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Days 幼馴染ゆえの苦悩
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「……は?」
何拍か置いてようやく出たのは気の抜けた声だけで。
恥ずかしそうに頬を染めながら、しかし生真面目にスティングの目をしっかりと見つめているところをみると、冗談でもなんでもないらしい。支えるように少女の腰に当てられた青年の手の平にも気付いてしまった。
「隠しても仕方ないからスティングにだけは言っておくね」
「だけって、そんなところで信頼されても」
へたへたと腰が砕けそうだった。気付いたアンジェラに促されて、スティングもカーペットに腰を下ろした。
「信頼してるよ。ただ、他の人には当面秘密にしておいて欲しい。僕は声を大にして広めてもいい気分だけど、彼女に迷惑が掛かるから」
ローレンスが話に加わった。
青年の立場を考えると、世間体より何よりマスコミによる騒動やら他の生徒からの風当たりやら色々と考えられる。
今まで来るもの拒まずでいたのを知っている元の学園の生徒たちならしばらくは静観してくれるかもしれないが、こちらの学園ではまだローレンスの人となりはそれほど知られていない。ステディな関係だと知られると何が起こるか判らないのだ。
「って……じゃあもしかしてローレンスさんからこいつに申し込んだとか? まさか……っ!
こいつなんてアンジェラさんに比べたらペチャパイだしちんくしゃで天然ボケで恋愛っていう言葉からは一番程遠いというか」
言葉の途中でスティールの両手の親指が喉仏に添えられた。
「当たってるかもしれないけど腹立つ~!!」
目が半分据わっている。
「Cカップあるから標準だよ?」
さらりと笑顔でローレンスが告げ、スティールは思わず手を離して自分の体を抱き締めた。
「えええっ! なんでサイズがっ」
「えっこいつBでしょ」
スパーンと後頭部をはたかれるスティング。
「ちゃんと測ったらCだと思うよ? 今度僕が開発した形状記憶ブラプレゼントするね。アンジェラも着けているけど、最初だけちゃんと他の人に支えてもらって綺麗な形憶えさせたら、肩紐なしで下から支えてくれるんだ。縫い目もないし評判いいんだよ」
「ええ、今も着けているけど、何も着けてないみたいに体にフィットしてそれなのにしっかりリフトアップしてくれる優れものよぉ。もうすぐ市場に出す予定」
すぐに営業トークになってしまうのがある意味絶妙のコンビネーションだった。
「支えてもらうんだ?」
今まで特に気にしていなかったので適当に着けていたスティールは今ひとつ理解していない様子だ。
「僕が着けてあげるから大丈夫」
にっこり笑うローレンス。
「え?」
「ダメダメっ! お母さんに着けてもらえーっ!」
必死に会話に割って入るスティング。
それにしてもどんどん話がずれていっているような気がして、スティングは今度はスティールの方を向いた。
「お前こそ、こないだ『ディーンはシャールと同じくらい好き』って言ってたじゃねえか。そのディーンとやらはいいのか」
質問というより念押しするような口調だった。
「だって……」
一気に空気が凪いだ。
「スティングにちゃんと説明してなくて誤解させてたみたいでごめんね。ディーンはもういないの、亡くなったの。シャールとあたしを助けて、あたしの腕の中で……息を引き取ったのよ……」
少年は息を呑んだ。
勝手にシャールの新しい飼い主だと思い込んでいたけれど、そんな重い事情があったなんて考えもしなかったし、そう悟らせるような態度をスティールは取ったことがない。
ただ、ある時期を境に急に大人びて綺麗になってきた。
まさか死に別れていたとは。
涙を流すのを必死で耐えたスティールは、まっすぐにスティングを見つめた。
「信じてはもらえないだろうから軽々しく口に出来なかったけど、ディーンは転生してローレンスとして生まれ変わった。記憶がなくても、あたしには判るの。ローレンスはディーンよ」
スティングは本気で返答に困った。今までも突拍子のない事を言う少女だったが、ここまで奇想天外なことを言い出したのは流石に初めてだった。
「でもそれって変じゃねえ? 転生したなら、まだ赤ちゃんか子供だろ?」
「時間軸は関係ないって、遡るからって、あたしと同じ時を生きるって約束してくれたの」
「で、でもさ、そんなのすぐには信じられないっていうか」
あんたはそれでいいのかと、スティングの瞳がローレンスに問い掛けた。
「僕はね、正直まだ半信半疑なんだよ、それについてはね」
青年の瞳は穏やかで、隠しきれない少女への好意が秘められている。
「でも、前世なんか関係なく僕自身がスティールを気に入っている。そのことは事実で変えようがない。全てひっくるめてスティールを好きなんだから、何も問題はないだろう?」
秘書は興味深そうに三人の様子を見守っている。
「僕が今後〈ディーン〉の記憶を取り戻すまで、事の真偽は判りようがない。〈ディーン〉が本当に僕の前世だったとしてもそうでなくても、スティールがそうだと感じるならそれでいい。僕がローレンス・シュバルツだというのも変えようがない事実で、いつか僕自身を〈ディーン〉より好きになればいい」
