Complex

亨珈

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Sixth Contact SAY YES

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 ネクタイを引っ張っていた翔子の手が止まったが、それも束の間の事。あっさりと離れて行こうとする唇を追って、「するなら、もっとちゃんとしたのして」と要望が届く。

(仕方ねえか……)

 目を閉じながら、浩司の唇が戻って行く。
 金の絡み無しでこんなちゃんとしたキスするのいつぶりだっけ、なんて心の中で苦笑する。

(タダ働きだな)

 舌先で翔子の下唇を舐めて少し焦らせてから、深く口付けた。
 王様ゲームの時は、はっきり言って翔子に無理矢理されたも同然だったので、浩司は自分からは何もしていない。ただ制限時間内身を任せていただけだ。だから初めて自主的に舌を使われて、翔子は良い意味で意表を突かれ、抱き寄せる腕にも胸を弾ませながら体重を預けていた。

 長い交わりの後唇が離れ、そろりと開かれた翔子の瞳は潤んでいた。

(すご……今まで付き合ってた男とのキスなんて目じゃないって感じ。気持ち良かったぁ~……)

「浩司くん……私、今……したい」

「はぁ? 何馬鹿な事」

(やべ。いつもの前戯と同じ調子でやっちまった! やり過ぎか……)

 冷や汗たらりの浩司を上目遣いに見上げたまま、翔子の手が浩司のブレザーを脱がせた。

「疼くんだもん……ね、しよ?」

「駄目に決まってんだろうが」

 と言いつつも、何故かあまり邪険に出来ない。

「お前だって、好き合ってるもん同士の方がいいだろ?」

「いいのっ。私は浩司くんのこと好きだもん」

 ネクタイを解き、スルリと抜く。

「いやでも俺は違うし…っ。ホントこないだは俺どうかしてた! 悪かったから許して。な?
 それにほら姉貴のメシ作らにゃならんし」

 シャツのボタンを外して行く翔子に向かい、珍しく言い訳していると、まるでタイミングを計っていたかのようにカチャリとドアが開いた。

「そおよぉー。エッチならあたしが出掛けた後、ゆっくり何発でもやって頂戴」

 上半身だけドアから覗かせて、紫は壁をコンコンと叩いた。

「ほらコウちゃん! 早くしてよ!」

「っせーなっ、今行くよっ」

 思わず手を離した翔子を引き剥がすと、

「つーワケだから、お前も早く帰ってお袋さんが作ってくれた晩御飯食えよ。じゃな」

 と浩司は身を翻してさっさと下りて行ってしまった。

「御免ねぇ、お邪魔して」

 紫がチュッと投げキッスをし、ドアはゆっくりと閉まっていった。







 そして時間は少し遡り、その日の放課後の梁累高校。

「そっか……」

 円華は新菜と肩を並べて駅に向かいながら、速度を少し落とした。

「新菜いいの? 結局大事に想ってた二人の男ふっちゃって。勿体無い。その上、満くんとツレとしてすら会えなくなっちゃって」

 新菜の顔を覗き込むと、「ん」と頷いて空を仰いだ。

「結構今、すっきりしてんだ」

 そう言って円華に笑顔を向けると、円華は鞄を持ち直しながら視線を前方に戻した。

「私らって、男運悪いんかなあ~」

 溜め息と共に前髪を掻き上げる円華の言葉に、新菜は苦笑した。

「保の事も確かに好きだけど、それ以上にやっぱ新菜ん事が好きだな」

 突然そんな事を言われて、新菜は足を止めて顔を顰めた。

「あ――、言っとくけどォ私もそっちの性癖ないから」

 ちゃうちゃう、と円華は顔の前で右手を振って否定する。

「相手が新菜だからそれ程腹立たないっつーか。しゃあないかあーって感じっつーか。だって現に今こうやって、新菜と今まで通りツルんでっし」

 あっけらかんと笑う円華だったが、新菜の表情は暗くなった。

「何であんたが落ち込むのよっ」

 バシンと思い切り肩を叩かれ、「てっ」と新菜は声を出した。
 黙ったまままた二人で肩を並べて歩き出し、しばらく経ってから「なぁ、新菜ぁ」と円華が真剣な声を出した。

「あ?」

「そう言えば、新菜が男の前で涙見せた事って、今までねーよな?」

 思い出したかのように口にされ、「何の事?」と新菜は目を泳がせて惚けた。

 元々駅までの距離が短いため、あっという間に小さな駅舎が見えて来た。そしてその建物の前に、普段は見ないような真っ赤な車が停まっているのが目に入り、

「おっ、カマロじゃんか。こんなトコで乗る奴いんだねぇ」

 と新菜が口にした。

 二人が近付いて行くと、運転席のドアが開いて若い女が降り立った。腰まであるストレートのロングヘアは余程質が良いのか手入れが行き届いているのか、まるでサラサラという音が聞こえそうな程艶やかである。触れれば指通りも良いだろう。オリエンタル美人という感じの顔立ちで、普通の人が着たらコスプレのようなロングタイトで大きなスリットの入ったイブニングドレスを身に纏い、それが別段不自然ではない。

 その女性を見た瞬間に、二人共何処かで見たような気がしたのだが、その疑問を口にする前に女性の方が二人に接近して来た。
 足を止めた二人の前に立ち、女性が口を開いた。

「あなたが……朝霧円華さん?」

「だったら何?」

 何だこのアマ、と訝りながら無愛想に答えたものの、

(んな年のモンが喧嘩売りに来たっつーワケねえだろうし)

 と円華は首を傾げる。

「単刀直入に言わせてもらうけど」

 女性はごく僅かに笑みを浮かべた唇で、はっきりと言った。

「これ以上ウォルターに深入りしないで欲しいの」

「はん?」

 いきなりの台詞に、円華も新菜も顔を顰めるしかなかった。

「あんたウォルターに何したんだよ?」

「別に、何もしてねぇけど」

「いきなり襲った、とか」

「何で私がんな事すんだよ」

 少し小さめの声で言い合いした後、円華は腕を組んでその女性を見据えた。

「テメーにんな事言われる筋合いねえと思うけど?」

 女性――雪絵は黙って二人の遣り取りを見ていたが、円華に言われてふうっと溜め息をついた。

「ま、筋違いというか、権利はないんだろうけど、ね……」

 腰に手を当て、切れ長の瞳でじっと円華の目を見つめ返した。

「恋愛は自由よ、確かに。――だけど、此処で線を引いておかないと後で辛いわよ? 彼と付き合うのなら、それなりの覚悟はしてるでしょうね。どうして今まで彼が同年代の女の子と付き合わなかったか、知っているの? 一対一でのデートすらしなかったのに、家にまで呼ばれて。高校生の中で唯一個人的にお付き合いしてるんだものね」

「誰が?」

 キョトンとして問う円華に、

「話からして円華、あんたの事みてえだぁねえ」

 新菜が隣で冷静に答える。

「ちょっとおたく何か勘違いしてんじゃねえの? ウォルターはただのツレなんすけど」

「で、おたくはウォルターの一体何なワケ?」

 大体の事を把握した新菜が雪絵を睨む。

「朝霧さんとは少し違う意味でしょうけど……恋人よ。正確に言うなら恋人の一人ね」

 雪絵は腰に当てていない方の手を自分の胸に当てた。

「なら、円華が付き合おうと別に構わねえんじゃねえの? それとも、ウォルターの恋人全員んトコへそういう事言いに回ってるワケ?」

 新菜がかったるそうに口を開き、更に睨みをくれてから腕を組んだ。言おうとしていた事を先に言われ、円華は舌打ちする。

「他の人はいいのよ。少なくとも、ウォルターの口から名前が上がらない程度に愛されているんだもの。だけどあなたは違うらしいから来て忠告してるんだわ。あなたがウォルターにとって〈恋人じゃない〉から忠告してるの。彼の女性に対する括りが一般とは違うって事くらい分かっているんでしょう? その辺もう少し肝に銘じといて」

 そうして雪絵はちらりと腕時計に目を遣ると、「それじゃ、仕事があるので失礼するわ」と言い置いて、エンジンを掛けっぱなしにしていた車に乗って発進してしまった。

「何だっつーの?」

 意味不明なことを言われた円華は呆気に取られ、去って行く車に呟いた。

「結局、ウォルターと会うなっつー事をわざわざ言いに来たっつーワケぇ?」

「じゃねえの?」

 新菜は返答しながら、改札口を抜けた。

「ったく、ご苦労なこって」

 呆れた声を出し、円華も後に続いた。
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