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144.決意 5[完]

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 リリー達を襲った魔物が動き出す。強大な魔力を持つリリーを飲み込んだ安心からか今回の動きはゆっくりである。が、油断は禁物。何しろ魔力も剣もほぼ通らない剛健な肉体を持つ魔物なのだから。その魔物から王太子の番メリアンを守らなければならないのだ。気合十分といえども見通しは絶望的であった……

「さあ、行ってこい。なかなかここは面白かった…あとは帰って、お前達が言う様に国が滅びる前に姿でもくらまそうかな。そうすればゆっくりと遊べるしな。」

 とことん下衆である。もう騎士の誰一人もバリートとの会話をしようとは思わなかった。

 魔物が動く、その身体をバネの様にしならせて今にもメリアンに飛びかからんとして大口を開けた。
 
 ザッと騎士達は身構えた。ありったけの魔力を魔物にぶつけるつもりで各自得意な技を練り上げていくのだ。

 まるでスローモーションの様に見えたに違いない。メリアンの元に着く前に魔物の大口の中に全ての騎士が魔力を叩き込もうとしていた。誰もが魔物は地上にいるメリアンの元に口を運ぶものだと疑わなかった。

 けれども、魔物は宙を舞う…

「………!?」

「…………っ!」

「……なっ………」

 何が起こったのだろうか…巨体はメリアンを呑み込む筈であっただろうに、その大口に呑み込んで行ったのは余裕綽々とこの場を見物しようとしていたバリートであった。腹の奥底へバリートを呑み込んだ魔物は口をしっかりと閉じメリアンを避けた地面に頭から突っ込みそして消えていった。





ーーーーーーーーー




「まっっっったく!こんなつもりならば私には話してくれていたって良かったではありませんか!」

 少し髪が伸びたであろうノルーは文句タラタラで、それでも声の音量を最大限に絞って文句を言いつつも甲斐甲斐しく立ち働く。

「すまない。言う時間が無かったんだ。」

「いいえ、ありましたよ?絶対に。」

 仕える主人に向かって口煩く小言を言うのはよろしくない。そんな事は分かっている。が、どうしても言わずにはおられないではないか。

「大体貴方は言葉が足りないのです。それは仕方がないかもしれませんが、お一人で何でも出来るなど思わないでいただきたい。今回だってお一人じゃさぞ心細かったでしょう?」

 主人の腕に抱かれ優しくも力強く身体を動かしているのはまだ生まれたての赤子だ。産湯に入れてもらい綺麗にしてもらった子をリリーはなんとも言えない表情で見つめつつ大切そうに両腕に包み込んでいる。お産を手伝った産婆は既に帰り今家と言うよりは小さな小屋でノルーはリリーと共に二人でこの小さな子の顔を覗き込んでいた。

 柔らかそうで弱そうだが意外に蹴り上げる力は強い。逞しい子だ。

「さ……リリー少し横になってください。身体を休める事も大切な事ですよ。でなければお子を取り上げますからね?」

 ただでさえ常に結界を張り続けているリリーには強制的にでも休養を取らせようとノルーも躍起になっていた。

「分かったよ。」

 一仕事終わったばかりの身体には休養は必須である。素直に床に着いたリリーにホッと胸を撫で下ろしノルーは諸々の後片付けを続行した。

 奇跡の様な出来事だと思う。あの時、魔物にリリーの精神支配が効いたから勝機が上がった。魔物に呑まれた直後にリリーは二人分の結界を素速く張り、魔物に精神支配をかけた。バリート自身を呑み込んでこの地から魔物を遠ざける為に。魔物に自意識が無ければ無謀な策だったかもしれない。が、魔物とバリートとの関係からやってみる価値があると思った。功は奏し魔物にバリートをも呑み込ませあの場を納めたのだ。
 魔物の腹からバリートは帰らなかった。ランクースからもゼス国にバリートの行方について問い合わせもない事から、もしや程の良い厄介払いができたとでも思われているのかもしれない。
 あの後メリアンは無事にゼス国王城に帰還した様だ。その場を離れて王都から身を隠してしまったリリーは後からノルーに事の顛末を聞くことになったのだが。

 リリーの行方もある騎士と共に不明と言う事になっている。あれだけ派手に騎士達の前で魔物に飲み込まれたのだから生死不明であってもおかしくはない。
 けれども今リリーはその腕に愛する我が子を抱いている。身体を横にしながらも大切そうにその身から離すまいと側にいる。

 避妊薬を飲まなくなったリリーはアーキンとの間に子を設けていた。かつては要らないといっていた新しい命…これは命懸けでリリーに相対するアーキンへのリリーなりの誠実な答えだそうだ。本当の番になってやる事は今もできないが自分はアーキンのものだと言う証が欲しくなったのだとか。

 小言を吐きながらもノルーはずっと耐えている事がある。気合を入れて手を動かしていないと涙腺が崩壊してしまいそうで仕方がない。言いたくもないのにリリーには小言を吐いて…

 ずっと、ずっと見たかったものは…

「来てたんですか?」

 大体部屋を片付け終わった時に小屋のドアが開きアーキンがビックリした様な顔を見せた。

「ええ、来てましたよ?主人の一大事に側に居ない従者など失格ものでしょう?」

 一大事の所でアーキンの目が大きく開く。手に持っていた獲物はそのまま床に落として一目散にリリーの所に飛び込んできた。

「そんなに焦るな、驚くだろう?」

 リリーの腕の中には小さな小さな命。

「………産まれて…………」
  
 放心状態から徐々に表情が戻ってきたアーキンは顔をくしゃくしゃにしてゆっくりと、長くなった紫金色の髪をかき上げながらリリーの頭をそっと抱いた。 

「これでも安産だったのですって。けど少しは休養が必要ですからね?父君殿?」

「愛してる……愛してるよ、リリー……なんて可愛いんだ……愛してる………」

 アーキンの睦言を背にノルーはアーキンが獲って来たであろう獲物を手にして静かに小屋を出た。これを捌いて精の付く物をリリーに作って差し上げよう。

 陛下、申し訳ありませんでした。リリーを側に置きたいが為に番を持たせたく無いと言っておられたそのお心、叶えることができませんでした。ミライエ様ご覧ください。ご子息はこんなに立派に幸せそうにしております。アーキン殿の様に強い騎士を得られてお子も設けて何の心配もいりません。このノルーは今後サシュ様も同様にお守り致しましょう。

 小屋の扉を閉めた瞬間、それはそれはリリーの幸せそうな綺麗な顔がノルーの目に飛び込んできて、涙で霞んきたノルーの瞳にしっかりとそれは刻み込まれた…






-----------完----------


  
 長らくお付き合い下さりありがとうございました。
 楽しんで頂けましたら幸いです。
 


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