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62 オレイン公の妃
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「兄上…私は今でも貴方のことを………」
先日、長きに渡って開催されていたオレイン公の妃候補を決定する為の夜会がやっとの事で閉会を迎えた。数名の令嬢が候補に挙げられて、後はレギル王子の調査に基づいて領地の不正の有無を確認した上で正式に発表となる。また、レギル王子が送って寄越した書状についても国王として吟味せねばならない事案は山盛りの中で、実弟であるオレイン公は未だにこんなことを言ってくる。現在王妃レイチェルは退席中。ご婦人達の催すチャリティーの為のお茶会に出席中だろう。
「サンスルト……」
オレイン公が王城に呼ばれた頃よりも、国王ギルダインの顔色も肉付きも健康な時の物に戻って来つつある。確認する事があり、シェルツェインのいる風の塔に久しぶりに登ろうとした所で国王ギルダインはオレイン公に捕まった。共に塔を登っている最中のオレイン公から言われた言葉がこれである。
「其方は、次期国王となる…それに、異存はあるか?」
「いいえ、ございません。」
全ては愛する兄上の為に……
領地へと下がれ、十数年前実質蟄居せよと王ギルダインから命じられた時の眼差しをそのままに、今もギルダインを慕っているとギルダインと良く似た金のその瞳は言葉よりも雄弁にその思いを語っている。何がきっかけで実の兄をここまで追う様になってしまったのか、兄王であるギルダインにも分からない…もしかしたら本人に聞いても分からないのかもしれないが…
「其方の心を否定するつもりは毛頭無い……が、一国をその背に背負わねばならぬ…それは分かるな?」
弟と言えど、もうすでに30を超えている。年若いレギル王子とて、王族としての覚悟は見事な程に持っていたのだ。叔父として慕っていたサンスルトにも王族としての矜持を垣間見てもいただろう。だから、今更何を言うつもりでも無いのだが……
「十二分に存じております。私はこれより妻を迎え、子を成して次代を築き上げなければなりません。また、その覚悟も出来ております。」
深く輝く兄王の金の瞳には為政者としての覚悟と威厳と慈悲と残酷な光まで読み取る事が出来るほどに、サンスルトも場数を踏み、情勢を読んでもいる。たかが兄と弟の口約束からではなく、覚悟もそれに伴う準備も抜かりなく出来ているのだ。オレイン公サンスルトは皇太子としては申し分ない人材であった。
「はぁ、お前が弟で良かったのか、悪かったのか……」
コツ、コツ、コツと靴音を鳴らして、風の塔を登って行く間に、ため息と共に国王ギルダインはポツリと漏らす。
「私はこれで十分ですよ?何があっても貴方を裏切る事はありませんし、妻を迎えても貴方と離れる事はないのですから…」
そう、一生…家族であるならば、国王の次期後継であるならば尚のこと家族よりも近いところにいられる事もある。それで十分なのだ。
「分かった…」
塔を登り切れば、上空の風に煽られてはためく天蓋の音…
"シェル!!"
"ここよ…ギルダイン…"
「兄上、何用なのです?」
「其方のことだ。もう、伴侶となる令嬢を決めているのだろう?」
オレイン公を振り返り微笑む王の顔は確信に満ちている。
「……その通りです。よく、分かりましたね?」
"シェル、その令嬢に加護を。そして、サンスルトにもだ。受けてもらえるか?"
人間が望んでいたとしても、精霊側が良しとしなければ加護など与えられないし、次期後継に選ばれる事も無理だろう。後継にはシェルツェインの承認もいるのだ。
"心得ているわ。レギルにも与えられなかった加護を貴方達に与えるのよ?サンスルト…心してお受けなさい…?"
"皇太子であったレギルに加護が与えられていなかったとは何故です?シェルツェイン、兄上!?"
"あの子には他の精霊が祝福を授けていたから…私が横槍を入れるわけにはいかないのよ…"
"精霊の愛子………"
"そうであったな…其方の守りが必要ない程あの子は愛されている者だった…"
レギル王子を語る王の瞳は優しい…金の輝きの中に柔らかい光…少し、寂しそうな……
"嫌ねギルダイン。自分でも決めた事に何か不満があって?"
"なに…親の我が儘だ……あの子は、あの子の道を歩んでいると言うのに。親が女々しくては笑われてしまうな…"
"貴方は女々しくなんて無いでしょう?それに、レギルは満足しているみたいだわ…"
今の自分の生活に…リレランと共にいる事ができるこの日々に…少なくともシェルツェインの所にはレギル王子の喜び以外の感情は流れてこない。
"そうか……"
それを聞いた王ギルダインの表情もどこか誇らしげだ。
"さあ、サンスルト…私は誰に加護を与えればいいのかしら?"
