Complex

亨珈

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Sixth Contact SAY YES

24 【完】

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 刻々と時は過ぎ、杯を重ねるごとに気が重くなるのが新菜には判った。

(何なんだろう……今日は回るのが早いみたい。っていうより、何でこんな胸の中モヤモヤしてんの?
 ここんとこ何か引っ掛かってるっていうか、何か胸の中つっかえてるって言うか)

 手に持っているグラスを干すと、タンッと音を立ててテーブルに置いた。

(すっきりしない――)

 ふうーっと息をついて背凭れに身を預けると、向かいの席から心配そうに自分を見つめている満と視線が絡んだ。

「新菜ちゃん、調子悪ィの? ピッチ速過ぎんじゃねーの?」

「んーん、大丈夫っ」

 目の前で手を振ってみたものの、少し眩暈がして新菜は額を押さえて俯いた。
 見かねた満は腰を上げると、横に立って腕を引っ張った。

「少し風に当たって来よ。な? オレもついてくから」

 言いながら新菜を立たせると、皆には「ちょっと酔い冷まししてくる」と言い置いて二人で店を出た。

 店の直ぐ近くにある円形の木製ベンチに新菜を座らせ、その横に満も腰を下ろす。円の中央には今は枯れ木のように味気ない桜の木が植わっている。春になれば、見事な花が咲くだろう。

「付き合わせちゃって御免……」

 新菜は少し前屈みで謝った。足首まであるロングタイトスカートのスリットから、黒いタイツに覆われた足が覗いている。今日は伝線はしてないな、と無意識に確認してしまった。

「いいって。んな事より大丈夫?」

 満が優しく新菜の背中を擦ってくれる。ウールの入った黒いジャケットの上から手の温もりが伝わって来て、新菜はゆっくりと目を閉じた。

「ん、こうしてれば楽になるし」

 火照った顔に今日の風はとても気持ち良く、このまま眠ってしまいたいという欲望に負けそうになる。凍死はしないかもしれないが、いくらなんでも風邪くらいは引くだろうけれど。

(今なら解るなぁ……。酔い潰れた人がベンチとかで寝てんの)

「ホント大丈夫?」

 俯いて目を閉じている姿を余程気分が悪いと勘違いしたのか、再度満が問い掛ける。その声に顔を上げると思ったより至近距離に満の顔が有り、どきんと心臓が跳ねた。

「今日空きっ腹に飲んじゃったから」

 新菜は慌てて顔を背けた。顔が熱くなり、鼓動が速まるのを自覚する。

(アルコールのせい……? 何でこんなに胸が苦しいの? 心臓が潰されそうだよ……)

 満に心臓の音が聞こえやしないかと気になり、左胸に手を当てた。

(満くんに対しての罪悪感? だけど保の時とは違う……そんなんじゃなくて……)

 もう一度ゆっくりと瞳を閉じた時に満の声が耳に届いた。

「……青葉とかゆー奴、元気にしてる?」

 口にしてから直ぐに満は後悔した。

(わぁーっ! オレ何訊いてんだ、んな時にっ)

 自分で自分が信じられなくて思わず新菜から手を離してしまった。

(けどあれからあの男の事は気にはなってたんだよな。新菜ちゃんと同じクラスらしいし、惚れ込んでたしな。
 新菜ちゃん、あん時は両方とも付き合わないって言ってたけど……)

「保ぅ?」

 満から思ってもみなかった言葉が出て来て、驚いて一旦顔を上げた。

「あいつは相変わらずだよ」

「そっか……」

 満は溜め息交じりの返答。

(相変わらずって事は、まだ新菜ちゃんにモーションかけてるって事だよなぁ。
 オレもそうした方が良かったのかな。だけど新菜ちゃんの事困らせたくなかったし。
 付き合いの長さもあるんだろうケド、オレには〈くん〉が付いてあっちは呼び捨てだもんな。何か親密度高いって感じ……)

 スタジアムジャンパーを着た肩を落とした。



(さっき、本人に直接「吹っ切れた」って言われたのは結構辛かったな……。
 ん? 辛い? 何で? 今まで何人ものヤローにそんな台詞よか酷い事言われて、それでも何とも思ったことないのに……何で今回はそう感じたんだろ。あたし、満くんのこと……?)

