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「ここ、ですのね?」

「ええ、そうですの…いかがです?」

 ここは郊外にある、二階建ての建物だ。一見した所少し昔風な落ち着いたレンガ作りになっている。周囲を高い塀にも囲まれているし、閑静な別荘と言っても良いくらいだ。一階がホールとなっていて舞踏会などの催しにも対応ができるようになっており、二階には小さな客室が並んでいて休憩室としても使える造りになっている。

 ここを気に入ったメリカが手続をして、イリヤーナには内装のセッティングを主に手伝って貰った。マルコス商会のお陰で欲しい商品が格安で直ぐに手に入り、招待状からトイレに置く石鹸まで事細かに用意が整えられたことにメリカは満足している。何と嬉しい事に、この館は地方の商会が職員の慰安旅行の為に使っていたそうなのだが、この館の持ち主である商会会長は貴族の方が借り入れてくれるのならば優先的に格安でどうぞ、と長期に渡り使用する権利を取り付けてくれた。

 今日招待している参加者はメリカ達を入れて八名になる。侯爵家ラシーナ、伯爵家メリカ、男爵家イリヤーナ、マルコス商会タールは既に何度か会っている。参加者として全員が集まるのは今日が最初だ。ホワソン伯爵家のオートス、タールの紹介は大商会の一つであるカベン商会の息子サルタン。イリヤーナの紹介ではハーブ男爵家のソアラ。ラシーナの紹介は他国からの留学生というダンだ。

「初めてお会いする方もいますから、ドキドキしますわね…」

 女子用に割り当てられた控室で、身支度を整えながらイリヤーナは不安そうで、もう既に少し震えている。

「ふふ、大丈夫ですわ、きっと…カベン商会のサルタンとは面識はありませんけれど、後の方は皆様人の気持ちがちゃんと分かる方々ですわよ?」

 朗らかにラシーナが言えば、イリヤーナの緊張も少しはましになりそうだった。

「……本日はよろしく、お願い、申し上げます……」

 イリヤーナの隣にはハーブ男爵家ソアラが侯爵家ラシーナの前で子鹿の様にブルブルと震えている。

「あら、まぁ……!」

 仮面舞踏会用の仮面を用意しているところで、初々しいソアラの姿にメリカからはつい笑みが漏れる。

「ふ…こちらもなのね?夜会や舞踏会では何度かお見かけしたことはお互いにありますわね?今晩はお互いに身分を忘れるのでしょう?ね?存分に楽しみましょう?」

「はい…!はい!ありがとうございます…!」

 イリヤーナの紹介のこのソアラは異性を前にすると言葉が出なくなってしまうほど緊張してしまうのだそう。だから、男女ペアの舞踏会ではエスコート役からいつも匙を投げられてしまうのだとか…今回は顔を隠すことでそんな苦手なお付き合いを克服していこうと彼女ならではの荒治療の一環で出席してくれている。

「はい、ではこちらが皆様にお渡しする仮面ですわ。男性陣側はタールさんが引き受けてくださっています。」

 メリカが用意していたのは鼻から上が隠れるようになっている仮面だ。勿論の事目の部分だけは開いている物だ。女性側は赤のビロード、男性側には濃紺のビロードの生地を貼った物で軽くて手触りもいい。

「ま、これをつけるのですね?」

 ラシーナがワクワクしているのが良く分かった。

「なんだか、違う自分になれるみたいですわ!」

 イリヤーナの感想はそれぞれの参加者全員が思った事だろう。手に取った仮面を優しく撫でてみたり、下から覗いてみたり、初めての物に興味津々の様子。 

「さ、皆様!こうやって付けますの!付けてご覧になって?」

 それぞれが手に持った仮面を付け終われば、待ちに待った身分の差のない仮面舞踏会が始まる。




 一階のホールでは既に若手の楽師達が静かな曲を流し始めている。楽師達とは反対側にはテーブルと座り心地の良さそうな椅子が並べられており、食事に飲み物はブッフェ形式に提供され、各自自由に王都で流行りのメニューやスイーツを堪能することができる様になっている。室内の壁には、鮮やかな花々が飾り付けられていて、王城の舞踏会場にも見劣りはしない位の見応えさを醸し出していた。イリヤーナは、誰ももう壁の花にならない様に、と願いを込めて分断に生花を飾ったのだそうだ。
 これだけの物を準備しても、人数の多いお茶会を開く程にもならないというから商会の力には有り難くも驚かされるものだ。

 そんなホール内には既に男性陣が待機してくれている。女性達が階下に降りていけば、直ぐに手を取ってエスコートしてくれた。ホール中央はダンススペースで、彼らは祝すべき第一回目の仮面舞踏会のファーストダンスへと優雅に淑女をエスコートした。流石というべきか、大商会ともなるとマナーやらダンスやらはキッチリと仕込まれてきている様だ。商会の息子達は貴族であるオートスと貴族であろうダンと比べても遜色なく見える。緊張していたイリヤーナやソアラもそんな彼らの優しいエスコートに緊張も緩やいだ様だった。参加者が全員フロアに出れば、楽師達は息を合わせて最初の曲を爪弾き始めた。













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