180 / 190
Sixth Contact SAY YES
14
しおりを挟む
「この間の、そうだろ?」
目の前に座ってウイスキーの水割りを飲んでいたたぁくんが、新菜を見つめた。
「あ?」
つい先程まで昨日のテレビドラマの話題で盛り上がっていたたぁくん、けんちゃん、新菜の三人だったが、突如そんな曖昧な訊き方をされても首を傾げるしかなかった。
「何が?」
「何って、BOXに来てた男三人の内の一人、この間言ってた〈告白された〉っつー二人の内の一人だろ?」
たぁくんは、周りを気遣うように声を落として言った。
(な、何で判んのォ!?)
内心驚いたが、新菜はそんな感情はおくびにも出さず、「何で?」と平然と問い返す。
たぁくんは、チッチッチッと人差し指を立て左右に振った。
「惚けても無駄。何か雰囲気ちゃったし」
意味有り気に笑うその隣で煙草を吸っていたけんちゃんが、
「こいつ、新菜ちゃん目当てでここ通ってんだし、んくれーバレるって」
といった直後、たぁくんに額を叩かれた。ぺチンといい音がした。
「余計な事言ってんじゃねえよ」
たぁくんは新菜から視線を逸らし、横を向いて呟いた。
「こいつさぁ、新菜ちゃんのこと好きで、だから、」
「余計な事言ってんじゃねえっつってんだろ!」
けんちゃんが親指でたぁくんを指して言うのを遮って、バッと振り向いて怒鳴った。
「へいへい」
ビビるどころかニヤニヤと笑いながら、けんちゃんは煙草の火を消した。
新菜が二人の前で戸惑っていると、それに気付いたたぁくんは、一気にグラスを干して「おかわりっ」と空のグラスを差し出した。
受け取ったグラスに氷を入れている新菜に、
「新菜ちゃんのことは、妹みたいに好きっつー意味だから。だから相談事あればいつでものっちゃるし」
そう言って微笑む顔はいつものように優しい。新菜にとっては本当の兄貴のように頼りがいのあるものだった。
「さんきゅ」
ほっと息をついて、新菜も微笑み返す。いつもの濃さで水割りを作ってからグラスを拭いて差し出すと、それを受け取りながらたぁくんはまた真顔になった。
「でもさ、新菜ちゃん」
小首を傾げる新菜と視線を合わせ、
「自分に……自分の気持ちに正直に生きろよ」
と、真っ直ぐに見つめて諭され、一瞬きょとんとした新菜だったがやがて表情を引き締めて、コクンと強く頷いた。
扉の開く音に、新菜、美緒、悠里の三人が一点に注目した。「いらっしゃいませー」と元気の良い声が店中に響く。入って来た人物を確認した悠里が、おしぼりを二つ新菜に手渡した。
「はっろぉ」
笑って手を挙げて目の前のカウンターに腰掛ける女二人に、新菜は溜め息をつきながらおしぼりを渡すと、
「テメーら、今日は〈客〉として来たんだろーなぁ?」
上目遣いにねめつけた。
取り敢えずセットの用意をしていると、
「ま、いーからいーから。アレの水割りね」
「私もォ」
手で制して棚の上の新菜のボトルを指す円華と、笑顔で先輩に習う翔子。
「おはよぉ、円華ちゃん翔子ちゃん」
一つ席を空けて、同じくカウンターに腰掛けているたぁくんとけんちゃんが、二人に手を振る。つられるように二人は手を振り返し、
「ホント二人は常連さんだねぇ~。誰か目当ての女の子でもいんのォ?」
不敵に笑う円華が、「ボトル空いたんだから下ろせよなぁ」とぶつぶつ言いながら水割りを作っている新菜をちらりと見遣った。
「ところで、こないだのBOXに座ってた男らって二人のコレ?」
けんちゃんは円華の問いには答えずに、親指を立てながら訊き返した。からかうような笑みを浮かべている。
「やっだぁー、んな風に見えたぁ?」
翔子はぶりぶり声で頬に両手を当てて身を捩った。
「まぁウォルターとだったら、間違われても悪ィ気しないな」
円華も頬杖をついて応じた。こちらの問いが流された事については追求しないらしい。
「彼、じゃないのか?」
「に、なる予定なんだけどね」
翔子が顔を輝かせている。
「で、そりゃあいいけど、あんたら今日は何の用?」
まだ火の点いていない煙草を指に挟んで、ぶっきらぼうに問い掛けて来る新菜の視線が冷たい。その声で視線を戻した二人は、既に用意されていた水割りに口を付けた。
グラスから煙草に持ち替えて、「こいつ」と円華が親指で隣を示した。
「新菜さんも、やっぱ知んないですよねぇー」
吐息混じりに呟いて、翔子はグラスを置いた。
「何が?」
まず円華の前に火を差し出してから自分の口元に持って来ながら新菜が問うと、円華が煙を吐きながら「浩司くんとウォルターのバイト」と答えた。