「ね、何で久々にベル打って来たの?」

 新菜は、半分眠ったような目付きで満を見上げた。あれからずっと気になって仕方なかったらしい。

「何でって……。ずっと鳴らしてなかったし、だって連れならたまにはって」

 満は人差し指でポリポリと鼻の頭を掻いた。

(連れって思いたくはないけどしゃーないもんな、こればっかりは……)

「……ツレ、かあ」

 視線を逸らし、新菜は夜空を仰いだ。その時、たぁくんに言われた言葉が脳裏を過ぎった。

『自分に正直に生きろよ』

 ふっと吐息をついて自嘲気味に微笑む。

「あれから満くんからベル鳴んなくなって、ずっと気になってた……」

 ベルがとも、満がとも、取れる言い方だった。本当はベルはきっかけであって、それを打っていた満が気になっていたのだったけれど、そうすぐに赤裸々には語れない。

「ずっと鳴り続けてたベルがピタリと止まるのって何か寂しいね。ベル持参してない気分」

 今までとちょっと違う雰囲気の新菜に、満の方もドキリと胸が高鳴る。動揺を隠すように満はわざと髪を掻き上げた。

「それってオレの事好きみたいじゃん」

 おどけて笑う満に、

「……なのかな?」

 と一拍置いて答えた。まだ視線は合わせられず、新菜は真っ直ぐ前を見詰めている。

「え……?」

 視線を外していた満は首を戻し、目を見開いて新菜の横顔を見つめた。

「その好きってどういう───」

「解んない……解んないけど毎日胸が苦しくて、こんな気持ちに今までなった事なかったし。これが〈恋〉ってヤツなのかな、もしかして……」

 酔っているせいもあるのだろうが、これを逃すともう機会はないと思い新菜は素直に今の気持ちを述べた。満と会えなくなって、連絡がなくなってからの正直な想いである。

「連絡なかったってのは、やっぱ少し寂しかった、かな……」

 俯いて目を伏せる。それでも何故か口元は僅かに綻んでいた。

「少し? 大分?」

 新菜の口から〈恋〉という言葉を聞いても半信半疑の満。どういう風に受け止めればよいのかまだ判っていない。
 新菜は満と会わなくなってからの自分を思い出した。

「大分……かも」

 囁くように答えた。

(それって……それってもしかしてもしかしなくてもっ)

 逸る気持ちを抑えつつ、満が口を開いた。

「オレもさ……新菜ちゃんの事何とか吹っ切らなきゃって、新菜ちゃんはただの連れって思うように毎日毎日自分に言い聞かせて。
 だってそうするしか、そうしなきゃ耐えられなくて――ずっと辛いまんまで。
 でも」

 満は立ち上がって新菜の正面に回ると、その前にしゃがみこんで少し下の位置から俯いている彼女の顔を覗き込んだ。
 通行人は皆無というわけではないのだが、皆銘々が自分たちの世界に入っているので他人が少々雰囲気を作っていようとあまり気にされていない。

「でも忘れられないんだ。言葉でどんなに自分と他人を騙そうとしても、この想いは消えないんだ」

 新菜は満の真摯な眼差しを受け、もう目を逸らせずにいた。

「オレはまだ、新菜ちゃんの事」

 肝心の言葉を言おうとした時、店の中から翔子が転がるようにやって来た。その後を追うように浩司が円華がウォルターが、やや慌て顔で出て来る。

「にーな、さぁーんっ! 聞―て下さいよぉっ」

 千鳥足でやって来た翔子はベタッとへばり付くようにベンチに座り込んだ。

「ウォルターったらねぇっ、『恋人は取り敢えず二人だけ』なんて言うんですよぉ!? そんなのアリですかぁ!?」

 少し離れて翔子を見守るウォルターと円華は「あっちゃあー」と顔を押さえ、浩司は「はいはい、もうちょっとトーン落としな」と翔子を宥めながら「七元、もう良くなったのか?」と尋ねた。

 前者二人は、勿論新菜と満を慮ってである。

「私声大きくないもんっ! それより今はウォルターでしょお!?」

「別にいいじゃん、何人いても」

「何で円華さんんな事言うんですかぁ!? 嫌じゃないんスか!? 」

「私とウォルターは〈いい友達〉だからいんだよ」

「そんなぁーっ」

 な? と確認するように円華は隣のウォルターを見上げた。不思議と気分はすっきりしている。やはりこれで良かったのだと思えてくる。

「そうだよな」

 ウォルターもにっこり微笑んで頷いた。こちらも本心らしい。
 そんな遣り取りをぽかんと眺めていた満と新菜は、ぷくくっと吹き出した。

「よぉし、中入って飲み直そっ」

 すっくと立ち上がる新菜につられて、満も立った。

「何か途中止めになっちゃったけど、オレ」

 少し焦って言おうとする満の唇を新菜が人差し指で制した。歩き出していた満の足が止まる。他の四人はもうこちらに背を向けていて気付いていない。

「あたし、多分満くんのこと好き」

 耳まで赤く染まった新菜が「今更で御免ね」と付け足し、

「好きだから許すっ」

 と即座に満が笑顔を浮かべた。

 どちらからともなく手を伸ばし、しっかりと握り合った。
 皆の呼ぶ声が聞こえる。



 当分、こんな関係が続きそうな六人である。







     Fin.
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