上 下
66 / 72

66 ここが良い

しおりを挟む
 スルジー男爵領はそれは小さなものだった…地図上でもよくよく探さなければ見落としてしまうほど小さな領土…

「これで良く死人が出なかったですよね?」

 先日過ぎ去った大干魃と疫病から受けた人間の被害はないそうで…畑地も蓄えもそう多くはないであろうに、良くぞ持ち堪えたものである。

「ここ、愛されてるね。」

 領地について直ぐにリレランは外を見るまでもなく、レギル王子にすり寄ってそう呟いた。

「愛されている?龍にか?」

 土龍はカシュクール国を気に入っているそうで、中でもこの地は特別なのかとレギル王子は聞き返したのだ。

「土龍だけじゃないよ?この地の精霊に、ね。うん。ここが良いな……」

 何やらリレランはここが気に入った様子。少しの畑地に幾つかの農村。小高い丘には何やらまだ芽吹いたばかりの新芽が揃う。リレランが言うにはこの地の精霊はここの人間が大好きなんだそうな。疫病から護られたのもそんな精霊達の仕業とか。

「精霊が加護を与えているのか?」

 王家の他には聞いたことも無いのだが? 

「違うよレギル…この地の人間が精霊を丁寧に扱っているんだ。そんな気持ちが彼らには居心地良くて、精霊の方もここを護りたかったんだろ…僕もここ好き……」

「ランもここに居たいのか?」

「居ていいんだったら居るかもね?でも、僕はレギルと一緒にいるよ。」

 そう言うとリレランはチュウッとレギル王子の頬にキスをする。そんなリレランをレギル王子は愛しそうに見つめながら更に引き寄せた。

「ラン…どうせなら、ここに……」

 人差し指を自分の唇に当ててレギル王子は嬉しそうに微笑んでくる。仕方ないな、と半ば呆れ顔でそれでもリレランはレギル王子の要望にしっかりと応えていく……

 コンコンコン……
 
 レギル王子とリレランが仲睦まじく寄り添っていても、時間は過ぎるし目的地には到着するのだ。護衛の騎士が到着の合図に馬車の扉を軽く叩く。

「着いた様だな…」
 
「もう少し、こうしてたい……」

「!?」

 普段リレランが擦り寄ってくる様になったと言ってもこんな風に甘えてくることはなくて…レギル王子も一瞬固まってしまうほど驚いた。

「どうした?ラン?」

 レギル王子だとて触れ合っていられるものならばこのままが良いが、ここには王命で来ている。仕事なのだからその責務は果たさなければならない…

 レギル王子はそっとリレランの顔を覗き見る。いつになく、リレランの表情が恍惚としている気がする。

「ラン?」

「うん~~やっぱり、ここは気持ちいい……」

 レギル王子に抱きついてはリレランはスリスリと頬ずりをしてくる。

「一体…?」

 すっかり訳もわからず、レギル王子はやや混乱気味だ。

「ん~ここは、物凄い精気の流れが潤沢なの……それに、レギルもいるし…も、ねむ……」

「ラン…!?」

 キュウッとレギル王子に抱きついては信じられない事にそのままコテンとリレランは眠りに入ってしまった……
 
「…殿下?レギル王子?如何されましたか?」

 到着の合図を送っても、中からは返答も無い。もしや眠っておられるのかと、もう一度騎士が馬車の外から声をかけた。

「済まないが、寝台の準備をしてもらってくれ、ランが寝入ってしまっている。」

 呼吸は平静…体温も常と変わらない…眠いと言っていたからこんな事は初めてだが本当に眠ってしまっただけの様だ。この地は龍とも相性が良いのだろうか?リレランの表情は何かに酔った者のようにうっとりとしていた。  

「左様でございましたか。では、直ぐに領主に掛け合って参ります!」

 騎士が急いで遠のく足音を聞きながら、レギル王子はリレランを抱え直す。少し微笑む様に寝入っているこんな所は初めて見るかもしれなかった。
 思えばレギル王子は龍についてほとんどと言っていいほど確かな知識を持っていなかった。折々でリレランがレギル王子に伝えてくるものは理解出来ているが、リレランにとってはこの地は何なのだろうか?どうやら叔父上が選び出した次期王妃となられるであろう方の故郷ではあるのだろうが。今、レギル王子に分かっているのはこれくらいしか無い。

「私は、ランの事を殆ど知らぬな……」

 寝ていても美しく整ったリレランの顔を自嘲気味に見つめつつ、レギル王子は屋敷の者の案内でリレランを寝台へと運ぶのだった。


「ラン…?」

 暫く眠っていたリレランが身動ぐ……そっと声をかけたレギル王子に、リレランはニッコリと微笑んだ。

「大丈夫なのか?ラン?」

 心配気なレギル王子の顔がリレランの上から覗き込んでいる。

「あぁ、僕、ここがいいなぁ……ずっと住むなら、レギルがいて…この地の精気に包まれて眠るの……もう、他に何も要らない……」

 リレランの方からレギルに手を伸ばす…今なら古龍達が何で出てこなくなったのかよくわかる。彼らもきっとこんな気持ちなんだ。自分の求める物をちゃんと見つけられて、満足の中で眠っている。だったら彼らは物凄く幸せ者で他の事なんてどうでも良くなるのは当たり前だ。

