38 / 38
〈おまけSS 〉銀杏散るなり夕日の丘に
しおりを挟む
今でもまだ時々不安になる。
緩やかに傾き行く暖かい光を浴びながら、膝の上で静かな寝息を立てている白皙の美貌を見つめる少女の瞳が揺れた。背を持たせかけている太い木からは、音もなく黄金の蝶たちが舞い降り二人の周りに降り積もっていく。
時折それらが触れる際に立てる乾いたひそやかな音が、今この世界を統べる音の全てだった。
起こしてはいけないと思いながらも、少女は確認しないではいられなくなる。指先が震える。彼の額に掛かる黒髪をそっと掻き分け、生の証を見逃すまいとじっと見つめてしまう。
はらりと銀杏の葉が頬にとまり、青年は静かに瞼を上げた。髪を梳いていた指先で葉を摘み傍らに落とすと、少女は安心したように口元を綻ばせる。
「……おはよう。そろそろ時間かな」
「そうだね。連絡が来る頃かな」
青年のしっとりした声が少女を現実に引き戻す。知らず知らず引き戻されて泣きたいほどの焦燥に包まれて確認してしまう行為に、彼も気付かずにはいられない。
「大丈夫、僕はここにいるよ」
頬の傍らにある白い手を取り、青年は唇を寄せた。
「……ローレンス、あたし」
くしゃりと笑顔が歪んだ。
「僕もこうしていると思い出すことがあるから、少しは理解できていると思うよ。最後のその時も、こんな風に君を見上げていた。だから君は、そんな泣きそうな顔になるんだね」
沿わせていた手を握ると、青年はそのまま少女を胸の上に抱き込んだ。温もりが最愛の少女に伝わりますようにと。
「聞こえる?」
「……うん」
ほっと息を吐いて、少女はまた微笑んだ。
「約束するよ。僕はもう二度と君より先には逝かない。何に縋り付いてでも、どんなに見苦しくても、生きていくから」
「うん」
じわりと滲んだのは、悲しみの涙ではない。様々な感情を教えてくれる青年の胸に顔をうずめたまま、少女も彼の手を取り口付けた。
幼いときから共に在った存在は、今はもう傍らから失われてしまった。それでも、喜びも悲しみも共にした筈の彼からは、今ほどの切なさを感じたことはない。大好きの意味は沢山あると、気付かせてくれた人。
青から茜色に変わり行く空の下、雪のように降り積もる落葉の中で、二人は静かに寄り添っていた。
後しばらく、燃えるような色のスーツに身を包んだ有能な秘書が現れるその時まで。
了
緩やかに傾き行く暖かい光を浴びながら、膝の上で静かな寝息を立てている白皙の美貌を見つめる少女の瞳が揺れた。背を持たせかけている太い木からは、音もなく黄金の蝶たちが舞い降り二人の周りに降り積もっていく。
時折それらが触れる際に立てる乾いたひそやかな音が、今この世界を統べる音の全てだった。
起こしてはいけないと思いながらも、少女は確認しないではいられなくなる。指先が震える。彼の額に掛かる黒髪をそっと掻き分け、生の証を見逃すまいとじっと見つめてしまう。
はらりと銀杏の葉が頬にとまり、青年は静かに瞼を上げた。髪を梳いていた指先で葉を摘み傍らに落とすと、少女は安心したように口元を綻ばせる。
「……おはよう。そろそろ時間かな」
「そうだね。連絡が来る頃かな」
青年のしっとりした声が少女を現実に引き戻す。知らず知らず引き戻されて泣きたいほどの焦燥に包まれて確認してしまう行為に、彼も気付かずにはいられない。
「大丈夫、僕はここにいるよ」
頬の傍らにある白い手を取り、青年は唇を寄せた。
「……ローレンス、あたし」
くしゃりと笑顔が歪んだ。
「僕もこうしていると思い出すことがあるから、少しは理解できていると思うよ。最後のその時も、こんな風に君を見上げていた。だから君は、そんな泣きそうな顔になるんだね」
沿わせていた手を握ると、青年はそのまま少女を胸の上に抱き込んだ。温もりが最愛の少女に伝わりますようにと。
「聞こえる?」
「……うん」
ほっと息を吐いて、少女はまた微笑んだ。
「約束するよ。僕はもう二度と君より先には逝かない。何に縋り付いてでも、どんなに見苦しくても、生きていくから」
「うん」
じわりと滲んだのは、悲しみの涙ではない。様々な感情を教えてくれる青年の胸に顔をうずめたまま、少女も彼の手を取り口付けた。
幼いときから共に在った存在は、今はもう傍らから失われてしまった。それでも、喜びも悲しみも共にした筈の彼からは、今ほどの切なさを感じたことはない。大好きの意味は沢山あると、気付かせてくれた人。
青から茜色に変わり行く空の下、雪のように降り積もる落葉の中で、二人は静かに寄り添っていた。
後しばらく、燃えるような色のスーツに身を包んだ有能な秘書が現れるその時まで。
了
0
お気に入りに追加
19
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました
東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。
攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる!
そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
何もできない王妃と言うのなら、出て行くことにします
天宮有
恋愛
国王ドスラは、王妃の私エルノアの魔法により国が守られていると信じていなかった。
側妃の発言を聞き「何もできない王妃」と言い出すようになり、私は城の人達から蔑まれてしまう。
それなら国から出て行くことにして――その後ドスラは、後悔するようになっていた。
妹がいなくなった
アズやっこ
恋愛
妹が突然家から居なくなった。
メイドが慌ててバタバタと騒いでいる。
お父様とお母様の泣き声が聞こえる。
「うるさくて寝ていられないわ」
妹は我が家の宝。
お父様とお母様は妹しか見えない。ドレスも宝石も妹にだけ買い与える。
妹を探しに出掛けたけど…。見つかるかしら?
私の婚約者は6人目の攻略対象者でした
みかん桜(蜜柑桜)
恋愛
王立学園の入学式。主人公のクラウディアは婚約者と共に講堂に向かっていた。
すると「きゃあ!」と、私達の行く手を阻むように、髪色がピンクの女生徒が転けた。『バターン』って効果音が聞こえてきそうな見事な転け方で。
そういえば前世、異世界を舞台にした物語のヒロインはピンク色が定番だった。
確か…入学式の日に学園で迷って攻略対象者に助けられたり、攻略対象者とぶつかって転けてしまったところを手を貸してもらったり…っていうのが定番の出会いイベントよね。
って……えっ!? ここってもしかして乙女ゲームの世界なの!?
ヒロイン登場に驚きつつも、婚約者と共に無意識に攻略対象者のフラグを折っていたクラウディア。
そんなクラウディアが幸せになる話。
※本編完結済※番外編更新中
悪役令嬢でも素材はいいんだから楽しく生きなきゃ損だよね!
ペトラ
恋愛
ぼんやりとした意識を覚醒させながら、自分の置かれた状況を考えます。ここは、この世界は、途中まで攻略した乙女ゲームの世界だと思います。たぶん。
戦乙女≪ヴァルキュリア≫を育成する学園での、勉強あり、恋あり、戦いありの恋愛シミュレーションゲーム「ヴァルキュリア デスティニー~恋の最前線~」通称バル恋。戦乙女を育成しているのに、なぜか共学で、男子生徒が目指すのは・・・なんでしたっけ。忘れてしまいました。とにかく、前世の自分が死ぬ直前まではまっていたゲームの世界のようです。
前世は彼氏いない歴イコール年齢の、ややぽっちゃり(自己診断)享年28歳歯科衛生士でした。
悪役令嬢でもナイスバディの美少女に生まれ変わったのだから、人生楽しもう!というお話。
他サイトに連載中の話の改訂版になります。
病弱な幼馴染と婚約者の目の前で私は攫われました。
鍋
恋愛
フィオナ・ローレラは、ローレラ伯爵家の長女。
キリアン・ライアット侯爵令息と婚約中。
けれど、夜会ではいつもキリアンは美しく儚げな女性をエスコートし、仲睦まじくダンスを踊っている。キリアンがエスコートしている女性の名はセレニティー・トマンティノ伯爵令嬢。
セレニティーとキリアンとフィオナは幼馴染。
キリアンはセレニティーが好きだったが、セレニティーは病弱で婚約出来ず、キリアンの両親は健康なフィオナを婚約者に選んだ。
『ごめん。セレニティーの身体が心配だから……。』
キリアンはそう言って、夜会ではいつもセレニティーをエスコートしていた。
そんなある日、フィオナはキリアンとセレニティーが濃厚な口づけを交わしているのを目撃してしまう。
※ゆるふわ設定
※ご都合主義
※一話の長さがバラバラになりがち。
※お人好しヒロインと俺様ヒーローです。
※感想欄ネタバレ配慮ないのでお気をつけくださいませ。
婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。
束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。
だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。
そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。
全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。
気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。
そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。
すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる