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 爵位を持っていても貴族位の高くない男爵家ならば、大きな商家に子供達を嫁がせ、婿にやる事など日常的に受け入れられている。


(だから大丈夫……きっと、きっと……)


 初めて大商会マルコス商会に勉強の為と父親から出されてからは、サルタンは物流と商品の管理、時事を読み人々の需要をキャッチする事の大切さを学んで来た。

 場所が変われば、当たり前だがやり方や取り扱う商品の種類や品質にも変化があり、やっと父の仕事を手伝えるようになったばかりのサルタンにとっては遣り甲斐のある仕事を任されたと思い、日々精を出していた。

 そんなある日にマルコス商会の大口のお客様でもあるクラウト侯爵家のお嬢様から、マルコス商会長男ターンが夜会のお誘いを受けてきた。堅苦しいものと考えずに気軽に参加できる会と聞き、出席者も貴族を中心とする上流階級の子女ばかりと言う。一介の商人である自分が夜会などとサルタンは非常に動揺したが、これもいい経験になるし太い客となる貴族に顔を売る良い機会ともなる、とターンに説き伏せられ当初は渋々参加を了承した。

 幼い頃からの一般常識の知識と共に、なぜかマナーやらダンスやらが入っていたのはこのためか……と後のサルタンは父に感謝する事になる。

 初めて参加する貴族との夜会に、普段ならざる緊張を仮面の下に隠しながら、サルタンは一人の令嬢の手を取り、最初のファーストダンスを踊ったのだ。


 そこで、彼女に出会った……








「と、言う事なのですが、いかがでございましょうか?」

 いかがでございましょう、といきなり聞かれても………

 麗かな天気に反して、男爵令嬢ソアラの心中は暴風の様に吹き乱れている。ソワイユ伯爵令嬢メリカからお茶の席に呼ばれて来てみれば、ニコニコニコニコと笑顔溢れるメリカとターンが目の前に…

 そして、どう?と、迫られても……

「あ、あの、あ、あの……」

 頭が暴風状態のソアラからはマゴマゴとしか言葉が出てこない…

「はい!なんでしょう?」

 やる気満々のメリカはそんなソアラの一言一句逃さぬ勢いで聞き入ってくる。

「わ、私を……?どなたが、でしたっけ?」

「はい!ソアラ様、カベン商会のサルタン、がソアラ様のお気持ちをお聞きしたいと…!」

 本当ならば本人の口から思いを伝えるに越した事はないと思われるが、何分サルタンも初めての試みで舞い上がってしまっている様で…そして、今まさにメリカ達の前でパニックを起こしているソアラ嬢…きっと二人きりにしても話は進まないのではないかと踏んで、仲介役をメリカは買って出ていた。

「えぇ…そうでしたわ、そうでした………サルタンさんが、私を……?どうするおつもりですって?」

「いえ、どうもしませんわ。ソアラ様。サルタンは貴方様に心を寄せておられて……大丈夫ですか?ソアラ様!?」
 
 メリカの説明中にも拘わらずソアラは両手でガバッと顔を隠して下を向いてしまった。ソアラの耳や頸筋まで真っ赤に染まっていて……

「私を……サルタンさんが……私を………?」

 ずっと下を向きつつ、ブツブツと呟いているソアラ……もうメリカの声が届いているのかいないのか…

「ええ、そうですわ、ソアラ様。サルタンは本気のご様子でした。ですから、今日は差し出がましいですけれど、お気持ちをお伝えに参りましたの…ソアラ様、サルタンをお嫌いでなければ、その様にお伝えしてもいいですか?」

 ソアラが了承すれば、後はカベン商会側からソアラの家に婚約の打診が行くだろう。本当はこうあるべきではないかとメリカは思うのだ。

 思い思われて結ばれる婚約のなんと幸せそうな事…恥ずかしさに顔から火が出そうになっているソアラだが、見ている方は微笑ましいし、心から羨ましいとさえ思う。もう、メリカには手に入らなかったこの幸せがいつまででも続けば良いと思った。

「…………よろしく……お願い…いたします………」

 消え入りそうなソアラの声にメリカは満面の笑顔で持って答えた。






 初めて兄でも従兄弟でもない方の手を取って、心の赴くままに踊り明かした。仮面をつけている事が自分に少し勇気をくれたのか、普段の自分では到底考えられないような行動だ。

 楽しかった……!気兼ねなくダンスに誘えることが…!手をとってもらえる事が…!声をかけても、嫌な顔もされず周囲を見なくても良いなんて…!

 ソアラはずっと自分は引っ込み思案の大人しい性格だと思い込んでいた。けれど、あの仮面舞踏会の夜、自分から声を出して会話をし、見知らぬ男性を相手に踊り明かした。ソアラは引っ込み思案なのではなくて、爵位や周囲の目が自分自身を萎縮させていた事に気が付いた。

 楽しくて、楽しくて、楽しくて…息が切れるまで踊り切る事ができるなんて!

 あの日の夜は物凄い発見をしたものだ。自分が信じられないほど積極的で、そんな自分に文句の一つも言わずに、同じく息が上がるまで付き合ってくれる人がいると言う事に…

 こんな日が生涯続けば良いのにと、押しつぶされていた小さな心に淡い光が灯ったソアラは一人で思う。


 まさか…あの方からこんな話が来るとは思わず………




















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