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18、燻り
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ゲルテン国王夫妻の関係は良好である。実しやかに囁かれ、赤の城内も皆の足が浮き足立っている様な雰囲気であった。
にも拘らず、執務室内では重苦しくやや緊張した様な空気が満ちている。
「また奴らですか?」
ドッシリと胡座をかいて数名の男達が地図を囲んで座っている。どの男もゲルテンの民らしく、髪は全て編み込んであり、上衣の替わりに皮の胸当てを付けているような好戦的な姿である。
「ええ、大人しくしていると思えば、機を伺いつつ、突いてきますな。」
「今回はなんと?」
「オアシスの使用権について、齟齬がある様だと。」
「齟齬とはなんだ?前回もそれで、刈り入れ時に2週間も彼方に融通を効かせたではないか!」
ゲルテンと国境を同じくする隣国サイリンとの国境付近におけるオアシスの使用権について揉め始めた様なのだ。この様な揉め事は日常茶飯事で、厳しい砂漠の自然の中で生き抜く為には、是が非でも自国の有意に事を運ぼうとするのはどの国も常であった。なのでサイリンも毎年同じ様な事を言ってくるし、これに乗じて他国もそろそろと声を上げるだろう。
「こっちで祝い事があれば酒を分断に贈ってやったのも忘れとるのかね?」
最長年齢らしき人物も全く歳を感じさせない様な勇ましい姿でこの会議に参加しているが、やれやれとため息を吐く。
「また、年寄りが出張るかの。」
「まぁ、待て爺さん。こっちも腕が鈍ってる。不満が大きい様ならば一気に叩いてこよう。」
タガードといつも共にいたラルグとそっくりな男が不敵な笑みを貼り付けてそう言い切る。
「待て待て、兄者、まだ情報が揃ってないのよ。策はそれからでも遅くはないだろう?国境の民も決して弱くはないからな。」
強さこそが全て、と言う様な蛮族の集まりである。国境付近の村人であっても時には戦士となり戦うのだ。
「ふん。何悠長な事を。オアシスを占領されたら村人にとっては厳しいだろうさ。女子供に老人もいるんだ。短期決戦といこうや?」
ラルグとそっくりなこの男はラルグの直ぐ上の兄である。非常に好戦的で、若い頃には先頭切って戦場に飛び込んでいく程で、蛮族というゲルテンの民からも白い目で見られていた様な暴れ馬であった。が、年と共に丸くもなり、今では昔の片鱗を出すに抑えているが、根は自国の民思いの男である。
「王、サイリンだけならば良かったんですがね?」
皆の前に置かれた大きな地図には周辺に渡る蛮族の国々が記されている。サイリンの反対側に位置する国ミルゴン。タガードの結婚の祝いを兼ねて、国境の検討を申し入れたいとの事であった。
「祝い返しに国をくれと?」
大きく言ってみればその通りで、ミルゴンはここ周辺の国の中では一番領土が小さな国だ。その為どんな国同士の会議でも一番弱いとみなされ、その発言は後回しにされてしまう。国土を拡げることに関しては長年訴え続けている一族の悲願でさえあった。
「腑抜けた事を…くれ、では無くて取りに来ればいいだろうに…」
年長者のこの言葉に居合わせた全員がニヤリとほくそ笑む。そうすれば完膚なきまでに叩き潰せるので後腐れがないのだが…
「まぁまぁまぁ…叩き潰すのが1番手っ取り早いんですけどね?ここでは相手を誘い出す策を練ってるんでは無くて、これらの要望にどう対処するかってものでしょう?どうあってもうるさい様じゃ、気は乗らないが帝国の名前を出すのも手だと。」
チラリ…
ジッと地図を睨んだまま男達の会話に聞き入っていたタガードにラルグは視線を移した。帝国を出すとすればタガードの妻であるフリージアが全面に出てくることになる。彼女が諸国の者達と対するわけでは無いが、邪魔に思われたり逆恨みされたりと言うのは十分考えられる事である。そうすればフリージアの命が狙われる事になるかも知れない。1番それを避けたいのはタガードだろう。
「これだけか?」
タガードの言葉はこれだけだ。周辺諸国はあるバランスの上に和平がなっている。どの国も次なるゲルテンを目指しているし、その機会があれば逃さないと虎視眈々と爪を研いでいるはずだ。だから、訴え出ている国がこれだけか、とタガードは聞いた。オアシスの権利を他国が主張するならば、こちらもと声を上げる所が出て来てもいいはずだ。だが、サイリンの他ミンゴンしか声を上げなかった。
「他は、おこぼれ狙いでは無い、と言う事ですかな?」
年長者は年の功で物事を見れる。
「断言はできぬがな…此度の件に帝国は出さぬぞ。」
フリージアの威光を借りずに事を収める。タガードはそう決定を下した。