ああ、と新菜は頷く。自分はさして興味もなかったので真剣に考えていなかったのだ。はいはいと相槌を打った。
「結局教えてくんなかったっつーヤツ? 別にいーじゃん、知んなくたって」
顔を背けて煙を吐きながら、新菜は冷たく返答する。
「でも、気になるじゃないですかあ!?」
ねぇ? と円華に同意を求めたが、別にとこれまた素っ気無く返答され鼻を鳴らす翔子。
「だけど、あんな時間からバイトなんて……」
小声で言い、煙草に手を伸ばす。あれから色々と考えてみたのだが、夜中から始めるバイトなんてそう思いつかない。ウォルターの格好からして工事現場などの体力仕事ではなさそうだし、だとしたら夜の仕事関係という事になってしまう。
「んなに気になるんだったら、直接訊きゃーいいじゃん」
円華は右手に煙草を持ったまま左手でグラスを持ってあおると、氷のみのグラスを差し出してお代わりを求めた。新菜は渋面でそのグラスを受け取った。
「絶対教えねえって、去ってっちゃったしィ……」
肩を落として気弱に答える翔子の背中をバシンッと叩くと、
「何言ってんの! 翔子らしゅうもない。教えてくんなきゃそれでもしつこく訊くなり、つけるなりしなきゃあっ」
力強く言う円華の水割りを作りながら、新菜も頷く。
「ま、それがあんたらしいと思うけど?」
俯き加減だった翔子は、二人の言葉に顔を上げる。
翔子が前向きに頑張ると、浩司にとっては鬱陶しい事態になるのは目に見えているのだったが、今までの成り行きから推察してもそう本気で嫌がられているわけではないらしいと二人は踏んでいた。
だから、自分たちの前で鬱々とごねられるより、転ぶなら前のめり!とばかりにドンと背中を押すのである。
「やっぱ、そうですよね!」
あっという間に立ち直った翔子は、明るく元気にそしてにこやかに言った後、
「あ、新菜さん、唄本取って下さいっ」
と、カウンターの隅を指した。
「じゃ、今日は勿論〈客〉って事だな」
素早く唄本を差し出すと、いそいそと伝票を付け始めた新菜は喜色満面である。だが、円華はカウンターの上に両手を揃えて頭を下げると、「ごちそうさまぁ」と可愛い声で礼を言った。
目の前に座ってウイスキーの水割りを飲んでいたたぁくんが、新菜を見つめた。
「あ?」
つい先程まで昨日のテレビドラマの話題で盛り上がっていたたぁくん、けんちゃん、新菜の三人だったが、突如そんな曖昧な訊き方をされても首を傾げるしかなかった。
「何が?」
「何って、BOXに来てた男三人の内の一人、この間言ってた〈告白された〉っつー二人の内の一人だろ?」
たぁくんは、周りを気遣うように声を落として言った。
(な、何で判んのォ!?)
内心驚いたが、新菜はそんな感情はおくびにも出さず、「何で?」と平然と問い返す。
たぁくんは、チッチッチッと人差し指を立て左右に振った。
「惚けても無駄。何か雰囲気ちゃったし」
意味有り気に笑うその隣で煙草を吸っていたけんちゃんが、
「こいつ、新菜ちゃん目当てでここ通ってんだし、んくれーバレるって」
といった直後、たぁくんに額を叩かれた。ぺチンといい音がした。
「余計な事言ってんじゃねえよ」
たぁくんは新菜から視線を逸らし、横を向いて呟いた。
「こいつさぁ、新菜ちゃんのこと好きで、だから、」
「余計な事言ってんじゃねえっつってんだろ!」
けんちゃんが親指でたぁくんを指して言うのを遮って、バッと振り向いて怒鳴った。
「へいへい」
ビビるどころかニヤニヤと笑いながら、けんちゃんは煙草の火を消した。
新菜が二人の前で戸惑っていると、それに気付いたたぁくんは、一気にグラスを干して「おかわりっ」と空のグラスを差し出した。
受け取ったグラスに氷を入れている新菜に、
「新菜ちゃんのことは、妹みたいに好きっつー意味だから。だから相談事あればいつでものっちゃるし」
そう言って微笑む顔はいつものように優しい。新菜にとっては本当の兄貴のように頼りがいのあるものだった。
「さんきゅ」
ほっと息をついて、新菜も微笑み返す。いつもの濃さで水割りを作ってからグラスを拭いて差し出すと、それを受け取りながらたぁくんはまた真顔になった。
「でもさ、新菜ちゃん」
小首を傾げる新菜と視線を合わせ、
「自分に……自分の気持ちに正直に生きろよ」
と、真っ直ぐに見つめて諭され、一瞬きょとんとした新菜だったがやがて表情を引き締めて、コクンと強く頷いた。
