上 下
84 / 143

84 魔法石

しおりを挟む
 報告書と魔法石。これでこの赤い魔法石を目にするのは3度目だ。

 以前は強制的に魔力を馬へ注入し馬を魔物化した。けれどこれが本当なら魔力など要らず魔物を作ることになる。

 ただの草原の一部に円状に簡易結界を貼る。その中に送られてきた赤い魔法石を無造作に投げ入れれば後は待つだけだ。報告書通りだとこれに術の何たるかは必要ない。

 ジッと見ていればボヤッと魔法石の輪郭が揺らぐ。赤い霧の様なものがフワッと地に沿って揺蕩たゆたって行く。

 地から出た魔力は地に帰る、という事なのだろうか?
結界内で揺蕩う霧に触れていた草の一部が勢いを増す。

 草の魔物化だ。成長の勢いだけが増した物で、凶暴化はしていない。

 なるほど、これならばどこでも自然に魔物を増やす事が出来るはずだ。この魔法石を外に転がしておくだけで良いのだから。

 赤い魔法石、シエラにとって良い思い出は無い。これ一つ取る為に、一体幾つの命が犠牲になっていることか…

 今も尚昔見た光景がまだ目の前にある様で目をつぶる。

 
 幾人もの屍の上でクルクルと回り形作られていた魔法石。自然の物でないことは今までにそこに何も無かったことで明らかだ。形が定まり赤く染まっていく。どの様な術か分からないが屍の中から抽出された魔力の塊と言うことだけは分かる。魔力持ちならば自身の体の一部でもある。何をどうしたってこの様なこと許容できるものではない。見ているだけの自分が不甲斐無く、力及ばず唇を噛んで耐えるしか無かった。



 かつての自分は力無く何をする事も出来ず、ただ逃げ帰って来るだけだった。だから、作ったのだ。彼らに対抗できる様に、犠牲をこれ以上増やさない様に…

 トランジェス…懐かしい…懐かしい名前をシエラはポツリと呟く。名を呼ぶだけで姿形も目で見る事ができたら良いのに。何度も思い描いては消えていく輪郭にそろそろ思い出も薄れていきそうで薄情な自分がおかしくなる。
 許された命ある限り共に作り上げていけると思っていたのに定めとはなんとも抗い難いものだ。


「シエラ、それは?」


 自分を呼ぶその声がトランジェスならどれだけ良いかと心によぎる思いそのものに失笑し、初代国王の面影が何とか残るルーシウスに向き直る。

「西部拠点から送られてきた魔法石よ。もう殆ど魔力は無いわね。時期に消滅するわ。」

「良いのか?証拠だろう?」
 結界の中、ワサワサ揺れ育つ草をジッと見る。赤い魔法石は徐々に小さくなって行く。

「大丈夫。これで一つ謎が解けたもの。」 
 何故、魔物が増えたのか、何故魔力持ちが狙われるのか。

「ゴアラの手の者が持っていた事は事実。証言も得ているでしょう?」  

「その様だな。」
 ルーシウスの目線もきつい。ボッと魔物化した草達が燃えて消えて行く。

「泉の件で核心がわかれば良いんだけど…」

「サザーニャ殿は多くを語られなかったそうだからな。」
 チラチラと雪の結晶の様な魔力がルーシウスの手からこぼれ落ちてはスウッと消える。

 多くを語らなかったと言えど、今まで国外に出た事はない様な情報までサザーニャは流したのだ。それだけカザンシャル側も今回にかけているものは大きいと見える。

「わたしが育てて来た暗部は優秀でしょう?今後が楽しみよね。」
 クスクス笑ってルーシウスの反応を見ているシエラに向かってルーシウスはキュッと眉をしかめる。

「だからって、何もあれを入れる事は無かっただろうに。」
 未だに不満は残っているのか、完全に吹っ切れる事の方が無理そうではあるが。 

「でも、それも無理なのよ、ルーシュ。私も無理だった。黙って見ていられる様なものじゃ無いのよ。」
 今度はシエラが困り顔。何も出来ず見ているだけなんて2度と御免だ。

「それに、そんなに嫌ならちゃんと嫌って我儘を言えば良かったでしょう?我慢強いのも問題だわね。」
  
 我儘か…成人している年上男性、それもである自分が我儘?

「あらやだわ。2人きりの時だったら何でもありじゃ無いの?男は少し甘えん坊さんの方が可愛らしいわよ?誰も見ていないんだもの。私だって覗かないから大丈夫よ?」

 甘えん坊さんの国王等想像できん。それに、祖母であり母であり姉である様なシエラに見られているなど言語道断、絶対に嫌だ。

「あら、ここ一番の素直さじゃない?ルーシュはやれば出来る子ね。」 
 楽しくて堪らないと言う様にシエラはコロコロと笑いが止まらない。

 ルーシウスはものすっごい嫌そうな顔で顔を顰めている。

 燃やされた草の後に魔法石はもう見えない。


「西側に魔物の出現が多いなら彼方あちらもキエリヤ越えでしょうね。此方こちらも集中的に探索を増やそうかしら?またまたこんなのが釣れるかもしれないし?」

「そうだな。」
 嫌そうな顔のまま心ここに有らずのルーシウス。本当は自分も一緒に行きたいんだろうにこんな時まで本音を言わない頑固な愛し子である。

「大丈夫よ。サタヤ村の教育はそれは厳しいから。生きるか死ぬかの中にいたんだもの生き残る術にあの子は長けているわ。何なら近衛と同じ位の経験は積んでいると思うわよ?戦闘に向かない私だって村を出てここまで一人で来れたのよ?」
 ポンッとルーシウスの肩を叩く。

「剣を抜いて戦うより、命懸けで魔力を出すより、出したい手を引く事の方が腹の底に来るとは知らなかったよ。」
 月夜の明かりが照らす中、ルーシウスの本音が一つポロリと落ちる。それを笑い飛ばすでも無くシエラはただ幼子をあやす様に背を撫でるのだった。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

冷宮の人形姫

りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。 幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。 ※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。 ※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので) そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。

【完結】父が再婚。義母には連れ子がいて一つ下の妹になるそうですが……ちょうだい癖のある義妹に寮生活は無理なのでは?

