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Sixth Contact SAY YES
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ふとウォルターが腕時計に目を遣った。華美ではないが、一見しただけで値の張りそうな自動巻きのブランド品である。シルバーがベースで所々ゴールドと天然石で装飾されている。
「浩司」と、ウォルターが呼んだ。
「そろそろ時間だろ」
問い掛けるというより確認するような口調である。
「あ、もうそんな時間か?」
浩司も自分の左手首を見た。こちらはタフさが売り物の電池式。学生社会人問わず、男性に人気のモデルである。要するに好みが正反対の二人なのだ。時刻はもうすぐ二十二時二十分を示している。
「五分ありゃー行けると思うけどなあ……」
一瞬考えたものの、浩司は「タイムリミット」と翔子を引き剥がそうとする。
「まさか門限じゃないでしょお? 何処行くの?」
不満そうに翔子は頬を膨らませた。
「まだ宵の口じゃんっ」
「御免な、先約があったんだ」
ウォルターが申し訳なさそうに立ち上がった。
「バイトだからしゃーねえだろ」
うーん、と伸びをして浩司も立ち上がる。ずっとくっ付かれているのは、やはり窮屈らしい。
「バイトぉ?」
女三人、キョトンとなる。
「してたの? しんなかったぁ……何やってんの? 何処? 二人一緒なの?」
翔子がうきうきと浩司を見上げて問う。そんなきらきらの瞳を見つめて、浩司はスッと屈み込むと「知りたい?」と、囁いた。
(あっ……私この声弱いんだぁ……)
とろけるような表情で、必死でこくこくと頷いた。海からこっち、耳元で囁かれると腰が砕けそうになるのである。
「絶対教えねぇ」
断言されても一瞬何が起こったのか把握できずにいた翔子、ハッと我に返って、
「なっ、何よぉーっそれぇっ!」
と、叫んだ時にはもう、浩司とウォルターの背中はドアの向こうへ消えようとしていた。新菜の手元に一万円札を残して……。
「どったの、それ」
円華が尋ねると、
「ん……あたしが奢るって言ったんだけど~。どうせちょっとしか三人とも飲んでねえし。したら『そーゆー訳にはいかないでしょ』って、ウォルターが」
と、新菜が説明した。チェックの紙を渡してもいないのに、お金だけ置いて行ってしまったらしい。
「浩司くんの分まで入れても、おつりが来るわな」
円華と新菜が、はぁーっと溜め息をついている横では、一人翔子が、
「くやしいーっ! あんなのフェイントじゃんかっ! ずるいっ! あんなかわし方されるなんてぇーっ! でもあの確信犯的な笑顔がまたかっこいいんだよねぇっ」
と、拳を握って叫んでいたのだった。
翌日、新菜たち五人は駅の改札口を抜けると、上り下り方面別の者に手を振った。間もなくして上りの電車が到着すると、それに乗った新菜、円華、唯の三人は窓越しに反対ホームの翔子と夏美に手を振った。それに気付いた二人もにこやかに振り返す。
やがて二人の前から上り電車が消えると、翔子は大きな溜め息をついた。
「それにしても、勿体無い話だよねぇ」
「何が?」
主語無しの突然の言葉に、一瞬何の事だか判断出来なかった夏美が隣を見つめた。
「あ、あぁ……さっき言ってた新菜さんの」
翔子の言いたいことを察して、夏美はうんうんと頷きながら言った。
「そうそう、それ!」
ぴっと指を立てて、翔子が夏美を指した。
「青葉さんと満くん、両方フっちゃうなんて!」
「何であんたが怒んのよ?」
拳を握って力説する翔子に、冷静に答えながら髪の毛を手櫛で梳く夏美。
「そっ、そう言われりゃあそうだけどォ……」
眉間にしわを寄せて、口をへの字にさせて夏美を上目遣いに見ると、「だろ?」と言うようににまっと笑い掛けられた。
「だけどォ……勿体無いと思わない? 私だったら迷わず青葉さん選ぶのにィ! 青葉さん女には優しいし、かっこいいし、それにタッパだってっ」
「浩司くんとだったら?」
手を合わせて、頭の中で保の事を想っている翔子の言葉を遮って言うと、途端に翔子は引き攣り笑いをし、目を泳がせた。
「……うー、正直悩む……」
ポツリと呟き、腕を組んで首を傾げた。
「と、言う訳だ。新菜さんも悩んで悩んで悩んだ結果、両方フるという選択をしたわけだ。辛かっただろーな、そりゃあ」
静かに言う夏美の言葉に、翔子は小さく頷いた。
(新菜さんの気持ち考えてなかったなぁ……)