 今の、自分の様に………

「ねぇ、レギル…僕に触って……?」

 好きなものに囲まれて巣を作ってリラックスできたなら、やる事は一つ………

「レギル………」

 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

侯爵令息セドリックの憂鬱な日

めちゅう
BL
 第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける——— ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。

【完結】両性を持つ魔性の王が唯一手に入れられないのは、千年族の男の心

たかつじ楓
BL
【美形の王×異種族の青年の、主従・寿命差・執着愛】ハーディス王国の王ナギリは、両性を持ち、魔性の銀の瞳と中性的な美貌で人々を魅了し、大勢の側室を囲っている王であった。 幼い頃、家臣から謀反を起こされ命の危機にさらされた時、救ってくれた「千年族」。その名も”青銅の蝋燭立て”という名の黒髪の男に十年ぶりに再会する。 人間の十分の一の速さでゆっくりと心臓が鼓動するため、十倍長生きをする千年族。感情表現はほとんどなく、動きや言葉が緩慢で、不思議な雰囲気を纏っている。 彼から剣を学び、傍にいるうちに、幼いナギリは次第に彼に惹かれていき、城が再建し自分が王になった時に傍にいてくれと頼む。 しかし、それを断り青銅の蝋燭立ては去って行ってしまった。 命の恩人である彼と久々に過ごし、生まれて初めて心からの恋をするが―――。 一世一代の告白にも、王の想いには応えられないと、去っていってしまう青銅の蝋燭立て。 拒絶された悲しさに打ちひしがれるが、愛しの彼の本心を知った時、王の取る行動とは……。 王国を守り、子孫を残さねばならない王としての使命と、種族の違う彼への恋心に揺れる、両性具有の魔性の王×ミステリアスな異種族の青年のせつない恋愛ファンタジー。

職業寵妃の薬膳茶

なか
BL
大国のむちゃぶりは小国には断れない。 俺は帝国に求められ、人質として輿入れすることになる。

転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!

音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに! え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!! 調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。

もう一度、貴方に出会えたなら。今度こそ、共に生きてもらえませんか。

天海みつき
BL
 何気なく母が買ってきた、安物のペットボトルの紅茶。何故か湧き上がる嫌悪感に疑問を持ちつつもグラスに注がれる琥珀色の液体を眺め、安っぽい香りに違和感を覚えて、それでも抑えきれない好奇心に負けて口に含んで人工的な甘みを感じた瞬間。大量に流れ込んできた、人ひとり分の短くも壮絶な人生の記憶に押しつぶされて意識を失うなんて、思いもしなかった――。  自作「貴方の事を心から愛していました。ありがとう。」のIFストーリー、もしも二人が生まれ変わったらという設定。平和になった世界で、戸惑う僕と、それでも僕を求める彼の出会いから手を取り合うまでの穏やかなお話。

見ぃつけた。

茉莉花 香乃
BL
小学生の時、意地悪されて転校した。高校一年生の途中までは穏やかな生活だったのに、全寮制の学校に転入しなければならなくなった。そこで、出会ったのは… 他サイトにも公開しています

嫌われ者の長男

りんか
BL
学校ではいじめられ、家でも誰からも愛してもらえない少年 岬。彼の家族は弟達だけ母親は幼い時に他界。一つずつ離れた五人の弟がいる。だけど弟達は岬には無関心で岬もそれはわかってるけど弟達の役に立つために頑張ってるそんな時とある事件が起きて.....

【完結】薄幸文官志望は嘘をつく

七咲陸
BL
サシャ=ジルヴァールは伯爵家の長男として産まれるが、紫の瞳のせいで両親に疎まれ、弟からも蔑まれる日々を送っていた。 忌々しい紫眼と言う両親に幼い頃からサシャに魔道具の眼鏡を強要する。認識阻害がかかったメガネをかけている間は、サシャの顔や瞳、髪色までまるで別人だった。 学園に入学しても、サシャはあらぬ噂をされてどこにも居場所がない毎日。そんな中でもサシャのことを好きだと言ってくれたクラークと言う茶色の瞳を持つ騎士学生に惹かれ、お付き合いをする事に。 しかし、クラークにキスをせがまれ恥ずかしくて逃げ出したサシャは、アーヴィン=イブリックという翠眼を持つ騎士学生にぶつかってしまい、メガネが外れてしまったーーー… 認識阻害魔道具メガネのせいで2人の騎士の間で別人を演じることになった文官学生の恋の話。 全17話 2/28 番外編を更新しました

処理中です...