Complex

亨珈

文字の大きさ
上 下
8 / 190
First Contact 海へいこう!

7

しおりを挟む
 姉妹の会話を聞きながら、後部席の二人はくすくすと笑っていたのだが。

「で、新菜ぁ」

 円華が唐突に体ごと振り返り、話の矛先を向けた。

「もう十七だよ。いつまでバージンとっとく気?」

 珈琲でも飲んでいたなら吹き出すところだが、何も飲食していなかった新菜はぐっと喉を反らせた。
 翔子はその隣で一オクターブ上の驚嘆の声を上げた。

「えぇぇーっっ!! 新菜さんバージンっ!?」

「そ。こんなナリでさあ。見えないっしょ?」

 頭から爪先までヤンキールックの新菜を指し、一つ年下の翔子は大きな目を更に見開いて頷いている。流石に休日は普通の格好だが、タイトなミニスカートなど割とボディコンシャスな服装をしているので大人っぽく見える。

「何人もの男と付き合ってきたくせに、キスすら一回だけって。しかも挨拶みたいなチューだよ。そんなのキスに入らねぇっての」

「いーじゃん別に」

 言いたい放題の円華に、新菜は膨れっ面で顔を背けた。

「結婚するまでとっといてもおかしくはないけどさぁ。でも残念ねぇ。男の何十倍って女の方が気持ちいいのに」

 ルームミラー越しにその様子を眺めて、愛華が小首を傾げた。

「そーなんですかぁ?」

「って言うけどね。男は羨ましがるよね」

「えー。そんな気持ち良くなるんだ……おかしいなぁ。やっぱ相手が下手なのかな……」

 ぶつぶつと口の中で呟きながら、翔子は納得がいかない様子だ。

「今までの男があんなだったし、親父さんもロクなもんじゃなかったしさ。男性不信になるのも仕方ないけど、新菜が思ってるほど世の中酷い男ばっかじゃないって。今日はこの私がとびっきりの見繕ってあげるし! 意気投合したら邪魔者は消えるし~」

 やる気満々の円華はシシシと歯を見せて笑った。

「まぁ大船に乗った気でいてよ」

 形の良い胸をトンと自分の指で突いて自信も満々だ。

「泥舟じゃなきゃいいけど……」

「何か言った?」

 脳内でいろいろと計画している円華には、新菜の呟きは聞こえなかったらしい。

「なんでもない」

「そ」

 円華が首を傾げ、何やら思案していた翔子が隣に座るCカップの胸に視線を移した。

「にしても、新菜さんがバージンだったなんてねぇ……。青葉さんと仲いいからてっきり……」

 言葉の途中で円華がきゃはははと笑い出した。

「やっぱそう見られてたんだぁ。たすくとぉ」

 一旦口を瞑りきりりと表情が引き締まる。

「新菜はあーゆーいい加減のーてんぱぁ嫌いなの。翔子も知ってんだろ? 保がそこら中の女に手ぇ出してんの。あんなんと付き合ったら直行妊娠決定!」

「でも青葉さんって新菜さんにベタ惚れでしょう?」

「可哀相に。今のままじゃ叶わぬ片想いなのにぃぃ」

 円華はよよよと泣き真似をした。

「実際どうだか判んないけど、新菜が振り向いてくれないからわざと他の女共と付き合ってるって噂はあるけどねぇ」

 どうなの?と言わんばかりの眼差しに、「だから何?」と新菜は上目遣いで迷惑そうな表情もあらわだ。
 円華は小さく溜め息をつきながら、ようやく助手席にきちんと座り直した。そして今度はしんみりとした口調になる。

「保も馬鹿よねぇ。強引で積極的な男に新菜弱いのに。女なんか作らずにもうちょっと押してれば、今頃もしかしてってことになってたかも知れないのに……。女の扱いには慣れてても女心にはイマイチなのよね。あ、でもああいうのは初Hの相手にはいいわよぉ。やっぱり処女は女慣れしてる優しい男じゃないとね」

 相変わらず迷惑そうにうへぇと舌を出す新菜の隣では「ですよねですよねっ」と翔子が激しく同意した。

「私なんか相手は同級で童貞でなかなか入んないし痛いし、でもって、え? もう??みたいに一人で勝手にイッちゃうし、こっちは全然気持ち良くなかったしぃ」

 そのときのことを思い出したのか唇を尖らせている。

「それいつ?」

 新菜の問いにけろりと十五と答え、翔子は「青葉さんならそんなことなさそう」と付け足した。

 新菜はうんざりして溜め息をつき、
(なんで皆して中学で…あたしゃーヤラハタ決定ってとこか)
とさりげなく三人の顔を窺った。
 そんな心境には気付く素振りもなく、愛華はちらっと後部を見遣りウインクした。

「円華はなかなかの面食いだから、男漁りなら大丈夫」

「ナイスガイが三人揃ってりゃ文句なしだけど、有り得ないですよねぇ」

 翔子が嘆息。

「そーなんだよなぁ。私らみたく美人三人揃ってんのって珍しいもんね」

 円華の自画自賛に新菜は「はいはい」と溜め息をついた。



 信号待ちで停車した時、「新菜、手ぇ出して」と運転席から催促されて、素直に差し出した手に新菜は何かを握らされた。

「あげる。持っときな」

 信号が変わり車の列が動き出す。
 開いたその手の平におさまったものを見て新菜は動転した。

「まっ愛姉っ! なによコレっっ!?」

「何って避妊具じゃない」

 右手でウッドハンドルを捌きながらけろりと答える愛華。新菜の手の平には種類の違う二つの物が載っていた。

「新菜も何時何処で蛹から蝶になるかわかんないでしょ。今は色んな病気持ってる人いたりするし、女が持ってて当然。避妊はちゃんとしなきゃ駄目よ。後で泣くのは女の方なんだから、持ってて損はないって」

 優しい口調で諭すように続ける。

「それ二つしとけば、まずは安心でしょ」

 新菜は黙然とそれを聴きながら、手の中のコンドームとマイルーラを見つめていた。
しおりを挟む

処理中です...