上 下
78 / 112

79、私の可愛い弟 1

しおりを挟む
 私の弟達はとても可愛い…可愛くて可愛くて、幼い頃から離れ難かったのを覚えている。

 けれど直ぐ下の弟ウリートは何度も何度も生死を彷徨い、この世から離れて行こうとしていた。死というものをまだ良く理解できない弟達より、私は深く死を実感し離れて行こうとする恐怖を体験していた。

 だから、私は弟を自分の物とする事に決めたのだ。




 私が7つの時にウリートが産まれた。しかし、それまでの日は喜ばしいことばかりではなかった。

「とても弱い心音です…もしかすると、胎内で心臓が止まるかもしれません…」

 何度か赤子を見にきている医師はある日母上にそう告げた。産まれ出る前に死んでしまうかもしれない…両親はそれを聞くと途端に顔色を無くし、母上は何日も泣いていた様に思う。
 けれど、ウリーは頑張って産まれてきてくれた…産声こそ弱々しかったけれども、生きていて暖かく、母上の乳を強請って可愛らしく泣いていた。
 ウリーは本当に可愛らしい顔立ちで、赤子の頃から家族や叔母上、使用人の心を掴んだ。けれど、何度も何度も熱を出し、その度に両親や使用人はウリーにかかりきりになった。寂しくなかったわけではない、幼い私だって寂しかった。けれども、寂しくてこっそり夜中に忍び込んだ母上の部屋で、母上が一人泣いているのを見ると、自分の寂しさなんて小さく見えた。
 
 ウリーの体調は変わらぬまま、数年後にセージュが産まれた。ウリーの時とは違い逞しい子で、産声も力強く、抱っこした時点で蹴飛ばされる様な暴れん坊で…ミルクの匂いがして、柔らかくて…ウリーとはまた違う可愛さで、可愛くて仕方がなかった。

 私の勉学が本格的に始まる頃、体調が良ければ、ウリーを連れて、よちよち歩きのセージュも一緒に、お散歩したり、広い庭で寝転んでおやつを食べたり、一緒に本を読んだり、ウリーの負担にならない様な遊びは兄弟皆んなで一通り出来たのではないかと思う。

 楽しい時には楽しいけれど、一度ウリーが体調を崩すと、あっという間にその幸せは崩れてしまう物だといつも知らされる。

 何度、今日が山場です、と聞いた事か…
どれだけ祈ったかわからない。泣き崩れる母上に抱きしめられて、自分は強くならなければと、何度も何度も自分に言い聞かせてきた。当時、ウリーにかかりきりになる両親と、使用人にセージュと共に放って置かれる事もしばしばで、寂しかったのも確かに覚えている。けれど、ウリーの部屋に見舞いに入るとウリーが薄らと目を開けて、私を見つけては微笑むのだ。まだ本を読めないセージュも側に来て、あの暴れん坊が大人しく絵の挿絵をじっと見つめている。ウリーと居たかったからだろうが、私だって同じだ。
 自分が一番苦しいだろうに、私や、セージュを見つけては声も出せないのに、嬉しそうにただ笑う…まだきっと死というものを理解していないだろうその笑顔が、あまりにも儚くて、消えてしまいそうで、死ぬ、という事が現実に押し寄せてきて、物凄く、怖かった。
 
 守らなければ、泣き崩れる母上の代わりに、立派にウリーや未だ寂しくて両親や私の後をひっきりなしに追いかけてくるセージュを守れる様な兄でありたい。

 もし、もし……ウリーが天に召されるとしても、兄上は立派な方でしたとウリーに言われる兄でありたい。

 私は不平不満を一切言わなくなった。寂しがるセージュの面倒も積極的に請け負った。だからどんどん私に懐くセージュが、他の者達によりいい笑顔で笑いかけてくれる姿が、本当に可愛くて仕方がなかった。

 セージュはきっとウリーにかかりきりになる両親よりもずっと私と一緒の時間を過ごしている。

 おおきくなったら、にいたまのおよめさんになる!

