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Sixth Contact SAY YES
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下降する狭いエレベーターの中で、浩司は煙草に火を点けた。一呼吸するかしないかの内に箱は止まり、チンと音を立ててドアが開く。
平日の夜は満室になることの方が稀で、ライトの点いたままのパネルが多い。此処で他人と顔を合わせるのは何となく気まずいので、その前を足早に通り抜けると自動ドアから外に出た。
時刻は既に零時を回っている。ひやりと冷気に髪を撫でられ、革ジャンの肩を竦ませると、浩司は愛車へと足を向けた。
NSRの傍で影が動いた。
(誰かいるのか……ちぇっ、タイミング悪ィの)
心の中で舌打ちして、なるべく目を合わさないようにと視線を外したままバイクへと向かった。人影は建物に向かうでもなく帰るでもなく、ただそこにじっとしている。
(早くどっか行ってくれよ)
はぁ、と息を吐いたとき、
「浩司くん」
物凄く聞き慣れた声がして、浩司は驚いて顔を上げた。
キュロットと長袖のTシャツの上にカーディガンを羽織った翔子が、自分の原付から降り立ち、真っ直ぐに浩司を見詰めていた。
「おまっ……何でんなトコいるんだよ」
驚愕の声が上がり、翔子は、
「そっちこそ、何で? 私つけて来ただけだもん」
と、拗ねた表情で返した。
「つけて来たぁ!?」
浩司は不審気な顔になり、靴で煙草を揉み消した。
「煙草買いにコンビニ行ったら浩司くん見掛けてさ……女の人とどっか行っちゃうから、気になって。で。来てみりゃホテルだし……流石に中は入れないからここで待ってたの」
翔子は状況を説明すると、本題に入った。
「さっきの……って言うか、まだ中にいる人……恋人なの? 好きな人なの?」
まさかそんな質問をされるとは思ってもいなかった浩司は、目を見開いてまじまじと翔子を見詰めた。翔子は歯を食いしばって、浩司の瞳を覗き込んでいる。
「――別にいいだろ、んな事どうだって」
浩司は、バイクに掛けていたヘルメットを手に取った。
「良くないから訊いてるんじゃないっ!」
翔子は、両手で浩司の腕を掴んだ。今此処で確認しておかなければ絶対後悔する。
「女嫌いとか女性不信って嘘だったの? ウォルターも満くんも皆して私ら騙してたの? 違うんならちゃんと説明してよ! じゃなきゃ帰らせないからっ」
必死の形相で腕を握り締めている翔子に少し圧倒され、浩司は右手でヘルメットをハンドルに掛けた。
「騙すなんてしてねえよ。俺も榎本も、嘘ついてねぇし、つか性格的に無理だし。俺が女嫌いなのは本当だし、あの女も別に恋人とかゆーんじゃねえし」
「じゃ、何なのォ!?」
問われて浩司は言葉に詰まった。
何と答えればいいのだろう。前回、バイトの事は言わないと告げたばかりだというのに。
(しゃあねえか。そんな意地張って隠すほどの事でもねえし……)
空いたほうの手で前髪を掻き上げ、溜め息をつく。
「何つーか……【KILLER】のメンバー、っていうか――」
(ったく、何で俺がこんな言い訳めいた台詞吐かなきゃなんねーんだよ)
「簡単に言うと、夜の相手して金もらってる」
「――そ、それってもしかしてジゴロとかっていう……?」
流石の翔子も一瞬言葉を失い、唇の端を引き攣らせた。
「ん……まあそんなもんか」
(どんなに言葉飾ったって、やってる事に変わりはないんだし)
諦めの色が濃い浩司である。
「どうして? 好きじゃなくても抱けるの? お金もらえれば誰でもいいの?」
翔子は、バイク越しに掴んでいた浩司の腕を一旦離すと、その左手を自分の両手で包み込むようにそっと引き寄せた。
「思わせぶりな態度で私を引き止めてるくせに……私が浩司くんの事好きって知ってるくせにっ! こんなの……嫌、ヤだよぉ……」
大きな瞳を潤ませ、翔子は自分に委ねられている大きな手に頬擦りした。
「ヤだって言われても……」
目の前で半泣きされて、浩司も狼狽している。何せ今までこういう状況になった事がないので、対処の仕方が判らないのだ。
「俺は俺で、今まで通りにしてるだけだし」
大事な金づるだし、という言葉は飲み込んだ。
「だってぇ……ヤなんだもん。私以外の女と仲良くして欲しくないっ」
「あのなあ……お前は俺の何なんだよ? 俺にんな事言える立場かよ?」
やや渋面になり、浩司は呆れた声を出した。
翔子は零れそうになる涙を堪えたまま、ふるふると首を振った。
「んな事言える義理じゃないの解ってるっ! 解ってるけどっ、好きなんだもん! 迷惑だったらそう言って!
