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64 亡国の姫君の恋煩い 2

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 『ベストク公爵家は特別だ。過去にこの国の支配者で残酷な王族の生き残り…』
 
 イリュアナ国を起こした初代国王の遺志も虚しく、近年ではベストク公爵家の陰口ではこの様に言われている。けれどベストク家はイリュアナ国の公爵家にあたり、その地位は決して低くは無い。だから表面上は皆ベストク公爵家の人々と親族に媚びへつらい裏ではこの様に囁かれる。深く付き合いのある者や歳を重ねるごとに理解しあえる仲もあり、全ての者の仲が不仲なわけでは無い。まだ相手をよく知らず、周りの者の言葉に流されてしまう様な幼さの残る者達にこそ顕著に見られる傾向だ。
  
 ベストク家は公爵家である。他貴族家との繋がり、交流はその家の者の勤めであると言ってもいい。幼い頃からベストク公爵家の嫡男エルモンドと長女シェリンも例外ではなかった。礼儀作法は字を覚えるのよりも先に教え込まれ、王族やまた王族に連なる貴族が出席するような茶会には積極的に参加させられた。そして王都に住むことが許されていない親族が集まる機会にも、必ずこの両名は出席しなければならないと暗黙の了解の元に一族の中では決まりきったことであった。
 
 ベストク家嫡男エルモンドは余り親族の集まりが好きでは無かった様に思う。シェリンが物心付いてから分かったことであったが、親族の挨拶が終われば周囲の者達の話が長くなるよりも前にシェリンを抱き上げ庭や会場の端の方へと移動してしまうからだ。最初はシェリンが飽きてしまうから、お腹が空いて、喉が乾いて……と何某かの理由を言っていた様に思う。が、年を経てくれば、それが兄エルモンドの建前ということがシェリンにも分かってきた。兄エルモンドはいつもいつもつまらなそうなのだ。時には露骨に眉を顰めてさえいて、取り繕うことさえしていなかった。
 シェリンにも友人という形で数名の同年齢の令嬢が一族から連れてこられた。中にはベストク家とは関係のない貴族の令嬢もいる。人付き合いが深くなれば見たくもないところも見えてくるのは公爵家令嬢であっても例外ではなかった。特に良く聞いたのが上記の言葉だった。

 『残忍な王族の生き残り』

 多感な少女の時期にこんな言葉を聞いて傷つかない者はいないのではないだろうか。自分自身にも残忍な血が流れている……その負い目が一時期シェリンを追い詰めた。

 ある日、成人していた兄エルモンドと共に城のお茶会に招かれた。その日は今まで人前に出たことも無かった王子の誕生祝いの為のお茶会で、歳の近しい令嬢等はこぞって参加していた様だ。兄エルモンドはエルモンドでの付き合いがあり、公爵家令嬢であるシェリンも同年代の令嬢達から挨拶を受ける。親族達からはルシュルト王子の所へ行くようにと口煩く言われるし、時折シェリンをやっかんでいる令嬢達からの陰口も聞こえてくる。

 ビシッ…シェリンは音がする位に背筋をピンと伸ばした。誰になんと言われようとも、今日この日までまだ幼さを残すシェリンは他人に残忍な態度なんて取ったことなど一度としてない。ベストク帝国末裔と言われてもピンと来ないものを頭に掲げて意気揚々と話してみたこともない。なのにこの言われ様である。ここで変な態度を取ったら尚の事、自分が死ぬまで陰口は止まないだろうとシェリンは思った。だから態度に出そうとしたのだ。自分は不作法な残虐な者ではないと。
 優雅に進みでたシェリンはベストク公爵家親族が陣取っていた王子の側まで来ると、笑顔で最上級の礼を取った。シェリンが初めてみた王子はシェリンよりもまだ年下であるにも関わらず、しっかりと胸を張り堂々として見えた。琥珀色の艶のある長めの髪は綺麗に撫で付けられて後ろで一つに束ねられている。シェリンの笑顔に対して笑わずに肯きだけ返したのが逆に印象的なそんな王子だった。一通り、全員ではないが目通りが済んだところで、ルシュルト王子は踵を返して退席してしまう。

 諸所から残念がる声がポツポツと聞こえてきたが、シェリンはそれ程の感情も抱けなかった。














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