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99 切り札2

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 アッパンダー公爵の孫娘であるアレーネ・アッパンダー嬢がサウスバーゲンに来城したのは公爵からの手紙の3日後になる。既に公爵が最初の親書をしたためた後にはアレーネ嬢はパザンを出国していたのだろう。アッパンダー公爵は、未だ誘拐事件の全容も解明されていない内から孫娘を送り出したことになる。



 王の前に出たアレーネ嬢は流石に公爵家の令嬢であった。大国の王の前にしても優雅に礼をして見せた。
 明るい金髪の髪は高く結い上げられ、緩やかに波打つ髪は綺麗にくしけずられて背に流されている。
 礼と共に広がるドレスは中心が幾重にも重なる白絹の軽やかなレースが飾り、肩から手首かけてそして裾に至るまでやや光沢のある菖蒲あやめ色の絹が身を包み、裾は豊かなドレープを描く。耳や首元を飾る宝石は強調し過ぎず、年若い淑女を形造るには十分な装いだ。

「よう来られた。アレーネ・アッパンダー公爵令嬢。公爵殿はご健在かな?」

「お初にお目もじ仕ります。アッパンダー公爵孫娘に当たりますアレーネで御座います。サウスバーゲン国王陛下に付きましてはご健勝の事とお喜び申し上げます。また、祖父に対するお心使いを大変嬉しく存じます。祖父は毎日公務や私事に忙しく立ち回れる程に健康には恵まれておいでのようです。」

「うむ。それは良かった。久しく顔を合わせていないからな。其方そなたも遠路遥々疲れたであろう?部屋を用意させた故、先ずは緩りと休まれよ。」

「度重なるご配慮有り難き幸せに御座います。僭越せんえつでは有りますが、お許しいただけるのでしたら国王様にお渡ししたい物が御座います。」

 アレーネは恭しく身を屈めたままに王に許しを求める。
 敬う態度も、所作も洗練された物だ。何処ぞの姫君と言われても申し分ない。何処からか溜息が聞こえそうな程である。
 渡したい物のくだりではにこやかなシガレットの眉が密かにピクリと動いていたが、ルーシウスは柔らかな表情を崩さない。

「何であろうか?」
 
 アレーネが身を起こすよりも前にシガレットはルーシウスの元からアレーネの元へと近づいて行く。
 
「こちらに御座います。」

 アレーネがドレスの内ポケットより公爵に渡されていた封筒を差し出す。

 若干シガレットは拍子抜けたような気分になった。渡したい物と言うからには、プレゼントらしき物かと思ったのだが、このご令嬢も妙齢な頃合いだ。良く考えてみれば恋文の類でもおかしくは無い、が本人を前にしてこれは堂々とし過ぎている。ましてや成人しておらず、社交界にもまだ顔を出せないアレーネはルーシウスにあった事さえ無いだろう。
 では此度こたびの件の令状か?其方そちららの方がアレーネの雰囲気からもしっくりとくる。

 アレーネより手紙を受け取りルーシウスの元に届けるまで変わらぬ表情の下ではあれこれとこの手紙の内容について推測しているシガレット。目線で王に問えば軽く左手を上げられる。
 
 後で確認する、との事だ。軽くアレーネに会釈し元の位置に控える。

しかと受け取った、アレーネ嬢。後ほどゆっくりと読ませてもらおう。」

「感謝いたします、国王陛下。」
 再度膝を折り礼を取る。  

「此方には行儀見習いに参ったのだ。何か学びたい事が有れば侍女頭に申し出よ。其方の後見は私であってこの国にいる間の安全は保証しよう。」

 これで、アレーネはサウスバーゲン国王の庇護下に入る。王の物と宣言したのも同義で有るが、アレーネはこれをどう受け止めるのか。

 出来るならばこの意味を深く考えないで欲しいと心から願うルーシウスであった。




 パザン第二皇女ユーリン・ガート・パザンはその報を聞き耳を疑った。年も近く懇意にしていたアッパンダー公爵の孫娘アレーネがサウスバーゲンへ出発したと今朝父王から聞いたのだ。

「父上どの様な経緯でそうなりましたの?私との婚約は受け付けては下さいません出したのに。」
 婚約の申し出を断られたことに対しては不服は無いのだが、あれ程頑なであったのに、とどうしても疑問に思う。

 父王も何やら複雑そうな顔をしているものだ。

「うむ。皇女で駄目ならば自分の孫に出たか、とも思ったのだがね?何やら行儀見習い目的とか。」

 それならば、貴族の娘がより高位の身分又は王宮などに見習いを兼ねて出仕するのは珍しくは無いが、それは自国内でのやり取りでは?他国の公爵令嬢が他国の王城に?どうにも腑に落ちないと言う顔を隠そうどせずに父王を見つめる。

 パザン王は娘に全てを伝えるつもりはない。他国を騒がす誘拐事件の真相にアッパンダー公爵が関わっているかもしれないと。

 王太子や皇女は公爵令嬢のアレーネと仲が良い。アレーネは心優しく成長し、王太子を心から心配もしてくれているのだ。真相を知ってしまえば少なからずお互い傷つくだろう。

「多分にレギットの事だろうね。」

「お兄様?」

「お前が妃に成ればこの国の後ろ盾はサウスバーゲンとなる。十二分にレギットへの手助けも期待できると踏んでの事だったのだ。」

 しかし、断られた。もう伴侶を見つけたからとの文書も後に頂いた。それで公爵が納得していなかったのは承知していたが。

「どうにか、サウスバーゲン王に近づきたかったのだろう。」

 レギットの事を考えると、公爵が勧めた婚姻も手では有る。大国と繋がる事でレギットの薬や治療の手立ての可能性は広がるだろう。

 されど公爵、今はサウスバーゲンからは誘拐、失踪事件の解明を求められてしまっているぞ。裏で手を引いていたとしたら何故こんな悪手を取ったのだ。
 
 今ここには居ない公爵に心から問いただしたい王であった。

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