扉の開く音に、新菜、美緒、悠里の三人が一点に注目した。「いらっしゃいませー」と元気の良い声が店中に響く。入って来た人物を確認した悠里が、おしぼりを二つ新菜に手渡した。
「はっろぉ」
笑って手を挙げて目の前のカウンターに腰掛ける女二人に、新菜は溜め息をつきながらおしぼりを渡すと、
「テメーら、今日は〈客〉として来たんだろーなぁ?」
上目遣いにねめつけた。
取り敢えずセットの用意をしていると、
「ま、いーからいーから。アレの水割りね」
「私もォ」
手で制して棚の上の新菜のボトルを指す円華と、笑顔で先輩に習う翔子。
「おはよぉ、円華ちゃん翔子ちゃん」
一つ席を空けて、同じくカウンターに腰掛けているたぁくんとけんちゃんが、二人に手を振る。つられるように二人は手を振り返し、
「ホント二人は常連さんだねぇ~。誰か目当ての女の子でもいんのォ?」
不敵に笑う円華が、「ボトル空いたんだから下ろせよなぁ」とぶつぶつ言いながら水割りを作っている新菜をちらりと見遣った。
「ところで、こないだのBOXに座ってた男らって二人のコレ?」
けんちゃんは円華の問いには答えずに、親指を立てながら訊き返した。からかうような笑みを浮かべている。
「やっだぁー、んな風に見えたぁ?」
翔子はぶりぶり声で頬に両手を当てて身を捩った。
「まぁウォルターとだったら、間違われても悪ィ気しないな」
円華も頬杖をついて応じた。こちらの問いが流された事については追求しないらしい。
「彼、じゃないのか?」
「に、なる予定なんだけどね」
翔子が顔を輝かせている。
「で、そりゃあいいけど、あんたら今日は何の用?」
まだ火の点いていない煙草を指に挟んで、ぶっきらぼうに問い掛けて来る新菜の視線が冷たい。その声で視線を戻した二人は、既に用意されていた水割りに口を付けた。
グラスから煙草に持ち替えて、「こいつ」と円華が親指で隣を示した。
「新菜さんも、やっぱ知んないですよねぇー」
吐息混じりに呟いて、翔子はグラスを置いた。
「何が?」
まず円華の前に火を差し出してから自分の口元に持って来ながら新菜が問うと、円華が煙を吐きながら「浩司くんとウォルターのバイト」と答えた。
ああ、と新菜は頷く。自分はさして興味もなかったので真剣に考えていなかったのだ。はいはいと相槌を打った。
「結局教えてくんなかったっつーヤツ? 別にいーじゃん、知んなくたって」
顔を背けて煙を吐きながら、新菜は冷たく返答する。
「でも、気になるじゃないですかあ!?」
ねぇ? と円華に同意を求めたが、別にとこれまた素っ気無く返答され鼻を鳴らす翔子。
「だけど、あんな時間からバイトなんて……」
小声で言い、煙草に手を伸ばす。あれから色々と考えてみたのだが、夜中から始めるバイトなんてそう思いつかない。ウォルターの格好からして工事現場などの体力仕事ではなさそうだし、だとしたら夜の仕事関係という事になってしまう。
「んなに気になるんだったら、直接訊きゃーいいじゃん」
円華は右手に煙草を持ったまま左手でグラスを持ってあおると、氷のみのグラスを差し出してお代わりを求めた。新菜は渋面でそのグラスを受け取った。
「絶対教えねえって、去ってっちゃったしィ……」
肩を落として気弱に答える翔子の背中をバシンッと叩くと、
「何言ってんの! 翔子らしゅうもない。教えてくんなきゃそれでもしつこく訊くなり、つけるなりしなきゃあっ」
力強く言う円華の水割りを作りながら、新菜も頷く。
「ま、それがあんたらしいと思うけど?」
俯き加減だった翔子は、二人の言葉に顔を上げる。
翔子が前向きに頑張ると、浩司にとっては鬱陶しい事態になるのは目に見えているのだったが、今までの成り行きから推察してもそう本気で嫌がられているわけではないらしいと二人は踏んでいた。
だから、自分たちの前で鬱々とごねられるより、転ぶなら前のめり!とばかりにドンと背中を押すのである。
「やっぱ、そうですよね!」
あっという間に立ち直った翔子は、明るく元気にそしてにこやかに言った後、
「あ、新菜さん、唄本取って下さいっ」
と、カウンターの隅を指した。
「じゃ、今日は勿論〈客〉って事だな」
素早く唄本を差し出すと、いそいそと伝票を付け始めた新菜は喜色満面である。だが、円華はカウンターの上に両手を揃えて頭を下げると、「ごちそうさまぁ」と可愛い声で礼を言った。
0
お気に入りに追加
9
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる