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「若様!もうおやめ下さいませ!」
ここは羽振りの良い人間がよく使う町外れの簡易宿。
「何をだ?朝からうるさいぞ?」
実家からの使いでやって来た侍従から、さわやかに晴れ渡っている清々しいこの朝に小言など言われたくないものだった。
「クラウト邸に行かれる事でございますよ!」
「父上の命だろう?」
「それは、謝罪し関係を戻せ、との言いつけでございましょう?」
「ラシーナの側に、という事だ。同じ事だろう?」
「何を申します!謝罪は受け入れられたのでございますか?」
一向に謝罪すら済まさず、本宅にも帰ってこないユランに業を煮やしたユランの母エイドルフ侯爵夫人は、時々こうして使いを送っては早く事を治めよ、とユランを突いてくる。
「まだ、本人に目通りも叶わない。」
「若様!!」
朝だと言うのに大声を出す侍従にユランは盛大に顔を顰めて見せる。
「旦那様も、奥様も!皆様気を揉んでそれはそれは心配しておいでです!今日という今日は!パッと行って、バッと謝ってきてしまってください!クラウト邸に馬車を向かわせますから、仲直りのついでに一緒に帰っていらっしゃいませ!」
グイグイグイと背中を押され、支度の整ったユランは強引に馬車に乗せられた。
「よろしいですね!気合を入れてくださいませ?この婚姻は旦那様の悲願であると思し召し下さい!」
(何を言っているのか…こんなに早朝に、馬車で別邸近くまで行ったら誰かが来たことがバレてしまうだろうに。)
あの真面目なラシーナの事。夫となる者を前にしたらまたもや能面の様な表情になってしまうだろう。目の前であの輝くような笑顔は是非見たいが、自分が目の前に出るとラシーナの笑顔が見れなくなるというのならば、今は訪問する事すらできない。
ユランはラシーナの心からの笑顔が見たいのだから、自分がいてはきっとそれは叶わないと思っている。
だから、侍従の言葉に従った振りをして、御者には途中で馬車を止めさせる。そして、いつもの様にクラウト侯爵邸の周りを中を窺いつつ歩くのだ。偶然にでも、ラシーナに会えて、一瞬でもあの笑顔が見える事を祈って。
(そうだ……私はラシーナの夫になるのだから、彼女の笑顔を守る義務があるのだ…)
そして今日も、道ゆく人々に冷ややかな視線を浴びている事にも気付かずユランは屋敷の周りを回るのだった。
「ねぇ、皆様お聞きになりまして?」
華やかな花の香りと音楽、煌びやかな衣装が舞い踊る会場はいつもの様に、変わり映えもしない令嬢達が噂話に花を咲かせている。
「何の事でしょう?」
「ほら、あそこをご覧になって?」
一人の令嬢が指し示したのは会場の隅で、そこには一人で立っているバーン伯爵家令嬢ステイシーの姿があった。
「ステイシー様ですわね?」
「そうですわ!貴方ご存知ないの?ストレー様が居られないことに……」
「あら、本当!では、あの噂は本当ですの?」
「その様ですわ!少し、いい気味ですわ!」
ここ最近、どうやらストレー侯爵家タントルにステイシーは捨てられたと言う噂が社交界には飛び交っていた。あれだけ堂々と周囲を牽制しつつタントルの横をキープしていたステイシーだ。周囲の令嬢達からは白い目で見られていたし、メリカと少しでも交友のある令嬢達からも距離を置かれたとしても仕方がない。
「一体どんなおつもりで今日の夜会にいらしたのかしら?」
「大方、まだストレー様にお縋りするおつもりではなくて?今日のパートナーをご覧なさいな…」
ステイシーをエスコートしたであろう子息は、どうやらバーン家縁の者のようだ。ステイシーには頭が上がらずにずっと不機嫌なままのステイシーに付き従っている。
「ストレー様が来られた時が見ものですわね?」
「あら?来られればよろしいですけど?」
「まぁ!なぜですの?」
「知っておられまして?この所、ストレー様はソワイユ伯爵邸に日参している様ですわよ?」
「んま!では、メリカ様の所に?」
「ええその様です。」
「けれど、メリカ様は国王から夜会には出るな、と言われていますわよね?」
「笑顔を見せよ、という事でしたわ。」
「ストレー様の元にお戻りになっても、メリカ様がお出にならなければストレー様もいらっしゃらないのでは?」
「まぁ!それは寂しいですわ!遠目からでもお顔を見たいと思っていましたのに……」
「ま、貴方もですの?」
「いけませんこと?思うのは自由でしょう?あの、金の瞳に見つめられたいと思うだけですもの。それ位は許して欲しいですわ。」
「皆様、ご機嫌よう。なんのお話でしたの?」
「まぁ、ご機嫌よう!シャーナ様。」
「今話題のストレー様とメリカ様、あそこに居られるステイシー様のことですわ。」
声を掛けたのは、今年社交界デビューとなった16歳のシャーナ・トライト侯爵令嬢でタントルの従姉妹にあたる。
「それが何か?」
「ご存じありませんでしたの?メリカ様との婚約破棄まで持ち込んだステイシー様が今度はストレー様に捨てられました様ですわよ?」
「ええ…その様ですわね?でも皆様、あんな方は放って置いてよろしいんじゃないかしら?彼方でスイーツでも召し上がりませんこと?」
タントルの事は幼い頃から知っているシャーナだ。実は兄以上の親しみを込めて接している部分があるし、自覚もしている。昔からちょっとした遊びに精を出しているタントルの事も知っていたし、その事で子供の様にわがままを言ってタントルを困らせたこともないと自負もしていた。そんなタントルが伯爵家であるメリカを名指しで婚約者に据えた時には驚きもしたし、納得も出来なかったが、タントルの気質は変わらずに色々な女性と浮名を流している様子にシャーナは少し、安心もしていた。
(決して、タントル兄様は一人の者にはならないわ。)
こんな自信がシャーナの中にはあって、確信にも近いものだったのに、ここ、数日の噂話は面白く無かった。
(メリカ様の所に……?連日……?)
タントルが自分で破棄した婚約者を追い回している、そんな噂話がそこかしこで囁かれているものだから非常に面白く無かったのだ。
ここは羽振りの良い人間がよく使う町外れの簡易宿。
「何をだ?朝からうるさいぞ?」
実家からの使いでやって来た侍従から、さわやかに晴れ渡っている清々しいこの朝に小言など言われたくないものだった。
「クラウト邸に行かれる事でございますよ!」
「父上の命だろう?」
「それは、謝罪し関係を戻せ、との言いつけでございましょう?」
「ラシーナの側に、という事だ。同じ事だろう?」
「何を申します!謝罪は受け入れられたのでございますか?」
一向に謝罪すら済まさず、本宅にも帰ってこないユランに業を煮やしたユランの母エイドルフ侯爵夫人は、時々こうして使いを送っては早く事を治めよ、とユランを突いてくる。
「まだ、本人に目通りも叶わない。」
「若様!!」
朝だと言うのに大声を出す侍従にユランは盛大に顔を顰めて見せる。
「旦那様も、奥様も!皆様気を揉んでそれはそれは心配しておいでです!今日という今日は!パッと行って、バッと謝ってきてしまってください!クラウト邸に馬車を向かわせますから、仲直りのついでに一緒に帰っていらっしゃいませ!」
グイグイグイと背中を押され、支度の整ったユランは強引に馬車に乗せられた。
「よろしいですね!気合を入れてくださいませ?この婚姻は旦那様の悲願であると思し召し下さい!」
(何を言っているのか…こんなに早朝に、馬車で別邸近くまで行ったら誰かが来たことがバレてしまうだろうに。)
あの真面目なラシーナの事。夫となる者を前にしたらまたもや能面の様な表情になってしまうだろう。目の前であの輝くような笑顔は是非見たいが、自分が目の前に出るとラシーナの笑顔が見れなくなるというのならば、今は訪問する事すらできない。
ユランはラシーナの心からの笑顔が見たいのだから、自分がいてはきっとそれは叶わないと思っている。
だから、侍従の言葉に従った振りをして、御者には途中で馬車を止めさせる。そして、いつもの様にクラウト侯爵邸の周りを中を窺いつつ歩くのだ。偶然にでも、ラシーナに会えて、一瞬でもあの笑顔が見える事を祈って。
(そうだ……私はラシーナの夫になるのだから、彼女の笑顔を守る義務があるのだ…)
そして今日も、道ゆく人々に冷ややかな視線を浴びている事にも気付かずユランは屋敷の周りを回るのだった。
「ねぇ、皆様お聞きになりまして?」
華やかな花の香りと音楽、煌びやかな衣装が舞い踊る会場はいつもの様に、変わり映えもしない令嬢達が噂話に花を咲かせている。
「何の事でしょう?」
「ほら、あそこをご覧になって?」
一人の令嬢が指し示したのは会場の隅で、そこには一人で立っているバーン伯爵家令嬢ステイシーの姿があった。
「ステイシー様ですわね?」
「そうですわ!貴方ご存知ないの?ストレー様が居られないことに……」
「あら、本当!では、あの噂は本当ですの?」
「その様ですわ!少し、いい気味ですわ!」
ここ最近、どうやらストレー侯爵家タントルにステイシーは捨てられたと言う噂が社交界には飛び交っていた。あれだけ堂々と周囲を牽制しつつタントルの横をキープしていたステイシーだ。周囲の令嬢達からは白い目で見られていたし、メリカと少しでも交友のある令嬢達からも距離を置かれたとしても仕方がない。
「一体どんなおつもりで今日の夜会にいらしたのかしら?」
「大方、まだストレー様にお縋りするおつもりではなくて?今日のパートナーをご覧なさいな…」
ステイシーをエスコートしたであろう子息は、どうやらバーン家縁の者のようだ。ステイシーには頭が上がらずにずっと不機嫌なままのステイシーに付き従っている。
「ストレー様が来られた時が見ものですわね?」
「あら?来られればよろしいですけど?」
「まぁ!なぜですの?」
「知っておられまして?この所、ストレー様はソワイユ伯爵邸に日参している様ですわよ?」
「んま!では、メリカ様の所に?」
「ええその様です。」
「けれど、メリカ様は国王から夜会には出るな、と言われていますわよね?」
「笑顔を見せよ、という事でしたわ。」
「ストレー様の元にお戻りになっても、メリカ様がお出にならなければストレー様もいらっしゃらないのでは?」
「まぁ!それは寂しいですわ!遠目からでもお顔を見たいと思っていましたのに……」
「ま、貴方もですの?」
「いけませんこと?思うのは自由でしょう?あの、金の瞳に見つめられたいと思うだけですもの。それ位は許して欲しいですわ。」
「皆様、ご機嫌よう。なんのお話でしたの?」
「まぁ、ご機嫌よう!シャーナ様。」
「今話題のストレー様とメリカ様、あそこに居られるステイシー様のことですわ。」
声を掛けたのは、今年社交界デビューとなった16歳のシャーナ・トライト侯爵令嬢でタントルの従姉妹にあたる。
「それが何か?」
「ご存じありませんでしたの?メリカ様との婚約破棄まで持ち込んだステイシー様が今度はストレー様に捨てられました様ですわよ?」
「ええ…その様ですわね?でも皆様、あんな方は放って置いてよろしいんじゃないかしら?彼方でスイーツでも召し上がりませんこと?」
タントルの事は幼い頃から知っているシャーナだ。実は兄以上の親しみを込めて接している部分があるし、自覚もしている。昔からちょっとした遊びに精を出しているタントルの事も知っていたし、その事で子供の様にわがままを言ってタントルを困らせたこともないと自負もしていた。そんなタントルが伯爵家であるメリカを名指しで婚約者に据えた時には驚きもしたし、納得も出来なかったが、タントルの気質は変わらずに色々な女性と浮名を流している様子にシャーナは少し、安心もしていた。
(決して、タントル兄様は一人の者にはならないわ。)
こんな自信がシャーナの中にはあって、確信にも近いものだったのに、ここ、数日の噂話は面白く無かった。
(メリカ様の所に……?連日……?)
タントルが自分で破棄した婚約者を追い回している、そんな噂話がそこかしこで囁かれているものだから非常に面白く無かったのだ。
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