心の中が一気に罪悪感でいっぱいになっていく。その時に下りの電車がホームに入って来た。「乗るよ」と夏美が軽く翔子の肩を叩き、二人はいつもの車両に乗り込んだ。
「浩司」と、ウォルターが呼んだ。
「そろそろ時間だろ」
問い掛けるというより確認するような口調である。
「あ、もうそんな時間か?」
浩司も自分の左手首を見た。こちらはタフさが売り物の電池式。学生社会人問わず、男性に人気のモデルである。要するに好みが正反対の二人なのだ。時刻はもうすぐ二十二時二十分を示している。
「五分ありゃー行けると思うけどなあ……」
一瞬考えたものの、浩司は「タイムリミット」と翔子を引き剥がそうとする。
「まさか門限じゃないでしょお? 何処行くの?」
不満そうに翔子は頬を膨らませた。
「まだ宵の口じゃんっ」
「御免な、先約があったんだ」
ウォルターが申し訳なさそうに立ち上がった。
「バイトだからしゃーねえだろ」
うーん、と伸びをして浩司も立ち上がる。ずっとくっ付かれているのは、やはり窮屈らしい。
「バイトぉ?」
女三人、キョトンとなる。
「してたの? しんなかったぁ……何やってんの? 何処? 二人一緒なの?」
翔子がうきうきと浩司を見上げて問う。そんなきらきらの瞳を見つめて、浩司はスッと屈み込むと「知りたい?」と、囁いた。
(あっ……私この声弱いんだぁ……)
とろけるような表情で、必死でこくこくと頷いた。海からこっち、耳元で囁かれると腰が砕けそうになるのである。
「絶対教えねぇ」
断言されても一瞬何が起こったのか把握できずにいた翔子、ハッと我に返って、
「なっ、何よぉーっそれぇっ!」
と、叫んだ時にはもう、浩司とウォルターの背中はドアの向こうへ消えようとしていた。新菜の手元に一万円札を残して……。
「どったの、それ」
円華が尋ねると、
「ん……あたしが奢るって言ったんだけど~。どうせちょっとしか三人とも飲んでねえし。したら『そーゆー訳にはいかないでしょ』って、ウォルターが」
と、新菜が説明した。チェックの紙を渡してもいないのに、お金だけ置いて行ってしまったらしい。
「浩司くんの分まで入れても、おつりが来るわな」
円華と新菜が、はぁーっと溜め息をついている横では、一人翔子が、
「くやしいーっ! あんなのフェイントじゃんかっ! ずるいっ! あんなかわし方されるなんてぇーっ! でもあの確信犯的な笑顔がまたかっこいいんだよねぇっ」
と、拳を握って叫んでいたのだった。
翌日、新菜たち五人は駅の改札口を抜けると、上り下り方面別の者に手を振った。間もなくして上りの電車が到着すると、それに乗った新菜、円華、唯の三人は窓越しに反対ホームの翔子と夏美に手を振った。それに気付いた二人もにこやかに振り返す。
やがて二人の前から上り電車が消えると、翔子は大きな溜め息をついた。
「それにしても、勿体無い話だよねぇ」
「何が?」
主語無しの突然の言葉に、一瞬何の事だか判断出来なかった夏美が隣を見つめた。
「あ、あぁ……さっき言ってた新菜さんの」
翔子の言いたいことを察して、夏美はうんうんと頷きながら言った。
「そうそう、それ!」
ぴっと指を立てて、翔子が夏美を指した。
「青葉さんと満くん、両方フっちゃうなんて!」
「何であんたが怒んのよ?」
拳を握って力説する翔子に、冷静に答えながら髪の毛を手櫛で梳く夏美。
「そっ、そう言われりゃあそうだけどォ……」
眉間にしわを寄せて、口をへの字にさせて夏美を上目遣いに見ると、「だろ?」と言うようににまっと笑い掛けられた。
「だけどォ……勿体無いと思わない? 私だったら迷わず青葉さん選ぶのにィ! 青葉さん女には優しいし、かっこいいし、それにタッパだってっ」
「浩司くんとだったら?」
手を合わせて、頭の中で保の事を想っている翔子の言葉を遮って言うと、途端に翔子は引き攣り笑いをし、目を泳がせた。
「……うー、正直悩む……」
ポツリと呟き、腕を組んで首を傾げた。
「と、言う訳だ。新菜さんも悩んで悩んで悩んだ結果、両方フるという選択をしたわけだ。辛かっただろーな、そりゃあ」
静かに言う夏美の言葉に、翔子は小さく頷いた。
(新菜さんの気持ち考えてなかったなぁ……)
心の中が一気に罪悪感でいっぱいになっていく。その時に下りの電車がホームに入って来た。「乗るよ」と夏美が軽く翔子の肩を叩き、二人はいつもの車両に乗り込んだ。
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