後半の言葉は少女に向けられていた。
スティールの方は、青年の言葉をゆっくりと胸の内で噛み締めていて、きちんと理解するまでに時間は掛かりそうだったけれど。
「そっか」
幼馴染みという立場の少年からは、もう何も言うべき言葉はなかった。
以前に告白してさらりと流されて。
その後に自分は『シャールの次に好き』と言われた。
それならば『シャールと同じくらい好き』な〈ディーン〉であるローレンスに到底勝てるわけがない。
自分の〈好き〉が軽く流されたのに、会って間もない青年が一体どんな言葉を掛けて恋愛音痴の少女に恋愛相手として認識させたのかは気になるところではあったけれど、聞いたところで自分の傷口に塩を塗りこむだけだろうから。
はぁーっと大きく溜め息をついて、腰掛ける際に曲げていた膝の間に頭を垂れる。
何もかもが突然で、良く知っていた筈の少女がまるで別人のように大人びて見えた。こんなにずっと近くにいて――いたはず、なのに。
いつの間にかそんな大きな事件が起こっていて、その時に甘えてもくれなければ心配もさせてもらえなくて、一人で立ち直っていたらしい。こんなにも強かっただろうか、スティールは……。
決定的な失恋をしたことよりも、そのことの方が哀しかった。
きっと誰にも相談できずに小さな胸を痛めていたのだろうけれど、信頼に足る存在だと認識してもらえなかった当時の自分も不甲斐無い。
今日になってようやく信頼されて打ち明けてくれて、それはそれで嬉しいけれど、それでも自分が情けなくて、スティールのことを恨んでしまいそうで胸の中がざわざわと苦しい。
そして、それを見守るスティールにはその胸の内は推し量りようもなく、ただ、普段煩いくらいに軽口ばかり叩いている幼馴染みが押し黙って項垂れていることに驚いていた。
「あの~、スティング? どうかした?」
男女の機微を多少なりとも理解しているローレンスとアンジェラは苦い吐息をついた。
「なんでもねえよっ!」
がばっと顔を上げ、「はいはいわかりましたよっ」と立ち上がる。あちこち跳ねさせている明るい茶色の髪をがしがしと掻き回して、
「今日聞いたことは他言しない。約束する。んじゃーオレ帰るわ」
そういい置いて、その間顔を見ることもせず、そしてもう振り返りもしないで足早に館外に立ち去ってしまった。
「なんか、スティング怒ってる……? かな」
心細そうにスティールはローレンスを見遣った。
「いや怒っているわけじゃないだろうけどね、まぁ長い付き合いの彼なりにいろいろと思うところはあるんだと思うよ」
そっと伸ばされた腕が、再び少女を抱き寄せた。
「きみは普段通りに接していたらいいよ」
「そうかな? やっぱりあたしの言っていること、普通は信じられないことだよね……」
うん、仕方ないんだけどね……そう呟きながらも寂しそうな表情は隠しようがない。
「僕は信じているよ。話の内容は破天荒だけど、それを信じているきみを信じてるから、だから安心して、きみは僕だけを見ていたらいい」
「そ、そんな風に言われても~っ」
スティールは口をぱくぱくさせて赤面している。
「私はそんな自信満々のローレンス様に一生ついて行きますわ」
すぐ傍からは美人秘書の合の手が入る。
「勿論アンジェラもずっと僕の元にいればいい」
爽やかに笑いながら、何処までが本気で何処からかはスティールを安心させるための軽口なのか。
閉館十分前の音楽が鳴り始めた。
今日はアンジェラも同席しているため肩を並べて歩いてもさして問題はないだろうということで、三人は駐車スペースまで一緒に歩いた。
別れ際に、
「それじゃ、明日はくれぐれもシャールとはほどほどに」
ローレンスはきっちりと念を押してスティールのリニアカーを見送った。
案外嫉妬深いタイプなのかもしれなかった。
何拍か置いてようやく出たのは気の抜けた声だけで。
恥ずかしそうに頬を染めながら、しかし生真面目にスティングの目をしっかりと見つめているところをみると、冗談でもなんでもないらしい。支えるように少女の腰に当てられた青年の手の平にも気付いてしまった。
「隠しても仕方ないからスティングにだけは言っておくね」
「だけって、そんなところで信頼されても」
へたへたと腰が砕けそうだった。気付いたアンジェラに促されて、スティングもカーペットに腰を下ろした。
「信頼してるよ。ただ、他の人には当面秘密にしておいて欲しい。僕は声を大にして広めてもいい気分だけど、彼女に迷惑が掛かるから」
ローレンスが話に加わった。
青年の立場を考えると、世間体より何よりマスコミによる騒動やら他の生徒からの風当たりやら色々と考えられる。
今まで来るもの拒まずでいたのを知っている元の学園の生徒たちならしばらくは静観してくれるかもしれないが、こちらの学園ではまだローレンスの人となりはそれほど知られていない。ステディな関係だと知られると何が起こるか判らないのだ。
「って……じゃあもしかしてローレンスさんからこいつに申し込んだとか? まさか……っ!