『俺の前に二度と姿見せるな』って言うならそうするから……だから、嫌いならはっきりさせて。今此処できっぱりフっちゃって!」
一息に言った後、翔子は肩でハアハアと息をついている。
(何でそんな展開になるんだよ……)
浩司は、苦々しげに右手で髪をくしゃくしゃと掻き混ぜた。
「俺はっ、お前の事は」
握り込まれていた左手をすっと抜き、翔子の右の眦に溜まっていた涙を指先で弾いた。
「いい友達になれそうだと思ってるし……だから嫌いじゃねえ。けど、今ん所お前に恋愛感情は持ってねえ。
そういうのを、気を持たせるような言動で、ずるいとか思うんだったら、残念だけど俺に近付くのはやめるんだな。俺はそんなにきっぱりしたとこでお前に線引けねえから」
「友……だち……?」
そんな風に何気なく優しくされた事のない翔子は、大きな瞳を更に見開いてぽやんと浩司を見上げた。
「だ。だから女としてお前の事好きんなるかなんて判んねーし、んな気長に待ってられないだろ。その間だって、きっと俺はお前が嫌だと思う事もするだろうし。
俺が言えるのは、これだけだ。後はお前が判断しろよ……電話待ってっからさ」
浩司は上着のポケットから取り出したキーを差し込むと、ひらりとバイクに跨りエンジンを掛けた。翔子は言葉が見つからず視線だけ浩司を追っている。ヘルメットを被る直前、浩司はもう一言付け加えた。
「お前さ、俺が可愛いと思ったんだから、惚れる男なんてきっと五万といるぜ。じゃな」
パァァーン――……ッ。乾いた音を残して白いバイクが去って行く。
翔子はその後ろ姿を見送りながら、
「他の男に惚れられても、意味ねーじゃんか……」
と、呟いた。
平日の夜は満室になることの方が稀で、ライトの点いたままのパネルが多い。此処で他人と顔を合わせるのは何となく気まずいので、その前を足早に通り抜けると自動ドアから外に出た。
時刻は既に零時を回っている。ひやりと冷気に髪を撫でられ、革ジャンの肩を竦ませると、浩司は愛車へと足を向けた。
NSRの傍で影が動いた。
(誰かいるのか……ちぇっ、タイミング悪ィの)
心の中で舌打ちして、なるべく目を合わさないようにと視線を外したままバイクへと向かった。人影は建物に向かうでもなく帰るでもなく、ただそこにじっとしている。
(早くどっか行ってくれよ)
はぁ、と息を吐いたとき、
「浩司くん」
物凄く聞き慣れた声がして、浩司は驚いて顔を上げた。
キュロットと長袖のTシャツの上にカーディガンを羽織った翔子が、自分の原付から降り立ち、真っ直ぐに浩司を見詰めていた。
「おまっ……何でんなトコいるんだよ」
驚愕の声が上がり、翔子は、
「そっちこそ、何で? 私つけて来ただけだもん」
と、拗ねた表情で返した。
「つけて来たぁ!?」
浩司は不審気な顔になり、靴で煙草を揉み消した。
「煙草買いにコンビニ行ったら浩司くん見掛けてさ……女の人とどっか行っちゃうから、気になって。で。来てみりゃホテルだし……流石に中は入れないからここで待ってたの」
翔子は状況を説明すると、本題に入った。
「さっきの……って言うか、まだ中にいる人……恋人なの? 好きな人なの?」
まさかそんな質問をされるとは思ってもいなかった浩司は、目を見開いてまじまじと翔子を見詰めた。翔子は歯を食いしばって、浩司の瞳を覗き込んでいる。
「――別にいいだろ、んな事どうだって」
浩司は、バイクに掛けていたヘルメットを手に取った。
「良くないから訊いてるんじゃないっ!」
翔子は、両手で浩司の腕を掴んだ。今此処で確認しておかなければ絶対後悔する。
「女嫌いとか女性不信って嘘だったの? ウォルターも満くんも皆して私ら騙してたの? 違うんならちゃんと説明してよ! じゃなきゃ帰らせないからっ」
必死の形相で腕を握り締めている翔子に少し圧倒され、浩司は右手でヘルメットをハンドルに掛けた。