つくも茄子
ファンタジー
父が再婚をしました。お相手は男爵夫人。 平民の我が家でいいのですか? 疑問に思うものの、よくよく聞けば、相手も再婚で、娘が一人いるとのこと。 義妹はそれは美しい少女でした。義母に似たのでしょう。父も実娘をそっちのけで義妹にメロメロです。ですが、この新しい義妹には悪癖があるようで、人の物を欲しがるのです。「お義姉様、ちょうだい!」が口癖。あまりに煩いので快く渡しています。何故かって?もうすぐ、学園での寮生活に入るからです。少しの間だけ我慢すれば済むこと。 学園では煩い家族がいない分、のびのびと過ごせていたのですが、義妹が入学してきました。 必ずしも入学しなければならない、というわけではありません。 勉強嫌いの義妹。 この学園は成績順だということを知らないのでは?思った通り、最下位クラスにいってしまった義妹。 両親に駄々をこねているようです。 私のところにも手紙を送ってくるのですから、相当です。 しかも、寮やクラスで揉め事を起こしては顰蹙を買っています。入学早々に学園中の女子を敵にまわしたのです!やりたい放題の義妹に、とうとう、ある処置を施され・・・。 なろう、カクヨム、にも公開中。

虐げられた令嬢、ペネロペの場合

キムラましゅろう
ファンタジー
ペネロペは世に言う虐げられた令嬢だ。 幼い頃に母を亡くし、突然やってきた継母とその後生まれた異母妹にこき使われる毎日。 父は無関心。洋服は使用人と同じくお仕着せしか持っていない。 まぁ元々婚約者はいないから異母妹に横取りされる事はないけれど。 可哀想なペネロペ。でもきっといつか、彼女にもここから救い出してくれる運命の王子様が……なんて現れるわけないし、現れなくてもいいとペネロペは思っていた。何故なら彼女はちっとも困っていなかったから。 1話完結のショートショートです。 虐げられた令嬢達も裏でちゃっかり仕返しをしていて欲しい…… という願望から生まれたお話です。 ゆるゆる設定なのでゆるゆるとお読みいただければ幸いです。 R15は念のため。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

我儘令嬢なんて無理だったので小心者令嬢になったらみんなに甘やかされました。

たぬきち25番
恋愛
「ここはどこですか?私はだれですか?」目を覚ましたら全く知らない場所にいました。 しかも以前の私は、かなり我儘令嬢だったそうです。 そんなマイナスからのスタートですが、文句はいえません。 ずっと冷たかった周りの目が、なんだか最近優しい気がします。 というか、甘やかされてません? これって、どういうことでしょう? ※後日談は激甘です。  激甘が苦手な方は後日談以外をお楽しみ下さい。 ※小説家になろう様にも公開させて頂いております。  ただあちらは、マルチエンディングではございませんので、その関係でこちらとは、内容が大幅に異なります。ご了承下さい。  タイトルも違います。タイトル:異世界、訳アリ令嬢の恋の行方は?!~あの時、もしあなたを選ばなければ~

お飾り王妃の受難〜陛下からの溺愛?!ちょっと意味がわからないのですが〜

湊未来
恋愛
 王に見捨てられた王妃。それが、貴族社会の認識だった。  二脚並べられた玉座に座る王と王妃は、微笑み合う事も、会話を交わす事もなければ、目を合わす事すらしない。そんな二人の様子に王妃ティアナは、いつしか『お飾り王妃』と呼ばれるようになっていた。  そんな中、暗躍する貴族達。彼らの行動は徐々にエスカレートして行き、王妃が参加する夜会であろうとお構いなしに娘を王に、けしかける。  王の周りに沢山の美しい蝶が群がる様子を見つめ、ティアナは考えていた。 『よっしゃ‼︎ お飾り王妃なら、何したって良いわよね。だって、私の存在は空気みたいなものだから………』  1年後……  王宮で働く侍女達の間で囁かれるある噂。 『王妃の間には恋のキューピッドがいる』  王妃付き侍女の間に届けられる大量の手紙を前に侍女頭は頭を抱えていた。 「ティアナ様!この手紙の山どうするんですか⁈ 流石に、さばききれませんよ‼︎」 「まぁまぁ。そんなに怒らないの。皆様、色々とお悩みがあるようだし、昔も今も恋愛事は有益な情報を得る糧よ。あと、ここでは王妃ティアナではなく新人侍女ティナでしょ」 ……あら?   この筆跡、陛下のものではなくって?  まさかね……  一通の手紙から始まる恋物語。いや、違う……  お飾り王妃による無自覚プチざまぁが始まる。  愛しい王妃を前にすると無口になってしまう王と、お飾り王妃と勘違いしたティアナのすれ違いラブコメディ&ミステリー

処理中です...