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32、エーベ公爵家 1

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 いつもと違う香り…爽やかな柑橘系の香りがする部屋は、うっすらとラベンダーの香りが焚き染めてある自分の部屋のものではなくて、不思議に思って、重たい目を開けた。    
 やはり目に入る寝台の天蓋も部屋の壁も窓の作りも、何を取っても我が家アクロース侯爵家では無い。そしてさりげなく置かれている豪華な調度品の数々からはここが療養院でも無いことがわかった。

 まだ、身体が鉛みたいに重い……

 起き上がってここがどこだか確かめたくても、身体が自由にはなってくれなさそうである。そっと触った額は熱く、また熱を出したんだと、この慣れ親しんだ不快感からもウリートはそう確信をした。

「ここ、どこ…?」

 アクロース侯爵家ではないのだから側に侍女が控えているとも限らないのだけれど、ウリートはつい返答を期待してそう声に出した。体調不良に加えどこの誰かも分からない貴族であろう者の屋敷にいる。不安にならないわけがない。

「お目覚めですか!?」

「…マリエッテ…?」

 家では無い所で自分の侍女の声がする…マリエッテはウリート専属の侍女だ。

「はい。意識はありますね?お飲み物をお持ちします。」

 違和感しかない。マリエッテの方はウリートの困惑など横に置いておいて、いそいそといつもの様に世話を焼く。

「マリエッテ、ここどこ?」

 まだ熱があってボウッとする頭では何でここにいるのか全くの検討がつかないのだ。

「あ、ここはエーベ公爵邸です。今ウリート様はエーベ公爵家にお世話になっているのですよ。」

 やっとウリートの不安に気がついたマリエッテは飲み物を運んできながらそう説明をしてくれた。マリエッテの焦茶の瞳はいつもの様に暖かく微笑んできて、非常事態が起こっているわけではなさそうだ。

「エーベ…公爵?」

 ウリートには馴染みのない名前だ。親戚筋にも公爵家と繋がりがある者はいなかった様な……書庫の前で話しかけて来た者達もエーベを名乗ってはいなかったはず。

「あぁ、ゴーリッシュ騎士団長様のご生家だそうです。さ、少しおきましょうね。」

「ヒュンダルン様の?」

 マリエッテは話しながらウリートの背に大きなクッションをあてがって支えてくれる。

「左様です。ウリート様お城でお倒れになったそうです。侯爵家よりもこちらの方が近かったためとお聞きしていますわ。さ、こちらをお飲み下さい。」

「で、どうしてマリエッテがいるの?」

 渡してくれた飲み物はひんやりとしていて持っているだけでも気持ちがいい。

「慣れ親しんだ者がいた方が落ち着くだろうからとゴーリッシュ騎士団長様からの要望ですわ。」

「ヒュンダルン様が…」

「ええ。昨夜はお熱が高くて侯爵家までのご移動も憚られたそうですから。」

 ヒュンダルンの実家であるエーベ公爵家もアクロース侯爵家もウリートの身体を1番に考えてその様な結果を出したのだと言う。なので今恐ろしいことに、格上の公爵家に病弱の身で居候させてもらっていることになる。
 エーベ公爵とは勿論のこと会ったことさえない。ヒュンダルンの生家と言う事は親戚にあたるのだろうが、それでもとんでもない面倒をかけてしまって………

 あらぬ事態にまた熱が上がりそうになる。ウリートは渡された飲み物に口をつけて少し落ち着こうとした。

「ウリート様、それを召し上がったらお体を拭きましょうね?」

 マリエッテは着替えとタオルを用意し、普段と変わらぬ働きぶりをみせていた。  

「おいし………」

 用意してくれた飲み物は初めて飲む物だ。マッタリと濃厚で口当たりがいい。何かフルーツが数種類入っている様で爽やかな香りがする。何の味だろう?色んな味がするのにどれも強調しすぎていなくてスッキリとした甘みもあり飲みやすいのだ。

「あ、ちゃんと召し上がれてますね?良かったです!お着替えが終わったらスープ粥をお持ちしますから。」

 渡された飲み物をほぼ全て飲み切ったウリートは、スープ粥と聞いて一気に食欲がなくなってしまった…幼い頃から食べ慣れた病人食…柔らかくて食べやすいけれど殆ど味がしなくて食は進まないのだ。それにまた体調を壊してしまったと気落ちしている中では更に食べる気が起こらない。

「ウリート様…粥が嫌いな事は分かりますけど、ちゃんと食べなければ良くなりませんよ?こちらは食べやすかったですか?」

 ウリートが飲みきってしまった飲み物の器を下げながらマリエッテは何度もウリートと繰り返して来た話をした。ウリートは体調を崩すと途端に食欲が落ちる。身体が不調なのだから仕方ないのかもしれないのだが、これでは治るものも治らないとマリエッテには口が酸っぱくなるほど言われていたのだ。

 けれど、先ほど頂いた飲み物は非常に飲みやすかった。

「うん。美味しかった…」

 まだ熱があるのでおかわりはできなさそうだが、普段の体調ならばもう一杯飲もうかな、と思える程には美味しかった。

「まぁ、よろしかった事!こちら特製の栄養ドリンクなんです。中に入れるフルーツで色々な味が楽しめるそうです。お気に召しました?」

「栄養ドリンク?」

「ええ、医官の方からもお聞きしましたわ。今はこんな工夫もありますのね?」

 看病慣れしていたマリエッテも感心しきりだ。飲みやすいし、栄養もある様で慈養にはピッタリなんだという。栄養云々は今気にしていられないのだが、体調が悪い時でも美味しくいただける事はありがたいとウリートは素直に思った。





 














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