こいつなんてアンジェラさんに比べたらペチャパイだしちんくしゃで天然ボケで恋愛っていう言葉からは一番程遠いというか」
言葉の途中でスティールの両手の親指が喉仏に添えられた。
「当たってるかもしれないけど腹立つ~!!」
目が半分据わっている。
「Cカップあるから標準だよ?」
さらりと笑顔でローレンスが告げ、スティールは思わず手を離して自分の体を抱き締めた。
「えええっ! なんでサイズがっ」
「えっこいつBでしょ」
スパーンと後頭部をはたかれるスティング。
「ちゃんと測ったらCだと思うよ? 今度僕が開発した形状記憶ブラプレゼントするね。アンジェラも着けているけど、最初だけちゃんと他の人に支えてもらって綺麗な形憶えさせたら、肩紐なしで下から支えてくれるんだ。縫い目もないし評判いいんだよ」
「ええ、今も着けているけど、何も着けてないみたいに体にフィットしてそれなのにしっかりリフトアップしてくれる優れものよぉ。もうすぐ市場に出す予定」
すぐに営業トークになってしまうのがある意味絶妙のコンビネーションだった。
「支えてもらうんだ?」
今まで特に気にしていなかったので適当に着けていたスティールは今ひとつ理解していない様子だ。
「僕が着けてあげるから大丈夫」
にっこり笑うローレンス。
「え?」
「ダメダメっ! お母さんに着けてもらえーっ!」
必死に会話に割って入るスティング。
それにしてもどんどん話がずれていっているような気がして、スティングは今度はスティールの方を向いた。
「お前こそ、こないだ『ディーンはシャールと同じくらい好き』って言ってたじゃねえか。そのディーンとやらはいいのか」
質問というより念押しするような口調だった。
「だって……」
一気に空気が凪いだ。
「スティングにちゃんと説明してなくて誤解させてたみたいでごめんね。ディーンはもういないの、亡くなったの。シャールとあたしを助けて、あたしの腕の中で……息を引き取ったのよ……」
少年は息を呑んだ。
勝手にシャールの新しい飼い主だと思い込んでいたけれど、そんな重い事情があったなんて考えもしなかったし、そう悟らせるような態度をスティールは取ったことがない。
ただ、ある時期を境に急に大人びて綺麗になってきた。
まさか死に別れていたとは。
涙を流すのを必死で耐えたスティールは、まっすぐにスティングを見つめた。
「信じてはもらえないだろうから軽々しく口に出来なかったけど、ディーンは転生してローレンスとして生まれ変わった。記憶がなくても、あたしには判るの。ローレンスはディーンよ」
スティングは本気で返答に困った。今までも突拍子のない事を言う少女だったが、ここまで奇想天外なことを言い出したのは流石に初めてだった。
「でもそれって変じゃねえ? 転生したなら、まだ赤ちゃんか子供だろ?」
「時間軸は関係ないって、遡るからって、あたしと同じ時を生きるって約束してくれたの」
「で、でもさ、そんなのすぐには信じられないっていうか」
あんたはそれでいいのかと、スティングの瞳がローレンスに問い掛けた。
「僕はね、正直まだ半信半疑なんだよ、それについてはね」
青年の瞳は穏やかで、隠しきれない少女への好意が秘められている。
「でも、前世なんか関係なく僕自身がスティールを気に入っている。そのことは事実で変えようがない。全てひっくるめてスティールを好きなんだから、何も問題はないだろう?」
秘書は興味深そうに三人の様子を見守っている。
「僕が今後〈ディーン〉の記憶を取り戻すまで、事の真偽は判りようがない。〈ディーン〉が本当に僕の前世だったとしてもそうでなくても、スティールがそうだと感じるならそれでいい。僕がローレンス・シュバルツだというのも変えようがない事実で、いつか僕自身を〈ディーン〉より好きになればいい」
後半の言葉は少女に向けられていた。
