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Fifth Contact 笑顔の行方
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「お姉さま、制服にそれだけ塗ったくった化粧は似合わないようなので、少し落として差し上げますわ」
不敵な笑みを浮かべた新菜は、ソバージュの髪を右手で鷲掴むとその洗面台に顔を無理矢理押し込んだ。
「ごぼっ……や、やめっ……」
女は水から顔を上げたが、新菜が再び力を入れて顔を沈める。
「何言ってんだか判んねぇなー」
いっそ朗らかとさえ言える口調で、新菜は笑みを浮かべている。
保はその光景を見た後、支えていた女を壁に凭れさせると、
「おねえさんら、喧嘩売る相手は選ばなきゃあ」
と、にっこり微笑んだ。
騒ぎを聞きつけたのか、段々と入り口に野次馬たちが集まって来る。背後の人だかりから中を隠すように立ったまま、円華は腰に手を遣りやれやれと溜め息をついた。
「私の出る幕ねぇじゃん」
(あいつはここが星野原の校舎内だっつー事、判ってんのかぁ……そろそろいいだろうに……)
「新菜っ」
円華が声を掛けると、新菜はようやくその存在とそれ以外の招かれざる連中にも気付いた様子で、頭を押さえつけていた手から力を抜いた。女は水から顔を上げて忙しなく酸素を求めている。
「いつからいたのォ?」
口調が普段のものに変わり、女が抵抗を止めたとみなし手を離した。
「いつからっつって……んな事より、何処で喧嘩買ってんだよ」
「七元は遊んでやっただけなんだよなぁー」
保は笑いながら入り口の壁に手を付いた。
「七元……?」
頭から滴る水で制服も濡らしながら、ソバージュの女が声を漏らした。
「七元って……あの梁累の〈七元新菜〉かぁ!?」
「だったら何だっつーんだぁ?」
新菜はドスを利かせて一瞥すると、逃げ腰になった女の背中をトイレの奥に向けてヒールで蹴飛ばした。
それからすぐに美月が現れて保を連れ去って行くと、三人は隣にあった被服室へとこっそり入って行った。
「まさかスーツん時に喧嘩売られるたぁねえ」
「相手もそれでじゃないんですかぁ?」
立ち回りでほつれてしまったスカートを翔子がチクチクと縫い直してくれている。着たままなので姿勢を変えられず、円華にバッグの中から色々取ってもらいながら、新菜は鏡に映した格好を点検する。まず髪を梳かしていると、
「原因は、やっぱ満くん……か」
円華が机に腰掛け腕を組んだ。新菜はこくんと頷く。
「色々言われたぜ? ムカつく、目障り、色目使うなとかな」
言いながら指を折る。
「体使ってしか男をモノに出来ないとか、肌露出して誘ったんだろとか、その辺りでついプツッと来ちゃって」
てへ、と舌を出し、新菜は化粧ポーチから出したメイクグッズで崩れたところを直していく。
「で、あんたその手ェ大丈夫?」
取り敢えず止血の為に巻いたハンカチは、真っ赤に染まっている。
「出血は大袈裟な割りに大した事ねえって」
ぶんぶんと軽く手を振ってアピールする新菜を慌てて円華が止めた。
「ばっ、馬鹿! なんちゅー事してんだよっ」
「後で念の為に保健室行きましょうね、新菜さん」
玉結びをしながら翔子が言い、「まだワッフルあるかなぁ」と心配気に眉を下げた。
「それよか大分時間経ってんし、ウォルターたちに何て言うかだよな」
円華が足を組む。
「正直に言ったんじゃ駄目なんですかぁ?」
「ばーか。満くんらと一緒にいる私らに嫉妬してなんて聞いて、満くんがいい気すると思うか? 絶対必死になって謝りまくってずっと気にすんだろ。それに余計な心配掛けたくねーしな」
「じゃ、迷子になったつーのは?」
糸切りバサミでプツンと糸を切る翔子。
「そりゃ、昨日テメーが使っただろ」
今度は新菜に指摘され、「あ、そっか」と首を傾げる。
「けど、昨日の迷子ってのは嘘だってバレてんぜぇ。あんな直線で……それもあの美川って子が出てってすぐだし」
「そーそー。浩司くんのあの目、めっちゃ疑ってたもんなあ。怪訝そうにじっと見てたし。あ、翔子さんきゅ」
円華と新菜の二人で畳み掛けられ、翔子はソーイングセットをしまいながら肩を竦めた。
「あ、じゃあストッキング買いに行ってて遅くなった、ってのは?」
一瞬きょとんとした二人だったが、
「……翔子にしちゃあまともな案を言ったな」
円華が呟いて頷いたものの、
