上 下
9 / 25

9、王妃とは 1

しおりを挟む
「目が覚めました?」

 外の明るさか…薄らと瞼を焼く日の光に顔を顰めた所で、遠慮のない声が掛けられた。

「目…ここ…」

 目を開けて周りを見回せば、どうやらここは室内の様で…

「起きれますか?」

 先程の声の主…?遠慮もお伺いを立てる様な声質ではなくて、まるでそう、友人や同僚に掛ける様な声掛けだった。

「え、ええ…」

 ここがどこだか分からないけれど、起きれるかと聞かれたのだから身体を起こしてみる。幸にして痛むところはない様だ。

「……………」

 帝国から着て来たドレスを着ていない…代わりに物凄く身動きの良い、それでも質が良いとは分かる夜着らしき物が着せられていた。

「大丈夫そうですね?では朝食を召し上がれます?」

 声を掛けた主はどうやら侍女、らしき者は、無駄がない作りの室内に備えられた大きめの寝具---それも床に直に敷いてある---からゆっくりと抜け出てきたフリージアを横目で見つつ、床の上に敷かれた豪奢な敷物の上に朝食だろう物を次々と手際よく並べていく。

 もう寒くはない。室内だからなのだろうが、非常に過ごしやすい気温であった。

「さ、こちらに…」

 一通り並べ終わったのだろう。食事が整えられた敷物の上にクッション類も並べてあるのだが、侍女はフリージアをそこに座る様に誘導した。
 
 座り心地は悪くはない。が、全ての事に慣れてはおらずフリージアはただ呆然と膳を見回した。

「ここは、どこです?」

 またここからか…そんな感想が自分の心の底から漏れてきた。

「赤の城です。」

「赤の…?ゲルテンの城ですか?」
 
 ぶっきらぼうな物言いの侍女はフリージアに飲み物を注ぎ手渡しながら答えてくる。

「そうです。この赤の城はゲルテンの象徴とも言うべき王との住まいです。」

 王妃…恐れを知らない侍女が謙らない視線をフリージアに向ける。王妃、それはフリージアの事だ。ゲルテンの象徴とも言える王の城に居て、貴方にその自覚があるのか、と問われている様な気持ちにさせる視線だった。

「私は、いつここに来たのでしょう?」

 昨夜、ゲルテンの王が天幕から出してくれたのは覚えているが、記憶はそこまでなのだ。

「昨夜ですわ。王が御運びになられました。」

「国王が?自ら?」 

 これにはフリージアがびっくりした。抱き抱えられた所までは覚えているのだが、その後は従者に任せるでも何とでもなるはずだ。なのに……?

「左様です。さ、料理が冷えない内にお召し上がりください。味付けなどで食べられない物がありましたらお知らせ下さい。」

 そう言うとその侍女は、何かありましたらベルを鳴らす様に言い置いて部屋を出て行ってしまった。

 あの侍女は一体何者で、なんと呼べば良いのか、王の城と言ってもその王はどこに居るのか、ここに連れて来られたのは良いが、フリージアは何をして良くて何をしては駄目なのか、全てについて分からないまま、一人黙々と食事をするのだった。
 
「おいし………」

 味付けに慣れては居ないが温かい食事という物はいい物だと思う。知らぬ所に連れて来られて緊張してしまっていた身体からふっと力が抜けた様であった。

「マルクス……?」

 ふと、この部屋にいない者の顔が思い出される。

「マルクス?」

 天幕にいた時には一緒に居たのだからきっとここにもいるだろうと室内を見渡しても、名前を呼んでも姿形も返事も無い。

「どこです!?」

 やっと力が抜けた身体にまた緊張が走る。は去勢者だ。そんな者達をゲルテンでは奴隷や家畜の様に扱うと聞く。

「誰か!」

 フリージアは迷わずベルを高らかに鳴り響かせた。

「食事、終わりましたか?」

 先程の侍女が顔を出す。

「マルクスはどこです!?」

 問われた食事の件など何も口には出していないフリージアは自分の言いたい事のみを相手に伝えた。何という不作法かと自分自身に嫌悪が襲う。

「…誰ですか?マルクスって?」

 小首を傾げて聞き返す侍女にフリージアは被せ気味に話し続けていく。

「私と一緒にきた神官です!私と一緒に帝国から来た者は彼だけでした!」

 知らないはずはないだろう。あの天幕にいた者達ならばマルクスのことも見ているのだから。  

 まさか………

 ゾクリ…とフリージアの背に怖気が走る。

 いえ、まさか…

 否定しても否定しても、嫌な考えが何度も浮かんできてしまう。

「マルクスを、どこへやったの!」

「どうした?騒がしいぞ?」

「!?」

 少しダルそうな低い声…侍女が入って来た入り口からのっそりと巨体を表したのは昨夜フリージアを天幕から抱いてここまで運んだというゲルテンの王……

 バッとフリージアは後ろを向いた。寝起きでまだ整えてさえいなかった金の髪が、柔らかに宙を切る。

 なんて………なんて事……ゲルテンの慣習なんて知らないわ…!

 眠そうに入ってきたゲルテンの王は立派な体躯を惜しげもなく曝け出し、上半身は一糸も纏わぬ姿であった。

 淫らな……………!
























しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結済】私、地味モブなので。~転生したらなぜか最推し攻略対象の婚約者になってしまいました~

降魔 鬼灯
恋愛
マーガレット・モルガンは、ただの地味なモブだ。前世の最推しであるシルビア様の婚約者を選ぶパーティーに参加してシルビア様に会った事で前世の記憶を思い出す。 前世、人生の全てを捧げた最推し様は尊いけれど、現実に存在する最推しは…。 ヒロインちゃん登場まで三年。早く私を救ってください。

愛など初めからありませんが。

ましろ
恋愛
お金で売られるように嫁がされた。 お相手はバツイチ子持ちの伯爵32歳。 「君は子供の面倒だけ見てくれればいい」 「要するに貴方様は幸せ家族の演技をしろと仰るのですよね?ですが、子供達にその様な演技力はありますでしょうか?」 「……何を言っている?」 仕事一筋の鈍感不器用夫に嫁いだミッシェルの未来はいかに? ✻基本ゆるふわ設定。箸休め程度に楽しんでいただけると幸いです。

ある王国の王室の物語

朝山みどり
恋愛
平和が続くある王国の一室で婚約者破棄を宣言された少女がいた。カップを持ったまま下を向いて無言の彼女を国王夫妻、侯爵夫妻、王太子、異母妹がじっと見つめた。 顔をあげた彼女はカップを皿に置くと、レモンパイに手を伸ばすと皿に取った。 それから 「承知しました」とだけ言った。 ゆっくりレモンパイを食べるとお茶のおかわりを注ぐように侍女に合図をした。 それからバウンドケーキに手を伸ばした。 カクヨムで公開したものに手を入れたものです。

結婚結婚煩いので、愛人持ちの幼馴染と偽装結婚してみた

夏菜しの
恋愛
 幼馴染のルーカスの態度は、年頃になっても相変わらず気安い。  彼のその変わらぬ態度のお陰で、周りから男女の仲だと勘違いされて、公爵令嬢エーデルトラウトの相手はなかなか決まらない。  そんな現状をヤキモキしているというのに、ルーカスの方は素知らぬ顔。  彼は思いのままに平民の娘と恋人関係を持っていた。  いっそそのまま結婚してくれれば、噂は間違いだったと知れるのに、あちらもやっぱり公爵家で、平民との結婚など許さんと反対されていた。  のらりくらりと躱すがもう限界。  いよいよ親が煩くなってきたころ、ルーカスがやってきて『偽装結婚しないか?』と提案された。  彼の愛人を黙認する代わりに、贅沢と自由が得られる。  これで煩く言われないとすると、悪くない提案じゃない?  エーデルトラウトは軽い気持ちでその提案に乗った。

変態婚約者を無事妹に奪わせて婚約破棄されたので気ままな城下町ライフを送っていたらなぜだか王太子に溺愛されることになってしまいました?!

utsugi
恋愛
私、こんなにも婚約者として貴方に尽くしてまいりましたのにひどすぎますわ!(笑) 妹に婚約者を奪われ婚約破棄された令嬢マリアベルは悲しみのあまり(?)生家を抜け出し城下町で庶民として気ままな生活を送ることになった。身分を隠して自由に生きようと思っていたのにひょんなことから光魔法の能力が開花し半強制的に魔法学校に入学させられることに。そのうちなぜか王太子から溺愛されるようになったけれど王太子にはなにやら秘密がありそうで……?! ※適宜内容を修正する場合があります

一途な皇帝は心を閉ざした令嬢を望む

浅海 景
恋愛
幼い頃からの婚約者であった王太子より婚約解消を告げられたシャーロット。傷心の最中に心無い言葉を聞き、信じていたものが全て偽りだったと思い込み、絶望のあまり心を閉ざしてしまう。そんな中、帝国から皇帝との縁談がもたらされ、侯爵令嬢としての責任を果たすべく承諾する。 「もう誰も信じない。私はただ責務を果たすだけ」 一方、皇帝はシャーロットを愛していると告げると、言葉通りに溺愛してきてシャーロットの心を揺らす。 傷つくことに怯えて心を閉ざす令嬢と一途に想い続ける青年皇帝の物語

【完結】記憶が戻ったら〜孤独な妻は英雄夫の変わらぬ溺愛に溶かされる〜

凛蓮月
恋愛
【完全完結しました。ご愛読頂きありがとうございます!】  公爵令嬢カトリーナ・オールディスは、王太子デーヴィドの婚約者であった。  だが、カトリーナを良く思っていなかったデーヴィドは真実の愛を見つけたと言って婚約破棄した上、カトリーナが最も嫌う醜悪伯爵──ディートリヒ・ランゲの元へ嫁げと命令した。  ディートリヒは『救国の英雄』として知られる王国騎士団副団長。だが、顔には数年前の戦で負った大きな傷があった為社交界では『醜悪伯爵』と侮蔑されていた。  嫌がったカトリーナは逃げる途中階段で足を踏み外し転げ落ちる。  ──目覚めたカトリーナは、一切の記憶を失っていた。  王太子命令による望まぬ婚姻ではあったが仲良くするカトリーナとディートリヒ。  カトリーナに想いを寄せていた彼にとってこの婚姻は一生に一度の奇跡だったのだ。 (記憶を取り戻したい) (どうかこのままで……)  だが、それも長くは続かず──。 【HOTランキング1位頂きました。ありがとうございます!】 ※このお話は、以前投稿したものを大幅に加筆修正したものです。 ※中編版、短編版はpixivに移動させています。 ※小説家になろう、ベリーズカフェでも掲載しています。 ※ 魔法等は出てきませんが、作者独自の異世界のお話です。現実世界とは異なります。(異世界語を翻訳しているような感覚です)

殿下が恋をしたいと言うのでさせてみる事にしました。婚約者候補からは外れますね

さこの
恋愛
恋がしたい。 ウィルフレッド殿下が言った… それではどうぞ、美しい恋をしてください。 婚約者候補から外れるようにと同じく婚約者候補のマドレーヌ様が話をつけてくださりました! 話の視点が回毎に変わることがあります。 緩い設定です。二十話程です。 本編+番外編の別視点

処理中です...