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46、招かざる客人 4 ヒュンダルンの苦悩
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さて、当たり障りもない会話で時間を潰し、客人にはとっととご帰宅願いたい。
減ることのないマリエッテが入れた茶を手に持ちつつ、己の視線に今の気持ちを乗せてみるが、いかんせん、目の前の2人には一向に効き目がないらしい。
ウリートに来た手紙の内容を把握しておくべきだった……
城からの帰宅後、我が家では絶対に見る事はないだろうと思われる人物を玄関先で目にして、ヒュンダルンは我が目を疑い、そして後悔した。
なぜ、ライール副書記官長がここへ?
ライール副書記官長は家を辿れば貴族籍を有するらしいが彼自身はほぼ平民である。本人の実力のみでここまで上り詰めたことには賞賛に値するものがあるが、上位貴族家とは仕事上でもなければ彼自身が関わりも持たないだろう。貴族には媚びない、そういう男だ。こちらとしても個人的に親交を深める必要もなく、会えば挨拶を交わすのみの関係性だった。書庫でウリートと出会い親交を暖めていた様だが、正直な所、害は無いだろうと思っていた男だとしても、それはそれで気に食わない事であった。ウリートの事ならば、俺が責任持って現在ウリートの身柄を預かっているのだ。それは健やかな時も病める時もウリートの側にいるのは俺でありたいが為で、その覚悟もできていると言うのに…
周囲に牽制をして来たつもりであったのに、ウリートへの面会の為に彼はここまで来た…………そこにはどの様な真意があるのかは知りたくもないが………
ウリートは土産の古書にことの他喜んでいて会話も弾んでいる。
全く………
ウリートは一言も口を挟まずにいるヒュンダルンの様子には目もくれない有様だ。それと同じく、人の気持ちを知ってか知らずか、ライール副書記官長は共に古語書物の翻訳まで一緒にしようとヒュンダルンまで誘って来る始末だった。
おのれ……一番ウリートの関心のある土産を持って……ウリートの気を少しでも引きたいと言うのであれば、そんな土産、叩き落としてやりたい。
自分の中の苛々、モヤモヤ、ドス黒い何かはヒュンダルンが今までに体験したことも無いものだ。そしてなぜこれが起こっているのか、その自覚はすでにある。ライール副書記官長に関しては貴族には媚びず、そもそも純朴そうな者達をたらし込む様な者でも無い………ならば、本気という事なのだろう…
ギリ……ヒュンダルンの手の中のティーカップが軋んで音が鳴る。
ピクリ、とマリエッテが身体を震わせたが気がつかないふりをしてやろう。
ヒュンダルンの心境は最悪だが、目の前のウリートの明るい笑顔と言ったら…本当に楽しそうにしているウリートの表情を曇らせたくはなくて、この場を早く切り上げたいのに、それができずにいて非常に複雑な思いなのである。
「夜の迎え方一覧……」
おずおずと、小さな声でウリートが言う。
「ん?」
少し控えめなウリートの声と上目遣い。少し頬が朱に染まり、どうやら恥ずかしさを抑えている様子が非常に可愛らしく見える。同じウリートを見ているであろうライール副書記官長の視界を何とか遮りたい。
「この、書物の題です。あの、そちらの手解きの、物かと…」
ライール副書記官長、なんて物を持ってくる……?
「あ、なるほど…迎え方、と訳されますか。そうか……過ごし方と言う捉え方をしていましたが、そちらの方が趣きがありますね。」
恥ずかしそうにしているウリートとは正反対に、ライール副書記官長はなんともすっきりとしたものだ。
「まだ、内容を確認した訳ではありませんが大衆向けに書かれたものでしょうか?」
ウリートはパラパラと書物を捲る。
「ええ、そうです。察しが良いですね。面白いものですよ、この手の話題は敬遠されそうなものですけれど、けれどこの様な物の方が当時の生活水準なんかが良くわかるのです。遠い太古の生活がどんなものであったのか、そう考えるだけでもワクワクしませんか?」
「さぁ、どうでしょうか?私は無骨な騎士職ですので、学問を重んじる方の様に過去の生活に重きを置いてはおりませんので…」
悲惨な歴史は繰り返さないほうがいい。その為に歴史を知るのはいいだろう。しかし、太古の人々の生活様式を垣間見たとて、大きく現在に影響を及ぼすほどでは無いだろう。
それよりもこの状況が気に食わない。
「なるほど…それもそうですね。ゴーリッシュ騎士団長には失礼をいたしました。私の趣味を押し付ける様な事をしてしまいまして。今日はこちらを届けに来るのと、アクロース侯爵子息様のお顔を拝見に来たのですから。」
「わざわざお気を遣わせた様で…」
ウリートの身を預かっているのはヒュンダルンなのだから、今この様に言っても差し支えはないだろう。
「………とんでもございません。では、アクロース侯爵子息様、こちらは置いていきますので、どうぞごゆっくりとお読みください。」
いらん、持って帰れ…と言いたいが、ウリートがまんざらでも無く嬉しそうな顔をして受け取っているから、まぁ良しとしよう。
減ることのないマリエッテが入れた茶を手に持ちつつ、己の視線に今の気持ちを乗せてみるが、いかんせん、目の前の2人には一向に効き目がないらしい。
ウリートに来た手紙の内容を把握しておくべきだった……
城からの帰宅後、我が家では絶対に見る事はないだろうと思われる人物を玄関先で目にして、ヒュンダルンは我が目を疑い、そして後悔した。
なぜ、ライール副書記官長がここへ?