風の精霊王…シェルツェインは契約者の求めに応じて人間に風の加護を与える。
"では、恐れながら…スルジー男爵令嬢、ルアナ・スルジー嬢に…"
「男爵と……?」
きっと、今日一番の驚きだったに違いない…表情一つ変えないシェルツェインの隣で目一杯金の瞳を見開いて国王ギルダインはオレイン公を見つめていた。
先日、長きに渡って開催されていたオレイン公の妃候補を決定する為の夜会がやっとの事で閉会を迎えた。数名の令嬢が候補に挙げられて、後はレギル王子の調査に基づいて領地の不正の有無を確認した上で正式に発表となる。また、レギル王子が送って寄越した書状についても国王として吟味せねばならない事案は山盛りの中で、実弟であるオレイン公は未だにこんなことを言ってくる。現在王妃レイチェルは退席中。ご婦人達の催すチャリティーの為のお茶会に出席中だろう。
「サンスルト……」
オレイン公が王城に呼ばれた頃よりも、国王ギルダインの顔色も肉付きも健康な時の物に戻って来つつある。確認する事があり、シェルツェインのいる風の塔に久しぶりに登ろうとした所で国王ギルダインはオレイン公に捕まった。共に塔を登っている最中のオレイン公から言われた言葉がこれである。
「其方は、次期国王となる…それに、異存はあるか?」
「いいえ、ございません。」
全ては愛する兄上の為に……
領地へと下がれ、十数年前実質蟄居せよと王ギルダインから命じられた時の眼差しをそのままに、今もギルダインを慕っているとギルダインと良く似た金のその瞳は言葉よりも雄弁にその思いを語っている。何がきっかけで実の兄をここまで追う様になってしまったのか、兄王であるギルダインにも分からない…もしかしたら本人に聞いても分からないのかもしれないが…
「其方の心を否定するつもりは毛頭無い……が、一国をその背に背負わねばならぬ…それは分かるな?」
弟と言えど、もうすでに30を超えている。年若いレギル王子とて、王族としての覚悟は見事な程に持っていたのだ。叔父として慕っていたサンスルトにも王族としての矜持を垣間見てもいただろう。だから、今更何を言うつもりでも無いのだが……
「十二分に存じております。私はこれより妻を迎え、子を成して次代を築き上げなければなりません。また、その覚悟も出来ております。」
深く輝く兄王の金の瞳には為政者としての覚悟と威厳と慈悲と残酷な光まで読み取る事が出来るほどに、サンスルトも場数を踏み、情勢を読んでもいる。たかが兄と弟の口約束からではなく、覚悟もそれに伴う準備も抜かりなく出来ているのだ。オレイン公サンスルトは皇太子としては申し分ない人材であった。
「はぁ、お前が弟で良かったのか、悪かったのか……」
コツ、コツ、コツと靴音を鳴らして、風の塔を登って行く間に、ため息と共に国王ギルダインはポツリと漏らす。
「私はこれで十分ですよ?何があっても貴方を裏切る事はありませんし、妻を迎えても貴方と離れる事はないのですから…」
そう、一生…家族であるならば、国王の次期後継であるならば尚のこと家族よりも近いところにいられる事もある。それで十分なのだ。
「分かった…」
塔を登り切れば、上空の風に煽られてはためく天蓋の音…
"シェル!!"
"ここよ…ギルダイン…"
「兄上、何用なのです?」
「其方のことだ。もう、伴侶となる令嬢を決めているのだろう?」
オレイン公を振り返り微笑む王の顔は確信に満ちている。
「……その通りです。よく、分かりましたね?」
"シェル、その令嬢に加護を。そして、サンスルトにもだ。受けてもらえるか?"
人間が望んでいたとしても、精霊側が良しとしなければ加護など与えられないし、次期後継に選ばれる事も無理だろう。後継にはシェルツェインの承認もいるのだ。
"心得ているわ。レギルにも与えられなかった加護を貴方達に与えるのよ?サンスルト…心してお受けなさい…?"
"皇太子であったレギルに加護が与えられていなかったとは何故です?シェルツェイン、兄上!?"
"あの子には他の精霊が祝福を授けていたから…私が横槍を入れるわけにはいかないのよ…"
"精霊の愛子………"
"そうであったな…其方の守りが必要ない程あの子は愛されている者だった…"
レギル王子を語る王の瞳は優しい…金の輝きの中に柔らかい光…少し、寂しそうな……
"嫌ねギルダイン。自分でも決めた事に何か不満があって?"
"なに…親の我が儘だ……あの子は、あの子の道を歩んでいると言うのに。親が女々しくては笑われてしまうな…"
"貴方は女々しくなんて無いでしょう?それに、レギルは満足しているみたいだわ…"
今の自分の生活に…リレランと共にいる事ができるこの日々に…少なくともシェルツェインの所にはレギル王子の喜び以外の感情は流れてこない。
"そうか……"
それを聞いた王ギルダインの表情もどこか誇らしげだ。
"さあ、サンスルト…私は誰に加護を与えればいいのかしら?"
風の精霊王…シェルツェインは契約者の求めに応じて人間に風の加護を与える。
"では、恐れながら…スルジー男爵令嬢、ルアナ・スルジー嬢に…"
「男爵と……?」
きっと、今日一番の驚きだったに違いない…表情一つ変えないシェルツェインの隣で目一杯金の瞳を見開いて国王ギルダインはオレイン公を見つめていた。
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