スティールの方は、青年の言葉をゆっくりと胸の内で噛み締めていて、きちんと理解するまでに時間は掛かりそうだったけれど。
「そっか」
幼馴染みという立場の少年からは、もう何も言うべき言葉はなかった。
以前に告白してさらりと流されて。
その後に自分は『シャールの次に好き』と言われた。
それならば『シャールと同じくらい好き』な〈ディーン〉であるローレンスに到底勝てるわけがない。
自分の〈好き〉が軽く流されたのに、会って間もない青年が一体どんな言葉を掛けて恋愛音痴の少女に恋愛相手として認識させたのかは気になるところではあったけれど、聞いたところで自分の傷口に塩を塗りこむだけだろうから。
はぁーっと大きく溜め息をついて、腰掛ける際に曲げていた膝の間に頭を垂れる。
何もかもが突然で、良く知っていた筈の少女がまるで別人のように大人びて見えた。こんなにずっと近くにいて――いたはず、なのに。
いつの間にかそんな大きな事件が起こっていて、その時に甘えてもくれなければ心配もさせてもらえなくて、一人で立ち直っていたらしい。こんなにも強かっただろうか、スティールは……。
決定的な失恋をしたことよりも、そのことの方が哀しかった。
きっと誰にも相談できずに小さな胸を痛めていたのだろうけれど、信頼に足る存在だと認識してもらえなかった当時の自分も不甲斐無い。
今日になってようやく信頼されて打ち明けてくれて、それはそれで嬉しいけれど、それでも自分が情けなくて、スティールのことを恨んでしまいそうで胸の中がざわざわと苦しい。
そして、それを見守るスティールにはその胸の内は推し量りようもなく、ただ、普段煩いくらいに軽口ばかり叩いている幼馴染みが押し黙って項垂れていることに驚いていた。
「あの~、スティング? どうかした?」
男女の機微を多少なりとも理解しているローレンスとアンジェラは苦い吐息をついた。
「なんでもねえよっ!」
がばっと顔を上げ、「はいはいわかりましたよっ」と立ち上がる。あちこち跳ねさせている明るい茶色の髪をがしがしと掻き回して、
「今日聞いたことは他言しない。約束する。んじゃーオレ帰るわ」
そういい置いて、その間顔を見ることもせず、そしてもう振り返りもしないで足早に館外に立ち去ってしまった。
「なんか、スティング怒ってる……? かな」
心細そうにスティールはローレンスを見遣った。
「いや怒っているわけじゃないだろうけどね、まぁ長い付き合いの彼なりにいろいろと思うところはあるんだと思うよ」
そっと伸ばされた腕が、再び少女を抱き寄せた。
「きみは普段通りに接していたらいいよ」
「そうかな? やっぱりあたしの言っていること、普通は信じられないことだよね……」
うん、仕方ないんだけどね……そう呟きながらも寂しそうな表情は隠しようがない。
「僕は信じているよ。話の内容は破天荒だけど、それを信じているきみを信じてるから、だから安心して、きみは僕だけを見ていたらいい」
「そ、そんな風に言われても~っ」
スティールは口をぱくぱくさせて赤面している。
「私はそんな自信満々のローレンス様に一生ついて行きますわ」
すぐ傍からは美人秘書の合の手が入る。
「勿論アンジェラもずっと僕の元にいればいい」
爽やかに笑いながら、何処までが本気で何処からかはスティールを安心させるための軽口なのか。
閉館十分前の音楽が鳴り始めた。
今日はアンジェラも同席しているため肩を並べて歩いてもさして問題はないだろうということで、三人は駐車スペースまで一緒に歩いた。
別れ際に、
「それじゃ、明日はくれぐれもシャールとはほどほどに」
ローレンスはきっちりと念を押してスティールのリニアカーを見送った。
案外嫉妬深いタイプなのかもしれなかった。
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