上 下
72 / 72

72 龍の理[完結]

しおりを挟む
 古の土龍ゲルガンは非常に土の中が気に入っていた。土中の生物達の精気の流れ、その土地に注がれた人間達の精気のなんと心地の良いことか……その中でも一番気に入っていた地がカシュクール国だ。風の精霊が共にいる様でなんとも気持ちの良い精気が流れて来る。だからだろうか……あの小さな精霊の最後の頼みを聞いてやったのは………
 見返りはその土地の人々からの精気の流れが活発になることだった。それを楽しみに一仕事を終えたゲルガンはまた、トロトロと眠りにつく……この土中深くこそが我が伴侶……



「龍なんてそんなものだよ……」

 居心地がいい場所を見つけたならば、自分の全てで持ってそれを護る。そしてそれ以外の事になんて興味すらなくなるから厄介だ。
レギルと閨を共にしているリレランがある日龍について聞かれてこう答えた。古龍である土龍ゲルガンはマリーアンヌから土中の精気の流れをもっと良くする事を約束に、リレランをここカシュクール国に導く役割を担っていたらしい。ただ龍という性質上、自分がよしとするもの以外に興味は無く、ゲルガンもこれの類に漏れずカシュクール国が目立てばいずれリレランの目に止まるだろうと、先の天災と疫病の流れに繋がった…

「ならば…私のせいか?」

 ここカシュクールに産まれてしまったから?だから、関係ない人々が………

 リレランを自分の下に組み敷いて、話を聞きながらレギルは口付けを深くする…

「ん……っ…違う……レギルは、ほぼ巻き込まれただけだろう?」

 マリーアンヌがどうしてもリレランにプレゼントしたかったものは、天災と疫病に喘ぐ土地じゃない…ただ、道標を担ったが、余りにも他のものに目を向けるのが好きでは無かったという悲しい現実が障壁になっただけだ。マリーアンヌは人との関わりでリレランに、大切な愛する者を見出して欲しかった…彼女の願いはただそれに尽きたろう…だが、精霊も龍も他者のことより自分のするべき事を優先にする、そういう性分だ。誰が悪かったと言及はできない……

「レギル…もっと……もっと…」

 うっとりしながらリレランはレギルの手の感触を追う…自分の両腕をレギルの首に巻きつけて…
 
 リレランは見つけたんだ。自分の愛する自分の居場所…

 ゆっくりと自分の中はレギルの熱で満たされていく……痺れる様に甘くて、熱くて、それだけで心まで満たされて…きっとあのままレギルから逃げ切って一人で居たら、いつまで経っても得られなかったものだろう…だがら、これで良かった……レギルの腕の中は僕だけの場所…僕だけのもの……この場所を守る為には僕だって、きっと全力で守りに入る…卵の中に閉じ籠ろうとした時は、マリーの記憶に縋る為…でも今は、この腕もこの熱も、全て僕の中に閉じ込めてしまう為に…例えレギルが苦しむ事になったとしても、世界一頑丈な殻で覆って僕がレギルを離さない………






 
 緩やかに風が吹き抜ける中、大地に染み込んで行く様な明るく透明な靄が地を這いめぐっているのがうっすらと見える…カシュクール国に精霊使いが徐々に増えて精霊の恩恵を受ける様になってからと言うもの、人々の精霊に対する畏怖や崇高化、感謝や親しみが今までよりもグッと多く、濃く現される様になる。勿論、それらは精気となって地を伝い、空に舞い各地へと運ばれていった……
 土龍ゲルガンが望んでいた大地の精気は今やレギルの目にも見て確認できる迄にこの地に満ち溢れている。

「マリーアンヌの対価は、これで払われただろうか…」

 リレランにレギルを見つけてもらう為に、マリーアンヌは多くの仲間を巻き込んだ。中でも一番働いたのが風の精霊シェルツェインと、大きな変化を地上にもたらせた古龍である土龍ゲルガンだろう。ゲルガンの対価は地中に至る精気の量が増える事、らしかった。

