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76.婚約者の訪問 1
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嫌な、夢を見た……
夜明け前に目覚めてみれば案の定まだここは王城で、バッチリと昔の事を思い出して夢まで見た様だ。
「リリー?」
主人の名前を静かに呼ぶ…規則正しい寝息が聞こえている限り良く寝入っている様で安心する。ノルーの体調はもう問題ない…どうやら当事者よりも主人に付き従い守らなくては行けない従者の方が今もあの時も弱々しいとは些か情けないものがある。苦笑を漏らしてノルーは入浴の準備をして朝の支度に入った。今日もリリーには仕事があるのだから。
「体調はどうだ?」
「はい。もうすっかりです。リリーは良く休めました?」
「まぁな…」
身支度を整え早めの朝食を摂った後本日は第一騎士団と合流する予定だ。ミルカに言われた王族が絡むΩの失踪事件について策を練らなければらないだろう。リリーの婚約者についても何らかの対策を講じなければアーキンも納得などできないはずだ。
「リリー…」
「ん?」
リリーは食事を摂りながら少々お行儀が悪いが他の騎士団からの報告書に目を通している。
「大丈夫でしたか?」
リリーのためのお茶を入れながらノルーは聞いてみた。昨日の様に王太子と対峙するのも随分と久しぶりであった。が、一見リリーは平静を保っていて過去の出来事には囚われていない様にも見える。当時は酷く、ショックを受けていただろうに…
「は……はっきり言って気にしてるのはお前位だからな?」
「はい?」
「兄上は私の事など眼中にないはずだ。」
「そんな事は…」
王太子は少なからずリリーを気にしている体面をとっていたでは無いか。
「縁の薄い家族と言う以外にはと言う意味だ。」
「リリー…」
「だから私だとて割り切っている。ノルーだとてわかっているだろう?」
割り切れているから平気な顔で騎士団長達を相手にしてきたと言うのに。
「…そう、でしたね…えぇ、今はアーキン殿がいますしね?」
「お前ね……直ぐにアーキンに結びつけるの、止める様に…!」
口調は厳しめでも仄かに頬が紅潮してますよリリー、と言いたい所をノルーは飲みこむ。
「わかりました。以後気をつけます。」
そして今朝届いた箱をリリーの前にすっと差し出した。
「これは?」
「御言い付けのあったネックガードです。」
箱の中には一目で高級な皮を使っていると分かる黒い革製のネックガードが治められている。
「皮の中の頸に当たる部分には金属板入りです。柔軟性がある物を選びましたので動作時には問題はないかと。鍵はこちらです。」
前面を見ると鍵の替わりに黒い宝石が埋め込まれていた。
「こちらをつけた後、リリーの魔力を通す事で鍵がかかります。解錠は平常時のリリーの魔力でしか開ける事はできません。」
これだと発情期に流されてアーキンに噛め、と迫る事もできない事になる。
「婚約者候補殿も入国する様ですからね、常時付けておいてもよろしいかと。」
リリーがそんじょそこらのαに組み敷かれるとも思えないのだが、念には念を入れて、だ。
「鍵の部分は黒翡翠です。付けてみますか?」
「そうだな。」
「少し、地味だったでしょうか?リリーの髪と瞳の色に合わせたのですが…」
「何色でも…何でも構わない。使えるならそれでいい。ノルー行くぞ。」
何事もない様にリリーはガードを付けると自身の魔力を通して行く。黒い皮がリリーの白い素肌の上でその存在感を醸し出す。初めて付けたガードはキュッと絞まるフィット感がまるで自分の気を引き締めてくれている様な気がする物だった。
ゼス国が抱えている騎士団は、王城そのものの護りである近衛騎士団とΩを護るために存在する対魔法騎士団。規模にすると圧倒的に近衛騎士団とそれに追随する騎士団の方が騎士団数も在籍騎士数も桁違いに多い。どの騎士団も主に城を拠点とするが、国境沿いを護るために常時は主要拠点に点在し常駐している騎士達も多数いた。
