上 下
16 / 143

16 心の平穏

しおりを挟む
 無かった事にしたい。非常に無かった事にしたい。

 心の中で叫び声を上げつつ、まだ静かな朝の廊下をサウラは疾走する。
 
 殆ど知らぬと言ってもいい人に、それも異性になんて、泣き顔を見られた日には落ち着いて挨拶などしてる場合ではないと思う。


 昨日の事は本当に不意打ちだった。あんなに自分が涙もろいなんて思わなかったし、人前で泣くのだって両親が死んだ時が最後だし、子供の時だって負けず嫌いなのか、虐められてもやり返そうとしていたし。大人しく泣いている子供では無かった。

 いや、今は最早子供ではない。子供では無いから余計に恥ずかしいのだ。

 昨日の昼、あれからルーシウスは残りの政務があると立ち去ってしまった。
 サウラは部屋に戻り食器を片付け、イルーシャが送ってくれた布を丁寧に洗った。
 何かしていなければ泣き顔を見られた事を思い出し落ち着かないし、この部屋では殆どやる事がないのだ。
 
 常にアミラを始め数名の侍女が控えているし、困り事があって相談すると、嬉々としてサウラの代わりに片付けてしまうのだ。
 部屋の片付けといっても、サウラの物ではないので、城から借りているような物だろう。

 部屋を使わせてもらっているお代に、掃除などを分担させてくれれば良いのにと思っていても、サウラに付け入る隙を見せない侍女達はとても優秀だったのだ。

 結局手持ち無沙汰と羞恥心から逃げる様に昨夜は早めに就寝してしまった。ので、朝は早く目が覚める。まだ外は薄明かりだ。

 素晴らしいベッドはありがたいが、この部屋の広さ、調度品は身の丈に合っていない。此処にいる事に慣れたとはいえ、ほっと息をつく事は出来ない。

 洗面のために鏡を見る、昨日泣き腫らした為か瞼が腫れぼったい様な気がする。
 また思い出してしまった。これから行かなければいけないのに思い出すなんて、なんて事。

 見苦しい所をお見せしてごめんなさい、と言えば良いのか、慰めてくれてありがとう、と言えば良いのか、悶々と考えている間に時は過ぎる。
 

 今日のサウラは無言であった。


 考えても答えは出ず、時は過ぎるばかりなり。ならば強行突破と行こう。
 心に、ふん、と気合いを入れて、ルーシウスの部屋へ行く。
 仕事を放棄する事は許されない事だろうから。

 ルーシウスは既に起きて応接室に座して寛いでいた。ガチャリと入室して来たサウラを見ては、嬉しそうにおはようと声をかける。

 瞬時ピタッと動きが止まるサウラだが、直ぐにつかつか、と進み出て座するルーシウスの額の前に手を掲げる。毎朝の回復魔法である。
 
 ルーシウスの前に立つがその瞳を見る事はできなかった。
腫れた瞼を見られたくなくて目を逸らす。光が消失する迄は、そのままの体制で固まった様に動かないサウラ。

「サウラ一緒に…」
 光が消えるや否やルーシウスが言いかけの言葉も聞かずに、クルッと向きを変え逃げる様に出て来てしまった。

 無理だ。平静を保てそうにない。心臓がバクバクしてる。昨日の事を思い出したら平気な顔をして一緒の部屋に居られなかった。
 何か言いかけていたけど無視してしまった。[貴族共通礼儀作法]本によると、これは不敬になるのではないか?投獄されたらどうしよう?

 落ち着かなくては。明日からも仕事はあるのだから。今直ぐに精神統一がしたい。鍛錬場が地下にあったはず。いつでも利用していいって言われているし、少し身体を動かして落ち着いて来よう。

 サウラは一目散に鍛錬場へ向かったのだ。 

 鍛錬場は地下にあり円形の室内は石造の壁で数カ所入り口がある。床は土で目の細かい物が敷き詰められ押し固められていた。

 サウラはベージュ地のボックスプリーツから黄色の花柄が見えるワンピースにブーツだ。少しスカート部分をたくし上げれば動くのに不便はない。

 壁にかかる木剣を手に取る。他に数名訓練をしている騎士がいて、木剣の当たる音や、掛け声、土を擦る音が聞こえてくる。

 サウラもその一画に陣取りフゥゥ、と息を吐き切る。木剣の重さを確かめる為、身体に這わせるように木剣を振る。物は違うが慣れ親しんだ木の感触に心が落ち着いてくるのがわかる。

 木剣を手にした所で、周囲から奇異な目で見られている事に気が付いていないサウラに、え、姫さまが?なんで?との呟きも聞こえはしなかっただろう。

 しばらく空を繰り返し、切る。


 サタヤ村には学校と言うものがない。しかし、子供達は全て共通語の習得、計算など生きて行くために必要なものは必ず会得させる慣しがある。

 生きて行くと言う面では、体術、剣術、狩猟等、山で魔物や獲物にあった時、他者に襲われた時の対処術を加えて必ず体得する必要があったのだ。

 サウラも字を覚えて行くとともに、体術、剣術に親しみ、日々の日課にもしていたものだった。我を忘れ集中する事で、心を落ち着けさせるには持って来いの方法であった。
  
「へぇ。」

 兵士達が遠巻きで見つめる中に、目を見張ってサウラを見つめている者がいた。

 集まって来つつある他の兵士を手で制し、サウラに声をかける。

「お相手しましょうか?姫様。」

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

冷宮の人形姫

りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。 幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。 ※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。 ※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので) そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。

【完結】父が再婚。義母には連れ子がいて一つ下の妹になるそうですが……ちょうだい癖のある義妹に寮生活は無理なのでは?