「レギルにも見える…?あれが。やっぱりこの国はいいなぁ…精霊使いも増えているしね…ゲルガンがこの精気に満足したかどうかそれもいずれ分かるさ…」

 龍の時は長い。きっといつか出会うこともあるだろうから……

 やっと眠ったノエルの側を離れてリレランはレギルの元へと擦り寄って来る。蝶の谷に預けた卵は未だ孵らず少しヤキモキしてしまうが、そっと様子を見に行けば何やら蝶達と楽しそうに話している卵の姿を度々見かける様になって、卵は卵なりに何かを学び成長しているのならばそれでいいか、とレギルとリレランは同意見へと落ち着いた。

「ああ…不思議なものだ…」

「嫌になった?」

 リレランと居る限り、リレランからの龍の力はレギルに流れ込む。どこまで人ならざるものに自身が変わっていくかもまだ分からないその恐怖に、リレランと一緒にいる事をレギルが嫌になっても不思議ではないから。

「まさか…!」

 隣に来たリレランの身体をグッと引き寄せると、その水晶の様な瞳を覗きながら更に身体を密着させてレギルは言う。

「私の方からランが嫌になる事など絶対にない…」

 レギルだとて選んだんだ。この吸い込まれそうな瞳を持つ龍と共に生きる事を…


「ラン…私からお願いがあるんだが…」

「…ん?何?」

 子供が寝ている今の時間は夫婦の時間…そっとリレランの耳に口を近付けてレギルは願いを口にする。

「………………………」

「…分かった…それがレギルの願いなんだな…?」

「聞いてくれるのか…?」

 レギルの願いを叶えれば、きっとリレランの望みは諦めなくてはならなくなる。

「別に、僕のはどうしてもっていう訳じゃ無いからね…レギルと居られればそれでいい……」

 それが、自分達二人の望みになればそれでいいんだ………




 カシュクール国、精霊の加護と数多の精霊使いに溢れ恵まれた国……ここで育った精霊使いは世界各国に旅立っては人と精霊の仲を取り持つ。彼らが行くところでは空も大地も水中までも豊かに潤い恵に満ちていく。そして人々から溢れ出た精気は地を伝い空から降り注ぎ蝶の谷の奥底まで豊かに養い続けたという。

「ここにもこんなに精気が満ちてて…昔とは比べられないほどだね、レギル…」

 目を瞑りしばしの眠りに入っているレギルの横に龍リレランも横たわる。蝶の谷は今も無数の輝く蝶達があちらこちらと舞い踊りながら、既に何個か目の卵にヒラヒラと舞い降り群がっている…広い谷の中には、リレランの他に白い龍が羽を休め、上空には今帰ってきたであろう艶やかな茶色の龍がリレランの側に舞い降りて来た…その瞳は水晶の中に虹色の輝きを湛えて、心配そうにレギルを見つめている。

「大丈夫だよ、父は今休眠中みたいなものだから…お前も戻ってお休み、カーラエ…」

「うん…分かった…ちゃんと届けてきたんだよ?父様にも伝えてね?」

「分かってるよ…先程連絡はあった…あの子は水龍のもとで暴れまわってるそうだよ……」

「あ、そう見たい…あの子、オテンバだからね…よし、あとは任せたんだから、僕も戻っておくよ。」

 羽ばたき一つで一瞬にして蝶の谷上空まで昇れる様になったカーラエ…幼かった卵の彼は今は火口付近がお気に入りで、火龍に仮住まいさせてもらっている。

「レギルが起きた時にここは龍の谷になっているかもしれない…」

 子供達が大きくなって、伴侶を見つけられる様になる…そんな日をこの目に思い描きながら、ゆっくりとリレランも水晶の様な瞳を閉じていった………






---------完-----------
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

エロゲ世界のモブに転生したオレの一生のお願い!

たまむし
BL
大学受験に失敗して引きこもりニートになっていた湯島秋央は、二階の自室から転落して死んだ……はずが、直前までプレイしていたR18ゲームの世界に転移してしまった! せっかくの異世界なのに、アキオは主人公のイケメン騎士でもヒロインでもなく、ゲーム序盤で退場するモブになっていて、いきなり投獄されてしまう。 失意の中、アキオは自分の身体から大事なもの(ち●ちん)がなくなっていることに気付く。 「オレは大事なものを取り戻して、エロゲの世界で女の子とエッチなことをする!」 アキオは固い決意を胸に、獄中で知り合った男と協力して牢を抜け出し、冒険の旅に出る。 でも、なぜかお色気イベントは全部男相手に発生するし、モブのはずが世界の命運を変えるアイテムを手にしてしまう。 ちん●んと世界、男と女、どっちを選ぶ? どうする、アキオ!? 完結済み番外編、連載中続編があります。「ファタリタ物語」でタグ検索していただければ出てきますので、そちらもどうぞ! ※同一内容をムーンライトノベルズにも投稿しています※ pixivリクエストボックスでイメージイラストを依頼して描いていただきました。 https://www.pixiv.net/artworks/105819552

