上 下
40 / 74

40 ベストク公爵の宝物 4

しおりを挟む
 王妃ミュリョンから言われた言葉がエルモンドの頭から離れない。そしてあんなに短時間での謁見だったにも関わらず、エルモンドは内面を見抜かれていた様な不思議な感覚に襲われた。

 王妃ミュリョンは親戚もいないこの国にたった一人で輿入れしてきた。自分の立場や役目の責任の重圧は、エルモンドが幼い頃から受けてきたものよりももっと重かったのかもしれない。それなのに影ではどうかわからないが、目の前の王妃ミュリョンは自分を自制し、笑顔を絶やさず、更には敵対するかもしれないであろう派閥の次期頭となるエルモンドに対しても惜しみない信頼を注いでくれた。

 ホロリ……気が付けば自然と涙がエルモンドの頬を伝う。一番近しい親族ですら、エルモンドの苦しみには手を差し伸べてはくれなかった…それなのに、あの一瞬でエルモンドの心の全てが変わってしまったかの様だった。

「貴方はきっと良い家長になるでしょう。大切な者を守る為には周りに流されてはいけませんよ?」

 王妃ミュリョンはそっとエルモンドの涙をハンカチで拭ってくれた。

「…お寂しくは、ないのですか……?お一人で…」

 エルモンド自身もいつもどこか一人だと感じていたのだ。今、満足感を得て初めて一人で耐えることが寂しかったと気がついた。王妃ミュリョンも、一人だ…
 
「一人…?私は結婚してましてよ?男女の愛とはもしかしたら違うのかもしれませんが、国王の事を心から敬愛しております。それに…今は、何者にも代えられない大切な存在がありますし。ベストク公爵嫡男エルモンド、貴方にもいつか自分よりも大切な者と出逢えればいいですわね?」

 優しく涙を拭かれながら、エルモンドは思うのだ…

(それは、貴方だ…)

 優しい薄紫の暖かい瞳を覗き込みながら、何度も、何度も…………





 それから間も無くしてまたしてもイリュアナ国は国を上げての祝賀ムードとなる。王妃ミュリョンが第一子である王子ルシュルトを無事に出産したためだ。
 国民に劣らず、ベストク公爵門下の家々は狂喜乱舞した。これでシェリンを正妃とし、イリュアナ国においてベストク帝国の血を引く王族が誕生するのだから。まだ見ぬ未来を夢物語の様に語り続ける一族の集まりからエルモンドはシェリンを抱き上げ抜け出すのだ。


………愛情深い貴方は、きっと良い家長になる。大切な者を護る為に周りに流されてはいけません。
 貴方にも自分よりも大切な者と出逢えればいいですわね………

 
 今も目を閉じれば、あの夜の光景が目の前に広がる。薄い金に輝く髪と薄紫の優しく暖かい瞳がじっとこちらを見つめている様な心地良い感覚に陥る。

「……王子、か……」
 
 あの方の子供であれば、王子であれ、王女であれ美しい子が産まれるだろう。それが将来自分か、妹かの伴侶になってもならなくてもお互いを尊敬できる伴侶と巡り合って欲しいと切に願う。

 ただ、少しだけ……産まれたのが男児であった事に残念だと思う自分の心にエルモンドは驚いてもいた。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

【完結】優しくて大好きな夫が私に隠していたこと

恋愛
陽も沈み始めた森の中。 獲物を追っていた寡黙な猟師ローランドは、奥地で偶然見つけた泉で“とんでもない者”と遭遇してしまう。 それは、裸で水浴びをする綺麗な女性だった。 何とかしてその女性を“お嫁さんにしたい”と思い立った彼は、ある行動に出るのだが――。 ※ ・当方気を付けておりますが、誤字脱字を発見されましたらご遠慮なくご指摘願います。 ・★が付く話には性的表現がございます。ご了承下さい。

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

やり直すなら、貴方とは結婚しません

わらびもち
恋愛
「君となんて結婚しなければよかったよ」 「は…………?」  夫からの辛辣な言葉に、私は一瞬息をするのも忘れてしまった。

追放された悪役令嬢はシングルマザー

ララ
恋愛
神様の手違いで死んでしまった主人公。第二の人生を幸せに生きてほしいと言われ転生するも何と転生先は悪役令嬢。 断罪回避に奮闘するも失敗。 国外追放先で国王の子を孕んでいることに気がつく。 この子は私の子よ!守ってみせるわ。 1人、子を育てる決心をする。 そんな彼女を暖かく見守る人たち。彼女を愛するもの。 さまざまな思惑が蠢く中彼女の掴み取る未来はいかに‥‥ ーーーー 完結確約 9話完結です。 短編のくくりですが10000字ちょっとで少し短いです。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

処理中です...