上 下
43 / 74

43 終わらない夢 3 ハダートン卿の恋慕 1

しおりを挟む
 マーテル・ハダートンが成人を迎える前に国は喜びで大いに湧き上がった。国を支える侯爵家の一員として、マーテルの父ハダートン侯爵は鼻息も荒く王家の安泰に何度も胸を撫で下ろしていたものだ。

「隣国をお取りになられたか…そうか。」

 それ以上ハダートン侯爵は深く詳しくは語らなかったが、きっと侯爵の思う所に落ち着いたのだろうと言うことが、侯爵の安堵の表情から読み取ることが出来たのは、マーテルが息子として今まで父の背中を見続けていたからであろう。

 マーテルはまだ成人前で王城へは父親のハダートン侯爵に付いて何度か入ったことがあるのみだった。ハダートン侯爵はその王城へ毎日日参し、国王の側近として仕えている。あの様に国王のことでハダートン侯爵が安堵を示したのは、長年懸念されていた国王の伴侶がこの度めでたく決まったからに他ならなかった。

 国王の正妃は隣国カコール皇国の侯爵家のご令嬢と聞く。カコール王家には今妙齢のご令嬢がいないとの事で過去に王家の姫君が降嫁した家の中から選ばれたらしい。とても美しい姫君でイリュアナ国国王も甚く御執心と周囲の者達の頬を緩ませていた。

 マーテルの父ハダートン侯爵は国王から見て一回り以上の歳上になる。が、趣味や政治政策についての意見が合うのか国王からは頼りにされている様でお声がかかる事も多いのだ。

 だからだろう、国王の第一子、王子ルシュルト殿下が誕生された折にも、産後数日しか経っていないうちから王城に親子揃って召集をかけられたのは。





「こちらでございます。第一王子ルシュルト殿下に御座います。」

 侍従の案内に連れ立ってハダートン侯爵と共に入ってきたのは王族居住区域のはずで…その一室の中は全て価値があると分かる調度品が品良く整えられていた。部屋の中央には天蓋から布が降ろされた大きな白い寝台が置かれ、そのベッドの横にも上質だがもっとこじんまりした小さなベッドが置いてあり、ハダートン侯爵とマーテルはこの中に眠る赤子を見せられたのだ。

「おぉ!このお方が、王子殿下!」

 父ハダートン侯爵は感極まる声を出したが、マーテルにとっては小さい赤子を見るのがもの珍しく思っただけで父の様には感動などない。

(小さい…生きてるのか?あ、動いた…思ったよりは可愛いものではないな…)

 家の者も大層王のお子が産まれるのを楽しみにはしていたものだ。赤子は小さく弱くそれは可愛らしいと年配の侍女達が話して聞かせてもくれた。が、マーテルが持った感想など、生まれて間もない赤子に対しては冷たいとしか言いようがないものだった。

「マーテル……お前はこの子の兄上となるつもりで護ってやりなさい。」

「は!?」

 ただ心の中で感想を呟いていたマーテルは父のこの言葉で一気に我に帰る。

「何を言われます?この子は王子様なのでしょう?私は貴族です。臣下ではないですか。」

 ハダートン侯爵が言った事はもちろん実の兄弟になれと言うことではない。が、なんでこんな可愛くない子供のために、面白くもなさそうな事を父に言いつけられなければならないとかと、マーテルにとっては大いに不満だ。