【完結】両性を持つ魔性の王が唯一手に入れられないのは、千年族の男の心

たかつじ楓
BL
【美形の王×異種族の青年の、主従・寿命差・執着愛】ハーディス王国の王ナギリは、両性を持ち、魔性の銀の瞳と中性的な美貌で人々を魅了し、大勢の側室を囲っている王であった。 幼い頃、家臣から謀反を起こされ命の危機にさらされた時、救ってくれた「千年族」。その名も”青銅の蝋燭立て”という名の黒髪の男に十年ぶりに再会する。 人間の十分の一の速さでゆっくりと心臓が鼓動するため、十倍長生きをする千年族。感情表現はほとんどなく、動きや言葉が緩慢で、不思議な雰囲気を纏っている。 彼から剣を学び、傍にいるうちに、幼いナギリは次第に彼に惹かれていき、城が再建し自分が王になった時に傍にいてくれと頼む。 しかし、それを断り青銅の蝋燭立ては去って行ってしまった。 命の恩人である彼と久々に過ごし、生まれて初めて心からの恋をするが―――。 一世一代の告白にも、王の想いには応えられないと、去っていってしまう青銅の蝋燭立て。 拒絶された悲しさに打ちひしがれるが、愛しの彼の本心を知った時、王の取る行動とは……。 王国を守り、子孫を残さねばならない王としての使命と、種族の違う彼への恋心に揺れる、両性具有の魔性の王×ミステリアスな異種族の青年のせつない恋愛ファンタジー。

手切れ金

のらねことすていぬ
BL
貧乏貴族の息子、ジゼルはある日恋人であるアルバートに振られてしまう。手切れ金を渡されて完全に捨てられたと思っていたが、なぜかアルバートは彼のもとを再び訪れてきて……。 貴族×貧乏貴族

転生するにしても、これは無いだろ! ~死ぬ間際に読んでいた小説の悪役に転生しましたが、自分を殺すはずの最強主人公が逃がしてくれません~

槿 資紀
BL
駅のホームでネット小説を読んでいたところ、不慮の事故で電車に撥ねられ、死んでしまった平凡な男子高校生。しかし、二度と目覚めるはずのなかった彼は、死ぬ直前まで読んでいた小説に登場する悪役として再び目覚める。このままでは、自分のことを憎む最強主人公に殺されてしまうため、何とか逃げ出そうとするのだが、当の最強主人公の態度は、小説とはどこか違って――――。 最強スパダリ主人公×薄幸悪役転生者 R‐18展開は今のところ予定しておりません。ご了承ください。

純情将軍は第八王子を所望します

七瀬京
BL
隣国との戦で活躍した将軍・アーセールは、戦功の報償として(手違いで)第八王子・ルーウェを所望した。 かつて、アーセールはルーウェの言葉で救われており、ずっと、ルーウェの言葉を護符のようにして過ごしてきた。 一度、話がしたかっただけ……。 けれど、虐げられて育ったルーウェは、アーセールのことなど覚えて居らず、婚礼の夜、酷く怯えて居た……。 純情将軍×虐げられ王子の癒し愛

無自覚両片想いの鈍感アイドルが、ラブラブになるまでの話

タタミ
BL
アイドルグループ・ORCAに属する一原優成はある日、リーダーの藤守高嶺から衝撃的な指摘を受ける。 「優成、お前明樹のこと好きだろ」 高嶺曰く、優成は同じグループの中城明樹に恋をしているらしい。 メンバー全員に指摘されても到底受け入れられない優成だったが、ひょんなことから明樹とキスしたことでドキドキが止まらなくなり──!?

職業寵妃の薬膳茶

なか
BL
大国のむちゃぶりは小国には断れない。 俺は帝国に求められ、人質として輿入れすることになる。

強制結婚させられた相手がすきすぎる

よる
BL
※妊娠表現、性行為の描写を含みます。

処理中です...