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10 冬季の村は戦場 2

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 準備が整った男達は何台かの荷馬車に荷をたっぷりと積んで、村に残る家族や恋人達との別れを惜しんでから出発となる。
 冬季には急速に寒気を呼び、さっきまではポカポカだったのに一刻を置かずに雪が降り出したりもする。

 村から金鉱山までは距離はさほど遠くはないが、急な天候の変動やら多量に積み込んだ荷物の強奪に対抗する為に、傭兵団も同道する事になっていた。流石は各国を渡り歩く傭兵達で、環境の変化に対する対処も素早く柔軟なのだ。村民もそんな彼らが居るからこそ鉱山への道のりを安心して移動でいていた。

 村を出て行く男達に、残る者達の声がいつまでも追いかけて行く。振り返って手を振って行く者や振り返りもしない者、反応はそれぞれだが皆んな気持ちは一緒だろう。
  
 今季も事故の無い様に、村に帰る事が出来ますように……かつての悲惨な事故を知る者達だからこそ、尚更に心に深く願って男達は鉱山を目指すのだった。


「行っちゃった…………」

「そうだね…」

 クリスもライザと共に村の入り口まで最初の村民達を見送った。この日だけはどうしても二人は未だに笑顔にはなれそうにも無い。普段クリスには我儘一杯接しているライザでさえも多くは語らず、金鉱山に篭る男達が歩いて行った方をただただじっと見つめているだけだった。

「……定期的に様子は見に行くよ。俺も、傭兵団も……」

「………」

 大勢で鉱山に押し寄せる余裕は鉱山側にも無いが、定期的なものや領主からの重要な連絡などを村に残っている村民達が担当するために、鉱山の中の様子も伺う事が出来るのだ。だから心配は要らない、とクリスはライザに付け加えた。

「……熊の毛皮を預かっている。ライザの家に運ぶからもう家に入ろう?君が望んでいた様に物凄く素晴らしい出来だったよ。」

 じっと金鉱山を見つめて動かないライザをクリスはそっと家の方へと促した。驚く程空気が冷たくなっているのが嫌でも分かる。あと数刻したら、ここら一帯は雪に覆われる事になるだろう。

「絶対に皆んな、無事に帰って来てね…
早く………もう、こんな思いをしなくてもいいように……」

 ポツリ、とライザは呟いてからゆっくりと踵を返し、クリスと共に家の方へと向かって行った。




「ね?いい出来だろう?」

 クリスが言った様に、傭兵団団員が仕上げてくれた熊の毛皮の仕上がりは見事なものだった。若い雄のヒグマは毛足が長くフカフカとしていて温かく、艶やかであった。

「あったかい……これなら……」

「温かいだろう?気に入った?」

 冬季には良い思い出という思い出も全て吹っ飛んでいく程嫌な事があったクリスとライザであるが、クリスはこの時期だけは少しライザの心に近づけた様な気がして真っ向から嫌う事ができないでいる……

「…ん?…えぇ、そうね……役に立ってくれると思うわ…」

「……?…ライザ?」 

 どこかいつもと様子が違う?

「なんでも無いわよ?それより、明日は雪が積もりそうだわ。朝から忙しくなるんでしょ?今日のうちに出来ることやっておいたら?」

 そうなのだ、既に雲行きも怪しくてもうすぐ雪が降るだろう。その前にライザが言うようにクリスがやるべき事は山の様にあった。

「そうだね。俺、行ってくる。」

「ええ、気をつけて。」

 クリスを送り出してくれたライザはいつもの笑顔をクリスに向けてくれる。それだけでもクリスはホッと安心する事が出来た








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