それぞれの騎士団本部は王城内の城門に近い所に設置されている。
「第1は誰が残っている?」
いつもの様にフードを被り対魔法騎士団本部へとノルーを伴ってリリーは移動する。対魔法第1騎士団は西の国ランクースに騎士達を潜伏させる任務の為に今の彼らの拠点は西側になるのだ。
「はい。彼方にはリンス殿が常駐して動かれていますので…忙しい事でしょうが、ショーバン殿はレイ殿に合わせて行ったり来たりになりますね。」
対魔法第1騎士団団長ジーン・ショーバンにも副官は付いていて、シビト・リンスという26歳のαだ。番を持つ団長は発情期には番に寄り添って任務から外れてしまう。その為に忙しい事この上ないないが、団長の開けた穴を見事に埋めて見せる副官達もまた優秀な者ばかりだ。
「まずはジーン以下残っている団長を会議室へ。」
「わかりました。では、私が呼びに参ります。リリーは先にどうぞ。」
王城内であれば警備は万全といえる。ノルーも時にはリリーと別行動をとるのだ。
「それとも少し訓練の見学に参りますか?」
「そうだな…」
騎士団としても個々の技量も常に最善を尽くした状態にしておきたいものなので時には抜き打ち的に指導に入る事も必要だろう。
広々とした午前の訓練場は土埃を上げながら王城に残っていて警備に当たっていない騎士達が腕を磨く鍛錬の時間になっている。筋骨逞しい騎士達が身体と魔力でぶつかり合い日々己を研磨して行くのだ。
「あぁ、いますね。第2に第3の合同です。」
やはり第1騎士団の面々はここには居ない様だ。セロントから帰ってきた第2と王都周辺で任務に当たっていた第3騎士団が訓練をしていた。区切られたスペースの他所では近衛の面々だろう。
「流石は対魔法騎士団ですね?いつ見ても近衛とは動きが違いますから。」
1人鼻高々とノルーは感想を述べた。近衛騎士団はαの騎士も多いがそれ以上にβの騎士で編成されているからだ。
「いましたね…」
リリーが見ている所、そこにリリーの番がいる。
夜明け前に目覚めてみれば案の定まだここは王城で、バッチリと昔の事を思い出して夢まで見た様だ。
「リリー?」
主人の名前を静かに呼ぶ…規則正しい寝息が聞こえている限り良く寝入っている様で安心する。ノルーの体調はもう問題ない…どうやら当事者よりも主人に付き従い守らなくては行けない従者の方が今もあの時も弱々しいとは些か情けないものがある。苦笑を漏らしてノルーは入浴の準備をして朝の支度に入った。今日もリリーには仕事があるのだから。
「体調はどうだ?」
「はい。もうすっかりです。リリーは良く休めました?」
「まぁな…」
身支度を整え早めの朝食を摂った後本日は第一騎士団と合流する予定だ。ミルカに言われた王族が絡むΩの失踪事件について策を練らなければらないだろう。リリーの婚約者についても何らかの対策を講じなければアーキンも納得などできないはずだ。
「リリー…」
「ん?」
リリーは食事を摂りながら少々お行儀が悪いが他の騎士団からの報告書に目を通している。
「大丈夫でしたか?」
リリーのためのお茶を入れながらノルーは聞いてみた。昨日の様に王太子と対峙するのも随分と久しぶりであった。が、一見リリーは平静を保っていて過去の出来事には囚われていない様にも見える。当時は酷く、ショックを受けていただろうに…
「は……はっきり言って気にしてるのはお前位だからな?」
「はい?」
「兄上は私の事など眼中にないはずだ。」
「そんな事は…」
王太子は少なからずリリーを気にしている体面をとっていたでは無いか。
「縁の薄い家族と言う以外にはと言う意味だ。」
「リリー…」
「だから私だとて割り切っている。ノルーだとてわかっているだろう?」
割り切れているから平気な顔で騎士団長達を相手にしてきたと言うのに。
「…そう、でしたね…えぇ、今はアーキン殿がいますしね?」
「お前ね……直ぐにアーキンに結びつけるの、止める様に…!」