「ふふふ……噂に違わずお元気そうなご子息ですね?」

 真っ白な天蓋の中にいたご婦人がこの時初めて声をかけてきた。

「妃殿下におかれましては、この度は誠におめでとうございます。王子殿下の顔を見る前にご挨拶もせずに失礼をいたしました。」

「良いのです。ハダートン卿は何故だか鬼気迫るお顔をしていましたもの。私も声をかけ損ないました。」

「お恥ずかしい限りです。そんなに、恐ろしい顔をしておりましたか?」

 多分、緊張していたのだ。ハダートン侯爵はここぞと腹を決めた時には精悍な顔が一段とキツく見えると周りの者達からも常日頃言われていた。

「いいえ。我が子を守ってくださろうとしている方を、恐ろしいとは思えません。」

「その通りです。我がハダートン家は王家を守ります。だから、マーテル!其方も王子ルシュルト様のお側でお護りするのだ、いいな?」

「よろしくね?マーテル。」

 優しい王妃殿下に名前を呼ばれ頭を下げられてしまっては、マーテルに否、を言う事はできなかった。




しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

美しい公爵様の、凄まじい独占欲と溺れるほどの愛

らがまふぃん
恋愛
 こちらは以前投稿いたしました、 美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛 の続編となっております。前作よりマイルドな作品に仕上がっておりますが、内面のダークさが前作よりはあるのではなかろうかと。こちらのみでも楽しめるとは思いますが、わかりづらいかもしれません。よろしかったら前作をお読みいただいた方が、より楽しんでいただけるかと思いますので、お時間の都合のつく方は、是非。時々予告なく残酷な表現が入りますので、苦手な方はお控えください。 *早速のお気に入り登録、しおり、エールをありがとうございます。とても励みになります。前作もお読みくださっている方々にも、多大なる感謝を! ※R5.7/23本編完結いたしました。たくさんの方々に支えられ、ここまで続けることが出来ました。本当にありがとうございます。ばんがいへんを数話投稿いたしますので、引き続きお付き合いくださるとありがたいです。この作品の前作が、お気に入り登録をしてくださった方が、ありがたいことに200を超えておりました。感謝を込めて、前作の方に一話、近日中にお届けいたします。よろしかったらお付き合いください。 ※R5.8/6ばんがいへん終了いたしました。長い間お付き合いくださり、また、たくさんのお気に入り登録、しおり、エールを、本当にありがとうございました。 ※R5.9/3お気に入り登録200になっていました。本当にありがとうございます(泣)。嬉しかったので、一話書いてみました。 ※R5.10/30らがまふぃん活動一周年記念として、一話お届けいたします。 ※R6.1/27美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛(前作) と、こちらの作品の間のお話し 美しく冷酷な公爵令息様の、狂おしい熱情に彩られた愛 始めました。お時間の都合のつく方は、是非ご一読くださると嬉しいです。 *らがまふぃん活動二周年記念として、R6.11/4に一話お届けいたします。少しでも楽しんでいただけますように。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

殿下が恋をしたいと言うのでさせてみる事にしました。婚約者候補からは外れますね

さこの
恋愛
恋がしたい。 ウィルフレッド殿下が言った… それではどうぞ、美しい恋をしてください。 婚約者候補から外れるようにと同じく婚約者候補のマドレーヌ様が話をつけてくださりました! 話の視点が回毎に変わることがあります。 緩い設定です。二十話程です。 本編+番外編の別視点

愛など初めからありませんが。

ましろ
恋愛
お金で売られるように嫁がされた。 お相手はバツイチ子持ちの伯爵32歳。 「君は子供の面倒だけ見てくれればいい」 「要するに貴方様は幸せ家族の演技をしろと仰るのですよね?ですが、子供達にその様な演技力はありますでしょうか?」 「……何を言っている?」 仕事一筋の鈍感不器用夫に嫁いだミッシェルの未来はいかに? ✻基本ゆるふわ設定。箸休め程度に楽しんでいただけると幸いです。

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

交換された花嫁

秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
「お姉さんなんだから我慢なさい」 お姉さんなんだから…お姉さんなんだから… 我儘で自由奔放な妹の所為で昔からそればかり言われ続けてきた。ずっと我慢してきたが。公爵令嬢のヒロインは16歳になり婚約者が妹と共に出来きたが…まさかの展開が。 「お姉様の婚約者頂戴」 妹がヒロインの婚約者を寝取ってしまい、終いには頂戴と言う始末。両親に話すが…。 「お姉さんなのだから、交換して上げなさい」 流石に婚約者を交換するのは…不味いのでは…。 結局ヒロインは妹の要求通りに婚約者を交換した。 そしてヒロインは仕方無しに嫁いで行くが、夫である第2王子にはどうやら想い人がいるらしく…。

処理中です...