「でも、その手の事は? 絶対に訊かれますよね? 転んだだけじゃんなトコだけ怪我なんかしないしィ」
新菜の右手を指した翔子に、二人も首を傾げるしかなかった。
不敵な笑みを浮かべた新菜は、ソバージュの髪を右手で鷲掴むとその洗面台に顔を無理矢理押し込んだ。
「ごぼっ……や、やめっ……」
女は水から顔を上げたが、新菜が再び力を入れて顔を沈める。
「何言ってんだか判んねぇなー」
いっそ朗らかとさえ言える口調で、新菜は笑みを浮かべている。
保はその光景を見た後、支えていた女を壁に凭れさせると、
「おねえさんら、喧嘩売る相手は選ばなきゃあ」
と、にっこり微笑んだ。
騒ぎを聞きつけたのか、段々と入り口に野次馬たちが集まって来る。背後の人だかりから中を隠すように立ったまま、円華は腰に手を遣りやれやれと溜め息をついた。
「私の出る幕ねぇじゃん」
(あいつはここが星野原の校舎内だっつー事、判ってんのかぁ……そろそろいいだろうに……)
「新菜っ」
円華が声を掛けると、新菜はようやくその存在とそれ以外の招かれざる連中にも気付いた様子で、頭を押さえつけていた手から力を抜いた。女は水から顔を上げて忙しなく酸素を求めている。
「いつからいたのォ?」
口調が普段のものに変わり、女が抵抗を止めたとみなし手を離した。
「いつからっつって……んな事より、何処で喧嘩買ってんだよ」
「七元は遊んでやっただけなんだよなぁー」
保は笑いながら入り口の壁に手を付いた。
「七元……?」
頭から滴る水で制服も濡らしながら、ソバージュの女が声を漏らした。
「七元って……あの梁累の〈七元新菜〉かぁ!?」
「だったら何だっつーんだぁ?」
新菜はドスを利かせて一瞥すると、逃げ腰になった女の背中をトイレの奥に向けてヒールで蹴飛ばした。
それからすぐに美月が現れて保を連れ去って行くと、三人は隣にあった被服室へとこっそり入って行った。
「まさかスーツん時に喧嘩売られるたぁねえ」
「相手もそれでじゃないんですかぁ?」
立ち回りでほつれてしまったスカートを翔子がチクチクと縫い直してくれている。着たままなので姿勢を変えられず、円華にバッグの中から色々取ってもらいながら、新菜は鏡に映した格好を点検する。まず髪を梳かしていると、
「原因は、やっぱ満くん……か」
円華が机に腰掛け腕を組んだ。新菜はこくんと頷く。
「色々言われたぜ? ムカつく、目障り、色目使うなとかな」
言いながら指を折る。
「体使ってしか男をモノに出来ないとか、肌露出して誘ったんだろとか、その辺りでついプツッと来ちゃって」
てへ、と舌を出し、新菜は化粧ポーチから出したメイクグッズで崩れたところを直していく。
「で、あんたその手ェ大丈夫?」
取り敢えず止血の為に巻いたハンカチは、真っ赤に染まっている。
「出血は大袈裟な割りに大した事ねえって」
ぶんぶんと軽く手を振ってアピールする新菜を慌てて円華が止めた。
「ばっ、馬鹿! なんちゅー事してんだよっ」
「後で念の為に保健室行きましょうね、新菜さん」
玉結びをしながら翔子が言い、「まだワッフルあるかなぁ」と心配気に眉を下げた。
「それよか大分時間経ってんし、ウォルターたちに何て言うかだよな」
円華が足を組む。
「正直に言ったんじゃ駄目なんですかぁ?」
「ばーか。満くんらと一緒にいる私らに嫉妬してなんて聞いて、満くんがいい気すると思うか? 絶対必死になって謝りまくってずっと気にすんだろ。それに余計な心配掛けたくねーしな」
「じゃ、迷子になったつーのは?」
糸切りバサミでプツンと糸を切る翔子。
「そりゃ、昨日テメーが使っただろ」
今度は新菜に指摘され、「あ、そっか」と首を傾げる。
「けど、昨日の迷子ってのは嘘だってバレてんぜぇ。あんな直線で……それもあの美川って子が出てってすぐだし」
「そーそー。浩司くんのあの目、めっちゃ疑ってたもんなあ。怪訝そうにじっと見てたし。あ、翔子さんきゅ」
円華と新菜の二人で畳み掛けられ、翔子はソーイングセットをしまいながら肩を竦めた。
「あ、じゃあストッキング買いに行ってて遅くなった、ってのは?」
一瞬きょとんとした二人だったが、
「……翔子にしちゃあまともな案を言ったな」
円華が呟いて頷いたものの、
「でも、その手の事は? 絶対に訊かれますよね? 転んだだけじゃんなトコだけ怪我なんかしないしィ」
新菜の右手を指した翔子に、二人も首を傾げるしかなかった。
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