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40.残り香3

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「死んだんだよ………嬲られ物にされてな…それも、自分から…喜んでやがった……」

「ミルカ、何を………」

「死んだって言ってんだ!裏切りの代償としてのたれ死んだんだよ!!」 
 
 そうミルカが言った瞬間グレイルはガッとミルカの胸ぐらを掴み締め上げていた。



 

 数年前この地方で一つの殺人事件があった。殺されたのは北の隣国ヨメイニ国の出身と思われるΩで散々暴行された形跡から誘拐され嬲られて捨てられたと判断処理されたものだ。これは非道な事件の一つとして王都にも報告があがってきていた。当時ヨメイニ国とは鎮静化していないいざこざもありヨメイニ国を悪戯に刺激してはいけないとヨメイニ国には身元の詳細を求める事無くこの件は片付けられた。

「あの者には番がいたはずです。」

 ギリギリとミルカの胸元をグレイルは締め上げる。

 当時まだ騎士団長ではなかったグレイルもこの調査に参加していたのだ。現場は悲惨な状況で家族にでさえ見せる事ができる様なものではなかった。そして現場にいたαの騎士達からは皆一様に疑問があがった。亡くなっていたΩには番の証が刻まれていたにも拘らず周囲には番であるαの姿は無かった。もしや別の場所で襲われて殺されでもしたのかと思えどその様な報告も上がってこないばかりか日が経っても自分の番であるΩの捜索願いも出されてはこない。番のαは襲われ殺されて人知れぬところに遺体を埋められたか国外に連れ去られたか、もしくはこの事件よりも前に帰らぬ人となっていたのか、このΩ自身が隣国から拐われてきた者か…当時はその様な形で事件は幕を下ろしたと記憶している。

「もしや……貴方が売ったのか…?」

 低く響くグレイルの声…αが自分のΩを売るなど言語道断だ。それも自分の番を……

「う、るわけ、ねぇだろ!?」

 締め上げられて息が上がり苦しい筈なのに噛み付く勢いで持ってミルカはグレイルに叫び返す。番を売る事などあり得ない、どんな事があっても番だけは護り通すとミルカの視線は語っていた。

「そうか。ならば貴方はまだ鬼畜生では無いですね。」

「あの時の…Ωがお前の番だったと…?」

 なんとセロント領主はミルカの番の顔を知らなかったらしい。痛ましい事件は記憶に残るがまさかそれが失踪の原因だとは…

「もう、今更…どうでもいい事だ…!いい加減に、離せ…!」
 



 そう…もう、終わった事だ……あの日、全てが色褪せてしまった…

 αは番のΩを心底大切にする。初めて自分に番ができて心の底からこの事を当時のミルカは実感していた。
 
 自分の番がこんなにも愛おしいなんて知りもしなかった。今まで培ってきた物全てを、それこそ親から与えられている貴族位も何もかも捨てて市井に落ちたとしてもなんら悔いがない位にミルカは自分の番を愛していたのだ。ただ一つ残念な事は自分の番がゼス国の者ではなくて北側に接するヨメイニ国出身であった事くらいだ。現在進行形で諍い止まない両国間の婚姻は一般市民であっても喜ばれはしないだろう。だから公にミルカは家族にも自分の番を紹介することができないでいた。そして人里離れた森の中に小屋を立てて二人で静かに過ごそうと決めていた。治安は自分の屋敷より安全ではないかもしれないがそれでもミルカには特異な魔力がある。そんじょそこらの兵士やならず者に勝つ自信があったからこそできた事だ。
 番のために貴族の自分が毎日野良仕事をし、協力しあって家事をするこの時間がミルカにとっては何にも変え難いほどに大切で幸せだった。
 
 だから番もそうだと思っていたのだ。自分を愛して自分だけの者となる事に大きな喜びを得ている、と。あの日までは一欠片の疑いもなく心の底から信じていたのだ……あの日までは………


 その日番のためにミルカは森の奥へと狩りに出ていた。発情期に入ると途端に食が細くなり体力が一気に落ちてしまう番のために精が付く様にと良質な肉を求めてのことだった。成果は上々で丸々とした小鹿とウサギ2匹を背負い2人の家である小屋に向かって悠々と帰宅したのだった。
 だが、番がいない…台所と寝室浴室くらいしかない小さな小屋の中に愛しい番の姿はどこにもなかった。寝室の寝台は布団が乱れそこに残るのは僅かに残る番の香り…
そう、愛しい番の発情臭が寝室に残るのみでどこを探しても見つからないのだ。

 ミルカは焦る。既に香るのは発情の証だ。今自分をこんなにも興奮させるのだから間違えはない。ならばそのままの姿で番は外に出た事になる。
 2人が住んでいるこの小屋はゼス国とヨメイニ国に挟まれた森林帯の一部。フラフラと出歩いても人里には行きつかないほどに深い所にいるのだが、どちらかの国の兵士達がこの森林を移動していないとも限らない。
 物凄い胸騒ぎに襲われながらミルカは獲物を床に放り投げたまま森の中へと駆け出した。僅かに漂う香りを必死に嗅ぎ分けながら途方も無いほどの時間森を彷徨っていたかと錯覚するくらい全身泥だらけになりながら森の中を駆けずり回ったのだ。








 
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