つくも茄子
ファンタジー
父が再婚をしました。お相手は男爵夫人。 平民の我が家でいいのですか? 疑問に思うものの、よくよく聞けば、相手も再婚で、娘が一人いるとのこと。 義妹はそれは美しい少女でした。義母に似たのでしょう。父も実娘をそっちのけで義妹にメロメロです。ですが、この新しい義妹には悪癖があるようで、人の物を欲しがるのです。「お義姉様、ちょうだい!」が口癖。あまりに煩いので快く渡しています。何故かって?もうすぐ、学園での寮生活に入るからです。少しの間だけ我慢すれば済むこと。 学園では煩い家族がいない分、のびのびと過ごせていたのですが、義妹が入学してきました。 必ずしも入学しなければならない、というわけではありません。 勉強嫌いの義妹。 この学園は成績順だということを知らないのでは?思った通り、最下位クラスにいってしまった義妹。 両親に駄々をこねているようです。 私のところにも手紙を送ってくるのですから、相当です。 しかも、寮やクラスで揉め事を起こしては顰蹙を買っています。入学早々に学園中の女子を敵にまわしたのです!やりたい放題の義妹に、とうとう、ある処置を施され・・・。 なろう、カクヨム、にも公開中。

虐げられた令嬢、ペネロペの場合

キムラましゅろう
ファンタジー
ペネロペは世に言う虐げられた令嬢だ。 幼い頃に母を亡くし、突然やってきた継母とその後生まれた異母妹にこき使われる毎日。 父は無関心。洋服は使用人と同じくお仕着せしか持っていない。 まぁ元々婚約者はいないから異母妹に横取りされる事はないけれど。 可哀想なペネロペ。でもきっといつか、彼女にもここから救い出してくれる運命の王子様が……なんて現れるわけないし、現れなくてもいいとペネロペは思っていた。何故なら彼女はちっとも困っていなかったから。 1話完結のショートショートです。 虐げられた令嬢達も裏でちゃっかり仕返しをしていて欲しい…… という願望から生まれたお話です。 ゆるゆる設定なのでゆるゆるとお読みいただければ幸いです。 R15は念のため。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

我儘令嬢なんて無理だったので小心者令嬢になったらみんなに甘やかされました。

たぬきち25番
恋愛
「ここはどこですか?私はだれですか?」目を覚ましたら全く知らない場所にいました。 しかも以前の私は、かなり我儘令嬢だったそうです。 そんなマイナスからのスタートですが、文句はいえません。 ずっと冷たかった周りの目が、なんだか最近優しい気がします。 というか、甘やかされてません? これって、どういうことでしょう? ※後日談は激甘です。  激甘が苦手な方は後日談以外をお楽しみ下さい。 ※小説家になろう様にも公開させて頂いております。  ただあちらは、マルチエンディングではございませんので、その関係でこちらとは、内容が大幅に異なります。ご了承下さい。  タイトルも違います。タイトル:異世界、訳アリ令嬢の恋の行方は?!~あの時、もしあなたを選ばなければ~

お飾り王妃の受難〜陛下からの溺愛?!ちょっと意味がわからないのですが〜

湊未来
恋愛
 王に見捨てられた王妃。それが、貴族社会の認識だった。  二脚並べられた玉座に座る王と王妃は、微笑み合う事も、会話を交わす事もなければ、目を合わす事すらしない。そんな二人の様子に王妃ティアナは、いつしか『お飾り王妃』と呼ばれるようになっていた。  そんな中、暗躍する貴族達。彼らの行動は徐々にエスカレートして行き、王妃が参加する夜会であろうとお構いなしに娘を王に、けしかける。  王の周りに沢山の美しい蝶が群がる様子を見つめ、ティアナは考えていた。 『よっしゃ‼︎ お飾り王妃なら、何したって良いわよね。だって、私の存在は空気みたいなものだから………』  1年後……  王宮で働く侍女達の間で囁かれるある噂。 『王妃の間には恋のキューピッドがいる』  王妃付き侍女の間に届けられる大量の手紙を前に侍女頭は頭を抱えていた。 「ティアナ様!この手紙の山どうするんですか⁈ 流石に、さばききれませんよ‼︎」 「まぁまぁ。そんなに怒らないの。皆様、色々とお悩みがあるようだし、昔も今も恋愛事は有益な情報を得る糧よ。あと、ここでは王妃ティアナではなく新人侍女ティナでしょ」 ……あら?   この筆跡、陛下のものではなくって?  まさかね……  一通の手紙から始まる恋物語。いや、違う……  お飾り王妃による無自覚プチざまぁが始まる。  愛しい王妃を前にすると無口になってしまう王と、お飾り王妃と勘違いしたティアナのすれ違いラブコメディ&ミステリー

処理中です...