「騙すなんてしてねえよ。俺も榎本も、嘘ついてねぇし、つか性格的に無理だし。俺が女嫌いなのは本当だし、あの女も別に恋人とかゆーんじゃねえし」
「じゃ、何なのォ!?」
問われて浩司は言葉に詰まった。
何と答えればいいのだろう。前回、バイトの事は言わないと告げたばかりだというのに。
(しゃあねえか。そんな意地張って隠すほどの事でもねえし……)
空いたほうの手で前髪を掻き上げ、溜め息をつく。
「何つーか……【KILLER】のメンバー、っていうか――」
(ったく、何で俺がこんな言い訳めいた台詞吐かなきゃなんねーんだよ)
「簡単に言うと、夜の相手して金もらってる」
「――そ、それってもしかしてジゴロとかっていう……?」
流石の翔子も一瞬言葉を失い、唇の端を引き攣らせた。
「ん……まあそんなもんか」
(どんなに言葉飾ったって、やってる事に変わりはないんだし)
諦めの色が濃い浩司である。
「どうして? 好きじゃなくても抱けるの? お金もらえれば誰でもいいの?」
翔子は、バイク越しに掴んでいた浩司の腕を一旦離すと、その左手を自分の両手で包み込むようにそっと引き寄せた。
「思わせぶりな態度で私を引き止めてるくせに……私が浩司くんの事好きって知ってるくせにっ! こんなの……嫌、ヤだよぉ……」
大きな瞳を潤ませ、翔子は自分に委ねられている大きな手に頬擦りした。
「ヤだって言われても……」
目の前で半泣きされて、浩司も狼狽している。何せ今までこういう状況になった事がないので、対処の仕方が判らないのだ。
「俺は俺で、今まで通りにしてるだけだし」
大事な金づるだし、という言葉は飲み込んだ。
「だってぇ……ヤなんだもん。私以外の女と仲良くして欲しくないっ」
「あのなあ……お前は俺の何なんだよ? 俺にんな事言える立場かよ?」
やや渋面になり、浩司は呆れた声を出した。
翔子は零れそうになる涙を堪えたまま、ふるふると首を振った。
「んな事言える義理じゃないの解ってるっ! 解ってるけどっ、好きなんだもん! 迷惑だったらそう言って!
『俺の前に二度と姿見せるな』って言うならそうするから……だから、嫌いならはっきりさせて。今此処できっぱりフっちゃって!」
一息に言った後、翔子は肩でハアハアと息をついている。
(何でそんな展開になるんだよ……)
浩司は、苦々しげに右手で髪をくしゃくしゃと掻き混ぜた。
「俺はっ、お前の事は」
握り込まれていた左手をすっと抜き、翔子の右の眦に溜まっていた涙を指先で弾いた。
「いい友達になれそうだと思ってるし……だから嫌いじゃねえ。けど、今ん所お前に恋愛感情は持ってねえ。
そういうのを、気を持たせるような言動で、ずるいとか思うんだったら、残念だけど俺に近付くのはやめるんだな。俺はそんなにきっぱりしたとこでお前に線引けねえから」
「友……だち……?」
そんな風に何気なく優しくされた事のない翔子は、大きな瞳を更に見開いてぽやんと浩司を見上げた。
「だ。だから女としてお前の事好きんなるかなんて判んねーし、んな気長に待ってられないだろ。その間だって、きっと俺はお前が嫌だと思う事もするだろうし。
俺が言えるのは、これだけだ。後はお前が判断しろよ……電話待ってっからさ」
浩司は上着のポケットから取り出したキーを差し込むと、ひらりとバイクに跨りエンジンを掛けた。翔子は言葉が見つからず視線だけ浩司を追っている。ヘルメットを被る直前、浩司はもう一言付け加えた。
「お前さ、俺が可愛いと思ったんだから、惚れる男なんてきっと五万といるぜ。じゃな」
パァァーン――……ッ。乾いた音を残して白いバイクが去って行く。
翔子はその後ろ姿を見送りながら、
「他の男に惚れられても、意味ねーじゃんか……」
と、呟いた。
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