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しおりを挟む「そこまで…剣を引いて下さい。出なければ、貴方の首を切ります。」
ある富裕商人のキャラバンを一中隊で包囲して、スロウルは夜の闇に紛れて主人のテントに忍び込んだ。
ここは、違法に各地で商品の値を釣り上げては支払いに行き詰まった貧困層から子供達を買い集め、他国に奴隷として売り捌いている商人一味のキャラバンだ。
テントの外には用心棒らしき者が剣を携え見回る中、テントの中には主人が一人。
不法侵入のスロウルに気がついた商人は寝床横の剣を抜き払い斬りかかろうとする。が、でっぷりとした主人より小回りが効くスロウルの方に分があった。
「な、何者だ!!」
「国境周りを警護している、討伐兵団ですよ?貴方も聞いたことくらいあるでしょう?」
まだ若さが残るスロウルの声にテントの主はほくそ笑む。
「何が目的だ?若造……金か?女か?地位か?此方には後ろ盾となる方もいるんだ。此方につけばお前にも旨い汁を吸わせてやろう。」
商人はゆっくりとスロウルを刺激しない程のスピードで振り向き、何とか交渉の余地を見出そうとする。
「…ほぉ…!」
テント内の松明が、商人の首元に剣を突きつけたスロウルの顔を顕にした。仄かな明るさにも分かる白い肌に整った目鼻立ち。そこらでは滅多にお目にかかる事のできない美貌だ。
「お前の様な見目麗しい者が、何故こんな仕事をしている?金が欲しいならもっといい仕事があるぞ?それとも、私の所に来るか?悪い様にはせんぞ?」
「残念ながら、金も権力も女も要りませんよ。今宵は、貴方の首を頂きます。」
剣を突きつけたままのスロウルの視線は動かない。人を傷つけるのにも躊躇わない者の目つきをしている。
「ぐっ…大人しく言うことを聞いていれば…お前を悪い様にはせんのに!ガンダ!!」
商人は外に向かって声を張り上げた。ガンダと言うのは用心棒でも呼んでいるのだろうが、しかし外から入って来る者も、呼び声に応える者もなかった。
「ガンダ!!何をしている!ここに獲物が居るのだ!!逃すな!」
ザッ!!鋭い衣擦れの音と共にテント入り口に貼られた布が切り落とされる。
「おい…獲物というのは、スロウルの事じゃないだろうな?」
布を薙ぎ払ったままの剣を片手に赤茶の瞳の青年がテント内に足を踏み入れた。剣をつきつけているスロウルよりも頭一つは優に大きいアクサードの姿に商人は一歩後退りする。
ヒヤリ……突き付けられたままの剣が商人の首筋にあたる。
「投降していただけますか?それとも…?」
最後にグッと剣を握りしめる音を聞き、商人は手に持つ剣を放り投げた…
アクサードがスロウルの身柄を引き受けると言ってからもう随分と月日が経った。隊員達の日々の業務は変わる事なく、問題となる荒くれ供を追っては討伐、確保する日々だ。
スロウルは背も伸びて剣の腕も上がり、15歳となった今では立派な討伐兵の一兵士として敵陣に乗り込める程には仕事もこなせる様にもなる。
「スロウル、あんな奴とっとと手刀でも入れて気絶させておけばよかったのに…」
先程の捕物残務に勤しむ中で、アクサードが独り言の様にスロウルに話しかけた。
「…何故です?あの人、なにか後ろ盾があると洩らしたので聞き出せるかと思ってそのままにしておいたんですけど。」
万が一あの場で反抗されて、絶命させてしまっては大きな組織の裏が取れなくなる。この手の組織は捉えても捉えても後を立たず、一気に大元を叩いた方が効果があるのだ。
「お前の事を値踏みしてたぞ…」
クソッと貴族らしからぬ暴言まで出る始末。アクサードはスロウルの容姿が商品価値になると言われたことがすこぶる腹に据えかねる様だ。
「確かに、いい気はしませんね。」
「何で、お前の方がそんなに冷静なんだ?」
作戦中は、冷製沈着に、がモットーの隊では無かったか?アクサードの質問にコテ、と首を傾げてしまう。
「アクサードだって冷静だったでしょう?あそこで感情的になって、逆にどうするんですか?」
我を失う程動揺したら、決死の覚悟の相手には隙を与えてしまう事になるのに、それを十分にアクサードは知っているはずなのに?
「そんな事分かってるって…ただ俺が嫌なんだよ…嫌なんだ……」
何年経ってもアクサードの子供みたいな一面は変わらないらしい。スロウルの身柄を預かると言ったあの日から、アプローチしてくる者全てをはたき落としている節があって、気に入った物を独り占めしようとする子供みたいに見えてしまう。
つい、クスリ、と笑みが出ても許して欲しい。アクサードらしいと言えばらしいが、剣の試合であってもいつも隙もないこの人からこんな一面が見れるとなると、すごく可愛らしく思えてくる。
決して口には出した事はないが…
「私の事なのに、アクサードはいつもそうやって怒ってくれますよね。」
「まあな……」
フワリと柔らかい笑顔を見せてくれる位にはアクサードに心を許してくれているスロウルをジッと見つめる。
共に生きたいと言われたあの日から、アクサードが答えを欲しているのは、何となくは分かるのだが…まだその答えが見出せないスロウルは少し困った様な笑顔を見せた…
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