ライール副書記官長は家を辿れば貴族籍を有するらしいが彼自身はほぼ平民である。本人の実力のみでここまで上り詰めたことには賞賛に値するものがあるが、上位貴族家とは仕事上でもなければ彼自身が関わりも持たないだろう。貴族には媚びない、そういう男だ。こちらとしても個人的に親交を深める必要もなく、会えば挨拶を交わすのみの関係性だった。書庫でウリートと出会い親交を暖めていた様だが、正直な所、害は無いだろうと思っていた男だとしても、それはそれで気に食わない事であった。ウリートの事ならば、俺が責任持って現在ウリートの身柄を預かっているのだ。それは健やかな時も病める時もウリートの側にいるのは俺でありたいが為で、その覚悟もできていると言うのに…
周囲に牽制をして来たつもりであったのに、ウリートへの面会の為に彼はここまで来た…………そこにはどの様な真意があるのかは知りたくもないが………
ウリートは土産の古書にことの他喜んでいて会話も弾んでいる。
全く………
ウリートは一言も口を挟まずにいるヒュンダルンの様子には目もくれない有様だ。それと同じく、人の気持ちを知ってか知らずか、ライール副書記官長は共に古語書物の翻訳まで一緒にしようとヒュンダルンまで誘って来る始末だった。
おのれ……一番ウリートの関心のある土産を持って……ウリートの気を少しでも引きたいと言うのであれば、そんな土産、叩き落としてやりたい。
自分の中の苛々、モヤモヤ、ドス黒い何かはヒュンダルンが今までに体験したことも無いものだ。そしてなぜこれが起こっているのか、その自覚はすでにある。ライール副書記官長に関しては貴族には媚びず、そもそも純朴そうな者達をたらし込む様な者でも無い………ならば、本気という事なのだろう…
ギリ……ヒュンダルンの手の中のティーカップが軋んで音が鳴る。
ピクリ、とマリエッテが身体を震わせたが気がつかないふりをしてやろう。
ヒュンダルンの心境は最悪だが、目の前のウリートの明るい笑顔と言ったら…本当に楽しそうにしているウリートの表情を曇らせたくはなくて、この場を早く切り上げたいのに、それができずにいて非常に複雑な思いなのである。
「夜の迎え方一覧……」
おずおずと、小さな声でウリートが言う。
「ん?」
少し控えめなウリートの声と上目遣い。少し頬が朱に染まり、どうやら恥ずかしさを抑えている様子が非常に可愛らしく見える。同じウリートを見ているであろうライール副書記官長の視界を何とか遮りたい。
「この、書物の題です。あの、そちらの手解きの、物かと…」
ライール副書記官長、なんて物を持ってくる……?
「あ、なるほど…迎え方、と訳されますか。そうか……過ごし方と言う捉え方をしていましたが、そちらの方が趣きがありますね。」
恥ずかしそうにしているウリートとは正反対に、ライール副書記官長はなんともすっきりとしたものだ。
「まだ、内容を確認した訳ではありませんが大衆向けに書かれたものでしょうか?」
ウリートはパラパラと書物を捲る。
「ええ、そうです。察しが良いですね。面白いものですよ、この手の話題は敬遠されそうなものですけれど、けれどこの様な物の方が当時の生活水準なんかが良くわかるのです。遠い太古の生活がどんなものであったのか、そう考えるだけでもワクワクしませんか?」
「さぁ、どうでしょうか?私は無骨な騎士職ですので、学問を重んじる方の様に過去の生活に重きを置いてはおりませんので…」
悲惨な歴史は繰り返さないほうがいい。その為に歴史を知るのはいいだろう。しかし、太古の人々の生活様式を垣間見たとて、大きく現在に影響を及ぼすほどでは無いだろう。
それよりもこの状況が気に食わない。
「なるほど…それもそうですね。ゴーリッシュ騎士団長には失礼をいたしました。私の趣味を押し付ける様な事をしてしまいまして。今日はこちらを届けに来るのと、アクロース侯爵子息様のお顔を拝見に来たのですから。」
「わざわざお気を遣わせた様で…」
ウリートの身を預かっているのはヒュンダルンなのだから、今この様に言っても差し支えはないだろう。
「………とんでもございません。では、アクロース侯爵子息様、こちらは置いていきますので、どうぞごゆっくりとお読みください。」
いらん、持って帰れ…と言いたいが、ウリートがまんざらでも無く嬉しそうな顔をして受け取っているから、まぁ良しとしよう。
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