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40 西の結界領到着

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 ガタゴト、ガタゴト馬車は停まらず進んで行く。

「 前方から狼煙のろしが上がっています。」
 先行していた兵が、ダッフルに報告を伝えに来る。

 前方の林右手より、細長く上空に一筋の白い狼煙が目視できた。そろそろタンチラード領付近のはずである。
出迎えの騎士隊が近く待機している手筈になっている。

何処いずこの旗かを確認せよ。」
「はっ」
 短く答えると、騎馬兵は前方へと急ぐ。


 泣き止むまで抱きしめられたまま、またも頭を撫でられ続けていたサウラ。外の風や馬車、自分とも違うこの香りは、ルーシウスのものだろうか?

「陛下、お寛ぎの所申し訳ありません。前方林付近より、白い狼煙を確認しました。」
 馬車の後方より声がかかる。その位置では中は見えない。

「どこの旗だ?」

 触れているルーシウスの胸元から、直接低い声が響いて来る。

「対の蛇です。」
 
 一対の蛇の旗、2匹の蛇が輪の様に重なり合って追いかけている、タンチラード領の印だ。
 どうやらタンチラード領の東領域まで到着した様だ。

「着いたな。」
 ルーシウスは名残惜しそうに、ポツリと呟く。

「ただ今、カリナ嬢が、かの隊へ赴きましてございます。」

 あと少し進めばタンチラード領だ。直ぐにでも別邸に赴くことになろう。ゆっくりとこの領地を見せてやれ無い事は非常に残念ではあるが、今はこの手の温もりだけで満足すべきだ。

「サウラ、タンチラードに着く。着いたらば王家所有の別邸に留まる事になる。そのまま準備に取り掛かり、明日には儀式を取り行うだろう。」

 胸の中のサウラが、コクリと肯く。

「別邸に着いたら、其方そなたはゆっくりと寛いでおけ。領内を見せてやれないのは残念だが、時間がないのでな。」

 別邸とは言っても、その離れに結界石が安置されているのだ。結界石の補強の為に、しばし王が滞在する為にある館のことである。
 結界石を安置している建物は、建国時に石造りで作られた当時のままで、数百年もの歴史を持つ。ほぼ痛みも見られないので、当時の風格をうかがい知ることができる唯一のものだ。
 館はその後都合が良いと建てられ、何度か建て直されてもいる。

 別邸の中には結界石守りが常駐している。館の管理は勿論だが、名実ともに結界石の守護である。それは各領内の采配に任されており、タンチラード領に於いては、領主の血筋の中から選ばれた者の役目となる。

「陛下、カリナでございます。」

 馬車がゆっくり停まると、外からカリナの声が聞こえてきた。
 
 カリナの声を聞き、ビクッとサウラの身体が反応する。

 もしや、このまま馬車を開けられたのならば、ルーシウスに抱き留められている所を見られてしまうのでは? けれども、自分から離れて良いのか、このまま居なければならないのか、サウラには判断が付かない。今までも離れるタイミングが全く分からず、ずっとこのままの姿勢で来てしまった。
 この状況下を把握してから冷静になればなるほど、どんどん言い出せなくなるから不思議だ。

「サウラ、時間だ。」

 ルーシウスの方がサウラから離れる。やはり、名残惜しそうに髪を触ってはいるのだけど。

「何用か。」
 そっとサウラの身体を起こすルーシウス。

「我がタンチラード辺境伯領騎士団一同、陛下にご挨拶申し上げます。」

 ルーシウスは外に出る。馬車の傍にはダッフルが控えており、降りて来たルーシウスの肩に王のマントを掛ける。サウラはそのままそこにいる様にと、手で制されてしまった。

 カリナを先頭に騎士団と思き一団がルーシウスの前にひざまずく。
 皆一様に、肩に黄色のとても短い肩掛けの様なマントを掛け、揃いの胸当てに、剣を持っている様に見えた。マントの左肩には蛇が描かれた紋が刺繍してあるのが見える。タンチラード特有の風貌のものが多いが、髪色は明るかったり、暗かったり、中には他民族であろうと思われる者もいる。そして、一団の中に、女性も何人もいる様で驚きだ。

「陛下、恙無つつがなくお越しになられました事、心よりお喜び申し上げます。我ら一団この身に代えましても、陛下の御身をお守り致します。」

 タンチラード領の騎士の数はこれだけでは無い。主な兵士が、ほぼ国境付近に遠征中の為、王を迎える兵も多くは割けなかったのだ。
 本来ならば、結界の補強と言う喜ばしい慶事の前に、盛大に王一行を迎え出なければならないはずであった。
 小隊とも言える出迎えの規模の小ささから、王家に対する不敬を問われていてもおかしくはない事態ではある。
 
「出迎えご苦労。カリナ嬢、其方も長旅ご苦労であった。其方らの忠義を嬉しく思う。」
 当のルーシウスは全く問題視にもしていないが。

「はっありがたきお言葉にございます。陛下をお迎えするにあたり、恥ずかしい限りでは有りますが、領民一同、父も陛下のご尊顔を拝せる日を心待ちにしておりました。」

「タンチラード伯は相変わらずの様だな。」

「姉もでございます、陛下。」

「健勝で何よりな事だ。」
 爽やかな笑顔で王は答える。

「お疲れもございましょうが、入領の際には大通りを通ります。もう少しご辛抱くださいませ。」

「後は其方らに任せよう。良き様に計らえ。」


 タンチラード領騎士団を先頭にルーシウスとサウラを乗せた馬車は続く。

 西の結界石へ。
 
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