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41 契約の館

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 タンチラード領に入り、騎士隊の隊列は人々が待ち構える大通りへと進んでいく。

 整備された道は、優に馬車4りょう程並べて通れる広さで、タンチラード領のメインストリートとして栄えている所だ。
 大勢の領民達は各々手に大きなかめを持ち、大通りの道沿いに集まっていた。

 王家の馬車が近づくと、平伏と同時に瓶の中の水を馬車の通る道へ向かって静かに流すのである。自分達の衣が濡れてしまってもお構いなしに、小さな子供から、年寄りに至るまで皆一様に水を流す。

 馬車がゆっくりと通り行く中、人々が流す水が、まるで海の波が優しく押し寄せてくるかの様にも見えて、幻想的ですらあった。

 タンチラードは、乾燥した気候で、砂地や岩場も多い。雨が少ない為に、澄んだ湧き水は昔から領の宝として扱われて来た物である。
 タンチラードの民は結界を張り直す王の犠牲に敬意を示し、この地に訪れる王族に対しては、昔から自らの命である水を持って迎えるのを常としていた。
 ルーシウスはそう静かにサウラに話し、ジッと人々を見つめていた。

 サウラもそれに倣う。先程の余韻を引きずってしまっていて、まともにルーシウスの顔を見ることが出来ない。

 大通りを抜けると、右手へ迂回する形で王家別邸へと向かっていく。

 別邸と言っても、サウラにはお城にしか見えないから不思議だ。王都の城よりは小さいのは確かだが、造りも、大きさも城で良いと思う。

 石造りで大きな引き戸の扉から中に入ると、広く明るいエントランス、窓が多く、天井も高い。その先は中庭に出る回廊に繋がる。
 中庭に入ると、大きな噴水があって、いつも清涼な湧き水を湛えている。
 噴水を囲む様にして、回廊はあり、パーティが開かれる大広間や、幾つものゲストルームが並ぶ。

 王家の私室は更にその先だ。兵士が守り立つ奥に続く回廊を通り抜けると、緑が目に飛び込んでくる。
 ここにも小さ目の噴水があり、そこから人工の小さな小川が流れる。その周囲にタンチラード特有の木々が植えられ、木漏れ日が降る小さな林の様になっている。

 この館、城の様な建物は大理石では無いようだが、白い石材で出来ていて、窓からの日差しを受けると影になる部分が透明感のある薄い青色に見えるのだ。噴水の音、乾燥したさっぱりとした空気にこの城の風合いが清々しさを感じさせ、心が洗われるようだった。
 溜息が出る、とは正にこの事のように思われる。

 王家の私室は主寝室、執務室、ベットルームが幾つか、応接室、浴室、洗面室、食堂、ドレスルームなど王城に比べればこぢんまりとした造りとなっていた。
 
 結界石は更に奥、執務室奥にある扉から入った先にある。

 いつからか民からは、王がこの地を守ると約束を果たす為に建てた館、契約の館と呼ばれているそうである。

 ここまで案内してくれたのは結界石守りを担当するタンチラード伯爵長男ブラード・レン・タンチラードだ。
 伯爵領は長女シャーリンが継ぐが、ブラード自身は戦場に躍り出るタイプでは無く、話合いで物事を解決しようとする頭脳派である。

 髪色や、顔立ちがどこと無くカリナに似ている。背は高いが、そんなに筋肉質では無い様だ。眼鏡をかけ、薄手の長い白のローブを羽織っている。
 
 別邸内部を案内しながら、妻が2人で子供は4人だとか、自身についても良く話す位にはお喋りな様だ。

 妻が2人と言う所で驚いたサウラであるが、女性兵も多いタンチラードでは、結婚後も出兵などで子孫を残せず儚くなる事もあり、後世を残す為には昔からの習慣なんだそうな。

 ブラードは明日の儀式に関する執務も担当している。これよりルーシウスとの最終確認をするそうだ。サウラに対しても注意事項がいくつかある為、そろって、執務室に移動し、席に着く。

 ルーシウスにサウラ、カリナ、ダッフル、ブラード、帯同して来ている医師数名と共に最終確認に入る。

 結界石の間は基本王家の者しか立ち入りを許されていないが、明日はルーシウスの他に、結界石守りのブラード、王国側からの見届け人にダッフル、タンチラード側の見届け人にカリナ、番の立場としてサウラが同席する。
 医師団、近衛は執務室にて待機だ。

 同席する者に重要な注意が申し渡される。結界修正、補強時に王以外の魔力が結界石に触れる事は厳禁だ。
 例え何があったとしても、結界石の間では王の魔法発動完了後まで、絶対に魔力を使ってはならないという事だ。

 何かあったとしても、ですよ?と再三申し渡されれば肯くしか無いサウラである。

 王へは2枚の証書が渡される。儀式終了後の対応確認書だ。1枚は祝賀会用案件、1枚は葬儀に至るまでの対応案件。全く対極にある案件を、王自身が目を通す。

 タンチラードにおいて、結界補強の儀式自体数年越しの事である。結界強度によっては数十年執り行われない事もあるのだ。数年振りの慶事に領内が湧くのは無理からぬ事だろう。大いに祝い領内を活気づけてもらいたいものだ。
 
 そして、もう1枚、こちらは運悪く王が儚くなってしまった時のものだ。自身の死後の事を決めなくては行けないとは、何とも複雑な気分だが、こちらには残される家族やサウラがいる。後の者が困らない様に話し合うのは悪いことではあるまい。
 が、サウラの顔色が徐々に色を無くしていく所を見て、しまったと思い直すのである。

 異変に気がついたカリナに連れられ、サウラは早めに執務室を辞した。













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