 と、一緒に寝ていたある晩言ってくれた言葉に、不意に心を打たれてしまって、泣いてしまった。

「それって、大人になってもずっとって事だよ?セージュ……」
 
「うん、いーよ!」

 自分よりまだまだ小さなセージュ…ほっぺたなんかフクフク、プニプニでマショマロでも隠しているのではないかと思うくらいに柔らかなセージュ…もう、ミルクの匂いはしないけど、シャボンと、暴れていたセージュの汗の匂いかな?大きく元気に育っている事がよく分かるセージュ…

 だから、私は縋ってしまったのだ…いつ、失われるかもわからない、ウリーに対する喪失感を、セージュを抱きしめる事でいつもいつも、埋めていた様に思う。

 大丈夫、一人じゃない、大丈夫、セージュがいてくれる…だから、ウリーにまだ素晴らしい兄上を見せてあげられると…









しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

侯爵令息セドリックの憂鬱な日

めちゅう
BL
 第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける——— ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。

麗しの眠り姫は義兄の腕で惰眠を貪る

黒木  鳴
BL
妖精のように愛らしく、深窓の姫君のように美しいセレナードのあだ名は「眠り姫」。学園祭で主役を演じたことが由来だが……皮肉にもそのあだ名はぴったりだった。公爵家の出と学年一位の学力、そしてなによりその美貌に周囲はいいように勘違いしているが、セレナードの中身はアホの子……もとい睡眠欲求高めの不思議ちゃん系(自由人なお子さま)。惰眠とおかしを貪りたいセレナードと、そんなセレナードが可愛くて仕方がない義兄のギルバート、なんやかんやで振り回される従兄のエリオットたちのお話し。

(無自覚)妖精に転生した僕は、騎士の溺愛に気づかない。

キノア9g
BL
完結済。騎士エリオット視点を含め全10話(エリオット視点2話と主人公視点8話構成) エロなし。騎士×妖精 ※主人公が傷つけられるシーンがありますので、苦手な方はご注意ください。 気がつくと、僕は見知らぬ不思議な森にいた。 木や草花どれもやけに大きく見えるし、自分の体も妙に華奢だった。 色々疑問に思いながらも、1人は寂しくて人間に会うために森をさまよい歩く。 ようやく出会えた初めての人間に思わず話しかけたものの、言葉は通じず、なぜか捕らえられてしまい、無残な目に遭うことに。 捨てられ、意識が薄れる中、僕を助けてくれたのは、優しい騎士だった。 彼の献身的な看病に心が癒される僕だけれど、彼がどんな思いで僕を守っているのかは、まだ気づかないまま。 少しずつ深まっていくこの絆が、僕にどんな運命をもたらすのか──? いいねありがとうございます!励みになります。

【完結】冷血孤高と噂に聞く竜人は、俺の前じゃどうも言動が伴わない様子。

N2O
BL
愛想皆無の竜人 × 竜の言葉がわかる人間 ファンタジーしてます。 攻めが出てくるのは中盤から。 結局執着を抑えられなくなっちゃう竜人の話です。 表紙絵 ⇨ろくずやこ 様 X(@Us4kBPHU0m63101) 挿絵『0 琥』 ⇨からさね 様 X (@karasane03) 挿絵『34 森』 ⇨くすなし 様 X(@cuth_masi) ◎独自設定、ご都合主義、素人作品です。

貧乏大学生がエリート商社マンに叶わぬ恋をしていたら、玉砕どころか溺愛された話

タタミ
BL
貧乏苦学生の巡は、同じシェアハウスに住むエリート商社マンの千明に片想いをしている。 叶わぬ恋だと思っていたが、千明にデートに誘われたことで、関係性が一変して……? エリート商社マンに溺愛される初心な大学生の物語。

美人に告白されたがまたいつもの嫌がらせかと思ったので適当にOKした

亜桜黄身
BL
俺の学校では俺に付き合ってほしいと言う罰ゲームが流行ってる。 カースト底辺の卑屈くんがカースト頂点の強気ド美人敬語攻めと付き合う話。 (悪役モブ♀が出てきます) (他サイトに2021年〜掲載済)

転移したら獣人たちに溺愛されました。

なの
BL
本編第一章完結、第二章へと物語は突入いたします。これからも応援よろしくお願いいたします。 気がついたら僕は知らない場所にいた。 両親を亡くし、引き取られた家では虐められていた1人の少年ノアが転移させられたのは、もふもふの耳としっぽがある人型獣人の世界。 この世界は毎日が楽しかった。うさぎ族のお友達もできた。狼獣人の王子様は僕よりも大きくて抱きしめてくれる大きな手はとっても温かくて幸せだ。 可哀想な境遇だったノアがカイルの運命の子として転移され、その仲間たちと溺愛するカイルの甘々ぶりの物語。 知り合った当初は7歳のノアと24歳のカイルの17歳差カップルです。 年齢的なこともあるので、当分R18はない予定です。 初めて書いた異世界の世界です。ノロノロ更新ですが楽しんで読んでいただけるように頑張ります。みなさま応援よろしくお願いいたします。 表紙は@Urenattoさんが描いてくれました。

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

処理中です...