とにかく両国に使者を送り、詳しい訴えを聞くしかあるまい。これは他の周辺国にも目を光らせつつ行うのだから、蛮族どもを統べるのも手がかかるのであった。
にも拘らず、執務室内では重苦しくやや緊張した様な空気が満ちている。
「また奴らですか?」
ドッシリと胡座をかいて数名の男達が地図を囲んで座っている。どの男もゲルテンの民らしく、髪は全て編み込んであり、上衣の替わりに皮の胸当てを付けているような好戦的な姿である。
「ええ、大人しくしていると思えば、機を伺いつつ、突いてきますな。」
「今回はなんと?」
「オアシスの使用権について、齟齬がある様だと。」
「齟齬とはなんだ?前回もそれで、刈り入れ時に2週間も彼方に融通を効かせたではないか!」
ゲルテンと国境を同じくする隣国サイリンとの国境付近におけるオアシスの使用権について揉め始めた様なのだ。この様な揉め事は日常茶飯事で、厳しい砂漠の自然の中で生き抜く為には、是が非でも自国の有意に事を運ぼうとするのはどの国も常であった。なのでサイリンも毎年同じ様な事を言ってくるし、これに乗じて他国もそろそろと声を上げるだろう。
「こっちで祝い事があれば酒を分断に贈ってやったのも忘れとるのかね?」
最長年齢らしき人物も全く歳を感じさせない様な勇ましい姿でこの会議に参加しているが、やれやれとため息を吐く。
「また、年寄りが出張るかの。」
「まぁ、待て爺さん。こっちも腕が鈍ってる。不満が大きい様ならば一気に叩いてこよう。」
タガードといつも共にいたラルグとそっくりな男が不敵な笑みを貼り付けてそう言い切る。
「待て待て、兄者、まだ情報が揃ってないのよ。策はそれからでも遅くはないだろう?国境の民も決して弱くはないからな。」
強さこそが全て、と言う様な蛮族の集まりである。国境付近の村人であっても時には戦士となり戦うのだ。
「ふん。何悠長な事を。オアシスを占領されたら村人にとっては厳しいだろうさ。女子供に老人もいるんだ。短期決戦といこうや?」
ラルグとそっくりなこの男はラルグの直ぐ上の兄である。非常に好戦的で、若い頃には先頭切って戦場に飛び込んでいく程で、蛮族というゲルテンの民からも白い目で見られていた様な暴れ馬であった。が、年と共に丸くもなり、今では昔の片鱗を出すに抑えているが、根は自国の民思いの男である。
「王、サイリンだけならば良かったんですがね?」
皆の前に置かれた大きな地図には周辺に渡る蛮族の国々が記されている。サイリンの反対側に位置する国ミルゴン。タガードの結婚の祝いを兼ねて、国境の検討を申し入れたいとの事であった。
「祝い返しに国をくれと?」
大きく言ってみればその通りで、ミルゴンはここ周辺の国の中では一番領土が小さな国だ。その為どんな国同士の会議でも一番弱いとみなされ、その発言は後回しにされてしまう。国土を拡げることに関しては長年訴え続けている一族の悲願でさえあった。
「腑抜けた事を…くれ、では無くて取りに来ればいいだろうに…」
年長者のこの言葉に居合わせた全員がニヤリとほくそ笑む。そうすれば完膚なきまでに叩き潰せるので後腐れがないのだが…
「まぁまぁまぁ…叩き潰すのが1番手っ取り早いんですけどね?ここでは相手を誘い出す策を練ってるんでは無くて、これらの要望にどう対処するかってものでしょう?どうあってもうるさい様じゃ、気は乗らないが帝国の名前を出すのも手だと。」
チラリ…
ジッと地図を睨んだまま男達の会話に聞き入っていたタガードにラルグは視線を移した。帝国を出すとすればタガードの妻であるフリージアが全面に出てくることになる。彼女が諸国の者達と対するわけでは無いが、邪魔に思われたり逆恨みされたりと言うのは十分考えられる事である。そうすればフリージアの命が狙われる事になるかも知れない。1番それを避けたいのはタガードだろう。
「これだけか?」
タガードの言葉はこれだけだ。周辺諸国はあるバランスの上に和平がなっている。どの国も次なるゲルテンを目指しているし、その機会があれば逃さないと虎視眈々と爪を研いでいるはずだ。だから、訴え出ている国がこれだけか、とタガードは聞いた。オアシスの権利を他国が主張するならば、こちらもと声を上げる所が出て来てもいいはずだ。だが、サイリンの他ミンゴンしか声を上げなかった。
「他は、おこぼれ狙いでは無い、と言う事ですかな?」
年長者は年の功で物事を見れる。
「断言はできぬがな…此度の件に帝国は出さぬぞ。」
フリージアの威光を借りずに事を収める。タガードはそう決定を下した。
とにかく両国に使者を送り、詳しい訴えを聞くしかあるまい。これは他の周辺国にも目を光らせつつ行うのだから、蛮族どもを統べるのも手がかかるのであった。
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