Complex

亨珈

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Sixth Contact SAY YES

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 ビルから出て来るトレーニングウェアの集団の中に、見覚えのある一人の少年を見掛け、新菜の足が止まった。

「みっ……」

 その名を口にしようとしたが、学園祭後期のあの日のことが頭を駆け巡り、言葉を飲み込む。

(街とかで見掛けたら、って言ってたけど、あたしからは声掛けづらいよ。かと言ってこのまま無視すんのも……あっちも気付いてんだろうし……)

 のろのろと足を進めながら、視界の隅で満の姿を確認する。

(あの日のことがまだ昨日みたいに感じられるのに……。正直、こんな所で会いたくなかった……)

 頭の中は満に対しての罪悪感で溢れていて、とてもじゃないが直視なんて出来ない。俯きながら、鞄を持つ手に力を入れた。

(あんな事言って傷付けたのに、顔合わせらんねぇよ。けど、やっぱ挨拶くらい……)





「新菜、ちゃん……」

 呟きが漏れた。

「何? 何か言った?」

 里子が聞き咎めてウェアーの袖を引いたが、今の満にはそれを気にするゆとりがなくなっていた。

(会いたくなかったって言えば嘘になる。
 ずっと顔が見たかった。やっぱオレ、傍に居たいんだ。だけど、新菜ちゃんが他の男と一緒にいるのは見たくなくって……)

 ずり落ちそうになったバッグを手の平に落とした。

(本当は、毎日だって会いたいと思ってたのに……)

「どぉしたのよおっ……ちょっと、榎本くんってば!」

 突然足を止めてしまった満を訝り、里子は空いている方の腕を引っ張りながら満の視線を追った。

「あの人が、どうかしたの……?」

 満は答えず、何か言いた気に口を開いた。





 新菜が悶々と考えていると、聞きなれた原付のエンジン音が背後から聞こえて来て、新菜の脇で停車した。そちらへ顔を向けるか向けないかというタイミングで、「新菜さぁんっ!」と元気の良い声が呼び掛けて来る。思わず耳を押さえてからその声の主に目を遣った。

「翔子ォ……。何やってんだぁ? んなトコで……」

 呆れて言う新菜に、翔子は微笑んだ。

「良かったぁ。今日も店入るんですねぇ。飲みに来たんですよお」

 言いながら、道の反対側にいる集団に気付き、ついつい観察するように見てしまった翔子の口の端が上がったかと思うと、「満くんだあっ!」とバイクに跨ったまま大声で指差した。
 動き出せずにいた満は、どうにかして笑みを作ると「久し振り」と言った。
 翔子は満たちの前を通ってビルの駐輪スペースに原付を止めると、

「満くんも行こっ、【パンドラ】ぁ」

 と、横にいる里子には目もくれずにスポーツバッグごと満の腕を引っ張り誘った。

「新菜さぁん! 早くぅ」

 立ち止まっている新菜の方へと顔を向けて急かす。

「榎本くんっ! 飲みにって……明日学校だよっ」

 無視されっぱなしでいい加減腹が立ったのか、里子は満の足を軽く蹴ってアピールした。

「分かってるよっ……すぐ帰るから。お前は皆と一緒に帰っとけよ」

 満はつい投げ槍に答えてしまい、ハッと気が付いて、

「あ……ごめんな。皆によろしく言っといて」

 申し訳なさそうに片手を上げると、里子を回れ右させて部員たちが歩いている方へと背中を押した。

「――じゃ、ちょっとだけ付き合うよ」

 満は翔子に向けて言ってから、新菜へと視線を戻した。
 今まで呆然と成り行きを見守っていた新菜は、少しぎこちなく微笑むと、ようやくビルに向けて足を運んだ。







「浩司くん呼んでぇ~。ねぇ、呼んでよおっ」

 新菜が四階の【PRESSO】に煙草を持って行ってから、出勤するやいなや耳に飛び込んできたのが、そんな哀願の声だった。

 三人一緒にエレベーターに乗ったのはいいが、突然の事に満にどう話し掛ければ良いのやら判らなかったので、少し気持ちを落ち着けるために二人だけ先に【パンドラの箱】に向かってもらったのだ。まだ時間が早いせいか、客は翔子と満の二人しかいない。

「かっちゃんトコ、どうだった?」

 二人の前でカウンターに肩肘を付き、グラスを手にした美緒が尋ねた。

「二十代の女の子二人」

 カウンターの中に入りながら、一成の店にいた客の顔を思い出す。

「ねえっ、浩司くんトコTelしてよ~。私じゃ絶対来てくんないの判ってるしィ」

 翔子は満の袖口を摘んで揺らしながらまだ粘っている。自分の携帯電話を出して満の前に置いた。

「ねっお願いっ」

 片目を閉じて、両手を合わせて拝むように頭を下げるに至って、満はたじたじしながら端末を手に取った。

「わ、分かったっ……するけどォ、来るかどうかまでは知らないよ?」

 迫力に負けて渋々軸谷家の番号をプッシュする。普段掛ける事などないが、一応憶えているのである。
 数回コールし、『はい、軸谷です』と浩司の声。

「もっしぃ、榎本くんでーす」

『何なんだよ……何か用?』

「あ、冷てーなあコウちゃんってば。今飲みに来てるんだけどー、今から来ない?」

『あぁ? 【Homeless】にいんのか?』

「んにゃ。【パンドラの箱】って、スターライトビルの五階の店。知ってる?」

『何でんな遠くにいるワケぇ? そりゃビルは知ってるけど』

「知ってんならいいじゃん、すぐ来てなっ。絶対だぞっ!」

 満は有無を言わさず終了ボタンを押した。ふうーっと息を吐き、「これでいいの?」と翔子に携帯電話を返した。

「サンキュっ。感謝っ」

 翔子はもう一度手を合わせて深々と頭を下げた。
 新菜はぎこちなく作り笑いをしながら二人の前に立つと、満に「久し振り」と言った。結局、いくら考えてもこれしか思い付かなかったのである。そしてこれから先の言葉も何も思い浮かばなかった。何を話してもあの出来事を掘り返してしまう気がして、自分からはこれ以上何も言えなかった。

「ほんと、久し振り……だね」

 満はじいっと新菜を見つめた。愛おしさが込み上げてくるのはどうしようもなかった。

「……会いたかった。こないだは、あんな風に言ってごめん」

 新菜はゆっくり首を振った。

「謝るのはこっちだよ」

 間近で直視するのは照れ臭くて、鞄の中から煙草を取り出しながら視線を逸らせた。隣の翔子は事情を知らないので、「ん?」と首を傾げると、「何の事?」と新菜と満を見比べた。

「何でもない」

 少し慌てて答えると、新菜は火の点いていない煙草を指に挟んだまま、店の電話を手に取った。

「そ、それよか、やっぱ円華も呼んどこうか」

 どもりながら電話を掛ける新菜に不審気な視線を向けた翔子だが、すぐに頭の中はこれから来るかもしれない浩司の事でいっぱいになり、自然と笑顔に戻ったのだった。
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