口調は厳しめでも仄かに頬が紅潮してますよリリー、と言いたい所をノルーは飲みこむ。
「わかりました。以後気をつけます。」
そして今朝届いた箱をリリーの前にすっと差し出した。
「これは?」
「御言い付けのあったネックガードです。」
箱の中には一目で高級な皮を使っていると分かる黒い革製のネックガードが治められている。
「皮の中の頸に当たる部分には金属板入りです。柔軟性がある物を選びましたので動作時には問題はないかと。鍵はこちらです。」
前面を見ると鍵の替わりに黒い宝石が埋め込まれていた。
「こちらをつけた後、リリーの魔力を通す事で鍵がかかります。解錠は平常時のリリーの魔力でしか開ける事はできません。」
これだと発情期に流されてアーキンに噛め、と迫る事もできない事になる。
「婚約者候補殿も入国する様ですからね、常時付けておいてもよろしいかと。」
リリーがそんじょそこらのαに組み敷かれるとも思えないのだが、念には念を入れて、だ。
「鍵の部分は黒翡翠です。付けてみますか?」
「そうだな。」
「少し、地味だったでしょうか?リリーの髪と瞳の色に合わせたのですが…」
「何色でも…何でも構わない。使えるならそれでいい。ノルー行くぞ。」
何事もない様にリリーはガードを付けると自身の魔力を通して行く。黒い皮がリリーの白い素肌の上でその存在感を醸し出す。初めて付けたガードはキュッと絞まるフィット感がまるで自分の気を引き締めてくれている様な気がする物だった。
ゼス国が抱えている騎士団は、王城そのものの護りである近衛騎士団とΩを護るために存在する対魔法騎士団。規模にすると圧倒的に近衛騎士団とそれに追随する騎士団の方が騎士団数も在籍騎士数も桁違いに多い。どの騎士団も主に城を拠点とするが、国境沿いを護るために常時は主要拠点に点在し常駐している騎士達も多数いた。
それぞれの騎士団本部は王城内の城門に近い所に設置されている。
「第1は誰が残っている?」
いつもの様にフードを被り対魔法騎士団本部へとノルーを伴ってリリーは移動する。対魔法第1騎士団は西の国ランクースに騎士達を潜伏させる任務の為に今の彼らの拠点は西側になるのだ。
「はい。彼方にはリンス殿が常駐して動かれていますので…忙しい事でしょうが、ショーバン殿はレイ殿に合わせて行ったり来たりになりますね。」
対魔法第1騎士団団長ジーン・ショーバンにも副官は付いていて、シビト・リンスという26歳のαだ。番を持つ団長は発情期には番に寄り添って任務から外れてしまう。その為に忙しい事この上ないないが、団長の開けた穴を見事に埋めて見せる副官達もまた優秀な者ばかりだ。
「まずはジーン以下残っている団長を会議室へ。」
「わかりました。では、私が呼びに参ります。リリーは先にどうぞ。」
王城内であれば警備は万全といえる。ノルーも時にはリリーと別行動をとるのだ。
「それとも少し訓練の見学に参りますか?」
「そうだな…」
騎士団としても個々の技量も常に最善を尽くした状態にしておきたいものなので時には抜き打ち的に指導に入る事も必要だろう。
広々とした午前の訓練場は土埃を上げながら王城に残っていて警備に当たっていない騎士達が腕を磨く鍛錬の時間になっている。筋骨逞しい騎士達が身体と魔力でぶつかり合い日々己を研磨して行くのだ。
「あぁ、いますね。第2に第3の合同です。」
やはり第1騎士団の面々はここには居ない様だ。セロントから帰ってきた第2と王都周辺で任務に当たっていた第3騎士団が訓練をしていた。区切られたスペースの他所では近衛の面々だろう。
「流石は対魔法騎士団ですね?いつ見ても近衛とは動きが違いますから。」
1人鼻高々とノルーは感想を述べた。近衛騎士団はαの騎士も多いがそれ以上にβの騎士で編成されているからだ。
「いましたね…」
リリーが見ている所、そこにリリーの番がいる。
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