。
 
 剣をとりあえず腰紐の隙間に通して、森に入ってみることにした。
 スニーカーと靴下があって良かった。さすがに素足で森に入るのは無理だ。




  ■□■□■□■□■□■□■□■□■□




 森の中は、いわゆるもの●け姫の世界って感じだった。
 鬱蒼と茂っていて、数メートル先も分からない。
 迷うと困るので、木に一メートル間隔で傷をつけながら進んでいたが、どこまで続くのか見当もつかない。
 しかも、食べられそうな木の実が見つからない。
 ただひたすら木が続くだけで、段々滅入ってくる。

「このままじゃ遭難するかもしれない……一度戻るか」

 踵を返そうとしたところで、かすかだが何かが聞こえた。

「動物か?」

 ここまで虫一匹みかけなかったが、これだけ大きな森なので生物がいないというのもおかしな話だったのだ。
 近づいてきているようで、草をかき分け木の根を蹴る音が大きくなる。それに伴って木々の陰から黒いものが姿を現した。

「っていうか、結構でかくね?」

 とっさに身をかわすと、元々自分がいた場所にあった太さ一メートルほどの大木に激突し、轟音をたてながらへし折ってしまった。
 思わず「ウヘァ……」という声が漏れる。
 姿を現したのは、2階建ての家くらいの大きさはあるイノシシのような牛のような生物。どう考えても地球上の生物とは思えなかった。

「三十六計逃げるに如かずぅうううう!!」

 そこからはひたすら走った。
 朝練でも運動会でもこんなに本気で走ったことは無い。
 普段から鍛えていたおかげで何とか逃げられているが、所詮人の足、あんな巨大生物に走って逃げられるわけがない。
 出来るだけ大き目の木の陰に隠れるようにしても、木をへし折ってはまた追いかけてくる。

「こんなところで死ぬなんて嫌だあああああ」

 もうどこを走っているかもわからない。
 化けイノシシの足音と、木の倒れる轟音でほかの音も聞こえない。ただ無我夢中で走っているだけだった。
 そしてふいに光が差し込む、森のきれめに出たのだ。
 無我夢中すぎて、思わずそのまま光に飛び込む。本来なら障害物の無い場所はもっと危険なのに、そんなことを考える余裕などなかった。

 そしてそれは起こる。
 突如雷鳴のような悲鳴と共に轟音が鳴り響き、そして静かになった。

「一体、何が起こったんだ?」

 飛び込んだ瞬間上半身から転んでいた俺が全身擦り傷だらけになった痛みで顔を顰めながら身を起こすと、元の境内に戻っていて、その外側で化けイノシシが横たわっていた。
 

「どうなってんのか知らないけど……助かったー」

 そのまま俺は、疲労と安堵で気を失った。










 
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